第6話 上陸の朝
ところが島は思ったより遠く、海岸にたどり着いたときには、あたりは真っ暗になっていました。
「お父さん、疲れたね」
「本当だ。砂浜で寝たいところだけど、危ないからたき火でもしよう。ちょうど枯れ木があちこちに散らばってる」
ピーノが見まわすと、たくさんの細い木の枝が落ちています。
幸い月が出てきて、白い砂浜はぼんやりと輝いています。月明かりで見る限り、砂浜は横に長いようです。島の内側に30歩くらい続いた向こうは、森になっています。
ダッフルさんは枯れ枝を器用に組み合わせると、鞄から新聞紙とライターを出して火をつけました。ライターも新聞紙も、手品をするときに使うものなので、いつも鞄に入っています。
それほど寒くはなかったのですが、明るい火を眺めていると、なんとなく全身がほかほかしてきて、少し元気が出てきます。
「静かな島だけど、誰か住んでないのかなあ」
ピーノがつぶやきます。
お腹が空いていましたので、2人はおやつ代わりに買ったポテトチップスを食べました。夜はどんどん濃くなっていきます。
「いまは夜だから、この島が大きいのか小さいのかもわからない。下手に動き回ると獣に襲われたりけがをするかもしれないから、朝になるまでここにいよう。危なくなったら船で逃げればいいし、お父さんは朝まで起きているよ。ピーノはおやすみ」
ダッフルさんはピーノのほっぺを両手で挟むと、おでこにキスをしました。
ピーノは1枚だけ持ってきた小さな毛布にくるまると、しばらくもぞもぞしていましたが、そのうちに寝てしまいました。
島は静かすぎました。波の音のほかは、虫の声と風が木の枝の間をすり抜けていく音が時々聞こえるだけ。
「さて、どうしたものかな」
ピーノの寝顔を見ながら、ダッフルさんは考えました。
まずは、この島が、安全かどうか確かめなければなりません。
そして、食べ物や飲み水も探す必要があります。
そして、この島はダッフルさんやピーノが住む町からどのくらい離れているのでしょうか。帰ることができるのでしょうか。
人が住んでいればいろいろ相談できますが、その人が悪い海賊だったら大変です。
ダッフルさんは、たき火を見ながらしばらく考えていましたが、何もわからないまま考えていても答えは出ないので、悩むのをやめました。
それよりも、何があっても対処できるように、すぐに逃げ出せるように、荷物をまとめて身体にくくりつけ、船を近くに引っ張ってきました。
ピーノだけはどんなことをしても守らなければなりません。
あの日に、そう決めたのですから。
実は、ピーノの母親であるマギーが亡くなってから、ダッフルさんは何もする気が起きなくて、世界中のすべてが大嫌いになっていました。寒くて、暗く狭い部屋に閉じこもって硬く小さい石になっているような気分でした。
今まで楽しかったことや嬉しかったことがすべて、嘘だったように思えてきました。昔の自分は幸せだったのに、いまは世界でいちばん不幸だと感じていました。そうやって、1週間くらいたったある日、小さなピーノがダッフルさんの寝室に来て言いました。
「ピーノはママにこうしてもらうと元気になるよ。お父さんにもしてあげる。ピーノができる魔法はこれしかないの」
ピーノはダッフルさんの前にちょこんと座ると、ほっぺたを両手で挟んで、おでこに長いキスをしました。
ダッフルさんはそのとき自分の体の周りにあった黒い雲が割れて、光が見えたような気がしました。ピーノは、自分とマギーが作った最高の魔法の1つだと気づいたのです。
それからというもの、ダッフルさんはピーノのために一生懸命働きました。ママがいないぶん、ダッフルさんが2人分愛しました。
いつも笑っていようと決めました。
つらいことがあったときこそ、ニコニコしていようと決めました。
そして、ピーノが眠るときには、必ずママの魔法のキスをしてあげると決めたのです。
そんなことをいろいろ考えているうちに、海の向こうがうっすら紫色になってきました。その色はだんだん空に広がり、赤や緑色が混じり、瞬く間に明るくなってきました。
新しい太陽が生まれる瞬間を、こんなにじっくり見たのは、ダッフルさんは生まれて初めてでした。
「ピーノ、夜が明けたよ! なんてきれいな朝日なんだろう」
ダッフルさんが、ピーノにを声をかけて立ち上がると、ピーノもパチリと目を開けて体を起こしました。
「大きい太陽だね。お父さん、おはよう」
「ピーノ、体に力がわいてくるような光じゃないか。きっと今日もいい日だよ。さあ、水と食べ物を探しに行こうよ」
ダッフルさんは大きな声で、言いました。そうやって話しているうちになんだか、なんでもできるような気がしてきました。怖いものなんか何もないし、これからどんなことでもできてしまうような、いいことがたくさん待っているような、もう飛び跳ねたような幸せな気持ちです。
こんないい気分になったのは久しぶりです。
「気持ちいいな、ピーノが生まれた時のような感じだ!」
ピーノは不思議そうな顔をしていましたが、じわじわと、ワクワクした光るような笑顔が浮かんできました。
「それじゃ、出発!」
2人は声を揃えて、森の中に入っていきました。
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