第8話 魔女の魔法
「おとうさん、だれのご飯なのかな?」
ピーノはよだれをガマンしながら聞きました。
だってこの様子はまるで、“食事前にちょっと手を洗ってきますね。すぐ戻りますから”といって席を外しているといった感じなんですから。
「う〜ん。誰かいるのかな。イスもちょうど2脚ある」
それからダッフルさんは「すいませ〜〜ん!だれかいますか!」と何度も大声で叫び、何十回か目には「冷めちゃうともったいないですよ〜!」と森の奥に向かって言いました。
しばらく待っても返事がないので、疲れた様子でイスに座ると、少し心配そうな目でピーノを呼びました。
「僕たちは一生懸命にこの食事の持ちぬしを探したけれど、誰も答えない。このままではせっかくの食事は誰にも食べてもらえないまま、ゴミになる。でも、人のものを勝手に取るのは泥棒だ!」
とても難しい問題です。ダッフルさんとピーノはお金持ちではないですが、人のものを盗んだことはありません。誰かの食事を横取りするなんて、とても考えられません。
そのとき、ピーノはひらめきました。
「人のものを取るのは泥棒だけど、きちんとお礼をすれば、泥棒じゃないよ!」
「どういうことだい?」
ダッフルさんは、首をかしげます。
「あのね、食べ物はお金を出して買うでしょ。お金がなければ何かの役に立つものと交換したり、働くことでお礼をするわ」
「そうか! ならば、この食事をいただくためには僕たちは何をすればいいだろう。まずは、とても足りないだろうけど、持っているだけのお金をここに置くよ」
ダッフルさんはテーブルの端っこにお財布を置きました。
「あとは、食べた後のお皿をきれいに洗って片付けるのはどう? お皿洗いや食器磨きなら、私にもできる」
このごちそうが食べられると思うと、ピーノの声は弾んできます。
「よし。決まりだ! 感謝して大切にいただくとしよう」
「いただきます!」
手を合わせると、ダッフルさんとピーノはものすごい勢いで食べ始めました。昨日の昼頃にサンドイッチを少し食べただけの空っぽのお腹に、料理はどんどん吸い込まれていきます。
スープは少し冷めてしまいましたが、野菜のダシと香りがたっぷりで体がぽかぽかしてきます。
お肉は肉汁がたっぷりで、甘辛いソースのおかげでいくらでも食べられそう。つけ合わせのニンジンやブロッコリーもやわらかくて甘くて、口の中でほっくりと崩れるほどです。
魚は高級な油でからっと揚げられて、野菜たっぷりの熱々のあんかけがのっています。
フランスパンは外はカリカリ、中しっとり。バターロールなんて、バターと牛乳がたっぷりでいくらでも食べられそう!
そのほかに、見たこともない甘い匂いのする果物や、イチゴがごろごろ入っているパイも用意してありました。
今まで食べたことのない食事を、ときどき喉に詰まらせそうになりながら、一言もしゃべらずに食べ続けた2人ですが、どの料理も手をつける前に少しずつ取り分けて、大きなお皿に載せておくことは忘れませんでした。もしこの料理の持ち主が現れたら、本当に申し訳ないですからね!
食べ終わると、大きな声で手を合わせて叫びました。
「ごちそうさまでした!」
言うやいなやピーノはぴょんとイスから降りると、銀色のお盆の上に食べ終わったお皿を載せていきます。川にお皿を洗いに行こうというのです。
でも、ピーノがお盆を持ってヨロヨロと歩き出したとたん、お皿はパッと消えてしまいました。テーブルのダッフルさんの方を振り返ると、ダッフルさんも目をまん丸にしています。
テーブルの上には、お皿どころか真っ白なテーブルクロスさえもなくなっていました。
「これは、魔法なの?」
ピーノはダッフルさんを見つめて言いました。ダッフルさんは両手の平を上に向け、肩をすくめて答えます。
「確かに魔法みたいだ。でもお父さんの魔法とは違うようだよ」
「けど、とっても素敵な魔法ね」
「あはは、ピーノは怖くないんだね。悪い魔女がピーノやお父さんを太らせて食べようとしているのかもしれないよ」
ダッフルさんはピーノを少し脅かします。絵本の魔女がこの島にいるとは思いませんが、あまりにも不思議すぎました。
「うーん。魔女がいたとしてもきっといい魔女だと思う」
少し考えてピーノは笑います。
「美味しい料理を作れる人を私は知ってる。お母さんと、上のバローナおばあちゃん、八百屋のアーニャ姉さん。みんないい匂いがして、やさしくて、私は大好き! だからこの料理をつくった人も優しい魔法使いにきまってる」
これを聞いてダッフルさんは、〈ピーノは本当にたくさんの人に可愛がられてきたのだ〉と、いるかいないかわからない神様に感謝しました。
さて、洗う食器が消えたので、やることがなくなりました。
「まだ日は高い。お腹もふくれたし、このまま冒険を続けないか」
ダッフルさんは提案しました。
「大、大、大、大賛成!」
ピーノはぴょんぴょんジャンプしながら両手を振り回しました。悪い人がいないと決めてしまったので、ピーノの心から恐ろしさは消えてしまいました。その代わり、ワクワクした気持ちではち切れそうになりました。
「では、さらに森の奥に行こうではないか。川をたどって!」
「了解、隊長!」
2人で敬礼をすると、力強い足取りでぐんぐんと歩き出しました。
おっと。その前に森に向かって大きな声でまた「ごちそうさまでした!」と叫ぶのは忘れませんでしたよ。
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