屋上は今日も閉鎖されている

えくぼ

第1話 プロローグは突然始まる

 

「ハーレムを作ろう!」


 登校直後、おはようの挨拶より先にかけられた言葉に、俺は素っ頓狂な声をあげた。最上もがみあや、それが爆弾発言をした女子の名前である。

 

 改めてまじまじと見た。

 ストレートの髪は染めているわけではないがかすかに茶色寄りで明るく見える。顔そのものは美少女寄りだが、強烈な特徴があるわけではない。それよりも、目とその表情こそが特徴だろうか。力強く、それでいて威圧感がまったくない。

 穴があくほどみて、そして我に返る。


「は? 今なんて?」


 一瞬耳がおかしくなったのかと思ったが、周りにいた数人の女子生徒がギョッとした目をこちらに向けたところから察するにおそらく俺の耳はおかしくない。

 おかしいのはこいつの頭だ。オーケー。だから俺をそんな目でみるな。

 一度呼吸を整える。


「だから西下さいか、ハーレムだってば」

「とりあえずお前の頭がおかしいのはいつものこととして、何がどうしてそうなった。最上もがみ」 

 

 どちらかというとオタク寄りの女子だ。こうして世間一般からすればオタクに分類される俺に話しかけることは珍しくない。どちらも「オタクです!」と自称したことはない。

 俺が罵倒と共に諭すように優しく理由を尋ねてやると、勢いを止めることなくつづけた。


「私は絶望した!」

「糸色先生か」

「そうだけど違うわよ! 高校生活によ!」

「だから二次元に走ってるんじゃあなかったのか」

「二次は二次、三次は三次。そのあたりの区別ぐらいはついてるわ。ついてるからこそ絶望したの」

 

 パロディーネタを挟んでくる時点で、あまり期待しない方がいいかもしれない。 


「で、絶望する理由はなんだ?」

「いろいろよ! 夢がなさすぎると思わない?」

「夢、ねえ。あれか幼稚園や小学校の頃にわざわざどんな職業があるかもわからないのに漠然としたものを書かせて黒歴史を量産させる授業の題材のことか」

「やめてよ。私も『お花屋さんになる! 彼岸花の花束作るの』とか言ってた純真で眩しい時代があったのよ」

「生物的にも文化的にも絵面も何もかもが純真さから程遠い花を選んでおいて」


 ダメだ、すぐに脱線してしまう。


「でさあ、全くお約束がないと思わない?」

「お約束ってのはあれか。転校生がやってくる登校初日に曲がり角で食パンくわえてぶつかるような?」

「そうよそれ!」


 お約束とはある意味でご都合主義である。何か違う出だしにすれば、そこに理由やらを考えたり意図があったりするものだ。そうした試行錯誤を先人がやり尽くしたが故のよくある展開だからだ。

 とラノベを読んだりアニメを見ただけの俺がそれらしく語ったところで、最上が言いたいことはまあわからないでもない。

 ようするに、そういう展開は普通に面白かったりするのだ。

「私だって薔薇色の高校生活、青春を夢見ていたの。開放されてる屋上、保健室の美女保険医に謎の転校生、そして権力を持った生徒会と風紀委員の激突!」

 屋上は危険だから封鎖されている。

 保険医はおばちゃんで、公立高校だから転校生なんて滅多に来ない。生徒会は雑用で風紀委員は存在しない。

 それらは全て、学園モノの「お約束」である。他にも細々としたものはあるが、よく言われがちなのはそのあたりだろうか。

「で、それがどうしてハーレムに繋がるんだ」

「そりゃあ最大のお約束じゃない。学園ラブコメの」

「ここは学園じゃなくって学校だな。中等部もなければ、寮も存在しない」

「い・い・の!」

「だいたい俺にできると思ってるのか? 無理に決まってんだろうが。まず美少女を二桁用意してから言ってみろ」

 人が増えてくるにしたがい、俺たちが目立たなくなってくる。

 テンションこそアレだが、声のトーンも下げておりこの会話が聞かれていることはないと信じたい。

「できるじゃなくってするのよ! あんな鈍感な空回り系なのに撫でたら一発落ちじゃなくって、計算詰めでね!」

「お前、最低の女だな」

「うるさい。そうと決まれば部活動を作るわよ。ほにゃらら研究部とか、友達部とか、なんとか奉仕部とか、お助け団とか」

 本当残念な女だよな。騒がしい。

 だから女友達がいないのだろう。俺が知らないだけでいるのかもしれない。

 いや、それならそいつのところに行くに決まってる。朝の貴重な時間を使ってまで俺のところに来る理由はない。

 だいたい、そんなくだらないことを思いつく時点で、高校生活をリア充として過ごせていない証拠だ。


 いや、こうして本を開くかこいつの話に付き合うかの二択しか選択肢カードの出現しない俺も人の事は言えない。

 こいつがこんなノリでくるからか、俺本来の性質か他のオタクの奴らとはどうも会話が弾むところまでいかない。

 嫌いじゃないんだ。一度じっくり話したいと思う。どもるわけでもないし、話題がないわけでもない。けどなんかテンポズレるんだ。そうか、なるほど、これもいわゆるコミュ障の一種か。

「そんな名前の部活に美少女が何人もいたら薄い本が厚くなりそうだな。しかし、覚えているか?」

「何よ」

 どうやら本当に忘れているらしい。先ほどまで"そういう"話をしていたというのに。

「うちの学校は生徒に部活を立ち上げる権限がない」

「リアルなんて! リアルなんて!!」

 もしもここが教室でなければ、人の目を気にすることがなければ地団駄を踏んでいただろう。くぅ、と悔しがる様はおかしかった。

 とりあえずそのキャラは高校デビュー失敗の一例として挿絵付きで載せたいもんだ。もしも日本の教育に「人間関係」というものが存在するならば、だが。

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