第9話 神様のごほうび
川は相変わらず綺麗な水をたたえて、サラサラ、ザーザー、時にはちょろちょろと流れていきます。
そのうち、ピーノの耳には、その水音が誰かの話し声のように聞こえてきました。
〈ミドリの石の下〉
とか
〈ハイイロの木のエダのあいだ〉
とかなにかを教えてくれようとしているみたいです。小さな小さな声でしたが、不思議とピーノの耳にはっきりと聞こえます。
チラリとダッフルさんの横顔を見ましたが、全く気づいていない様子で鼻唄なんか歌っています。
〈ピンクの花が三本生えてるところ〉
〈川底のアオい石〉
とずっと囁いています。
ピーノはとうとう、思い切ってその声の言うとおりにしてみることにしました。
〈左のアカい木の根元〉
声の方向を見ると、ちょうど、左に立っている木の幹の色は赤茶色です。小走りに駆け寄り、木の根元にしゃがみ込みました。
そして、じーっとみると凸凹した木肌の間がぴかっと光ります。手を伸ばして触ると、ぽろっとこぼれてきたのは金貨でした。
ダッフルさんのお財布に入っているのは、いつも銀貨や銅貨ばっかりで、金貨なんてピーノも久しぶりに見ました。
手のひらに乗せてたたいたり、握ったりしましたが、金貨は先ほどの食器のように消えません。
「本物なのかしら?」
つぶやいていると、ダッフルさんが気づいて振り返ります。
「ピーノ、どうしたんだい。今度は妖精でもいたかな」
「……うん、そ、そうかも」
ピーノは右手を握りしめたまま、びっくりしたように突っ立ています。この金貨1枚で、いったいどんなことができるでしょう!
焼きたてのパンを毎日買いに行けます。ダッフルさんのつぎはぎだらけのジャケット(これはこれで素敵です)を買い換えることができます。
部屋の雨漏りを直すことができます。
バローナおばあちゃんに膝掛けをプレゼントできます。
ピーノの欲しかったお人形を買うことができます。
そして、そのときに思い当たりました。
このお金があったら、お母さんにもっと高い薬を買ってあげられたのに。そしたらお母さんはまだ死ななくてすんだかもしれないのに。
ピーノの大きな目の中に涙がたくさん溜まって、ポトポトと握りこぶしの上にこぼれました。
捕まえた虫に刺されたのだと勘違いしたダッフルさんは、慌てて戻ってきて、ピーノの右手をつかみます。
「ピーノ手を空けるんだ。早く!」
でも、ピーノの可愛い手の中のキラキラ光る金貨を見ると、ピーノよりも大きく目を見開いて尋ねました。
「なんだい、こりゃ」
ピーノは川が話しかけてきたことを話しました。今考えていたことも、涙のわけも全部話しました。ちょっぴりお腹が痛そうな顔をして話を聞いたダッフルさんは、首をかしげて言いました。
「お父さんには何にも聞こえないよ。まだ聞こえるのかい」
「うん……と。あ、次はあそこの草の後ろって言ってる」
ピーノが指さした草の中に手を突っ込んでみると、はたして金貨がそこにありました。
「すごいなあ、これで金貨が二枚だ。だけど、ピーノ。このお金は僕たちのものじゃない」
いつもとは違い、少し厳しいダッフルさんの声に、今度はピーノが驚きました。
「誰かがピーノに金貨をプレゼントしようとしているのはわかる。これはとてもありがたいことだけど、理由のないお金は受け取れないだろう?」
「でも、でも、ピーノにくれたんだよ。やさしい妖精さんだよ。きっと」
ピーノは一生懸命に訴えます。
けれど、ダッフルさんはゆっくりと首を振って言いました。
「誰かに何かをしてあげたい、という気持ちを〈善意〉というんだ。けれど、理由のわからない善意は受け取れないんだ。理由がわからなければ、受け取った方は心から感謝できない。だったらもらった善意は誰の心にも響かないよ」
ピーノは手の中の金貨を見つめながら聞きます。
「……神様がくれても?」
「なるほど、神様のご褒美か。それなら善意ではなく〈奇蹟〉だね。しかし、残念ながら、奇蹟を受け取るほど僕たちは心の底から神様を信じていない。奇蹟ならなおさら、僕たちよりももっと困っていて神様に救いを求めている人に起こるべきじゃないかな」
ピーノにはちょっと難しかったようです。でも、何もしないでご褒美はもらえない、ということはわかったようです。もう一度、手のひらの金貨をじっと見てから拾った木の幹に戻しました。ダッフルさんも同じように、草の中にぽとんと金貨を落としました。
「さあ、これでいい。僕たちは自分たちのものしか持っていない。親からもらったこの体と、働いて買った持ち物ばかりだ。やましいことも、恥ずかしいこともないぞ。すばらしいことじゃないか。さあ、旅を続けよう」
ダッフルさんは楽しそうです。
本当はダッフルさんだって、金貨が欲しかった。
でも、マギーが亡くなったときに〈ピーノが自慢できる父親になる〉と誓ったのです。
ピーノに悪い影響を与えることは、少しでもしたくありません。なによりもう後悔したくなかったのです。
さて、また歩き始めると、道はだんだん狭くなってきます。これ以上、手をつないで歩くことは難しそうです。ダッフルさんは先頭になって、木の枝をかき分けながら進んでいきます。今度は少しずつ上り坂になります。
ピーノが疲れていないかと後ろをちらりと見ると、口を結んで鼻の穴を広げながらしっかりついてきています。真剣なときのピーノの表情です。
どちらにしても、休みたくても腰を下ろすスペースもないので、あともう少しだけ先に進むことにしました。これ以上険しい道になるようなら、ピーノをおんぶすればいいでしょう。
川の水の音が少し静かになった頃、二人は山の頂上らしき場所につきました。広さは不思議な食事をした広場の倍くらい。
足首くらいの高さの草がまんべんなく生えていて、冷たい風がひょろひょろながれていきます。
ただ、広場の中心には細長い棒がたっています。
棒から伸びた影は短くて、のんびりとゆらゆら居眠りをしているようでした。
太陽はほぼ真上にありました。
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