05 チーム編成

「それじゃあ、あらためて自己紹介の時間としましょうかね」


 山岡氏の取り計らいで、各陣営が名乗りをあげることになった。

 山岡氏はギガント鹿児島の会長で、そちらの所属となるのは巾木選手だ。その他に、二名の男性トレーナーが同行していた。


 いっぽう横嶋選手は、ギガント本部道場の所属となる。もともとは山口支部の道場に通っていたそうだが、近年になって上京して本部道場の所属となったのだ。そちらはギガントジムグループの会長および男女のトレーナーを引き連れていた。


 そして、エイミー選手とグヴェンドリン選手は単身で、トレーナー陣も引き連れていない。さきほど説明された通り、ユニオンMMAのトレーナー陣は三月と四月の大会に出場する選手の面倒を見るのにかかりきりであるのだ。そんな中、こちらの両名は自主的に日本陣営の稽古をサポートしてくれているのだった。


(あらためて、すごい顔ぶれだなぁ)


 エイミー選手とグヴェンドリン選手の強さは、瓜子とユーリがそれぞれ体感している。そしてギガントジムの両名は、どちらも《パルテノン》の現役王者であるのだ。ギガントジムとは、すなわち《パルテノン》の関係者が設立したジムであり、《レッド・キング》を開催する赤星道場のようなものであった。


 巾木選手は、多賀崎選手に勇猛さを上乗せさせたような人物である。かなり精悍な風貌で、階級も多賀崎選手と同じフライ級であったが、さらに逞しい印象であった。


 横嶋選手はアトム級で、なかなか見目のいい容姿とシャープなプロポーションをしている。髪も明るく染めあげており、すでに二十代の半ばであるはずだが、ずいぶん若く見えた。


 エイミー選手はマレーの血が入っており、彫りの深い男性的な容姿をしている。ユーリと同じバンタム級であるため、体格のよさはこの場に集った女子選手の中で随一だ。


 グヴェンドリン選手は瓜子と同じストロー級だが、身長は百六十二センチもあり、均整の取れたがっしりとした体格をしている。日本人選手よりも骨格が発達しているし、試合を控えていない現在は平常体重であるため、それこそ巾木選手を上回る勢いだ。そして、顔立ちの精悍さも巾木選手に負けていなかった。


 横嶋選手を覗く三名は、実に精悍な容貌である。

 ただし、少しずつ趣は異なっている。巾木選手はいつも仏頂面で、人を食った発言が多く、エイミー選手は誰よりも寡黙で、いつも思い詰めた目つきをしており、そしてグヴェンドリン選手は最初の興奮が過ぎ去ると、意外に気さくそうな表情を垣間見せるようになっていた。


「じゃ、次はこっちの番だな」


 立松によって、プレスマン道場の陣営が紹介されていく。

 出場選手である瓜子とユーリ、チーフセコンドの立松とジョン、サブセコンドのサキと鞠山選手、雑用係の愛音と蝉川日和――こちらは統一性が皆無であり、そしてどの一団よりも個性的であるはずであった。


「ああ、なんか見たことがあると思ったら、そっちのそのコも『トライ・アングル』のマスコットガールちゃんかぁ。プレスマンって、ほんとビジュアルに恵まれた門下生が多いんですねぇ」


 一見無邪気だがあまり内心の知れない笑みをたたえつつ、横嶋選手がそのように評した。

 すると、グヴェンドリン選手がいくぶんもじもじしながら発言し、そののちに背筋をのばす。その言葉は、山岡氏が通訳してくれた。


「グヴェンドリン選手は『トライ・アングル』のファンになってしまったので、ちょっと落ち着かない気分だそうです。でも、稽古には集中するのでよろしくお願いします、だそうですよ」


「ああ、こちらこそよろしくな。稽古の後だったら、好きにかまってやってくれ」


 立松の言葉が通訳されると、グヴェンドリン選手はかしこまった表情を保持しつつ一瞬だけ瞳を輝かせていた。


「じゃあ俺は、男連中の様子を見てくる。山岡さん、頼んだぞ」


 と、ギガント本部道場の会長は挨拶を終えるなり立ち去ってしまった。


「本部道場からは男子門下生もひとり出場するんで、会長は掛け持ちなんですよ。こっちではサブセコンド、あっちではチーフセコンドっていう扱いです」


「そいつは、大変だ。まあ、俺たちも鞠山さんのお力を借りてる立場だしな」


 それに、十代の娘さんを引き連れているのはプレスマン道場のみである。ギガントジムはどのメンバーも、雑用係の枠には収まらない立場であるように見受けられた。


「それじゃあとりあえず、プレスマンの方々はウォームアップをどうぞ。その間に、今後の練習プランを――」


 山岡氏がそのように言いかけたとき、稽古場の反対側からひとつの人影が駆け寄ってきた。

 体格のいい、女子選手である。それはかつて『アクセル・ロード』で魅々香選手と対戦した、ランズ・シェンロン選手に他ならなかった。


「おや、ランズ選手。ずいぶん早かったですね。……****? ******?」


 山岡氏が英語で語りかけると、ランズ選手は額の汗をぬぐいながらそれに答えた。こちらはいかにも実直そうな面立ちで、エイミー選手よりもさらに分厚い体格をした女子選手である。


「今日は用事があったけれど、何とか早めに切り上げてきたそうです。ユーリ選手とのスパーを楽しみにしておられたそうですね」


「ええ、本当ですかぁ? ユーリこそ、光栄のかぎりですぅ」


 ユーリは、天使のような笑顔でそれに答えた。ランズ選手は、名うてのグラップラーなのである。それで魅々香選手は彼女と熾烈な寝技の勝負を繰り広げた末、右肘の故障を再発させてしまったのだった。


 ランズ選手はいかにも沈着そうな人柄であるが、ただユーリを見つめる瞳には期待の光が輝いている。そのさまを眺めながら、山岡氏はのんびりと笑った。


「《アクセル・ファイト》のランキング第二位であるパット選手を下したユーリ選手は、もはや世界中の女子選手に注目される存在なのでしょうね。……では、ウォームアップをどうぞ。その間に、今後の練習プランを取り決めましょう」


 立松とジョンを除くプレスマン陣営の四名はランズ選手とともに、ウォームアップに励むことになった。すでに稽古に取り組んでいたギガントジムとシンガポール陣営の四名は、グラップリング・スパーを再開するようだ。


「すでに調整期間ですから、短い時間で最大限の効率を求めたいところですよね。僕なりにプランを考えてみたので、ご検討を願えますか?」


 ウォームアップに励む中、山岡氏のそんな言葉が聞こえてくる。

 どうやら彼は最初から、プレスマン陣営との合同稽古を目論んでいたようである。そしてこの場にサキたちの姿があったことから、さらなるプランを構築したようであった。


「うちの巾木が対戦するのは、フットワークと寝技に定評のあるヌール選手です。もしよかったら、猪狩選手とサキ選手と鞠山選手にスパーリングをお願いできませんか? 巾木も立ち技は得意なんで、ストライカーと対戦する猪狩さんにとっても得るものはあるんじゃないかと思うんですよね」


「ああ。そちらの巾木さんは、猪狩の対戦相手と背丈も近いようだしな。あとこっちは、邑崎もお役に立てるかもしれねえぞ。あいつは子供の頃から武魂会に通ってたんで、フットワークもなかなかのもんなんだ」


「それはありがたい。では次に、横嶋さんのほうですが……彼女が対戦するのは、生粋のグラップラーです。ユーリ選手と鞠山選手にご協力を願えたら、ありがたいところですね。その代わりに、ユーリ選手にはうちのトレーナーをお貸しできますよ。『プレスマシーン』を演じるには、悪くない人材だと思います」


「そうか。ジェニー選手は、情報が足りねえんだよな。こっちの人らに情報をいただけたら、ありがたいと考えていたんだが……」


「ジェニー選手は『プレスマシーン』の名に相応しいファイトスタイルであるようです。エイミー選手もランズ選手も対戦の経験があるので、参考になるかと思いますよ。……それに、ランズ選手なんかはジェニー選手と似たスタイルであるようですしね。寝技だけじゃなく、立ち技のスパーもお願いするべきだと思います」


「そうか。何にせよ、シンガポールの人らはみんな頑丈そうだしな。それだけでも、ありがたいこった」


 どうやら立松も山岡氏は信用に足ると見なしたようで、ミーティングは至極順当に進められていた。

 そうしてウォームアップが完了したならば、あらためて集合する。スパーに取り組んでいた四名は、とてつもない熱気を発散させていた。


「とりあえず、初日の今日はこのメンバーで稽古に取り組むことにする。まあ、こちらのジムの方々はお忙しいって話なんで、これ以上人数が増えることはそうそうないだろう。この人数でも、なかなかのもんだしな」


 立松の言葉は、ジョンによって英語で通訳される。シンガポール陣営の三名は、いずれも引き締まった面持ちでその言葉を聞いていた。


「もう昼休憩まで一時間ぐらいしかないんで、それまでは軽くスパーをこなすことにしよう。こっちで人員を振り分けたんで、その班ごとに稽古を進めてくれ」


 当然のことながら、その班というものは出場選手の四名を軸に考案されていた。

 瓜子は立ち技のスパーで、責任者はジョン。相手を務めてくれるのは、グヴェンドリン選手、エイミー選手、蝉川日和。

 ユーリと横嶋選手は寝技のスパーで、責任者は立松。相手を務めてくれるのは、ランズ選手、鞠山選手。

 巾木選手は立ち技のスパーで、責任者は山岡氏。相手を務めてくれるのは、サキ、愛音。


 以上の班分けが発表されると、巾木選手が不服を申し述べた。


「おいん相手は、そんひょろひょろん二人け。シンガポールまで出向いた甲斐もなかね」


「昼休憩までの肩慣らしと言っただろう? 次のサーキットでは、猪狩選手も相手をしてくださるよ」


 山岡氏が笑顔で告げると、巾木選手はいっそう顔をしかめた。


「ひょろひょろにちびっこが加わってん大差なかど。こん体重差でぶっ壊してん、責任とれんど?」


「そんな御託は、このお三人に一発でも当ててから言うことだね。あんまり大口を叩くと、後で泣きを見ることになるよ」


「じゃっどん――」


「巾木。君の課題は、フットワークに長けたヌール選手を捕まえることだ。パワータイプのシンガポール陣営は、このさい必要ないんだよ。プレスマンの方々と稽古をご一緒できるありがたさを、しっかり噛みしめるといい」


 山岡氏はにこやかな表情のままであったが、巾木選手を黙らせるぐらいの度量を披露した。やはり、ただ温厚なだけの人物ではないようだ。


「それじゃあ、始めようか。くれぐれも、怪我のないようにね。試合まで二週間切ってることを、決して忘れないように」


 ということで、ついに稽古が開始された。

 瓜子はいきなり、シンガポール陣営とのスパーリングだ。それらの面々と一緒に防具を装着している間に、ジョンが説明をしてくれた。


「ウリコがタイセンするレッカーは、かなりアクティブなストライカーなんだってさー。グヴェンドリンはタイセンのケイケンがあるから、なるべくレッカーになりきるつもりだけど、あのムエタイスタイルはとうていマネしきれないってハナシだよー」


「そうっすか。でも、自分のためにそこまで協力してくださって、感謝しています」


 瓜子が頭を下げ、ジョンが通訳すると、グヴェンドリン選手は精悍な面持ちのまま口もとをほころばせた。


「それじゃあまずは、グヴェンドリンにおネガいしようかー。ヒヨリもじっくりミて、ジブンのバンではグヴェンドリンみたいにウゴいてもらえるかなー?」


「はい! あたしにどこまでできるかわかりませんけど、頑張るッス!」


 そうして瓜子は、ヘッドガードにニーパッドにレガースパッドを装着した姿でグヴェンドリン選手と相対した。グローブは、瓜子が四オンスでグヴェンドリン選手が八オンスだ。グヴェンドリン選手は試合を控えていないため、瓜子が試合と同じグローブを着用することを承諾してくれたのだった。


 グヴェンドリン選手はオールラウンダーだが、立ち技においても迫力のある打撃のスキルを有している。

 しかし、スパーの開始が告げられても、試合のときのように力強く前進してくることはなかった。


(つまり、レッカー選手がこういうスタイルってことか)


 瓜子が対戦するレッカー選手もグヴェンドリン選手も、身長は百六十二センチである。十センチも大きな相手にどっしり待たれるというのは、やはり嫌なものであった。


(だけどまあ、こんなのはキックの時代から慣れっこだしな)


 体格で劣る瓜子にとっての活路は、機動性である。瓜子は気負いすぎないように心をなだめつつ、前後と左右にステップを踏んで攻撃のチャンスをうかがった。


 すると、グヴェンドリン選手がいきなり右ミドルを飛ばしてくる。

 瓜子がバックステップでそれをかわすと、今度は瓜子の左膝に足先をのばしてきた。当てはしないが、関節蹴りのモーションだ。


(うん。長い足で、遠い間合いをキープしようっていう作戦だな)


 ますます瓜子にとっては、馴染み深いスタイルである。

 しかし、瓜子が懐に潜り込もうとすると、再びミドルが飛ばされてきた。アウトサイドに踏み込んだ瓜子に対して、スイッチからの左ミドルを出してきたのだ。


 これはかわしきれなかったため、瓜子は右腕でガードする。

 その前腕に、かなりの衝撃が走り抜けた。レガースパッドを着けていなければ、ダメージが溜まりそうな破壊力だ。


 まあ、グヴェンドリン選手はフィジカルに優れているので、それを思えば妥当な威力であるのだが――それでも、並々ならぬ力感がみなぎっていた。


(うーん……レッカー選手は寝技が苦手だっていう見込みなのに、こんな渾身のミドルをぽんぽん出してくるのかなぁ)


 ミドルキックは打点が高いため、防御されれば組み技を仕掛けられる危険が生じるのである。慎重な選手であれば、序盤からミドルを連発したりはしないはずであった。


(つまりレッカー選手は、それほど慎重なタイプじゃないってことか)


 瓜子は再び、アウトサイドに回り込もうとした。

 すると、すかさず身体の向きを入れ替えたグヴェンドリン選手が、また左ミドルを射出してくる。

 そして、それをガードした瓜子がさらに近づこうとすると、両手で押し返されてしまった。

 その次に出されたのは、渾身の右ローだ。その勢いに、瓜子はほとんど反射的に左足を持ち上げることになった。MMA流のチェックではなく、キック流のカットを選んでしまったのだ。


 足を大きく持ち上げれば、体勢を整えるのに余計な時間が必要となる。

 そのわずかな時間差をついて、グヴェンドリン選手がつかみかかってきた。さっきは瓜子を押し返したくせに、今度は自分から近づいてきたのだ。そして、その狙いは首相撲であった。


 瓜子はグヴェンドリン選手の長い腕をかいくぐり、後方に逃げようとする。

 すると、右ミドルが追いかけてきた。

 それも回避することはできたが、いっそう間合いは離れてしまう。

 グヴェンドリン選手はいくぶん肩を上下させながら、今度は自分からアウトサイドに回り始めた。


 瓜子がそれを追いかけようとすると、強烈な前蹴りが襲いかかってくる。

 間合いが遠かったのでガードすることはできたが、間合いを詰めることはできなかった。そして、前蹴りでは防具も関係ないため、ガードに使った前腕に多少ながらダメージが残されてしまう。


(これは……なんだか、難しいぞ)


 グヴェンドリン選手の動きには、法則性が感じられない。ミドルを多用して瓜子を近づけまいとしたかと思えば、自分から近づいて首相撲を狙ってくるし――そして今は、アウトファイターのように足を使っている。迂闊に近づけばまた首相撲を狙ってくるのはないかという警戒心も、しっかり刻みつけられてしまっていた。


(これがもし、テイクダウンもオッケーなスパーだったとして……それでも、あたしの技術でテイクダウンを狙えるか?)


 もともと大きなグヴェンドリン選手が、さらに大きく感じられる。そして、その姿が遠かった。こちらから近づくのは難しいのに、ふとしたはずみであちらのほうから急接近してくるという、その前後の移動に瓜子は翻弄されてしまっていた。


 そうして三分のスパーは、あっという間に終了してしまう。

 瓜子はけっきょく、相手の身に触れることすらできなかった。

 そして――そうであるにも関わらず、グヴェンドリン選手のほうがぐったりと肩を落としていた。


「ナれないスタイルで、イッパツずつのコウゲキにゼンリョクをツカってるから、ジブンにはサンプンがゲンカイだってイってるねー。……それで、レッカーはこれをフルラウンドつづけられるっていうハナシだよー」


 インターバルにて、ジョンがそのように解説してくれた。

 その顔は、普段以上に柔和な笑みをたたえている。


「グヴェンドリンのおかげで、レッカーのイメージがつかめてきたねー。ただ、レッカーのミドルやローはもっとスルドいし、イッパツでもくらったらダイダメージだってハナシだよー」


「なるほど。それでもちろん、肘打ちも得意なんすよね?」


「ウン。レッカーがトクイなのは、ローとミドル、ヒジウちとヒザゲり、それにクビズモウだってさー。それで、ワスれたコロにパンチのレンダやバックスピンキックなんかもダしてくるのが、トクにヤッカイらしいねー」


「聞いてるだけで、わくわくしちゃいますね。ちなみに、左右で得意不得意とかはあるんすか?」


 グヴェンドリン選手の返答を聞いたジョンは、変わらぬ笑顔で「ないってよー」と言った。


「キホンテキにはオーソドックスだけど、サユウのコウゲキのクオリティにチガいはないってさー」


「それは、ますますわくわくしちゃいますね」


 強がりでなく、瓜子はそのように答えることができた。

 どうやらレッカー選手というのは、とてつもない強敵のようである。それを体感したことにより、瓜子の胸にはさらなる闘志の炎が燃えさかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る