第10波【選択】
雲の切れ間から僅かに注ぐ月光が
入り江の入り口をぼんやりと浮き上がらせていた
あと少し歩を進めれば・・・海を見渡せるその入り口の手前で
背を向けて座り込み
じっと耳を澄ませていた
・・・・全く聞こえない波の音は・・・・
静寂の海がそこで待っている事を教えていた
あの時差し出したふたつの【覚悟】のうち
・・・どちらかの【覚悟】を選択して・・・
わずかな望みと・・・それを覆す絶望の想像が
それぞれに大きく膨れ上がり
やがて渦潮のように脳内をかき回し始め
今にも引き返したい衝動が全身を襲う
・・・選択された【覚悟】と・・・
・・・そしてその先に待つ結末に・・・
歩を進める事が出来ない切なさは
歳をとり過ぎ
臆病さが深く染み込んだ心を
情け容赦なく痛めつけた
冷たくなった足先には
あの日以来・・・一度も自らの輝きを発する事なく
存在を隠し・・・無関心を装うように
元に戻らぬ皹を抱えた波の滴が
じっと小指の爪に収まっていた
やがて流れる雲は・・・主役の座を月に譲り
温かな月光が辺り一面に注ぎ始めると
・・・ちいさな波音がひとつ・・・
静寂を破り・・・耳に流れ込んできた
・・・初めて触れてしまった・・・
・・・あの【さざ波】と同じ音が・・・
するとその音によって・・・まるで眠りから覚めるように
波の滴は青白く淡い輝きを取り戻し
訴えかける様に小さく震えだした
・・・この先に待つ結末を・・・
・・・一緒に見守ってくれるかのように・・・
ゆっくりと立ち上がり
滴に足先を委ね
誘(いざな)われるがままに歩を進め
月光を受け、輪郭をはっきりとさせた
入り江の入り口に立ち
・・・そして視線を定める・・・
・・・静寂の海はそこにいた・・・
驚く程いつもと変わらぬ
愛くるしい素直な笑顔を思わせる表情で
まるで先刻の出来事は夢だったかのように
自制に耐え難い【さざ波】をその身に潜め
優しく・・・静かに存在していた
淡い希望が少しずつ広がり
砂を引きずるようにゆっくりと歩を進め
静寂の海との距離を縮ませる
・・・そして・・・
ようやく鮮明に映った海辺に
・・・それは打ち上げられていた・・・
青い巻貝と
・・・天草(てんぐさ)の袋がひとつ・・・
静かに近寄り・・・その大きさを確かめる
・・・両手に余るくらいの大きさ・・・
・・・選択された【覚悟】・・・
それを確認すると
その横に・・・寄り添うように佇む
青い巻貝を拾い上げ・・・そっと耳に這わす
流れ込んできた囁きは
・・・短く・・・
・・・消え入りそうな・・・
・・・しかし聞き間違えようの無い・・・
・・・確かな言葉・・・
・・・その言葉が全てを物語っていた・・・
返す言葉は要らなかった
海水を含み・・・重さの増した袋を拾い上げ
視線を波の滴へと向ける
・・・選ばれた【覚悟】に決意を秘めながら・・・
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