第7話 かぐや姫?

 山の中に斬撃の音が響いていた。

 竹を伐採している音だ。それは一人の翁が刀を滑らかに振るうことで生み出されていた。綺麗な切り口が一つ、また一つと増えていく。その数と同じだけ、竹が地面へと転がっていく。

 その全てを丁寧にまとめ、僅かに上がった息に加齢による衰えを感じていた。

 帰り支度を始めた翁は、竹の中の一つに目を留める。

「光って……おるのか?」

 微かな光ではあったが、毎日竹を採ってきた翁はその僅かな違いに気がついた。

 しばし迷い、中身を傷つけないように切り落とす。するとそこには——

「なにこれ可愛い」

 ——小さな女の子がいた。

 どれほど小さいかといえば、手のひらに乗るほどのものである。まだ生まれたばかりでありながら、翁のことをはっきりと認識していた。

 まばゆいばかりの黒髪に、白い月のような肌、伏せがちな目には憂いさえ浮かぶ。その容姿は控えめに言っても――人ならざるもの。

 そのようなことを意にも介さず翁はあっさりと理性も思考も放棄して感情の赴くままに誘った。

「わしらのうちに来んか?」

「いいの?」

「もちろんじゃ! いいや、命令じゃな。わしのうちに来い。そしてわしらの娘になるとよい!」

「だいじょうぶ?」

 翁についていくのに不安を覚える女の子ではあったものの。しかし他に選択肢があるわけでもなく、ついていくことを選択した。

 女の子はかぐや姫と名付けられた。

 子どものいなかった老夫婦はたいそうその子を可愛がった。



 ◇


 一年が経った。

 かぐや姫は、翁と嫗の元で育てられ、すっかり元気に育っていた。

「じーいーやーあーそーぼっ!」

 溌剌とした声が届く。かぐや姫は軽やかに走りよるが、その手には何故か斧が握られている。迷うことなく振り下ろされたが、翁によって寸前で何事もないかのように軽々と止められる。

「こら、危ないじゃろ! 他の人には絶対するでないぞ!」

「じいじだけだもん!」

「そうかそうかー」

 不意打ちで刃物を振りかぶられてもこの反応では、周りが親バカ、ジジ馬鹿と呼ぶのも無理はないか。

「じいじ大好き! かぐやが薪割りするからじいじ休んでて!」

 溺愛する娘に大好きと言われて翁の顔がにヘラっと崩れる。

 かぐや姫も薪割りに慣れてきたのでもう大丈夫だろうと翁はそこを後にした。


 かぐや姫の成長は恐るべきものだった。

 僅か一年で手のひらの大きさから普通の少女と呼べる身長にまで育った。異常、という言葉では説明がつかないほどに。

 また、その身体能力も優れたものであった。大の男が両手で持つそれを軽々と振り回す幼女など聞いたことがない。

 そんな彼女を呼ぶ声がした。


「おーいかーぐーやー」

 気の強そうな顔の少年が、表から入って裏庭であるここへとやってきた、年はまだ幼いかぐやよりも少々歳上に見える。


「おーまた来たのか朧のところの坊主。かぐやなら向こうで薪割りしてくれとったよ」


 朧、とは彼の実家が営む陰陽師家業、その集団の名前である。

 朧家の名は、その道ではそこそこ有名であるとか。

「遊ぼうぜ! いや、また腕だめしさせてくれ!」

 彼との関係を端的に言えば幼馴染となろうか。

 かぐやがこの家に来た時に、その小さなかぐやのことを見ていた。それから何かと構うようになったのだが、見る見る成長してしまったかぐやに彼も内心複雑だろうか。

 彼は背中に担いだ刀を抜いて襲いかかった。

「がんばるねー、でも、今のところわたしが七勝で一回も負けてないから、ね」

 かぐや姫はまるで挨拶でもされた程度のように返す。

「お前に最初負けた時は親父は"年下の女子に負けるとは何事。鍛え直すか!"って怒ってたけど」

 二人は無邪気に刀と刀を、目と目を交わす。

 陰陽師の跡取り息子がそんなに戦闘を磨いてどうするのか、という素朴な疑問はこの頃にはもう霧散している。

「お前の爺さんの事話したら"剣聖の一人娘か……仕方ねえな"って」

 幼馴染は納得いかないといった風に続ける。

「でも俺、さいきん大人にも勝てるようになったのにおかしいだろ! 親父や隊長達はわかるよ? なんでお前には勝てないんだよ! そもそもケンセイってなんだよ?」

「しかたないねーだってじいじ強いもん。私なんかよりずっと。あんたのお父さんよりきっと強いもん!」

「んなわけあるか! きっと親父の方が強えし!」

「私に勝ってからいってね」

 こんな他愛ない会話ではあるが話している間二人はずっと戦っていた。

 舞い散る落ち葉は二人に近づくたび切り刻まれて粉々になる。

 この跡を見た人はこれが年端もいかぬ子供の争いの跡だとは思うまい。

「あやつらも飽きんのぉ。わしが遊んだだけあって随分とかぐやも強くなっとるな」

 翁はかぐやの練習相手には丁度良い、と微笑ましく見守っていた。

 彼はともかく山奥に住んでる単なる少女がそんなに強くなる必要もないのだが。

 



 ◇

 


 かぐや姫の成長は人並み外れていて、あっという間に五歳年上の幼馴染に、見た目は追いついた。


 しかし見た目が十歳ぐらいになると、成長は普通の人と同じになった。

 もしかするともう数年経つと成長が人より緩やかになるのかもしれない。


 そんな時のことだった。

 幼馴染の両親が死んだのは。


「大丈夫?!」

 かぐやは親が死んで傷ついているだろう幼馴染の元へと向かった。

 彼は以前とは見た目が変わっていた。あんなに黒かった髪がすっかり白くなっていたのだ。

 しかし彼は平然とした顔で、両親が遺したものの片付けをしていた。

 かぐやは最初、幼馴染が強がっているだけかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「なあ、知ってたか? 俺の両親の陰陽師の裏の仕事」

 陰陽師は現在、割に合わない。

 元々が星を読んで占いをしたり、政治相談役のような仕事をしていたはずだった。

 しかしある大きな陰陽師一家がその範疇を超える力を見せたせいで、ほとんどの大きな仕事はそこに行くようになった。


 そして勘違いが起こった。


 陰陽師にさえ頼めば、なんでもできるのではないか、と。

 頼まれたら全力を尽くすしかない。ただでさえ仕事がないのだから。


 ただ、大きな陰陽師一家に頼まない、ということは情報の漏洩だのを恐れている、つまりは後ろめたい仕事が多かった。

 人を呪い殺してくれ、子供を授からない体にしてくれ、様々な人の業を受けてきた。――応えてきた。

 もちろん陰陽術だけで全てがこなせるわけではない。

 下手な呪術で依頼をこなせば、大きな陰陽師一家によって特定されることもある。


 そんな中でどうやってろうの一家は大きくなったのか。


 彼らは裏で暗殺稼業をこなしていた。

 武術を磨き、情報を集め、毒の知識を蓄え……隠密行動や暗殺に長けた集団になっていったのだ。

 彼もまた、その英才教育を受けてきた。

 そして正面戦闘でも決して引けをとらぬようにと鍛えようとしてきた。


 ある日、彼の両親が仕事で手に入れた禁書の中に、不老長寿の呪いがあった。

 どうして呪いか、というと「愛した人に先立たれるほどの長寿」、「人から疎まれるほどの不老」は人には幸せをもたらさないということが書いてあった。


 それでも彼らは、長く生きていたかった。息子にも長く生きてほしかった。

 数多の命を奪ってきた彼らが望むには皮肉な願いだった。


 彼らは失敗したのだ。結果だけなら半分は成功である。失敗の代償は彼らの余命であった。

 そして幼馴染は半分不老不死になった。体の再生能力も上がっているらしい。彼はゆっくりと老いていく。両親の余命を増幅して受け継いだのだろう。

 幼馴染は両親の壮絶な死に様を目にした。

 半不老不死の副作用か、それとも両親の死を見た恐怖か、彼は何故か髪が白くなっていたのだった。

「親父やお袋が死んだのは半分は自業自得だからさ」

 そしてもう半分は自分のせい。

 そんな風に自虐的に笑う幼馴染をかぐやは抱きしめた。

 かぐやの涙が彼の背中に伝う。

「あんな仕事だったからよ。親父も俺に道徳とか善悪は教えなかった。今でも、多少悲しいけどなんでだろうな。罪悪感とかは全然ねえんだ」

 それでもやはり、寂しいのだ、と。

「でもあれだよな。呪いっていうけど、お前となら呪いじゃないかもな」

 かぐやはおそらく、人より長く生きるだろう。

 かぐやの成長速度の速い。だがなぜか逆に、そんな確信が彼にはあった。

 そのかぐやとなら――





 ◇


 さらにもう数年後、かぐやは美しく成長した。

 あまりの美しさに、見物人ができるほどであった。

 年は十を五つ過ぎたほどに見えるか。この国においてはもう立派に結婚もできる年齢である。

「家の周りをうろちょろする怪しい輩もでてきたのぅ。わしがなんとかしてやろうか?」

 老いてなお、衰えぬその鋭さを漂わせて翁が獰猛に笑った。

「やめてよ。自分の身ぐらい自分で守れるから、ね?」

 善良な人まで巻き込みかねない。

 そう心配するかぐやはその提案をやんわりと却下する。

「かぐやがそう言うなら仕方ないの。確かにお前さんなら今すぐにでも片付けられるじゃろうけど」

 何かあったら全員を縛り上げて話を聞くことになるが、と付け加えた。


 その後かぐや姫に手を出そうとしたものは何人か居たが、一人残らず次の日の朝には悲惨な死に方をしたとか。

 それが刀による返り討ちなのか何かしらの呪いかはわからなかったと言われる。

「かぐやになんかあったら困るな。つーか、そんなことできるやつがいるのが困る」

 そうしていく内に生半可な気持ちではかぐや姫に近づくこともできないと知った彼らは次第にその数を減らしていった。


 そして最後まで残った変人……もとい根性のある男は五人となった。


 彼らはかぐや達が怒るであろう一線を越えず適度な距離感で近づいてきたのでかぐや姫もあしらいきれなかったのだ。

 それぞれがなまじ財力も権力もある為、無下にもできない。


 翁は元剣聖と呼ばれる国一の使い手であったため、一貴族との関係なんて大したことでもないかもしれないが。


「いい加減はっきりさせたいわ」


 業を煮やしたかぐやが宣言した。


「どうするんじゃ?」

「確かおじいさま繋がりの友達のところに……そうね五人とも呼んでくださいな」



 ◇


 かぐや姫達の家に五人の貴公子が集まった。

 笛を吹く者、扇を鳴らす者、鼻歌を歌う者など思い思いに部屋で待っていた。


「どうされたのでしょう? 我が姫君が珍しくお誘いをくれたと思えば」

「なんだよこんなに呼び集めてよ」

「ふふふ。長くお付き合いを望んできた我らが呼ばれたとは大事な話に違いない」

「ふん」

「やっと選んでくれる日がきたか。待ちわびた……っと来た」


 かぐや姫が部屋に入る。それだけで部屋の中に緊張が漂う。


「集まってもらったのは他でもありません。今日は私の婚約者の条件を申しあげましょう」


 予想されていたとはいえ五人がざわめく。

 条件が簡単過ぎると他の奴に取られるかもしれない。

 しかし難題過ぎると自分が脱落する。

 不安が男達の胸中によぎった。


「貴方方の志が並大抵でないことは知っております。ささいな事にございます。ふるいにかけましょう。私がこれから言う物を持って来れた人の中から選ばせてもらいます」


 ――というかお父様ならどれでも半年もあれば持って来れるわ。


 かぐや姫は心の中では翁をお父様と呼んでいた。現実では気恥ずかしくて未だに『おじいさま』だが


 結婚する相手に本当は翁ぐらいの条件を課したかったのだが、それでは誰も挑戦すらしないかもしれない、と嫗に言われて緩めたのだ。

 それでも彼らでは辿りつくのが奇跡に等しいと言えた。


 一番の男には

「仏の御石の鉢」


 二番目の男には

「蓬莱の玉の枝」


 三番目の男には

「火鼠の裘」


 四番目の男には

「龍の首の珠」


 五番目の男には

「燕の産んだ子安貝」


 それぞれが珍しく、この国どころかこの世にあるのかさえ疑わしいとされている宝の数々を事も無げに口にした貴族の男達はギョッとした

 しかしかぐやにとっては、翁を通じて見たことのあるものばかりで。

 この程度の難題も突破できないようであれば、遊び相手にもならない、退屈だろうな、とボヤく。

 単純に彼らとの結婚が嫌なだけではあったが。

 男達を帰したあと、翁が言う。


「あれぐらい言ってくれたらいつでもわしが取りに行ってあげるのにのう」


 幼馴染は記憶を辿り思いついたように


「ていうかそれらのうち幾つかウチにあった気がするんだが」


「いいのよ。どうせあいつらじゃとって来れないし。あんたも金積まれたって渡さないようにね」


 万が一とって来れそうだったら幼馴染に邪魔頼もうかしら、と心の中で呟く。

 その時かぐや姫は、幼馴染の微妙な表情には気づくことはなかった。


 男達はことごとく失敗した。

 あまりに無様で、ここで語るのもどうかと思われた。


 ある男は行くと嘘をついて三年程たって偽物を持ってきた。

「仏の御石の鉢なんてブッダ様が現世で暮らしていたときに"また今度来てね!その時は私のお椀でもあげるよ!"とキリスト様と呑気に仰ってくれてたというのに」


 ある男は作らせた偽物を持ってきた事を職人に告げ口されて帰っていった。

 その後「何チクってんだよ!ボケが!」と逆ギレして職人に路地裏で暴力をふるっていたところを幼馴染とその部下によって取り押さえられた。

「蓬莱の木が一番無理だったかもね。海を渡った先にある異国の地でとある麒麟どのに預けてあるのだから。取りに行くだけなんだけど」


 ある男が持ってきた偽物はみんなの目の前で火に焼べられた。

「まあ確かに見た目衣と言うより西洋のマントとかだし、あの大きさまで作ろうと思うと厄介な鼠を十も二十も狩って作るから大変だけどね」


 ある男は最初部下に行かせて逃げられ、自分で行くも無残に龍に暴風雨で追い返された。

「おじいさまの友達は凄いなぁーずっと前渡した私の宝物、そんな本気で守ってくれたのか……なんか照れるね」

『かぐやちゃんの頼み? 全力で守るに決まってんじゃん! 幼女の頼みだぜ? 超可愛い上目遣いで"また遊ぶ時まで預かっててね♡"とか言われたら村でも町でも流し尽くしてやんよ!』


 最後の男はタカラガイを燕が産むと勘違いして挙句腰の骨折って寝込んでしまった。

「私は本で読んだ珍しい貝を殻ごと食べて身だけ消化する怪鳥とって来て欲しかったんだけどな」


 彼らのその後を知る者はいないとか。


 かぐや姫がとうとう一人残らず断ってしまったことが帝の耳に入った。

 それほどの女ならば余に仕える気はないか、と翁を通して伝えた。

「わしはお前の親だと思っておるよ」

 帝からの言葉を伝え終えると、背中を押すように続けた。

「私もおじいさまを大切な親と思っているんだけど?」

「帝の坊主は先代の頃から知っておるが別に悪い奴じゃないぞ。裏表があるわけでもなし、顔が悪いわけでもない。経済力については言わずもがなじゃ」

 遠回しに結婚する気はないのか、とすすめる翁に珍しくかぐやは口を尖らせる。

「自分で言いに来ないのはなー。それに私自身は帝様知らないから。でもなんだか違うのよね」

 などと言ってるうちに帝は翁と画策してかぐや姫に会いにきた。


 帝という生い立ちかそれとも生来か多少強引なところはあるようだ。

 かぐやを見るなり求婚をしたのだ。

「なるほど。多くの心を奪ってそして捨ててきただけはある。どうだ私の妻にならないか?」

「申し訳ありません。私は異形の身、竹を通してこの世界に降り立ちました。月の住人ですのでお仕え申しあげられません」

「姫は冗談がお得意なようだ。そんなことを言っても誤魔化されるものか」

 宝物作戦はこの前使ってしまっている。

 かぐやはどうやって逃れようかと追い詰められて、このようなことを口走った。

「では試してみますか? 私を貴方様の従者達数人で連れて行こうとしてみればよろしいじゃないですか。私はか弱い乙女、普通ならばすぐに捕まりましょう」

 これを幼馴染が聞いていたならばか弱い乙女とは何の冗談だと腹を抱えて笑っていたかもしれない。

 かぐや自身はそこまで異常なつもりはなかったが、逃げ切る自信ぐらいはあった。

「面白い。その重そうな服装で男数人と追いかけっことは。では……」

 帝は目線だけで従者に合図した。

 帝と周りの従者が掴みかかるとほぼ同時に帝の背後に回り込む。

 かぐや姫からすればただ回り込んだだけだが、帝達からすれば瞬間移動と言っても差し支えのない速さだった。

 そしてそれはかぐや姫を人でないものという冗談が否定できない程度には充分だった。

「なるほど只者ではない…………今回は引き下がりましょう。名残り惜しいがな。ますます惚れたぞ。せめて友人からでも始めてはくれまいか」

「潔いのでいらっしゃいますね。それぐらいのことであれば」


 かぐやはこうしてとりあえずやり過ごすことに成功した。

 ついぞ、その言葉遣いが取れることはなかった。


 ◇


 数日後、少し離れたひと気のない草原。

 かぐや姫はここしばらくの連続求婚に疲れ幼馴染と話していた。

 寝転んだ状態で昔のことを思い浮かべていた。


「ところでさ。あんたは求婚されたりしてるけど結婚しないじゃん?」

「いやぁ俺も職業柄、普通の貴族の娘さん嫁にとったってすぐに死ぬか耐えられなくなって逃げそうじゃん?」


 そういや陰陽師一家で暗殺も請け負っていたか、と思い至る。

 両親が死んだあと、彼はその家を継いでいた。

 うずうずとかぐやは横目で彼をみる。


「それに俺の職業も性格知らずに上辺だけで近づいてくる奴と結婚したってなぁ? 善悪の価値観ないし?」


 両親のことも知らないだろうし、と付け加える。


「あーどこかに強くて俺の性格も職業も知ってても愛してくれるような可愛い嫁になってくれる人いねーかなー」


 ――本当、こいつって。

 かぐやは内心で憤り、疑問まじりの不満を爆発させた。


「私でいいじゃん!!!!」


 ガバッと起き上がって叫んだ。

 そして一瞬しまったという顔をした。しかしここまでくれば言っておう。半ばやけっぱちの覚悟を決めて、まくしたてた。


「幼馴染だから過去は知ってるし?国で十の指に入るぐらいは強いし?求婚バカすかされるから見た目は中の上ぐらいだと信じたい。ついでに長命じゃん!!」


 幼馴染は呆気に取られたようにしばらくこっちを見つめていた。


 開口一番。


「え? 俺でいいの?」

「当たり前じゃん!今までなんでのらりくらりと顔のいい、収入もある秀才達をバカみたいな断りかたしてたと思ってんの!」


「いやだってそんな風に結婚なんて考えてないように断ってたからそういう話はダメかと思ってたんだよ! 今回も少し嫌がられるかぐらいの覚悟でさ!」

「もう本当私バカ! "好きな人いるんで"の一言が恥ずかしくて『私はか弱い乙女なのにとても速く動けるから月の住人』みたいなアホな冗談を帝に言ったら未だに信じてるし! 心が痛い!!」


「知るかよ! 最初に性格も知らないなんて。とか強い人がいい。で気づけよ! お前でいいじゃなくてお前狙い撃ちじゃん! むしろお前が理想の嫁だから!」

「そんな照れる」

「今更?!」


 二人は顔を見合わせて一瞬の沈黙のあと急におかしくなった。

 どちらが先ともわからず吹き出した。


「アハハハハハハハッッ」


 草むらを子どものように転げ回った。


「何よ。お互いバカみたい。典型的なすれ違いじゃん」

「そうだよ誰が"か弱い乙女"だよ月の住人とか……ぷくく……よく信じたな帝様も」


 かぐやはその言葉に顔をしかめる。

 彼女にとってそれは黒歴史の一つとなっていた。


「じゃあ結婚しようぜ」

「ちょっと待っていろいろ外聞が。馬鹿な嘘ついて帝まで断ったから、今更幼馴染と結婚します! とか超恥ずかしいし。帝が権力介入してきそう」

「それなら簡単だ。国の外に逃げればいい。一家は任せるアテがある」


 かぐやはふと今まで育ててくれた優しい両親を思い出した。

 恩を仇で返してないか、と。

 しかし同時に、帝の求婚を断った時に翁が言ってくれた言葉を思い出した。

『お前はわしらの自慢の娘だ。好きなように生きろ。権力も常識にも囚われず気持ちだけは殺すな』

 それはありふれた言葉であったがかぐや姫の幸せが一番と想う愛の詰まった言葉だった。

  かぐや姫は笑いすぎてか目の端についた雫を拭って頷いた。

「今更、馬鹿げてるよね」

 目の前に自由がある。

 自身に命がある。

 隣に幼馴染がいる。

 それだけで充分だと思った。

 幼馴染とならどこでも楽しく生きられる。

「じゃあ逃げる計画だけどさ──お前の嘘を利用しようと思う」


 幼馴染は計画を話しはじめた。


 ◇


 かぐや姫と幼馴染は、翁、嫗、信頼できる部下にこの計画を打ち明けた。そして帝には


『突然な話ですが私はもともと月で婚約者がございました。

 名も知らぬ者と結婚なんて……とこの世に逃げてまいりましたがそれは向こうも同じであったようでございます。

 そして月から降りてきた私たちは偶然にも出会っていたのです。長年共に過ごしてきた幼馴染という男でございます。お互いあなたならということでこの度婚約することにいたしました。

 今年の葉月の十五日の晩、私たちは月へと帰ります。どうか祝福していただければ幸いです』


 と腹のよじれそうな手紙を送ったのである。

 かぐやが月の住人かなんて月から誰がきたわけでもないのに知る訳がない。

 それでも今まで幾人もの男をあしらってきた上、竹から生まれたかぐや姫が言うと妙な信憑性があった。


 月へ帰ると見せかけて海を渡って他の国に行くつもりなのだ。

 もし帝に邪魔されたとしたら幼馴染の部下とかぐや姫の力でねじ伏せて怪しの者だと勘違いさせとくよい機会だ。

 幸いにも陰陽師一家が戦闘技術を磨いてることは機密事項だし、かぐや姫は深窓の姫君扱いだ。

 数人に軍隊が圧倒されたらなんにも言えなくなるだろう。


 高殿で手紙を読んだ帝は手紙を握り潰さないように自制するので精一杯だった。


「許さない。せっかくこれからだって言うのに。帝たる私を捨ててまで行く価値があるのか月には!」


 邪魔してやろうじゃないか

 国を相手にいい度胸じゃないか

 そんな声が聞こえてくるようであった。



 ◇


 そして八月十五日

 満月が眩しいくらいの夜。煌々とした月明かりの下でかぐやと幼馴染は昔を懐かしんでいた。

 かぐや姫の家に異形の者がくるということで帝が護衛をつけるといいだした。

 かぐや姫は騙されていて、それを今から証明してみせるのだとも。


 翁は娘の人生の門出だと言うのにどこか憂えた顔でそれを眺めていた。嫗はいつも通りだった。


 月が頂上に登る頃、幼馴染は十数人の部下を連れて軍隊の前に……いや上方に現れた。

 言葉を失った軍隊が少し乱れる。警備をすり抜けられたことに驚きを隠せなかった。


「馬鹿が。数では勝っている。落ち着いて取り囲め。逃がすなよ」


 錫杖を持った幼馴染。

 先陣をきる従者。

 後方を守る大柄な従者。

 周りに的確な指示を出し続ける従者。

 さすがの少数精鋭だった。

 十倍程度の戦力差は問題ではなかった。

 怪しげな戦い方に翻弄され思うように動かない軍隊。

 この国ではまだ発達していない、術式が兵士を襲う。


 山の中に斬撃の音が響く。

 でもかぐや姫を拾ったあの頃とは違い、静けさのかけらも無い。


 戦闘が激化し、敵味方が入り乱れてきたとき、かぐや姫はそっと隠れて従者達と同じ格好に着替えた。

 戦場を従者になりすまし駆け抜ける。

 幼馴染のいる屋根の上まで登り元の姿に戻った。


「お前らの守っていたかぐや姫は頂いた! これから旅立つ」


 そして他には聞こえないように囁く。


「お前ら後は頼んだぞ。暗殺は誇れない仕事だったかもしれない。それでもお前らは俺の家族だったから、どこにいても。これからも家族でいてくれ」


 今この場を頼んだのか陰陽師の家を頼んだのか。

 そんなことはどうでも良かったのだろう。

 かぐや姫は両親に今生の別れを告げた。


「いっぱいワガママ言ったし、いっぱい迷惑かけてゴメン。そのくせロクに結婚もせず家にいたけど。血も繋がってないどころじゃなくて人かどうかも怪しい私だけど」


 ――本当に幸せ者よね。

 かぐやの胸中は聞こえずとも伝わった。


「当然、幸せになるからさ」


 ――寂しがってるみたいじゃない。

 事実、寂しくもなるだろう。


「今まで育ててくれて、ありがとう」


 帝は放心したように立ち尽くしていたが、すぐに目的が叶うはずもないのに戦い続ける兵士達に戦いの終わりを告げた。


「行っちゃいましたね」


 嫗が寂し気に漏らす。


「迷惑? んなわけねえよ。お前は人だよ。わしらの娘だ」


 元気でな、と聞こえたような気がした。


 彼らが国に張られている結界のひずみから逃げ出す時に、何故か幼児にまで若返ってしまったり、辿り着いた先で奇妙な少年と出会ったりするのはまた後の話である。


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