第11話 勘違い
九歳になった。
生まれた時は、「こいつ、育つのか?」と自分でも思っていたが、この通りである。
それは普通、周りの大人の台詞だが、ろくに育たなかったとしたら周りの大人のせいなのであえて俺から言わせてもらう。
アイラとの銃開発も、いいところまできた。少なくとも護身用としては十分なものができた。殺傷能力もある。使う機会はまだ先だろうし、足りないところもあるので開発はやめることはないが。
もう学校生活も折り返し地点にきたと言えよう。
◇
ついこの間、シリカのコネで商会に行った。
リバーシの販売利権を買い取ってくれるというのだ。
改良方法を詳しく説明した。どれほど効くかはわからないが。
まずは改良方法だが、コマを持ち歩かなくてもできるようにした。
三角形の一面が無地で回すと黒、白とコマの付いた面が出てくる。現代でもあるものだ。構造を説明して、木造でもしっかりできるようにした。発想勝負な商品であるため、再現は不可能ではないだろう。精密な加工が必要だが。
貧富の差があれど、一定数娯楽の需要はある。
貴族などを対象にすれば十分に売れるし、何よりかさばらない。
そして販売もとい独占方法である。
最初から最新式を売らない。
簡単な作りの白黒のコマを八×八と盤だけのリバーシをこの商会の新商品として売り出したとする。
すると日本ほど法律も整備されていないこの国だと、あっという間に真似をする輩が出てくる。
それをあえて放置しておく。
そこで調子にのって真似をする輩が増えてきたところで、改良版を売りに出す。その時も発祥がこの商会だと宣伝した上で、だ。
この商会のであるという証明印の入った改良版を高めの値段で売り出すのだ。
もちろんまた、真似をする輩はいるだろう。
だがどうだ。
俺が示した改良版は構造を正確に知ってなければ真似はできない。
何度か試してみても、劣化版の脆いものしかできないだろう。
試行錯誤や元祖を購入して解体してやっと、それに近いものが出来上がる。
その頃には元祖が一番質が良いという評判も広まり、他の商会のパチモンなど売れはしない。
じゃあ薄利多売で、最初の基本的なものを売ろうと考えるか?
しかし新商品に釣られた一部の余裕のある客は、元の基本的なリバーシを売って、新商品を買うだろう。
なにせ、自分でも少し手間をかければ作れるのだから。
そうして古道具屋などに流れた旧型が、今まで様子見だったり余裕がなくて買えなかった客層にまで広まる。
もうわざわざ高い金を出して買う客はいないだろう。
古道具屋と同じ値段にまで下げるならばそれでも良い。
儲けが出ないか、悪くて赤字なのだから。
話終えると、商人は苦笑いしていた。
「あまり詐欺のような方法は、同業者の多くを敵に回します。商人は信頼の仕事、敵に回して潰し合うよりは、うまく利用しましょう。本家の証明はいい案ですね。真似をされることを想定しつつこちらの利益も損なわぬよう手は打たせていただきますよ」
利権と独占方法は金貨五十枚で売れた。約五百万円ほどである。そのうちの四十枚を家に入れた。
しかしまだ返しきれていない。まだ二倍ほどは必要だろうな。他にも幾つか金になりそうな話をして、その日は別れた。
後で独占方法を聞いたシリカも眉をひそめて顔をひきつらせたあげく、諦めたようにため息をついたのはまた別の話。
◇
俺たちの学校はほぼ午前授業である。
家の手伝いなども考慮しての時間である。
カグヤは目立つ。
それもそうだ。もともとのスペックの高さに加えて、あれだけの美貌、成績も良い。
アイラと同じように情報は秘匿するよう言っているが、それでもダメなものはダメか。
どうやら農民の希望の星みたいな扱いを受けているらしい。貴族に負けぬ教養とか剣の技量とか言われて。
その背景には三年生から導入された剣術の授業において、先生すら倒しかねないほどの実力を見せたからだ。目立ちすぎだ。
その点ロウは素晴らしい。
ほとんど目立っていない。俺も目立たない方がいいなぁとは言ったんだけどさ。目端のきくやつは取り込もうと画策しているが、休み時間に姿を追うことすらできないとか。俺もあいつが学校にいるのか不安になってくる。
あいつはあいつで何者なんだろうか。
アイラは頑張っている。
成績もいいし、毎日真面目に授業も受けているので先生からの評判もいい。
ただ、好き嫌いが分かれる。
刃物が作れないことで出来損ない、と罵るやつと、その才能に気づいたのか、それとも可愛いからかとても可愛がるやつがいる。
両方気に入らな……げふん、なんとか釣り合いがとれて楽しくやれてるならいいか。
そして俺はというと――
「貴様! 俺と勝負しろ! 勝ったらアイラを解放してもらおうか!」
――何故か決闘を挑まれている。
どうしてこうなった。おかしいな。
俺はできるだけ目立たないようにしている。
もちろん勉強の方は学年どころか学校一の自信がある。
こんなところで謙遜しても仕方あるまい。小学校みたいなもので元高校生が負けていてはお話にならない。自慢にもならない。
しかし魔法はこれっぽっちも使えない。才能どころか適性の欠片も見られないという。魔法陣だとか、魔石の使用について聞けばわかる。魔法は使えない。
剣技はそこそこ。剣の苦手な子には勝てる。英才教育を受けた軍人の息子などには勝てない。おそらく剣の授業を蔑ろにしている令嬢方には勝てるだろう。
そんなものには意味がない。
そんな俺がどうして苦手な剣技での決闘を挑まれているのか。
◇
それは昨日のことだった。
アイラは雨から濡れない場所でレイルが来るのを待っていた。
いつもふわりとたなびく紅いくせ毛も、雨で少し濡れてそのウェーブを休めていた。
周囲を通りすぎていくクラスメイトの男の子が言葉を投げかける。
「誰を待ってるんだよ」
「関係ない」
「ふん、出来損ないのくせに生意気だぞ」
アイラが刃物を作れないことについて揶揄する。
「そう思うならほうっておいてくれたらいいのに」
「な、なんだよ。お前なんか黙って言うこときいてたらいいんだよ!」
気になる女子にはきつい言葉をはなってしまう、小学生にありがちな心理である。
アイラは肩ぐらいまでの癖っ毛に大きな瞳。アンバランスな賢さに普段はあまり注目されないが、可愛いほうだ。
レイルのように、心からの悪意をもって接せられているわけではない。
しかしそれをアイラに理解しろというのは無理がある。
――レイルくんはいつもすごいって言ってくれるもん。
アイラにとって何より大事なのは、自分の一個人としての価値を最初に認めてくれたレイルの評価であった。
その他有象無象の悪口など気にする必要はない。そのようにさえ考えていた。
レイルはそれをして、やや危うい思考回路ではある、とは考えている。かといって、止めるほどでもないのが現場だ。依存しないギリギリのラインを見極めるような立ち位置。その境界線に、アイラはいた。
そのせいか、すっかり落ち着いていた。
この年頃にしては、おとなしく、はしゃぐこともなく、そういう印象を与える少女へと育っていた。
周囲にはいつも、そこそこ仲の良い子がいて、アイラの悪口を言われるたびに反発していた。そのため、アイラはイジメられるという事態にはなっていない。勿論、そのようなことがあれば、レイルも動くこととなるのだが。
しかし今日はそんな子達も、レイルもいない。男子もこれ幸いとつっかかる。
この男子にとって誤算だったのは後ろからその様子を見かけた貴族の子弟がいたことだった。
「何をしている!」
歳の割りにがっしりと筋肉のついた大柄な体格の少年が現れた。腰に差した剣は華美ながらも実用的で、服装からもその身分が察せられた。
最初アイラに絡んでいた少年はすっかり萎縮してしまい、その場で二、三言残して去っていった。
まるで物語の一幕のごとく、颯爽と助けに入った貴公子はアイラに微笑みかけた。
「大丈夫だったかい? 僕はフォルス・ガルフバード。君は?」
「私はアイラ。大丈夫だったけど、お礼はいっておく。ありがとう」
アイラには、悪口を投げてきた少年の微妙な気持ちはわからなかった。しかし少年に敵意がないことぐらいはわかっていた。ゆえに本人としてはそこまで危機感を抱いていなかったのだ。
微妙な違和感に首を傾げる。
それでもこの少年が助けてくれたことには変わりはないし、その善意には応えるべきだろう。
アイラの口調はもしも彼がプライドの高いだけの貴族であれば、それこそ身分もわきまえずに、と相手を怒らせたかもしれない。
フォルスはそのあたりは寛容であった。
「アイラ……同じ学年の! 刃物が作れないって聞いたけど」
「それは本当。でも他のものなら作れるから気にしてない」
そう言うとアイラは腕輪から以前作ったものを幾つか取り出した。
当然銃器は出さない。レイルとの約束だからだ。
それを見てフォルスが驚く。普段から高級なものを見慣れているフォルスでさえ、それらの良さがわかったからだ。
刃物ができなくても、物を作る才能がある。
家族がアイラの扱いに困る最大の理由である。
「すごいな! アイラ。僕のためだけに物を作る人になってはくれないか?」
フォルスは一つ間違えれば告白ともとれる勧誘をした。
貴族は専属の職人を雇うことがある。フォルスはそれを親より聞かされており、自らも雇っていいと言われていた。気に入る職人がいれば、勧誘してよい、と。
この学校の特色はそこにある。
人を見る目のある子供を送り込めば、才能が開花する直前、片鱗を見せた瞬間に青田買いができるのだから。
逆に職人や商人にとっては、ここで勧誘されることは子供の出世を約束されるようなもので、場合によってはその親の支援まで行われることもある。
勧誘は名誉であり、断られることなんてまずない――
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど無理なの。私にはレイルくんがいるから」
――アイラでなければ。
「どうしてなんだ! 別に刃物は作らなくてもいい。作るための環境には不自由させないし、もしよければ君の親にも援助できる。僕のためには作ってくれないのかい?」
「うん」
まさかアイラの親はアイラが勧誘されるとは思っていなかった。
だからアイラに、絶対に勧誘は受けるように! などとは言い聞かせてはいなかった。
ましてやアイラが断るとは夢にも思っていなかったのだ。
「そうか……そのレイルっていうのは……」
「フォルスくんと同じクラスじゃないかな?」
「やはりそうか。レイル・グレイか」
フォルスの確認する声に何故か怒気がこもる。
フォルスは勘違いしていた。
レイルがアイラの弱みを握るなどして束縛し、無理やり作らせているのではないか、と。
それにグレイ家の名前による先入観が拍車をかけた。
アイラをレイルから解放しなければならない。
見当違いの使命感に燃えた少年がここにいた。
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