第5話 黒雲と霧

ピーノの緊張した声にダッフルさんはビクッと身を震わせ、目を覚ましました。


目に飛び込んできたのは真っ黒な水面です。ずいぶん暗くて風も強いみたいです。ここがどこなのかしばらくわかりません。


するとまた、ピーノの声がします。


「私たち流されてる!」


そうだ、やっと思い出しました。

天気がよいので、2人で釣りに来たのでした。でも、いまは空も海も真っ暗で、風が吹き付けて、耳にうるさいほどです。


「嵐が来るなんて聞いてないぞ。港はどっちだ」


ダッフルさんは焦ります。

どこもかしこも真っ暗な海で、陸地なんてどこにも見えません。波は荒くないのですが、潮の流れに乗って、船はすごい勢いで動いています。


「お父さん、どうしよう」


ピーノの声は震えています。

ダッフルさんも怖かったけれど、ピーノをおびえさせないように、わざとのんびり言いました。


「ずいぶん潮の流れが速いから、しっかりつかまっているんだよ。この調子なら、転覆して海に投げ出される心配はなさそうだ。そのうちどこかにつくさ。陸が見えてきたら2人で一生懸命漕ごうよ。そのためには、ちょっと腹ごしらえだ」


鞄の中からサンドイッチを取り出すと、半分をピーノに渡してムシャムシャと食べ始めました。

本当はおそろしさで味なんかしませんでした。

口の中はカラカラ、喉も詰まって、飲み込むのもひと苦労だったのですが、ピーノにわからないようにわざとゆっくりとかみました。


ダッフルさんがあまり慌てていないので、ピーノも拍子抜けしたように、ぽかんとしていましたが、少し顔色が良くなってきました。

ピーノも“お父さんと一緒にいれば大丈夫”と思うことに決めました。


そして、ピーノもダッフルさんの横にぴたりくっついて、黙ってゆっくり食べ始めます。



どのくらい2人で黙って海を見ていたでしょうか。向こうから何か白いものが近づいてきます。それはだんだん大きくなり、2人が乗った船をすっぽり飲み込んでしまいました。

白いものは濃い霧だったようで、ダッフルさんもピーノもたちまちびっしょり濡れてしまいました。でも、その霧は暖かかったので、風邪を引く心配はなさそうです。


前も後ろもわからない霧の中でも、船はスピードを緩めずどんどん進んでいきます。


しばらくして、いきなりパッと目の前が明るくなったかと思うと、目の前に大きな夕焼けがあらわれました。

今まで見たことのないような大きなきれいな夕焼けに、2人ともしばらく声も出ないで見とれていました。もう夕方になったんだなあと思いました。


じっと見つめていると、夕日の少し手前に、小さな島影が見えるではありませんか!


「ピーノ、島が見えるよ。誰か住んでるかな。2人で漕げば夜までには上陸できるぞ」


「そうだね! 誰かいるかな。どこの島かな」


とたんに2人は元気になって、漕ぎ始めました。

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