第9波【覚悟】

月明かりを受け・・・きらめく砂浜に


膝を抱えた姿勢で座り込み


滴を隠すように足先を砂に沈ませ


身じろぎもせず・・・真直ぐに視線を保ち


時間だげが緩やかに流れ続ける・・・




・・・目線の先には・・・


切ないくらいに・・・いつもと変わらぬ


愛くるしい表情を思わせる静寂の海が


月光を纏い・・・淡く浮かび上がり


愛おしさに応えてくれる【さざ波】をその内に秘め


静かに佇んでいた




流れを止めない残酷な時間は


切なさと苦悩の高まりを助長させ・・・


潤み始めた眼(まなこ)を


気づかれないようそっと瞼で隠すと


包み込む静寂の中に浸りながら




取り戻してしまった記憶によって


優しく温かかった思い出を切り裂かれ・・・


嬲(なぶ)られ・・・さまよい・・・


朽ち果てた末に導き出した想いを


ゆっくりと脳裏へ浮かばせる





・・・このまま・・・




この関係を続けていく事もできる


静寂の海がそれを望むなら




・・・けれども・・・




それは静寂の海が長い暮らしの中で培った


白イルカとの生活と・・・それを祝福し


信頼してその海で暮らしている


全ての生き物達を欺むき続けてゆかねばならず


やがてその暮らしは・・・静寂の海自身を苦しめ・・・


後ろめたさは罪悪感へと変わり果て


その狂わしく愛くるしい表情は姿を消し去り


清らかな海水は透明さと輝きを失い


・・・濁り始め・・・


・・・遂には・・・




何もそこに住む事が出来ない




・・・・ただの塩水へと変わり果ててしまうだろう・・・






望めるなら終わらせたくはない


この尊い喜びを感じさせる幸せな時間を・・・




・・・でも・・・




その先に待つ悲しい結末へは、決して導いてはいけない事は




・・・それだけは解っていた・・・


・・・そう気づいてしまった・・・






冷たく乾いた想いが全身を駆け抜けると


再び瞼を開け・・・視線を戻す




静寂の海は少しおどけた表情に思えたが


かわらぬ景観を称え・・・じっと待ち続けていた




それを確認し


深く・・・長いため息を一つ吐くと


用意していた・・・天草(てんぐさ)で編んだ2つの袋を持ち上げ


静寂の海辺へと歩みだす・・・




一つは片手に収まる程の小ささ


一つは両手に余るくらいの大きさ




海辺へ近づき・・・その温かく優しい


青白き海へ身を委ねたい衝動を


唇を噛み締めながらねじ伏せ


2つの袋を静寂の海へ投げ入れる




・・・そして最後に・・・




導き出した想いを綴り・・・


2つの袋の中身を書き足した小さな紙切れを


青い巻貝の中に入れ・・・口元を近づけ


初めてこちらから約束の日を告げ




・・・投げ入れた2つの【覚悟】に対する願いをそっと囁き・・・




・・・そして静かに海辺に投げ入れる・・・




・・・すると一時後・・・




静寂の海は・・・その全てを海中に収め


まるで海亀が産卵を終えて沖へ帰るように


静かに・・・ゆっくりと・・・大きな引き潮を起こし


やがて沖より寄せ返す波によって


何の感情も伺えない


ありふれた夜の海へと変貌を遂げた




・・・全てを受け入れ・・・把握したかのように・・・

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