第11波【追懐・1/2】

半分海に沈みかけた紅の日差しが


無防備に立ち尽くす身体と・・・4本の足を照らし


その影を砂浜に長く引き伸ばす




視線の先には


波間を赤く照らされた、ありふれた海が


それ以外何もする事がないかの様に


沖で波を作り・・・浜辺へと寄せ・・・そして引き返し続ける




・・・もう何億年も変わらず・・・


・・・一度も休んだ事など無かったかの様に・・・




その波を見つめ・・・その音を聞き・・・その潮の香りを感じながら




・・・昨夜・・・




・・・月光に照らされた静寂の入り江での・・・


過ぎ去った記憶を脳裏に蘇えらせる






・・・・・・・・・・






波の無い海辺に佇み・・・震える手で袋の中に手を収め


選ばれた【覚悟】を引き出すと


その滑らかな取っ手にそっと手を添え


淡く輝く小指に視線を移し


静かに距離を近づける




・・・すると・・・


波の滴は・・・左右を分かつ皹から


海水にも似た透明な液体を滲ませた




それはとても冷たく小指を浸し


徐々に勢いを増し・・・溢れ出し


月光できらめく砂浜に・・・淡い染みを広げ始めた




全てを把握し・・・懇願するかのように




見つめる事しか出来ない眼(まなこ)からは


幾筋もの流れが頬を伝い出し


直視する事が出来ない静寂の海に


今一度瞼を閉じ


冷たくなった鼓動を抱えながら


最後の想いを浮かばせる






・・・そう・・・






・・・静寂の海は選んだのだ・・・


・・・今ままでの暮らしを・・・


・・・これからも変わらず続けてゆくことを・・・






もう一つの差し出した【覚悟】は選ばずに






どんなにあがき・・・喚き・・・叫ぼうが


決して変わることの無いこの現実を


受け入れる事しか出来ない自分の無力さと


・・・むき出しにされた空しさが・・・


永遠に完治できない病の様に


・・・ゆっくりとその身を蝕んでいった・・・






・・・どうか・・・


・・・夢なら今すぐ覚めて欲しい・・・






すがるような刹那の祈りを胸に


そっと瞼を開けてみる






そこには残酷なほどいつもと変わらない


狂おしく・・・真直ぐな笑顔を思わせる静寂の海が


一片の後悔も感じさせないままに


優しく・・・静かに佇んでいた




しかしその景観を前に


憎しみや憎悪などは一欠片も生まれる事は無く


もはやその残酷ささえも愛しく思える感情は


身体の自由を奪われ


深海へと沈んでゆくように


・・・深く・・・切なく・・・


・・・愛しさに溺れてしまった自分をさらけ出した・・・






足先に目線を戻し・・・選ばれた【覚悟】の


その滑らかな取っての先に光る




・・・山なりの刃先が並ぶ部分を・・・




溶けてしまいそうな程悲しく輝き・・・濡れる


波の滴が収まる小指の付け根に這わせ




・・・大きく息を吸い・・・




・・・両手に力を込め・・・




・・・一気にその【覚悟】を引きおろす・・・






・・・全ての想いを断ち切るように・・・

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