第6波【戯れ】

青い巻貝に口もとを近づけ・・・語りかけ・・・


波の無い・・・静寂の海に投げ入れる




ほどなく小さなさざ波がひとつ起こり


波打ち際に青い巻貝を押し戻す




それを拾い上げ・・・耳に這わせ・・・囁きを聞き・・・


また口元に近づけ・・・




温かな月光に照らされた入り江で繰り返されるやりとり


陸での出来事を巻貝に伝え


海での出来事を巻貝から聞き取り




それはやがてお互いを求め合う囁きに変わり


うとましい衣類を脱ぎ捨て


静寂の海に身体を預けると


さざ波はそれに応えるかのように


幾重にも重なり全身にまとわわり続け


遂には官能の上り詰めるままに体内からの迸りを感じ


安らいだ身体をさざ波に委ねる・・・




そしてその一部始終を見守るかのように


小指の滴は青白く静かに輝いていた




もう何日ここを訪れ


愛おしさを確かめ合ったのだろうか?


次に約束された日を巻貝にささやかれる度に


期待と高揚を胸に


待ち続ける日々が続いた






ただひとつ・・・






永遠とも思われる魅惑の時間は、


時計の短針が10を示すと


大きな引き潮が起き始め


その優しく静かだった海の様相は飲み込まれ


寄せては返すだけの波となり


ありふれた夜の海へと変貌を遂げた




同時に小指に収まっている波の滴も


まるで眠ってしまったかの様に自らの輝きを消していた




ただ青い巻貝だけは


次の約束の囁きをその身体に宿し


砂浜でじっと待っていた




ふと、


何か大切な事を忘れてしまっている感覚を持ちながら


巻貝を拾い上げ


そっと耳に這わすと


流れ込む甘美な囁きに


一時の疑問は打ち消され


愛おしい感情に酔いながら歩き出す・・・




ささやかな幸福を噛み締めながら・・・

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