学園編

第9話 入学式

 生まれて六年目になろうかというある日、ジュリアス養父上より突然呼び出された。

 何かと身構えたところ、学校に行ってもらうとのこと。

 むしろ通わせてくれるということに驚いた。

 お金稼ぎを本格的に始めようかと画策しているところへのこの提案だったため、やや戸惑う部分も大きいが特に異存は無い。

 もう一度青春をといったところか。


 そのことを話すと、当然のようにアイラが付いてくると言った。

 それはまあいい。理由は何であれ、学校に行こうってのはきっとアイラにとって大事なことだと思う。

 驚いたのは、カグヤとロウも学校に通うといったことだ。

「お前ら、学校必要か?」

「そのままそっくり返すぜ、レイル」

 必要かどうかではないのだろう。

 そんなわけで、学校生活が始まる。


 ◇


 入学式の朝である。多くの生徒が花で飾られた校門からぞろぞろと入っていく。

 近くの子と楽しそうに話をしている者、不安そうに周りを見渡す者……それぞれに異なった様子を見せている。

 俺は入学式なんて過去に何度か経験しているし、たかが六歳の入学式で緊張することもあるまい。ただ、ほんのりとした懐かしさだけがある。

 カグヤとロウは随分と落ち着いているが、アイラは無表情だが少しそわそわしている。道ゆく生徒を観察しているかのようにも見える。

「入学する生徒はこちらですよー」

 先生らしき人物が会場へと誘導している。

 俺はアイラ、カグヤ、ロウの三人と会場へ向かった。

 様々な身分の子供が通うため、厳格なドレスコードはない。

 それでも三人はいつもよりはきっちりとした格好で来ている。小学一年生にそんなものを求めてとうするのか、といえばそれまでであるが。見栄をはりたい上流階級の方々はドレスコードなんてなくても着飾らなければならない。俺も例外ではなく、今朝も感情をあまり見せないメイドさんからいろいろ用意された。


 そうして式が始まった。

 学園長の祝辞が簡潔に述べられ、入学生代表の挨拶へと移り変わる。

「入学生代表、前へ」

 壇上に上がったのは金髪碧眼の少年。

 その瞬間、一部から感嘆の溜息が漏れ、羨望の眼差しが注がれる。美形だからか?

 何故異世界は美形が多いんだというべきなのか。それとも入学生代表に選ばれるようなステータスのくせに美形なんだよというか。

「初めまして。入学生代表に選ばれました。ギャクラ国第二王子、レオン・ラージュエルです」

 王子であったことに周囲がざわめく。

 やったね! これで一躍有名人だね。

 と馬鹿みたいに喜ぶ意味はない。どうせ王子ならば、何もなくとも有名になるのだから。

 王子のはきはきとした演説に「さすがレオン様」と先生たちの見る目も熱いというか細められて暖かいというか。

 最初は、ま、王子様なんて関係ないか、と思っていた。しかし一つ思い出してしまう。貴族は貴族と、といったみたいに身分でクラス分けされていたことを。

 ……もしかして、同じクラスか?


 確かに俺は貴族として入学している。

 それはジュリアス様による情報操作で「レイルは妻が生んだ子であり、病弱であったため、存在を隠していた」とされているからである。扱いとしては隠し子だ。

 しかし高位の貴族であったり、情報に敏い一部の大商人の子供たちは俺が養子であることを掴んでいた。

 それ故に、周りの見る目はあまり好意的とは言えない。

 情報操作が無駄だったとは……

「チッ……養子のくせに……」

「どうして平民なんかと共に学ばなきゃダメなんだ……」

 入学式が終わり、それぞれのクラスに向かう最中、周りの貴族連中はひそひそと陰口を叩いていた。

 子供のころから英才教育を受け、貴族としての考えを徹底された子供たち。そんな選民意識の強い貴族の子弟である彼らにとって、俺は実に目障りな存在なのだろう。

 そんな針の筵をものともせず、教室に何食わぬ顔で入った。

 精神年齢二十歳越えで、子供たちにびくびくしていてどうする。そんな風に気負うことなく席についた。

 やはり王子と同じクラスで、アイラやカグヤ、ロウとは違うクラスだった。クラスにいるのはいいとこの坊ちゃんとかお嬢様ばかり。元が平民、血筋的にも平民な俺としてはそこまで居心地がよいとは言えない。

 混合ならばよかったのにな。


 混合なら混合で、貴族方の親とかもうるさいのだろう。

 各教室で自己紹介が始まる。

 一人一人、順番に名前を告げていく。全員は覚えていられないので、目立つ奴だけ覚えていく。当然一番に覚えられそうなのは王子様か。

 商人、職人達の子供が集まるクラスでは、自分の親の職業と共に自己紹介をするのだとか。

 貴族、騎士、王族の通うこのクラスには自分の親の名前を名乗る。

 俺にも自分の番が来て立ち上がった。

「ジュリアス・グレイ様の息子、レイル・グレイと言います。よろしくお願いします」

 三分の一ぐらいの人間は「ふーん」とグレイ家自体を知らないような反応であった。こちらはまだあまり貴族などの教育を受けていない子供たちであろうか。騎士とかが多い。

 残りの三分の二の半分……つまりは三分の一なのだが、「へーあのグレイ家の」という反応を見せる。

 中には少し怖がっているような子供もいる。こちらは教育を既に受けていて、他の貴族の名前なども頭に入っている子供たちであろう。

 そして残りが、意味ありげな視線や侮蔑、嫌悪の眼差しである。こちらは情報に敏い集団である。つまりは俺が養子であることを知っている奴らだ。こんなにいるなら養子であることはあっという間に広がるのだろう。


 周囲を一瞥し、それだけで教育の階級と情報の敏さを把握した。

 情報は武器である。それは子供の学校生活の間においてもなんら変わりはない。複雑な環境に置かれているのだから、厄介事は避けるに越したことはない。


 そうしてようやく気づく。

 ジュリアス・グレイが自分をこの学校に入学させたその理由わけに。

 この学校は農民にとっては効率良く知識を吸収し、農業をより良く行えるようにするための単なる学び舎である。

 商人、職人たちの子供にとっては、親が仕事で教えきれない自らの職業に対する知識を補う場所でありなから、王族、貴族など本来ならば接点のない上流階級の人間と接触し、お得意様となってもらう……つまりはコネを作る場所である。

 そして貴族や王族、騎士などの身分の高い人間たちからすれば……ここは宮廷での立ち回りを覚え、才能のある、つまりは利用価値のある人間を見抜く目を養うための場所である。

 この学校は学び舎でありながら、社会の縮図であるのだ。


 なるほど、手っ取り早く国に馴染むならこれほど良い場所もあるまい。

 とたいそうに表現してみたけれど、学校が社会の縮図であることは前の世界でもたいして変わらなかった。

 この国で神に会う方法がなければ、国を飛び出す気まんまんな俺としてはたいしたことではなかったのだ。

 まあいいや。学校生活がもう一度楽しめるっていうなら楽しませてもらおう。

 前より波乱万丈になるかもしれないが、前よりうまく立ち回れるはずだ。


 ふと思いついて王子様の方を見る。

 その眼に強烈な違和感を覚え、二度見した。

 彼は俺のことを身分や出生で見下している感じではなかった。

 何か……個人的なもっと根の深いもののように感じであったのだ。

「俺、何かしたか……? 王子様とは初対面なんだけど」

 初対面である、ということはなんらおかしくはない。

 だが、貴族が王子の顔を見て、王子だとわからなかったのは問題である。

 しかしそのことを別に表に出したわけではないので関係はなかった。


 そしてもう一人、妙な子がいた。


 好意的な目を向けている美少女がいたのである。レオン王子と同じ金髪碧眼、隣にいた男の子が挙動不審になるほどのオーラが出ていて、明らかに只者ではなかった。


 自分で言うのもなんだが前世の基準でいくと、並よりは少しばかり美形であった。

 しかしそれは日本の感覚であり、美的感覚の違うこの世界、しかも美形揃いのこの世界ではイケメンではなかった。


 そして当然その子も初対面である。


 貴族としての評判は別に良くないジュリアス、そしてそこに養子として入ったレイル。

 情報を知っているだけならば、いや、レイル自身の情報を知っていても、そこまで好意的な目を向けられる理由はわからなかった。

 俺の評価は、貴族でありながら平民と遊び、何かわからない物を作っている変な子、である。

 だから、俺にとっては侮蔑の眼差しを向ける一部の方が理解できるというものだった。

 心地よいわけではないが。ドMじゃあるまいし。ちょっと愉快なだけだ。


 一方、アイラやカグヤとロウのクラスでは、なんの問題もなく自己紹介が行われたようだ。

 カグヤに色目を使う男子にロウが威嚇したとか、人見知りと緊張で拙い自己紹介のアイラに好奇心を起こした男子が噂していたとかぐらいたろうか。

 小学生なんだ。色目とか単に仲良くなりたいだけだろ。

 それにカグヤならロウ以外の男はどうでも良さそうだし、今更ぽっと出のイケメンに寝取られたりはするまい。

 小学生なのに寝取られるってなんだよな。



 ◇


 ひとしきりクラスのホームルーム的なものが終わると、クラスメイトは教室を次々と後にしていく。

 アイラを迎えに行こうと廊下に出た時、後ろから声がかかった。

 振り返ったところにいたのは眼鏡をかけたショートヘアーの女の子だった。腰に手を当て、胸をはるように立っている。

「あなたがレイル・グレイだったわよね?」

「そうだけど。そういう貴女は?」

 覚えられてなかったのね、と少し残念そうに答えた。

「私はシリカ。父は財務関係の仕事をしている貴族よ」

「俺の名前を知っているなら、評判も知っているんだろう? わざわざ話しかけにくるなんて物好きだな」

 冷酷非道の大貴族、ジュリアス・グレイの一人息子。血が繋がっていないともなると、どう考えても悪い方向にしか想像が働かない。

 そんなに悪いことを考えて彼が自分をここに送り込んだとは思っていないので、あまり気にしないことにしているのだが。

「だからこそ、よ。あの視線の中で平気な顔でいるからすごいなーって」

 軽く褒めて円滑にお話をってか。

 彼女はニコニコと悪意を感じさせることなく、話を続けた。これが演技であったとすれば凄まじいの一言に尽きる。

「それに……あの噂って本当なの? 血が繋がってないっていう」

 彼女は敏い側の人間であった。

 親は財務関係でも重要な職に就いているのだろうか。

 だとすればお知り合いになっておきたいところである。

「それにどちらかの答えを返したところでシリカさんは信じるの? どちらであっても関係はないだろうし。あえて言うなら俺とジュリアス様との関係は親子だよ」

 じゃなきゃあ学校には通わせないだろう?

 と言外にそれ以上の追及をやんわりと拒んだ。

「ふふふっ。確かにそうかもね。じゃあね、また明日」

 じゃあまた明日。と言いかけて、気になっていたことを思い出して呼び止める。

「シリカさんって財務関係なら商人にツテとかない?」

「あることにはあるけど……」

「別に便宜ってほどでもないけど、また会わせてもらえたら嬉しいかな」

 借金返済のために頑張らなければならないので、お金の匂いがすると少しばかり積極的になってみる。

 入学式はこうして終わったのだった。

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