第30話 プロローグは思わぬ方向で終わる

 ◇


 諫早千歳。彼女が特定の女子と親しくしているところを見たことがない。

 髪を染める理由がオシャレのためならば、そういう女子は交友関係が広かったり同じタイプの女子と仲良くなったりしていることが多い。だから彼女の髪はそういうものではないのだろう。


 では不良なのだろうか?


 昼休みは意外にも弁当を持ってきている。

 自炊する程度のマメさ、もしくは家族に毎日弁当を持たされるような家庭であると推測できる。

 何かしらの科目が著しく劣っている様子を見たことがない。世を拗ねるほどに学業において劣っているわけではない、と。

 英語の単語テストも早々に終わらせて机に突っ伏しているけれど、再テストの候補者として張り出されたことも呼ばれたこともない。

 単語テストのようなこまめなものというのは、要領の良さや単純な暗記能力が表れる。

 カンニングをしていればあんな目立つこともしないだろう。

 成績は悪くなりたくない、しかし心証も落としたくない、そんな人間ならば。


 ならば彼女は髪を染める理由が他にあるのかもしれない。

 

「ってことがあったんだよな」

「なんかすごかったよね、あれ」


 昼休み、東雲と最上と昼食を食べながら違うクラスである東雲にそんなことを話す。


「人を見た目で判断しちゃダメって言うけど……」


 東雲がおずおずと意見を出す。


「じゃあ何で判断するかって話なんだけどな。やっぱり初対面やよく知らない人の印象は見た目が大きいもんだよな」

「おしゃれセンスと人柄はあまり関係がないだろうけど、でも校則をわざわざ破ってるならそういう人だって見方もあるよね」


 最上の意見は現実的だ。

 人を見た目で判断するなという大人こそが、社会こそが刺青をした人は云々とか、髪染め禁止とかそういう見た目に関する規則や注意を作り保持している。

 会社の面接に金髪ピアスでいけばまず受からないだろう。

 人は見た目で判断されるのだ。


 見た目で判断、を顔の美醜にのみ限ればまさにその通りだと思う。だが同じぐらい好みの人格ならより容姿の優れたものに人が傾くのは当然といえば当然だ。

 だからイケメンや美少女が性格が良くなりやすい、とは思わないが。


「ま、つーわけで、俺はあいつが根っからの不良少女には見えねえって話でした」


 やや強引に言いたかったことをまとめる。

 そこに東雲がポツリと。

 

「私も……」

「ん?」

「私も、諫早さんが悪い子、だとは思えない、かな……」


 東雲は東雲で何か違うものを見たことがあるのかもしれない。

 雨の中、捨てられた猫に優しくする諫早とか、落ちてたものをそっと持ち主に戻してあげる諫早とか。鉄板すぎるか。

 と、まあベタベタではあるが俺の推測も細部こそ違えど本質的にはさほど変わるまい。


 諫早の不良ヤンキーっぽさは偽物である、と。


 問題は東雲がいるこの状態で、どうやって彼女について行動を起こすか、だが……


「何か、できないかな……?」


 はい、言質いただきました。

 東雲がこれを言い出すとは嬉しい誤算だ。これで大義名分ができた。

 東雲が、諫早を助けたいと願望を口にして俺がそれに応える。なんとも綺麗な構図じゃないか。

 ここでツンデレなら、最初は誰がそんなことするか! とか言いながら諫早に構う東雲を見てイライラしてしまう、と。

 そしてあいつのためじゃないとか、お前のためじゃないとか不満を口にして助けにきちゃうわけだ。

 逆に東雲がツンデレなら全て終わった後で諫早を構う俺に嫉妬して「お前が助けろって言ったんだろ!」とかそういうルートもなきにしもあらず。

 どちらにしろ俺たちにそのルートはない。


 東雲が言わなければ、俺はなんだかんだと理由をつけて諫早をどうにかせねばならなかっただろう。

 諫早への行動を下手に隠すとまるで俺が諫早に恋をしているウブな男の子みたいになってしまう。

 そんな俺を想像すると脳内で最上が腹を抱えて笑うので腹がたつ。

 というわけで東雲グッジョブ。


「そうだな」

「さっすが文香ちゃん! いいこと言う! ねえ西下、諫早さんについて何かしよう!」

「おう。他ならない東雲の言うことだ。諫早についてはまず知るところからだな!」


 まるで鶴の一声。

 最上も同じことを思っていたのか、激しく同意している。目と目で合図するように息を合わせてあれよあれよと諫早がターゲットに決まった。

 あれ? なんかこの光景って東雲のハーレムみたいじゃね?

 と頓珍漢な構図になったかもという疑念ををそれでも仲良ければ全てよしの信条モットーで振り払う。

 東雲は目を丸くしてぱちくりと驚いていた。


「なんだ東雲、意外そうだな?」

「うん、意外……だったのかな?」

「俺が女子のことで何か行動を起こすのが?」

「なんだか、そう言うと誤解を招きかねないんだけど……」


 誤解でもなんでもないんだが。

 ここに関わる人間は対象が諫早、発案が東雲、協力者に最上と見事に俺以外女子なわけだ。

 これが女子のためじゃなくてなんなのだ。

 そう、つまり下心。


「俺が優しくないってことか?」

「あんたがいつ優しかったのよ」


 自虐的な冗談で場を和ませようと試みる。半笑いで、というか(笑)付きでと言うべきか。威圧的だったり落胆は滲ませないようにしたつもりだ。

 最上はそれにのって茶化してくる。

 ……茶化して、るんだよな? いや、本気かもしれない。やっぱ本気だこいつ。

 東雲は誤魔化されなかった。ううん、そうじゃなくって、としどろもどろではあるがそれを否定する。


「西下くんって、なんていうか……気を遣わない、よね?」

「ぶふっ!」


 最上はぶふっと吹き出した。

 これはグサッときた。相手が東雲である、というのが大きい。

 これが最上とかなら、軽口としてこういうことは言う。

 東雲は冗談や軽口ではこういうことを言わない。人を傷つけることを極端に恐れ、はっきり言えるようになってきているとはいえまだまだ内気で意見を口に出すのが苦手な彼女だから。

 つまりこれを今、わざわざ言うということは東雲なりの考えがあってのことのはず。俺は何か失態をおかしたか。


「あー、東雲?」

「いや、そういうのじゃなくってね、どう言えばいいのかな……? 無関心な人、好きな人、嫌いな人とか苦手な人とか、西下くんの中でははっきりしてて……無関心な人のために何かしようとしなかったりするし……」


 珍しく早口で、そしてしどろもどろに東雲がフォローする。

 そして何故か最上はニヤリと笑っている。何がおかしい。

 東雲、その論理は間違ってない。だがその理屈でいくと俺がお前を好きで仕方ないから構ってることになるわけで、いや、間違ってないんだけどさ。今、自分で「西下くんって私のことどうでもよくなんかないんでしょ? 大好きなんだよね?」って言ってるに等しいからな?


「でもこの前、龍田のために動いたじゃねえか」

「あれは……頼まれた、から?」

「でも俺、龍田のこと別に好きっていうほど好きじゃない、かなぁ……うん。嫌いじゃないか」


 好きか嫌いなら好きなのかもしれない。けれど、もしもあいつが困っていても俺から何かを積極的にしてやる気にはなれない。せいぜいが菅沼と蔦畑に連絡してやるだけだ。

 もちろん、緊急で俺にさほど危険が訪れないならするさ。事故にあったら救急車を呼ぶとか、暴漢に襲われてたら警察を呼ぶとか、そういうかなり当たり前の範囲で。


「まあ、でも結果は結果だ。今回も何か理由があるのかもしれないぞ?」


 というかあるんだよな。

 東雲はそれに気がついているのか。


「でも、誰にでも思ったことを言っちゃう……でしょ? 私って、ほら、苦手な人とかとぶつかるのとか怖くて、ちょっと遠慮したことしか言わなかったり、嫌いな人に色々言われても黙って頷いちゃったりするし……」


 嫌いな人にまで気をつかってしまう、と。思ったことを言えるのは好きな証拠とか甘えてるとかそういう見方もある、か。

 鈍感系の主人公的に述べるならば「男として見られてないんですねわかります」となるところではある。

 言いたいことはわからなくもない。

 というよりは、龍田の話の後でなお、俺のことをそう評価するってのは結構的を射ているのではないかとさえ思う。


「綾ちゃんみたいに、うまく断るのも凄いなーって思うけど、西下くんみたいに思ったことを気を遣わずに言えるのも、憧れるっていうか……だから、今回、話したことない女の子のことをなんとかしようって私が言い出したことを断ったりしないのは西下くんにとってこれが"してもいいこと"とか"したいこと"なのかな、って……」


 ああ、褒めてたんだな。これまで全部がとりあえず最後の褒め言葉に繋がるわけだ。

 俺のメンタルを支える何かも首の皮一つでつながった気がする。

 東雲は、まだまだ言葉がうまくないのかもしれないけれど、前より饒舌になった。それと同時に、俺は東雲に「よく見られている」のだとわかる。

 悪いことじゃない。むしろ良いことなんだが、しかし早い。想定ではもう少し時間がかかると思っていたけど、何か東雲に考えさせるようなことがあったか……


「そうか……」

「西下が悪口言われるかもってビクビクしてるの初めて見たーあはははは」

「言わないよぅ……そんなこと……」


 机をぺしぺしと叩きながら笑う最上と不服そうに口を尖らせる東雲。


「でね、諫早さんのために動こうっていうのが……なんだか意外だったんじゃないかなぁって思うの。前みたいに、頼まれたわけでもないでしょ? 余計なお世話かもしれないからーって言うかなって……」


 東雲は尖らせていた口をふっと元どおりに緩め、そして納得したように呟いた。


「あ……そっか……もしかして、ハーレム……?」


 えっ? あれ?

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