第5話 誤魔化す嘘、誤魔化される嘘

 委員の活動なんてのは緩い。

 最低限の当番をこなしていれば特に何かを言われることもなく、どれだけ真面目にするかなどは個人のやる気次第、とも言える。

 複雑な業務とか、厳しい規則などはほとんどない。誰でもできる雑用みたいなものだ。

 そもそも難しくて責任ある仕事を生徒に任せる、ということがなかなかに珍しい。

 東雲も図書委員の仕事そのものを好むというよりは、本の側にいたいというのが理由なのだろう。

 と放棄していた分析に手をつける。


 受付に貸し借りの人が来ない時はもっぱら本を読んでいる。

 自分で持ってきたものもあれば、学校から借りているもの、そもそも借りずに読んでいるものとその時によってまちまちだ。

 そんな読書中の東雲に向かって読み終えた本を返しにいった。


「返却お願い」


 そう言って本を差し出した。

 本などには目もくれずに機械的に手続きする人と、返される本の名前を見て色々と考えながら手続きするタイプの人がいる。前者は読んでいる本を知られるのがなんとなく気恥ずかしい人にとってありがたい。

 東雲は当然後者で、俺の返却する本を一瞥する。

 見覚えがあるからか、わずかに表情が変わったように見えた。

 この際、本当に変化したのかはどうでもよかった。


「この本、知ってるのか?」

「えっ、あ……うん……でもなんで?」


 驚いてもあまり勢いがない。小さめの声で少し慌てたように答える。小柄で華奢な東雲は余計に小さく見える。


「それ見た時になんか嬉しそうだったから」


 これは嘘だ。

 嬉しそうだったかなんて先ほどの表情から読みとれるはずもない。変わったかどうかさえわかるかという些細な変化だったのだから。

 だが一度読んだだけじゃ飽き足らず、再び借りるほどに好きな本だ。他の人が読んでいたら嬉しく思うのは自然なことだろう。

 本来、読書好きにとって好きな本の話題を誰かと共有しようとすると、既に読んだ人を見つけるか、薦めて読んでもらってからとなる。

 しかしながら付き合いがある程度深くないと薦めるのも躊躇われるし、読んでもらったからといって好みかどうかも別だ。

 苦手な作品っていうのは最後まで読めないことも多い。

 あまりグイグイとくる積極的なキャラじゃなさそうな東雲のことだ。必然的に話題を共有するのは前者となる。

 

「私も……読んでて。面白かった?」


 東雲は目を逸らしながら尋ねた。

 これは義理でいやいや聞いているからというよりは、他人と話すのに慣れていないからの態度だろうか。

 まさか今ので既に悪印象を持たれてるとかじゃないよな?

 嬉しそう、に否定をしなかった。

 それについて聞き返す素振りさえなかったということは、彼女の中で「嬉しそう」なのは顔に出したつもりだったのかもしれない。


「面白かったよ」

「あの……えーっと……」

「ああ、今は図書委員だもんな。また今度。東雲の感想も聞かせてくれるか?」

「……うん」


 そう。今回はここまで。

 一度にグイグイくる人間は疲れる。適当に引くのが正解だと思う。一言感想をつけて、詳しくは後日とすることでまた話す理由を作る。この本に好印象を持っているアピールもしたので、より話しやすくなることを期待。

 この返しは正しくもあり、言い訳でもある。図書委員だから話し込むのはどうかと思っているが話したいと思ってくれているならこれできっかけにはなるし、純粋に人見知りで話し込むのが……というなら時間をかけた方がいい。





 図書室から出てきたところで最上が待っていた。


「いやーやるねー」

「これぐらい普通だろ」

「いやいや。好きな本になるとどちらかががっついたり、人と積極的に話せない子同士だと全然きっかけつかめないままだったりね」

「だから片方が距離を調整するんだろうが」

「少女漫画的に、というか王道ラブストーリー的には同じ本の趣味を共有したまま放置ってのも良かったけど」


 最上も俺も雑食である。

 ラノベのみならず一般文芸のレーベルにも、少年漫画に少女漫画、青年漫画ぐらいまでは普通に手を出す。読めるならなんでもいいとさえ言える。その食指はネットのオリジナルから二次創作にまで及ぶ。

 実際の恋愛経験ってのは皆無に近いけれど、ああいうのは概ね理想に準拠するように描かれているものだろう。そんな読書歴の中に


「ああ、あれか。話さないことで一方的に美化していくタイプの恋愛か」

「そうそう。こうじっくりと自分の中で想いを昇華させていくの」


 最初はよく知らなかった相手をきっかけがあったことで目で追うようになり、目で追うから知っていく。

 人ってのは四六時中悪人でいられるわけがなく、常識的な判断に基づいて行動していれば優しく振る舞うことも誰かに笑顔を向けることもあるだろう。

 そういう段階を踏んで、片思いが形成されることもあるだろう。

 そういう意味では、今回の「同じ本を読む」というのは絶好のチャンスであった。

 本の趣味ってのは、本への感情ってのは思っている以上に人間が出る。

 感性が近い、っていうのは共感を重視する人間関係において大きなポイントだ。


「それなら向こうが見ている間に捨てられた猫に優しくするとかすればフラグもたつんだろうけどな」

「あっ、でもそれだと私と喋ってるところ見られてこじれる未来しか見えない」

「それって東雲が俺に惚れる前提の話だろ」

「うーん、どうかな。西下別に悪くないけど一方的にフラグ立ちそうなキャラじゃないよね」

「今時捨て猫が都合良く見つかるとも思えないし、ましてやそれを助けているところを見られるとか主人公補正やべえよそれ」


 最上はいまいち要領を得ないことを言う。

 別に結果を出せないとかそういうことを気にしての会議ってわけでもないし、不毛なぐらいでちょうどいい。

 俺は俺で違う面でできるかできないかを考えていたのだが。


「それにどうであれその案は却下だ」

「どうして?」

「そりゃああれだ。両方一方通行でストーキング合戦しててもお互いの人となりはわからないしな。形に惚れさせたいんじゃねえよ。仲良くなりたいし、関係を構築しなきゃ意味がねえだろ」

「ストーカーから始まる恋があったっていいじゃない」

「この前渋で彼氏が重度のヤンデレ思考でストーカーしまくってるの見たなあ」

「めっちゃ荒んでそう」


 むしろすげえほのぼのしてるんだけどな。

 絶対に風呂とかの盗撮はしないし、メールの覗き見もしないし、影ながら守るとかしてるだけで。

 渋というのは絵や漫画の投稿サイトである。お気に入りや評価、コメントをつけあえる大手のサイトなのだが、小説に関しては腐女子の溜まり場となっているのが現状。


「ちなみに彼氏はツンデレな」

「ええっ?!」

「すげえのが友達も妹も盗撮盗聴知ってるのに普通に受け入れちゃってて、妹もその彼女のこと好きすぎて兄に対抗心燃やしてるっていう」

「なにそれ怖い。つーか面白そう。また今度見てみよ……」


 渋は玉石混交で性癖のるつぼである。

 探せば大抵の性癖やフェチに対応した創作物が出てくる。

 二次創作に関しても盛んで、カップリングというものが流行っている。漫画やアニメ、小説のキャラ同士を恋愛、もしくはいちゃいちゃさせる二次創作のことをカップリングとそう呼ぶ。


「つーかお前は渋で何を見てんの?」

「私はび・い・え・る。この前見たヒロイン(男)のショタ化とかめっちゃ可愛かったなー。最近は六つ子のと刀剣擬人化が流行ってる」

「腐ってやがる……遅すぎたんだ……!」

「西下も理解はあるよね」

「理解はしても、好むとは言えねえかな」

「じゃあ百合は?」

「好きです」


 百合って正義だと思うんだよな。

 無自覚も意識しすぎちゃってるのも好きだよ。

 魔法少女もので公式百合確定したときは俺含む多くの大きなお友達が歓喜したに違いない。

 大きなお友だちというには俺はまだ高校生だが。


「じゃあ素質あるよ!」

「マジかよ」

「私もね。最初は腐ったのより百合が好きだったんだよね」

「女子だとそっちの方が珍しくね?」

「で、私の友達に久美ちゃんっているんだけど」


 確か苗字は伏籠ふしこ、だったか。

 勝手に腐女子なのバラしてもいいんだろうか。俺も言いふらす気はないけど。


「腐女子なんだな」

「その子の影響でね私も。で、百合ってことは同性愛に理解があるじゃん」

「おう」

「すると、腐ってても理論的には否定できないわけ。女の子同士がいいのになぜ男同士が無理とはってね。で、男同士で両方女体化とか、逆に女子同士の両方男体化、男の娘×男の娘とかそういう組み合わせもだんだんと許せてきちゃうわけよ」

「ほう」


 展開が見えてきた。


「するといつのまにか、あれ? もしかして俺って男同士でもいけるんじゃね? となるわけです」

「見たことねえよ」

「それが私!」

「今一人称俺って言ったよな」


 少なくとも俺の周りの男子に腐男子そんなのはいない……と思う。

 ちなみにBLが完全に無理なわけではない。創作物として読む分には楽しめる。

 だが腐ったものとBLは別物だと思う。


「そうだねー。腐女子はBLいけるんだけど、BL好きな女子が腐れるかっていうと腐れないこともあるみたいだし」


 少し怖くなってこんなことを聞いてみた。


「お前は……俺でカップリングなんかしてねえよな……?」


 すると最上は、軽く笑ってないないと手を横に振った。

 ほっと安心したのもつかの間、直後に何か思い当たるのか、「あーでも……」とこぼした。


「何を知ってる。言え」

「いやーあははははーえーっと私は何もしてないし知らないよ?」

「まあいいか」


 最上は乾いた笑いで誤魔化した。

 問い詰めたところで有益な情報が出てくる気がしない。むしろ藪をつついて蛇を出すようなことになりそうだ。

 それに、最上が本気で誤魔化すつもりならそんな白々しい様子にはならない。

 聞いては欲しくはないけど聞かれても困らない程度のものなのだろう。それならそっと聞かなかったことにしてやるのもありか。

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