第21話 レオンの回想 後
レオナはレイルに話しかけられないでいた。
友達にはなりたいが、畏れおおいといった感情が半分、そして姫という立場を考慮したものが半分。そしてその感情は見事に対立していた。だってそうだろう? 畏れ多いというのはレイルを自分より上に見ていて、姫という立場はレイルよりも上だという自覚からくるものなんだから。
だがそれは矛盾しているわけではなく、確かに両立してもいた。前者は個人的感情で、後者は対外的な事実だ。そしてそれを区別するような考え方もまた、レイルを見ていて身につけたと見ている。
どうしてそこまで神格化するのかはわからなかった。たがその時にはレイルが性格が悪いと同時にただ悪人というわけではないこともわかっていた。
そんなレイルに急接近したのは三年目、学園生活も折り返し地点に来た時のことだった。
俺とレオナは奇妙な噂を聞いた。それはレイルが決闘するというものだ。相手はフォルスという正義感の強い騎士の家系の男だった。原因としてはアイラという少女がレイルに入れ込んでいるのを、レイルが脅しているに違いないと主張したとか。
「ふふふ……そんなはずがありませんのに」
「まあ、こういうものは――」
「――周りがどう思うか、でしょう?」
「そうだ」
そしてレイルの試合とやらを見物にいった。少し顔を見せないようにしてひっそりと後ろの方からの見物だ。レオナはやや不満げではあったが、恥ずかしいからちょうどいいかといった風だった。
レイルの決闘は決闘とは言い難いものだった。
元来決闘とは互いの武器と武器を使い、技量と魂を競い合うものだとされている。だがレイルは剣どころかよくわからないものをこれでもかと使い、フォルスを追い詰めた。事前に両者の間で厳格に取り決めを作ってあり、それに触れない形での戦い方であったという。
「剣以外の武器も使用可」と「剣をつきつければ勝ち」という取り決めは一見矛盾しているようでこのようにレイルの好き放題にできるだけではない。後々レイルに聞いたところによると、もしもフォルスが槍や弓矢を持ち出して決闘に挑んだ場合、「剣をつきつける」という勝利条件を満たせないためにレイルの勝利が決まっていたという。
そのことを聞いて、レイルと約束や契約、取り決めごとをする時は文章をきちんと読もうと思ったのはよく覚えている。
両者の間で終わったのなら、周りがとやかく言えないかな、と思ったのは俺含む一部ばかりで、多くはその変則的な戦い方に物言いをつけようとする。
そこでレオナが動いた。これを機会と思ったのか、何をしでかすかわからないためにその後に続いた。
「やめましょう」
割って入り、そしてレイルを褒め称え――
「我が兄――レオンとも戦ってみればわかることでしょう」
俺をけしかけた。
けしかけたのは別に構わない。
いつかはそうしようと思っていたし、何より今までの鬱憤とも嫉妬ともとれない感情を発散させるのにはちょうどよかったから。
と、当時はもやもやとその正体も掴めずに、レイルに苛立っていたから引き受けたのだった。
◇
俺と戦うためだけにレイルは将棋、という遊戯を開発した。
それは見たことも聞いた事もない、興味深いものだった。升目の書かれた板に駒を配置し、決め事を守って行う戦争のようなものだった。
まるで前から考えていたかのようにスラスラとその遊び方を説明しだした。そして決闘はまた今度、とその場は逃げるように帰ってしまった。
あれだけ細工を仕掛けた男が提案する遊戯だ。何かしら不正を行うためのものがあるのではないか、といろいろと考えてみた。レオナや従者、教育係など様々な相手に穴がないかと聞いてみるも全くといってなかったのだ。そう、純粋に公正な遊びだった。
それから俺は将棋とやらの訓練を重ねた。自分より頭の回転が速いレオナが主な練習相手だ。最初の一度だけ勝ち、残りは負けがかさんだ。だが十、二十とするごとに時折勝てることが増えてきた。
王がとられてしまえば負けなのだ。と王の周りを固めることを覚えた。一番安全なところに引きこもってもらい、そうすることで落ち着いて攻められる、と。
だんだんと上達し、自信もついたところで決闘の日がやってきた。
そして俺は知る。レイルが公正なものを提案した理由――不正を行う必要がなかった……いや、もはやこの遊戯そのものが奴にとって公平なものではなかったという事実を。
結果から言うならば惨敗だった。
俺の組んだ陣形に向かって「穴熊か……」とまるで予想していたどころか、それを選んだのかよ、とでも言うような軽い呟きと共に攻めが始まった。
馬を先行させたはずが、歩兵に食い止められ、思うように駒が進まない。後手後手に回るうちに俺の要塞のように見えていた陣形が食い荒らされた。その速さはレオナと同等……いや、レオナ以上だった。
「まあ自分が提案したので負けるわけにもいかねえよなあ……」
「同じ条件のはずだ……おいそこの赤いの、こいつがこれを始めたのはいつだ?」
「赤いのじゃなくってアイラ。レイルくんはあの日初めて将棋のことを言った。だからそれまでは誰とも将棋はしてないはず。私とは三回ぐらい。ロウくんとカグヤちゃんに二回ずつ」
そこで絶句した。人数こそ三人と俺より多いが、回数にいたっては七回。倍どころか何倍もの差があった。こっちは数十と繰り返してきたというのに。経験の差などとは言えなかった。
負けた後、レイルはその遊戯全てを俺にくれるという。遊ぶ権利も、遊具そのものも。
王族ということで、何かあるごとに贈り物というものはよく届いた。高価なだけのゴミばかり。そんなもの、何が面白いんだってものが多かった。
だから、その贈り物は幼い頃の俺の琴線に酷く触れた。同年代、そして自然に遊びの中で渡された遊具に心とらわれた。
一度ボロボロに負けたことで、半分意固地に、そしてどこかで余裕ができていたのもある。
勝ちたい、もっとこれで遊びたいと思った。だからやたら嬉しかったように思う。
気がつけば、自分の中でのレイルの評価は当初の「妹を誑かした得体の知れない男」から、レオナと同じように自分よりも先の思考を持つ、同じ目線で話すことができる同級生にまで格上げされていた。
いや、自分の最も信じるレオナが褒め称え続けてきたのだ。本当は嫌いなどではなかった。自分の目で見てないなら素直に認めるのが癪で、妹が褒めるから苛立っていただけなのだ。とっくにレイルの評価は高かった。
だからか、口をついて出たのは素直じゃないながらも奴を認めるような発言だった。
「敬語じゃなくていい。レオンだ」
レイルは一瞬驚いたように、そして少し嬉しそうに微笑んで、友達になって欲しいと言ってきた。
そんなものは聞くものでもないだろうに、と俺は了承し、そしてレオナに自慢してやるのだった。
これが、俺が数少ない生涯の友と認めるレイルとの、そして最愛の妹レオナとの関係の始まりと言えようか。
いざ友として奴を見ると、外から見ていた「性格悪そう」よりもなお悪いと断定できた。
だが思っていたよりも悪意はないし、友達となった人間には甘く、そして優しい人間でもあった。
厄介ごとに嬉々として突っ込み、かき回し、そして無駄に心を痛めつけて楽しむ悪癖も巻き込まれる側からすると苦笑いしながらたしなめる程度で済む。
友達と呼ぶ中にアイラ、ロウ、カグヤといった奴らも増えた。おそらく貴族社会と城の中では出会うことのなかったような奴ばかりだ。俺も同年代の中で決して頭が悪いわけではないつもりだったが、どうにもこの四人と妹と合わせた中では一番バカな気がしてならない。
失敗を笑いながら進むレイルや失敗することのないレオナとかそういった傑物とかそういう奴らよりも、見返してみると恥ずかしい思いもしてきた。俺ってバカだな、と。
だからこそ人を傷つけることの罪悪感や、人として苦悩すること、そういったゆっくりとした歩き方ならちょっとだけあいつらより青臭いことを見てきたんじゃないかなとは思っている。
俺はレオナがあいつを見習いすぎないようにすること、そしてあいつが完全に落ちないように見ていてやりたい。それは友として、傲慢なのだろうか。
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