第32話 追いかけない≒意地の張り合い

 文香ちゃんが教室を飛び出した。

 原因が誰にあるかと聞かれると少し困るけど、あえて直接の原因は何か答えるならそれは西下、ということになるかな。

 私たちの「ハーレム計画」がバレた。それは別に構わない。構わないんだけど、でも早い。

 西下とは半年ぐらい経ってからバラそうねってそんなことを言ってた気がする。

 西下も教室を飛び出していった。

 ここにきて私たちは同じことを考えていた。

 ラノベのラブコメでこういう時に主人公がすぐに追えないことほど、「ヘタレ!」と言いたくなる。わざわざ恋に負けたヒロインやライバル、親友ポジションとかの周りに背中を押されないと進めないのか。

 だから、西下は私が何も言わなくても、すぐに追いかけたはず。

 それは私の「追いかけなきゃね」という発言に対して迷うことなく「わかってる!」と返したことからもよくわかる。


 私はそれを嬉しく思う。

 もし私がどうしようもなくなって逃げたくなった時、文香ちゃんを連れて追いかけてきてくれるってことだから。

「さて、私は私なりの方法で文香ちゃんを探しますか」

 そう言いつつ私は再び椅子に座った。

 私には私なりの方法が、答えが既に見えていたからだ。正確に言うならば私にとって探す必要さえないと言える。

 なんだかんだ言って西下は現実主義者なのだ。私に付き合ってハーレム計画なんてものに賛同してくれてはいるけれど、その方法はどこまでもラブコメを否定するみたいで。

 つまり人として当たり前の感情の推移は受け止められても、物語的な展開というものをまるで信じることができていない。

 そこが私と西下の違いだ。


 犯人は現場に戻ってくる。

 そんな風に言うけれど、この場合は文香ちゃんは犯人ではない。けれどそこに同じものを見出すことはできる。

 そう、文香ちゃんは再びここに戻ってくる。


 理由は三つ。

 とりあえずは、経験則。以前ここで文香ちゃん可愛いみたいな話をしていて聞かれた時、結局文香ちゃんは教室から離れられなかった。今回は全然勝手こそ違うかもしれないが、同じように教室を飛び出したという部分では同じだ。

 つまりここから離れられず戻ってくるのではないか。そういう確信があった。


 二つ目は候補地の少なさ。

 ここを放課後駄弁る場所として選んだのは必然だった。人通りが少なく、先生が見回りにくることも少ない。

 他の場所は一人で泣くのにリスクが高い。

 ここぐらいしか行くあてがなかったからこそ、それはまた文香ちゃんにとっても同じである。


 そして女の子の気持ちとして。

 文香ちゃんは西下を怒らせたと思っている。

 けれどその前に大きくデレていた。

 苦手な人や嫌いな人には思ったことは言えないと述べながら、西下に向かって西下が傷つくかもしれないほどに遠慮のないことを言っていた。

 結局それが褒め言葉だったとはいえ、難しいことだったと思う。

 だからそんな文香ちゃんは勇気を出して西下に謝るためにここに戻ってくる。

 それぐらいには変わったんじゃないか、と思う。

 変わったのは文香ちゃんの性格かもしれないし、気持ちかもしれない。私たちとの関係性も、かな?

 とにかく、少しは変わったはずだ。

 何も逃げ出したものは戻ってくると無邪気に信じているわけじゃない。

 だけど、それでも私は戻ってくる方に賭けた。

 その方が劇的ドラマチックで面白いから。


 私は賭けに勝った。

 私が西下を見送り、数分が経ったぐらいで文香ちゃんは教室へと帰ってきた。

 文香ちゃんは私を見てすごく驚いてる。

「おかえり。ごめんね。薄情かと思ったけどきっとここに帰ってくると思ったから私だけここに残っちゃった」

「まだ、いたの……!?」

「ひどいなあ。帰ってた方が良かった?」

「…………ごめん」

 あっけらかんと毒気も怒気も込めずに、嫌味にならないように言うのはコミュニケーションの必須スキルだ。

 西下よりも文香ちゃんを理解できている、と優越感を覚えるのはこういう時だ。

 ご都合主義と呼ばれてもいい、より面白い展開を夢見る、より文香ちゃんの成長を願う私だから見れた特別な場面シーン

「私は怒ってないよ」

「うん」

「西下も怒ってない」

「そうなの?」

「そうだよ。だって西下、文香ちゃん大好きだし。多分何しても怒らないっていうか、怒るようなことをしないから文香ちゃんのこと好きなんだと思うけどね」

「でも、私……」

「あまり私の口から語りすぎるのも野暮かなあ……どうする? 私はここにいようか?」

 一見すると冷たくも思える提案。

 でも私は文香ちゃんにこの質問が必要だと思った。文香ちゃんに考えさせて、選ばせる、この提案が。

 ただ流して流されるように場を整えたがる西下と僅かに分かれる選択の違いがここで浮き彫りになる。

「ううん、私、西下くんと話してくる。一対一で」

 うーん。予想はしてたし、そうして欲しかった、必要だ、とも思っていたけど実際されるとちょっぴり凹むなあ。

 私もハーレム計画発案者。つまりはこの事件の当事者だから無責任ってことはないしなあ。

 でも文香ちゃんがそう言うなら、きっとここで私が離脱することに意味はあるんだ。

 別に西下とこのままゴールインしてしまう可能性についてはなにも考えず、言わないことにしておく。

 文香ちゃんの自立的な何かを尊重して私は西下の後ってことで。

 だって私は私で、西下の代わりにはなれやしないんだから。


 階段を誰かが昇ってくる音が聞こえる。パタパタとせわしなく上履きが床と打ちあう音が。

 多分西下だ。こんなところを訪れる人がいないことを確認してからここを使っていたんだから。

 私はバレないようにそっとロッカーの中に隠れた。

 文香ちゃんの注意は西下に向けられていて、私が教室を出たかどうかを確認しなかった。

 西下が飛び込んできて、文香ちゃんを見つけた。



 


 ◇


 まさか、戻ってきているとは。

 一応確認しなければならない、とは思っていたが、いる可能性は低いとみていた。

 どちらかというとここを拠点に探すみたいな心構えだった。

 東雲がここにいる理由は考えないことにしよう。

 最上はどこに行ったのだろうか。探している間にすれ違ったのだろうか。

「よかった東雲、戻ってたのか」

「うん」

「最上は?」

「ううん……知らない」

 俺は東雲が「知っている」としてもそれを答えることはないと思っていた。

 知らなかったのならば正直に答えるだろう。

 では出会っていたとしよう。

 出会っていた情報を、東雲視点から俺の立場になったとしたら。

 東雲からすれば、最上と俺は一緒に自分を探していてくれていた相手だ。そんな相手が一人がまず自分を見つけていて、その相手が去った後でもう一人来てしまったと正直に伝えてしまえば、とある誤解を招きかねない。

 それはつまり、最上が俺と二人で東雲を探していたにもかかわらず、東雲を見つけても俺に教えず二人きりで話していた。

 それがなにかしらの悪意ではないかという誤解だ。

 俺は最上も東雲も信じているので、もし知っていたとして今ここにいないのならば。

 最上は話すべきことを話し終えた。もしくは俺に任せるために身を引いた。とかそのあたりだと考えられる。

 最上が俺に悪意をもって騙しているとは考えにくい。

 それを東雲もまたわかっていて、最上にも事情がある、もしくは自分に事情があるから、そういう立場であればとっさに最上の居場所を聞かれて"知らない"とごまかしてしまうだろう。

 つまり東雲が嘘をついていたとして、俺が責める理由はどこにもないわけだ。

 それをわかっていてわざわざ聞いたのは、東雲が「知らない」といったことで最上の所在についての責任が俺になくなるからだ。最上のことは忘れていたのかとか、そういう責任が。

 同時に東雲は最上に聞いたことは俺との会話に持ち出すつもりはないということになる。まあそれはいいか。


 俺は東雲の返答を聞くと、スマホで最上に連絡を入れる。

『東雲を見つけた。探さなくていい』

『お前もこっちにくるか?』

 東雲について報告し、確認をとる。

 自分のセリフに『既読』の二文字がついて、それでもなお返事はなかった。

 つまりこれが返事だ。

 「どこにいるの?」とか「そっちいく」とかそういう発言をしない。

 ということはつまり、最上は東雲と既に接触している。もしくは居場所を知っている。にも関わらず、東雲の居場所を知っていてこちらには来る気がない。俺に任せるということだ。

「悪いな」

 探しにきておいて目の前で他の女に連絡をとったこと、そして今の状況になった原因と合わせて謝る。

「ううん、こっちこそ……」

 これだけ色々考えながら喋っていてもなおトラブル二回目って俺はどれだけ東雲を困らせたら気がすむんだろうか。一度目はワザとだけどさ。

 しかも誤解とかすれ違いとかじゃなくて普通に、なんだよなあ。

 それでも俺はここで遠慮したり、この気持ちは嘘じゃないのかとか迷ったりはしない。

 ハーレムという話が前提にあったからといって、東雲へのこの感情は何一つとして偽物ではないと言ってみせる。

 俺は、俺たちは東雲が好きなのだから。

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