決闘と決着
「断る!」
俺は開口一番、そう告げた。
「どうしてだ!」
当たり前だ。
どうして不利な上に、勝っても何も俺に利益がないような試合を受けなければならないというのだ。逆にどうして俺が決闘を受けると思っているのだろうか。
ああそうか。貴族とかは外聞を気にするから、決闘から逃げた軟弱者とかいう評判が広がるのを恐れるのか。
「そもそもお前が負けたらどうするんだよ。それにアイラを戦利品にするなよ」
「アイラはものじゃない!」
こっちのセリフだ。
「アイラはアイラの意思があるんだから、俺たちがどうのこうの言ったってしょうがねえだろ」
「極悪非道のグレイ家に養子として気に入られるぐらいだ。きっと貴様もアイラの弱みとかを握っているに違いない。僕が勝ったら脅すのをやめろ」
なんの勘違いだよ。
アイラの弱み? そんなものあるのか。それちょっと詳しく。付き合い結構長いから、大体のことは知ってるはずだ。なさそう、すごくなさそう。
誰も彼もが悪いことしていて、弱みがあるとか思ってんじゃねえぞ。もしもアイラに弱みがあるならば、握って何かをするつもりはないが是非とも知りたい。興味本位だ。
俺はあまりに一方的なフォルスに苛立ちを隠せずにいた。うん、これは苛立ちだ。
「弱みなんか握っちゃいねえし。だからお前が負けたらどうするんだよ」
「僕が負けたらお前の軍門に下ってやる!」
「いらねえよ!」
それにお前の家はどうするんだよ。
「僕は全てを。お前はアイラを失うんだぞ。お前の方が有利じゃないか」
「俺は剣が苦手なんだ」
「そうやって逃げる気か!」
「だからそう言ってんじゃねえか」
魔法も使えない剣も普通、普通に考えたら、決闘なんてするわけがない。
このやりとりにも疲れてきたときにアイラは爆弾を投下した。
「私は別にいいけどねー」
その言葉に二人の男子が凍りつく。
俺とフォルスだ。まさかアイラ本人から言われるとは思わなかったから。
「やはりアイラ。君はわかってくれるか……!」
走馬灯のように嫌な想像が駆け巡る。
小さいころから支配を受けていた少女。
しかし入った学園で一人の少年がその少女に光るものを見た。
彼は少女をこき使う邪悪な少年に勝負を挑み……正々堂々勝利をおさめることで少女に自由を与えるのだった。
少女にこれからの意思を聞くと「あなたと一緒にいられませんか……側にいられるだけでも」と顔を赤らめて……彼らは末長く幸せに暮らすのでした。
みたいな童話が頭の中を駆け巡った。
いやいや。あり得ない。
ぶん殴って終了ってどこのヤンキーバトル漫画だよ。
じゃあ——
少年は正々堂々戦ったのだが、邪悪な主人は様々な罠と人質などを使い、少年を窮地に陥れる。
ぎりぎりとのころで割り込んできた立会人によって反則負けが言い渡されたときには彼は満身創痍だった。
「ごめんなさい……私のせいでっ!」
「君の笑顔さえ見れたらいいんだ」
そうして少女は自由を……
ってだから俺は束縛してないって!
これじゃ俺が悪役じゃねえか!
悪役? そうか悪役か……
俺がわけのわからない童話劇場に苦しめられている間は長いようでほんの二、三秒だったようだ。
とまあここまではもちろん冗談である。
俺は頑固親父役で出場しよう。
「可愛いアイラをお前なんかに渡せるか!」
とフォルスくんをぶん殴ってさしあげようじゃあないか。
アイラがこともなげに言い放つ。
「ま、レイルくんが負けるわけないもんね。それに、負けたとしても私の行動さえ束縛されないならなんとでもなるし」
どこからくるんだその信頼は!
根拠がないにも程がある。
それになんだかアイラが黒くなっているようだが……誰の影響を受けたんだまったく。
もしかして俺だろうか。
この何年かで、
「相手に要求をするときは強気でふっかけたあと、少しずつ負けていくことで自分の本来の要求の線まで下げていくんだよ。そうすれば最初の要求よりはマシか……って相手がなるから」
とか変なことを教えこんできたからかもしれない。
出会ったころの純真なアイラはもういないのか。
いつかアイラの親父さんに殴られそうだ。
「じゃあ条件を出させてもらっていいか」
アイラがやってよいというのだからなんとかなるだろう。
「いいぞ」
「まずは決闘方法だが、武器に指定はなし。魔法だろうが剣や槍だろうが、何を使っても構わない。勝利条件は相手が降参するか首に剣を突きつける、それか戦闘不能になるかの三つでいいか?」
「ああ」
「日時は一週間後、場所は訓練場の模擬試合場の貸し出し許可を放課後に取る」
「いいぞ」
これで仕込みは上々。こいつは馬鹿なのだろうか。相手の提案した戦闘方法をそのまま乗るなんて死んだも同然じゃないか。
とほくそ笑んでいたら
「流石にしないとは思うが、決闘開始までに相手に危害を加える行為は禁止だ」
残念。評価を改めなくてはならないようだな。
もし条件を鵜呑みにしていたら、あの薬屋で下剤でも買って仕込んでやるところだった。あえて降参を聞こえないフリをしたりして時間を稼ぐのもいい。決闘の場で漏らしたという無様かつ立ち直れない不名誉なトラウマを植え付けてやったのにな。
決闘を受けたあとはもちろん、基本的な手続きを済ませる。
子供同士とはいえ、貴族が絡むと面倒くさいので、あくまで個人的なものとして処理されるようにした。
決闘騒ぎが大きくなっているので貸し出しの許可をもらうのも簡単だった。
模擬試合場とは言ったものの、訓練場の横に、無駄なものがないスペースがあるだけだ。せいぜい横に木があるだけの運動場の一角というかなんというか。あまりいろいろなものは置いていない。
落とし穴でも掘ってやろうかと考えたが、意外とあれは面倒くさい。
おバカなフォルスくんなら気づかず落ちてくれるかもしれないが、落とし穴をはたからみてもわからないレベルまで完璧に作ろうと思うと特殊な技術がいると思う。
網とかを駆使すればできないこともないかもしれないが、今回はそんな時間と手間のかかる方法は使わない。
今回は金に任せてしまうのも面白いかもしれない。
どんどん自分の思考が悪役に陥っているのを見て見ぬフリをしなが作戦を考える。
「なあ、アイラ」
「なあに?」
「どうして俺が勝つと思ったんだ? 俺は魔法が使えないぞ。それに、剣もたいして強くない。カグヤにしょっちゅうボコボコにされるし、クラスでもそこまで上位じゃない」
「んーとね……でもレイルくんとカグヤちゃんが約束なしで戦ったらレイルくんが勝つでしょ?」
だからどうして……?
カグヤはおそらく凄まじい潜在能力がある。もしくは能力をまだ隠している。このまま成長して体格が技術に追いつけば、冒険者の中でもかなり強い部類だと思う。あの年齢で魔法も使いこなせる。
少なくとも戦闘力で勝てる気はしない。
「レイルくんはすごい。先生よりも、お父さんよりも」
「買いかぶりだ」
だがここまで言われて、わざと負けよう、とかここで俺から離れさせよう、とかそんな自己犠牲や遠慮の混ざった決断を下すべきではないことぐらいはわかる。
ここで青春ラブコメや鈍感系ならば、俺なんかと一緒にいても……とか陳腐な遠慮でうだうだと迷ったりするのだろう。
俺は俺の都合で言おう。
アイラは渡さない。
渡すもなにも、全てはアイラの意思のままに。
アイラが勝てと言うならば、この決闘の勝者は俺だと認めさせてやろうではないか。
◇
決闘の日がやってきた。
どこから噂を聞きつけたのか、貴族クラスや職人クラスだけではない、農民のクラスの子供たちまで来ていた。
そして先生、何してるんですか。
ああ、何かあったら危ないから付き添いみたいな立ち位置か。別にギャラリーは多くても構わないか。必要な言質は既にとってある。
「では先生に審判をお願いしてもよろしいですか」
先生としてはこちらのほうがやりやすいだろう。危ないと思えば止められるのだから。
勝利条件とルールを伝えて先生の承諾を得た。
俺たちは剣は確実に届かない場所まで離れてから向き合った。
「では……はじめっ!」
合図と同時に相手が駆け出す。
その瞬間、俺は予め購入していたもので作ったある物を投げた。手のひらサイズのそれは一見すると短刀である。形を似せてあるからだ。
「こんなものでっ!」
飛んできたそれを難なく弾こうと斜め上から剣を振りかぶる。
タイミングと角度は完璧であった。カキンと硬い音を立てて剣とそれがぶつかり、いきなり彼が煙に包まれた。
その隙を見逃すわけがない。
ショートソードを持って真っ直ぐ突っ込む……と思いきや左に大きくそれる。
突っ込んでくると確信していたフォルスは煙の中でも剣を上段に構えて真っ直ぐとおろした。
前に出た彼はそこに俺がいないことに気がついた瞬間、ぐらりと崩れ落ちる。
何の事は無い。俺は試合の始まる前からとても長い紐で右側にあった木と俺の足首を結んでいた。
細くて白い紐を使い、できるだけバレにくくした。緩めにとって、俺が駆け出すと張る長さに調整してある。最初は地面に置いてあった紐の端を靴紐を結ぶふりをしてくくりつけたのだ。
その紐をフォルスの足に引っ掛けただけのことである。
決闘では相手の目を見るので、足元がお留守になりがちである。
煙幕を張られてまで足元を見る奴もあまりいない。
投げナイフもどきも煙幕も顔付近に集中しているため、そちらに意識がいくだろう。
フォルスが転んだ瞬間に自分の足にかけた紐を切って彼の後ろに回り込んだ。
ここで首に突きつけるべきなのかもしれない。だけど俺はじわじわと攻める。
「ぎゃあっ!」
醜い悲鳴があがる。
フォルスが足を傷つけられたときの悲鳴である。彼の足から血が流れる。傷は深いようだ。
いっきに勝ちを狙いにいくのはまだだ。というよりは、これで俺の勝ちがきまったようなものだ。
時間が経てば経つほど有利になる。
傷の痛みと、流れ出る血液。鍛えているとはいえ小学生の体が一体いくら持つだろうか。
保健室には治癒魔術の使える先生もいるので、安心してぶっ倒れてくれて構わない。
のたうちまわるフォルスに近づく。
「ひっやめろ……」
「足を怪我していても戦えるよな。勝利条件はなんだったっけ?」
・降参
・戦闘不能
・首に剣
どれかだよな。
降参しなければ俺はこのまま首に剣を突きつけよう。
そう考えて動きにくいようにもう一発斬りつけたのがトドメとなったらしい。
いたぶって戦闘不能にするとでも思われたのか。
「降参だ。僕は戦えない……だから……」
「勝者レイル・グレイ!」
ほんの一瞬で決まった、剣と剣の打ち合いさえ見られない決闘にギャラリーは黙り込んでしまっていた。なんとも気まずい空気である。持てる力の全てを注ぎ込んで勝ったというのに歓声もわかないとは。
そんな中、アイラが駆け寄ってきた。
まさか、ここで「貴方は悪くない!」とか言ってフォルスに駆け寄ったら泣くぞ。
「レイルくん!」
んなわけないか。
よかった。飛びついてきてギリギリと締め付けてくるアイラに愛おしさを感じながらも、フォルスを見ると、悔しそうに歯ぎしりしていた。
周囲からブーイングが巻き起こる。
「あんなの決闘じゃないぞ!」
「ちゃんと戦え!」
「卑怯だ!」
中にはどうやら由緒ある騎士の家系に名を連ねる彼の取り巻きもいたらしい。
同じクラスでもなんとなく差があるのは感じていたことだ。
確かに俺は誓約書の中に「この試合が規則に則って終われば、お互い禍根を残さない」を加えていたが、周りにまでその強制をすることは明記していない。
俺としたことが……
ルールにそって言うならば、これで俺はフォルスを好きなようにできるし、もう決闘を受ける必要性もない。
だがこの周りの雰囲気はどうにもならないような気がした。
おい、なにをロウはニヤニヤしながら見てやがる。誰か助け船を出してくれる奴はいないのか。
アイラはアイテムボックスに手をかざすのをやめろ。オーバーキルだから。うん、俺が悪かった。助けは不要だ。
一段とブーイングが高まっていく中、一人の少女が前に出た。
彼女が何か言おうとした瞬間、ブーイングがピタリと止み、その声は大きくなくてもはっきりとここまで聞こえてきた。
「やめましょう。レイルさまは素晴らしいかたですわ。そこの方よりもレイルさまが優れていた。それだけのことです。信じることができないのならば、我が兄──レオンとも戦ってみればわかるでしょう?」
この学校で知らぬ者はいないその少女は、人ごみの中にぽっかりと空間を空けながら近づいてきた。
ギャクラ王国第二王子レオン・ラージュエルの双子の妹、レオナ・ラージュエルであった。
そして入学式のとき、俺に何故か好意的な目を向けた謎の少女でもあった。
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