王城に呼ばれて

 王城では将棋が流行りはじめた。

 当然のその仕掛け人はレオンである。

 みんなで遊びたいと思ったが、売りたくはなかった。俺が作ったゲームで儲けるのが気にくわない。レオンの主張を要約するとそんなところだった。


 二人とはすっかり友達になった。


 子供とは切り替えが早いのである。 見た目は子供、中身は大人、とどこかの名探偵のようなキャッチコピーのつく俺も例に漏れず、多少の失礼なんかすっかりと水に流してしまっていた。

 

「でさ、レイルには友達として家にきてほしいんだ」


 と、いうわけでレオンに家に呼ばれた。

 何の問題も無い。小学生だもの。友達に呼ばれて、家に遊びにいくこともあるよね。普通普通。相手が王子様でなければ。


 レオンは美形である。王子様なのが特に嫌味にならないぐらいには。そして性格も少し不器用なところもあるが、適当に熱くて……いいやつである。女子には当然モテる。

 何が言いたいのかというと、そんな王子とお姫様に話しかけられる評判の悪い男の立場というものを想像してみてほしい。


「素晴らしい提案ですわ。お兄様など構わず、私の部屋に来ませんこと?」


 やめてください。あえて周りに聞かせるように言うのは。心の中でだけ窘めておく。火に油ではなく、キャンプファイヤーに向かって消防車のホースで油を注ぐような暴挙である。今まではお嬢様の嫉妬や、なんでお前なんかが? 程度の場違い感を投げつけられたにすぎない。しかしレオナの発言によって、周りの男子ファンたちに一気に殺気がほとばしり、騒がしくなった。


「あいつ……どうにかして殺れないかな」

「用心深いから、本気で殺りにかかると返り討ちなのがわかっているのが腹立たしいな」

「でもアイラちゃんもだろ」

「どうなってんだよ。剣も中途半端、魔法はからっきしの頭でっかちのくせに」

「勉強だけはなあ……あの才媛もシリカ様も、王子レオン様も抑えて一位の座を譲ったことがないとか」

「それでいて勉強している姿は見た事がないんだぜ? 家庭教師もいないっていうし」

「はいはーい。アイラちゃんやカグヤさん、あと誰か地味な男に勉強教えているときなら見たことあるぜ」

「ああ、あの殺気がヤバくて近寄れない幻の勉強会?」

「地味な男って誰だよ。えっ? カグヤさんってあの? 農民科魔法、剣、学問一位の?」

「ああ。それにアイラちゃんも剣は普通だけど、学問は一位だってよ」

「じゃああの勉強会って一位の集まり?」

「地味な男が気になるな」


 途中から勉強会の話題になっていたが、レイルに向けての殺気は絶やさない。

 ひそひそ声で内容が聞き取れなくても、居心地が悪いことこの上なかった。

 俺は話を強引に変えることにした。


「ああ、行く行く。ところで将棋はどうなった?」

「実は……家に来てほしい理由の一つに、その将棋が絡んでいてな」


 話を変えたつもりであったが、どうやら変わっていなかったらしい。

 レオンの父親、つまりは王様が将棋を作った人をレオンに尋ねたらしい。

 口止めしておかなかった俺も悪いが、そこでレオンはバカ正直に同じクラスの友達ですなんて言ってしまったものだから、今度家に遊びにきてもらおうか、となったらしい。

 うむ、息子に友達ができたので家に呼んだ。

 何の問題もない。


 お金儲けの匂いもするので、レオンには悪いが打算込み込みでその案にのろうと思う。

 まさか息子の級友をいきなり危険人物扱いして捕らえたりはするまい。






 ◇


 お城についた。

 カグヤとロウも誘ったが、なんだがそわそわと目線をそらして辞退した。

 遠慮しているというよりは、何かまずいことがあって行きたくないような様子だったので、無理には連れてこなかった。


 アイラはついてきている。


 最近思うのはアイラはなかなか大物だということである。

 レイルくんがいくなら、の一言で城についてこようと思うだろうか?

 その点、カグヤとロウの方が小市民的一般間隔と言えるだろう。

 ジュリアス様に、


「王城に招待されました」


 と報告したら、


「そうか、よかったな」


 と薄く微笑んでおっしゃった。

 軽っ、そんな反応でいいのか。

 もしかして城に招待ってたいしたことじゃないんじゃ……

 うん、気負うのはやめよう。

 俺だけが緊張するのも馬鹿らしい。

 いや最初から緊張なんてしてはいない。

 友達の家にいくだけなのだから。


「よく来たな」


 玉座は赤い絨毯と質のいい調度品で飾られていて、その中央の椅子には四十ほどのおじさんが座っていた。

 この男性こそがギャクラ国の王様だった。


「グレイ家のレイルだったか。それにアイラか。この将棋というものを作ったのはお主というのは本当か?」

「その通りでござきます」

「にわかには信じられんな……そのことなのだが、将棋は現在、無断で王城内でのみ使われておる。その権利を私に譲ってはくれんか? もちろんそれに応じた謝礼は出そう」


 む……謝礼か……

 魅力的な提案であることには変わりない。

 しかしこれはなあ。あげても問題はなさそうに見えるが、ダメだな。


「将棋の権利は全てレオン王子に差し上げましたのでそれは無理でございます。言わせていただけるならば、王子様の名前で王族の遊びとしてしまうのはどうでしょう」

「いや……それがな……偶然見ていた貴族が尋ねてきおってな……」


 そういうことか。


「では似て非なる遊びをご紹介しましょう」


 そう言って提案したのはチェスだ。見た目が受け入れられやすく、ルールも将棋のように取ったコマが使えない分覚えやすいので、広まりやすいとも言える。


「ほう」

「こちらを貴族の遊びとして浸透させるのです。例えば台座に大理石を用いたり、コマを金属やガラス、水晶など高級感のでるもので一流の細工師に作らせれば一つの飾りとしても機能します。綺麗なので贈り物にもなるでしょう」


 オセロと違い、上流階級にしか流行らないだろう。それを見越して付加価値を増大させる。

 役職の名前自体はドラゴンや魔法使いなど、こちらにあわせてもいいと言った。


「どうでしょうか」

「ふむ……確かに似ておる」

「ですが別物ですよ。やってみればわかります」

「レオンが言っておったときは半信半疑だったが、今この場であっさりと新たな物とその用途まで説明されれば信じざるをえないな。礼を言おう。将棋は息子のものなのだな」

「はい。ちなみに今巷ではやりのオセロ、あれも私の作品でございます」

「なんだと……どうしてチェスも売り込まなかったのだ?」

「オセロは作りが簡単で、ルールを教えるだけでも庶民に広まりますからね。すぐに売れなくなるものです。逆にチェスは売らなければはやりません。貴族を狙えるこちらの方が都合が良かったのですよ」


 嘘である。単に思いついて言っただけで、そんな深い意図があったわけではない。


「ではこちらも相応の礼をもって返そう。というよりは、チェスの権利を国に売ってもらえるか」

「喜んでお売りしましょう」


 値段も聞かずに売るなんて商売ではありえないことだ。

 どうしてこうもあっさりと売ったのかというと、グレイ家の名前を売るためと、国に恩を売っておくことで今後楽にするためである。

 王様が太っ腹なのか、それともチェスの価値は思ったよりも高かったのか王様はあっさりと大金を出した。


「金貨千枚でどうだろうか」

「いいですよ」


 恭しく後ろの人が金貨のつまった箱を差し出し、開けて中を見せてくる。

 この量のお金なんて胸が躍る。

 いや、守銭奴ってわけじゃあないんだけどな。

 前のオセロよりも高いとか。

 儲け的にはあまりないと思うのだがな。

 貴族同士の見栄とかもあるだろうしか?


 うまくいけば豊臣秀吉の茶器のように、貴族や騎士への報酬に土地とかを使わなくてすむな。

 そうすれば遠い目で見ると国の利益にもなるのかもしれない。

 そんな予想をぽろっと漏らした。


「お前さ……」


 レオンはドン引きしていた。



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