王子様とお姫様
これは罠だ!
声を大にして叫びたかったのは言うまでもない。
ここで王子様が俺をボコボコにして、「やはり極悪非道のグレイ家、その御子息様もたいしたことないのね! 」と高笑いする気なのだと。
うん、自分でもわかってる。
被害妄想が激しいなーって。
俺みたいな一般の小市民虐めたって、お姫様の評判が下がるだけだ。いや、貴族に名を連ねているなら小市民はおかしいのかもしれないが。
王子様にボコボコにされたところで、肉体的苦痛以上に何があるというのか。
というか俺の評判はすでに二重にドン底なのだから。
これ以上いじめられても困る。
目の前にいるのは超絶美少女である。
町を歩けば全ての人が振り返る、童話の中から抜け出してきたような人形のように精巧な美しさのお姫様だった。
肩より長い金髪は日の光に照らされて、その眩しさに思わず目を背けそうになる。
彼女が姫だと知らない人がいるというのに、その雰囲気に押されて人混みが割れたのだ。
幼くして支配者の素質があるということか。末恐ろしいにもほどがある。
「お前だ、レイル。俺と戦え!」
「レオン王子、私には貴方と戦う理由がございません。謹んで辞退させていただきます」
この学園では、学園内での子供同士のやりとりに対して学園が責任を持たない。
入学時の書類の一つにそんな項目があったはずだ。
だからここで王子様と決闘でもして、叩き潰したところで、王様とやらがまともな人なら俺は困らない。
俺ができたのならば、だが。
「それに私が剣はあまり得意ではないことを学友のレオン王子ならばご存知でしょう」
「ならば剣以外だ! お前が考えたものでよい。どちらかに不利なものでないのであればな」
こいつは俺になんの恨みがあるんだよ。俺が何をしたって言うんだ。
なんだか腹がたってきたな……
どうにかして一泡吹かせてやりたいところだ。
しかし王子相手に不意打ち闇討ちだまし討ちはまずい。
それこそ俺が抹消されかねない。
できるだけ平和で、お互いが傷つかない、どちらが負けても問題ないもの……と考えて、ふと思いつく。
「では提案させていただきます」
これで凌げれば……
「まずは九×九の盤を用意します。そして四十個の駒を用意します。それらに役職を与え、お互い二十ずつ使って行う模擬戦争型遊戯です」
そう、将棋だ。
ルールを一から説明していく。
各コマの動ける範囲や勝利条件、相手のコマを倒す条件に、特殊ルールである。
「どうして二つ重ねて置いてはならんのだ?」
「無意味でしょう? それにそれを行うと盤上が複雑化しますし、複雑だからといってその分面白くなるわけではありませんよ?」
「そうか。ではどうして歩兵を同じ縦例に置いてはダメなんだ?」
「そういうものです。歩が一番多いから、特殊規則も多いのでしょうね」
「相手の陣に入るのに、どうして強くなるのかわからん」
「今までは戦場で隣は味方なので、配慮して動いていたのでしょう。敵の城に潜入したら個人で能力に応じて自由に動けるということです」
ひとしきり特殊ルールも理解してもらえたようで何よりだ。
こればかりは俺に有利でありながら、ルールだけは恐ろしく公平だ。何年もかけて洗練されてきた文化とも言えるこのゲーム。まだ少年の彼に指摘されるようなものはないだろう。
そんな俺も、たかが精神年齢三十もいかぬ若造ではあるのだが。
周りはなんとかして王子の援護にまわろうとしていたようだ。同じくルールを聞いていたが、聞き終えた後は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「先攻や後攻で有利不利は出ないのか?」
「人によっては出ますよ。先手が得意な人も、後攻が得意な人もいますからね。ご安心を。もちろん王子にはお好きな方を選んでいただきますから」
「うーむ。随分と複雑だな。覚える時間をくれないか」
すっかり将棋の面白さにとりつかれてしまっている様子だ。
俺は最初は気に食わないと思っていたが、なかなか見る目もあるし、何より無茶は言わない。理解も早いし、勝負を受け容れてくれていることといい、もしかしたらいいやつなのか。
「覚えるなどと遠慮なさらず、初めて見る遊びでしょうから、練習の時間を七日でも十日でもとってくださって結構ですよ。いつにしますか?」
「お前はこの遊びを知っていたのか……?」
「この世界で知っているのは私だけでしょうね」
「なんと……! お前が作ったのか!」
曖昧に微笑んでおく。
この世界では、と言ったのは嘘ではない。別世界にはあるのだから。この世界に知識として持ち込んだのも俺ならば、作ったのは俺で間違いないしな。
「ううむ。一ヶ月だ」
「その間に練習だと言って挑んできてくださっても構いませんよ」
「そんなことはしない。次戦うのは一ヶ月後だ」
ふう……なんとか頭脳戦に持ち込んだ。
前世では無敵というほどでもなかったけど、ルールをかじった程度の同級生ぐらいになら無双できたしな。
まあ……将棋に入れ込んでいるやつには飛車角落ちどころか六枚落ちでも負けたりしたしなあ……。しょうがないよな。そいつ、大会記録者だったし。
◇
王子と約束してから一ヶ月。
俺はというと、結構呑気にすごしていた。
失礼にならないように、精魂こめて将棋を作り上げたり、古道具屋や廃材置き場、薬屋を巡ってみたり。
他にはアイラの銃器作成の手伝いなど。
鉄くずから次々へと弾丸を作っていく。
アイラは国と戦争でも考えているのだろうか。
アイテムボックスがなければ倉庫に保管できなさそうなほどの銃器や火薬類、弾倉に弾丸を見るたびに思う。
バレたら国家反逆罪で捕まっても文句は言えまい。
さて、試合だ。
以前と同じように、いくつかの約束事を決める誓約書にサインしてもらった。前回と違うのは、周りにギャラリーがいないことか。俺の後ろにはアイラが、王子の後ろにはレオナ姫が。四人で使うには少々広すぎる部屋だった。
一ヶ月の練習の成果を見せてもらおうか、とどこか師匠にでもなったような心持ちで王子と相対する。
「様々な秘策を練ってきた。お前が勝てば、何か頼みを聞いてやる。だがあくまで俺個人にできることだけだ。国や父上は動かせない」
それでも相当な話である。
王子ともなれば、個人に対してコネがあるだろうしな。それは勝ってから考えるとしよう。
「だが俺が勝った場合、妹を誑かすのをやめてもらおうか!」
ちょっと待て。大きな誤解がある。
いつ俺がレオナ姫を誑かしたというのだ。この前話しかけられたのが初めてだぞ。しかもそれだって単なる「お兄様と試合をして!」みたいなものだったし。あれを見てどうやって誑かしたと。
ああ、あれだきっと。嫉妬とかいうやつだ。先手をうって近づかないようにさせる気なんだな。俺がいい男すぎるがゆえに。
最後の一言は違うな。
パチン、パチンとお互いの盤上が動き出す。
なるほど、秘策と言ったのも頷ける。
レオン王子は自陣の左下、角のある方の隅に王を避難させた。
周りを九つのコマで囲った。
王を守るように並べられたそれはあたかも堅牢な要塞のようであった。
その様子は記憶が正確かどうかわからないので、なんとも言い難いが、前世で言うところの「穴熊」という囲いに似ていた。
俺にとっては動きづらさと決めるまでの手の多さに使いづらい、とあっさりと修得するのをやめた囲いだが、立派な囲いの一つである。
作るまでに最も多くの手がかかるが、硬さだけなら随一だ。
一ヶ月あったとはいえ、この囲いを生みだしたのか目の前の小学生であることに驚きを隠せないでいたら、王子は勘違いしたのか、
「はははは、あまりに崩しにくそうで驚いたのか」
いや、前世で穴熊を使ったことも、使われたこともあるのであまり気にはしていない。
「ん? そんなすかすかの構えでいいのか?」
俺の囲いは、左端から一番目、三、四番目の歩を前に出して角を斜めに押し出し、後ろを金と銀で斜めに補い合うような囲いだった。
攻めは中飛車もいいかと思ったが、今も歩の後ろにカバーさせるような動きまでできている王子に敬意を示して、一番使い慣れている居飛車にしておいた。
定番の動きだ。
歩を前に押し出しながら周りを銀にうろちょろさせる棒銀も絡めながら前に進める。相手が慌て出したところで、戦法をガラリと変える。
右端を食い荒らしていくのだ。
俺から見れば左端だが、相手の飛車は今、矢倉に翻弄されて動きあぐねている。そこに急に移動してきた飛車と組み合わせてあっさりととってしまう。こうなればこちらのものだ。
相手の穴熊は固めれば固める程良い、というものではない。後は物量でじわじわと攻めていくだけで穴があく。
静かな部屋に、駒と盤が当たる音が響く。
「まいりました」
勝負は打つ手こそ多かったが、苦戦した感じはなかった。次やったって勝てるな。それが相手にも伝わったのか、悔しそうだ。歯ぎしりをしているが、ここで三回勝負だ! とか言い出さないあたり賢明だと言える。
「じゃあ私の勝ちですね。王子にはこれを差し上げます」
俺はこの勝負をする前から考えていたことを口にした。
「いいのか……」
俺がそう言って差し出したのは、俺の手作りの将棋だった。
「ええ。最初からそうしようと思っていたのですよ。これを大量に作って売るもよし、誰かに遊び方を教えて一緒に遊ぶもよし。王子のご自由に」
「レオナが言っていた理由がわかる気がするな……」
「どういうことですか?」
「いや、なんでもない! それよりもだ、王子ではなくレオンだ。名前で呼ぶことを許してやる」
照れたようにぶっきらぼうに言ってそっぽを向く彼の破壊力は凄まじかった。女だったら危なかった。腐女子がこの様子を見たら鼻血をこらえるので精一杯になるな。ショタコンもか。
「じゃあレオン様」
「敬語じゃなくていい。レオンだ」
「レオン」
「ああ」
「勝ったときの約束は、俺と友達になる、それでも構わないか? できればアイラも」
「えっ? えっと……ああ。友達? 構わない。レイル、アイラ、よろしく頼む」
慌てまくりのレオンがなにやら微笑ましくって見つめていたら、後ろのアイラが妙に怖い。
「どうだ。お前なんかより先に友達になってやったぞ」
「お兄様っ……!」
レオンがレオナ姫を煽るものだから、おしとやかな顔しか見てこなかったレオナ姫が、凄まじい形相で兄を睨みつけた。
歯ぎしりの音さえ聞こえてきそうなほどの彼女の様子は間違っても他の人に見せられないと思った。
よかった。ここが密室で、他の人がいなくて。
「お見苦しいことをお見せしました」
すぐに平常心を取り戻したレオナ姫はすごい。
というか友達が先にできたぐらいで何を悔しがる必要があるのか。そう思っていると、レオナ姫は俺に近づき、耳元でボソッと囁いた。
「私たちが物を見れるのは、目の網膜が光という刺激を受けとって脳に送るからだそうですね」
本来、この世界では知られていない知識。それを知るということは、アイラとのやりとりを聞いたことがあるということだ。
耳元で囁く。それはこの知識を広めたくないという俺の気持ちを慮ってくれているかのように見えるが、脅しのようにも思える。
俺は無礼を承知で距離をとった。
「何が目的ですか」
あまりに険しい表情なので、本来は女の子にこんな顔を向けるべきではないのだが、警戒も隠さず尋ねた。秘密をバラされたくなければ奴隷になれとか言われかねない。そんな俺の心配とは裏腹に、レオナ姫は気まずそうに指を絡ませながらもじもじとしていた。
あれ?
「わ、私も……レオナと……お兄様と同じように……友達から始めてほしいというか……」
「レイルくんっ! その女危険!」
アイラが反射的に叫ぶ。いやいや、今のは危険な子のセリフじゃない。そして、お前のそれは幼馴染のセリフじゃない。タイミングがもう少し早ければな。友達になってほしいってだけのこのタイミングだとヤンデレのセリフだからな。アイラがヒロイン級に可愛いのは事実だが。
「なんですかっ! 私だって」
「あーはいはい。友達ね。レオナ。改めてはじめまして。レイル・グレイです」
このままだとアイラとレオナによる第三次
「はいっ! レオナ・ラージュエルでございます。そこにいるレオンお兄様の双子の妹です。レイル様、よろしくお願い申し上げます」
「なんで俺は様づけなんだ? 俺に敬語をとらせたんだから、俺のこともレイルでいいのに」
「いえ。レイル様はレイル様です」
腑に落ちないのは置いておこう。
「ほら、アイラも自己紹介」
「レイルくんのアイラです。弟子は私だけで十分です」
抜けてるぞ。テンパりすぎだ。
突っ込むところは多いけど、アイラはボケ担当ではないので黙っておく。
カグヤは弟子ではないんだな。剣術の対価に教えているからか。
「よろしくお願いしますね。アイラさんも」
アイラはさん付けなのか。ますますわからん。どうして俺が様づけで、レオンや王様と同格扱いなのか。
まあいいか。これでしばらくは決闘もくることはあるまい。
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