ACT.5 Hanako Mariyama's March
01 優雅な朝
その朝も、鞠山花子は芳しいアロマオイルの香りの中で目覚めることになった。
キャロット・シードとフェンネル・スイート、シダーウッドとニアウリの香りを配合した、花子だけの香りである。『まりりんNo12』と名付けられたそちらのレシピが、花子の最近のお気に入りであった。
花子は「あふう……」とあくびをもらしてから、ベッドの上に身を起こす。
天蓋つきの、キングサイズのベッドである。花子はカスタードクリームのような色合いをしたレースのカーテンをかきわけて、ムートンのスリッパに足先を通した。
十二帖の広さである寝室には、『まりりんNo12』の清涼な芳香が満ちみちている。
アイボリーと淡いイエローで統一した、花子にとってはこの世でもっとも心の安らぐ空間だ。花子はほどよい弾力を持つギャッベの絨毯を踏み越えて、まずは備え付けのバスルームを目指した。
生シルクのナイトウェアをはらりと脱ぎ捨てて、猫足のバスタブにお湯を張りながらシャワーを浴びる。髪と身体をしっかり洗い、ヘアーコンディショナーを塗布した頭をアップにまとめて湯舟に浸かると、心地好さのあまりに吐息がこぼれてしまった。
どれほど多忙な日々を送っていても――いや、多忙な日々を送っているからこそ、この起きぬけのひとときをないがしろにすることはできなかった。
ぬるめのお湯で身体を内側からしっかり温めたならば、ヘアーコンディショナーを洗い流し、バスタブの栓をぬいて、バスルームを出る。次に待っているのは、スキンケアだ。肌の美容を保つには、朝晩のスキンケアが肝要であった。
まずは化粧水で顔の保湿ケアを行ってから、ボディローション、ボディクリーム、ボディオイルの順番で首から下をケアしていく。しかるのちにベロア素材のガウンを羽織り、寝室のドレッシング・テーブルを目指した。
チャーチルウッドの三面鏡に、花子の顔が映し出される。
すでに眠気は去っていたが、半分まぶたが下げられている。花子は生来、そういう目つきをしているのだ。なおかつ、顔が横に平たい上に、目が左右に寄っており、鼻は隆起にとぼしく、唇の薄い口は横に大きい。口の悪い人間には、眠たそうなカエル顔と称される面相であった。
しかし花子にとっては、何よりも見慣れた姿だ。
花子が留意するべきは、顔立ちではなく肌のコンディションとなる。幼年期からのつきあいであるそばかすだけは健在であったものの、水分と油分のバランスに問題はないようであった。
そのコンディションを保つべく、花子は顔に美容液と美容オイルと乳液を塗り込んでいく。それからアッシュブロンドの髪をドライヤーで乾かしてブラッシングを施し、こちらも独自のレシビであるコロンをひと噴きして、ようやく朝の支度は完了であった。
花子はクリスタルガラスの水差しから一杯のミネラルウォーターをグラスに注ぎ、それをゆっくりと口に含みながらノートパソコンを開いた。
相場に、大きな変動はない。
世界は、今日も平和であるようだ。
さらには格闘技関係のネットニュースもチェックして、そちらにも大きな事件が起きていないことを確認してから、花子はノートパソコンを閉じた。
(でも、もう三月も半ばだっていうのに……相変わらず、世間は瓜子さんと弥生子さんの熱戦が忘れられないようね)
その余熱を存分に引きずりながら、世間では《アトミック・ガールズ》の三月大会におけるストロー級タイトルマッチの話題でわきかえっている。《フィスト》の二月大会でスウェーデンの選手に秒殺KO勝利を収めた猪狩瓜子が、ついに灰原久子とタイトルマッチを行うのだ。これは、昨年の段階からファンに熱望されていた一戦でもあった。
(まあ最近は、久子さんの人気もうなぎのぼりのようだし……でも、相手が瓜子さんじゃ、大変ね。秒殺KOなんていう結果に終わらなければいいけれど。久子さんはああ見えて繊細な部分もあるから、少し心配だわ)
花子はひとつ息をついてから、身を起こした。
時刻は、午前の八時半である。本日は三月の第二日曜日でトレーニングの休息日であったが、花子は数々の予定を抱えている。あまりのんびりしていられる時間はなかった。
(でもその前に、まずは腹ごしらえよね)
花子はガウン姿のまま、客人の待つリビングに向かうことにした。
◇
「グッドモーニングだわよ、あかりん」
花子がそのように呼びかけると、オープンキッチンで朝食の準備をしていた小柴あかりが笑顔で振り返ってきた。
「おはようございます、鞠山さん。もうすぐ準備できますので、少しだけ待っていてくださいね」
「承知しただわよ。毎度毎度、申し訳ないだわね」
「とんでもありません。しょっちゅう泊めていただいているんですから、これぐらい当然です」
小柴あかりは、今日も清純で可愛らしかった。
髪の毛だけは男の子のようなショートウルフであるが、めっきり女の子らしさが増したように見える。彼女はファイターとしてぐんぐん成長しているさなかであるというのに、不思議なものであった。
「どうぞ。いつものカモミールティーです」
花子がソファに腰を落ち着けるなり、ウェッジウッドのティーカップがそっとテーブルに置かれる。それらの所作も、堂に入ったものであった。
「あかりんも、配膳の作法がすっかり身についたようだわね。せっかくなら、エプロンドレスで給仕していただきたいものだわよ」
「やだなぁ。自宅でまでそんな格好は、勘弁してください」
彼女は花子の経営する魔法少女カフェ、『まりりんず・るーむ』の常勤アルバイトであるのだ。もしかしたら、そちらでの経験が彼女の女性らしさを育んだのかもしれなかった。
なおかつ彼女は昨年から週に二回のペースで、花子の所属する天覇ZEROに通っている。それで花子とひときわ懇意になったのだ。さきほど彼女が申し述べていた通り、花子のマンションに宿泊する機会も格段に増えていた。
「それにしても、今日は朝から予定がぎっしりですね。試合の一週間前なのに、鞠山さんは大丈夫ですか?」
「その言葉、まるっとお返しするだわよ」
「あはは。わたしはもう、当たって砕けるしかないので……それに最近はひときわ稽古が充実しているので、何も不安はありません」
「ふふん。朱鷺子ちゃんがこっちで過ごすようになって以来、あかりんはめっきりニコニコなんだわよ。微笑ましい限りだわね」
「ええまあ、天覇ZEROとプレスマンの出稽古で、週に四、五回は小笠原先輩と顔をあわせていますから……」
と、小柴あかりは気恥ずかしそうに微笑む。そんな表情も、この二年ていどで育まれた魅力のひとつであった。
花子と彼女が親しく口をきくようになったのは、一昨年のゴールデンウィークである。花子はそれより以前から、同じ階級の新人選手として彼女のことをチェックしていたが、せいぜい挨拶を交わすていどの間柄であったのだ。その頃の彼女は、人間としてもファイターとしてもごく凡庸な存在としか認識されていなかった。
しかしこの二年ていどで、彼女は大きく成長した。人間としても、ファイターとしてもである。それはおそらく花子ばかりではなく、猪狩瓜子や桃園由宇莉といった個性的な面々との交流が大きな影響を及ぼしているのだろうと思われた。
(若い娘さんの成長は、まぶしくてならないわね)
出会った当時の小柴あかりは二十一歳で、現在は二十三歳となる。
いっぽう花子は、間もなく三十五歳という年齢であった。小柴あかりとは、ちょうどひと回りも年齢が離れているのだ。
猪狩瓜子や桃園由宇莉などは、それよりもさらに若年となる。それほどの若さでこれほどの実績を積むというのは、なかなか考え難い話であるはずであった。
(わたしが二十三歳っていうと……アトミックでデビューして間もない頃かしら)
当時の格闘技業界は、大きく揺れ動いていた。《アトミック・ガールズ》という女子選手オンリーの団体が発足されたのは快挙という他なかったが、しかし格闘技ブームというものは終焉に向かっていたのだ。
もともと柔術の道場に通っていた花子は、その混乱期にMMAファイターを志すことになった。そうして来栖舞や兵藤アケミや清水雅とともに《アトミック・ガールズ》の誕生に立ちあい、スターティングメンバーとして粉骨砕身の働きを見せてきたつもりであった。
ただし――その四名の中でトップファイターと呼ばれなかったのは、花子ただひとりであった。
それは、花子のファイトスタイルに起因していた。花子は全力で勝利を目指しつつ、それと同じぐらいの熱情でエンターテインメント性をも追い求めていたのだ。
当時の《アトミック・ガールズ》は、いささかならず地味な印象であった。団体の顔であった来栖舞と兵藤アケミが、きわめて質実剛健な人柄であったためである。
もちろん、彼女たちの実力は本物だ。ただ彼女たちは、勝利することに固執していた。そのファイトスタイルは堅実で、よく言えば玄人うけする内容であり、悪く言えば地味であった。ライバル関係にある来栖舞と兵藤アケミが対戦すると途端に試合は白熱するのだが、それ以外の試合では堅実にポイントを取ろうという姿勢がまま垣間見えていた。彼女たちは彼女たちの信念において、勝利至上主義であったのだ。
そこで花子と清水雅は、彼女たちに欠けている部分を補うことにした。
それこそが、エンターテインメント性である。花子は華やかな試合衣装と豪快なファイトスタイルで、清水雅は美貌を活かした課外活動で、それぞれ《アトミック・ガールズ》を盛り立てようと奮起していたのだった。
花子がもっと堅実なファイトスタイルを身につけていれば、もっと勝率は上がっていたのだろうと思う。しかしそれは、花子の性分ではなかった。花子は団体のために自己を犠牲にしたわけではなく、自らの感性と美意識に従って選手活動の方向性を定めたのだった。
そこで花子が選択したのは、豪快なアウトスタイルとなる。当時の柔術家は得意な寝技に引き込むために立ち技をしのいでいる感が強かったが、花子はもっと能動的に、それこそKO勝利を目指す勢いで立ち技の技術を磨きぬいた。
ただし、花子にそれほど立ち技の適性は備わっていなかった。土台、花子は背丈と手足が短い上に、骨格が逞しすぎたのである。花子がベストコンディションを保つには五十二キロ以下級が精一杯であったし、その階級において花子は小兵に過ぎたのだった。
百四十八センチの背丈である花子がその階級で戦うには、リーチやコンパスが足りていなかった。それを補うためにステップワークを磨きぬいたわけであるが、それでもやはりトップファイターに通用するレベルには至らなかったのだ。
しかしそれでも、花子は自分を貫き通した。軽快なステップワークで相手を翻弄し、豪快な打撃技で相手の隙を誘い、ここぞという場面で寝技に引き込む――そんなファイトスタイルを、頑なに貫き通したのだ。
その結果、花子は『中堅の壁』という異名を授かることになった。
トップファイターにはあと一歩及ばないが、若手や中堅の選手には決して負けない。『まじかる☆まりりん』こと鞠山花子に勝利すれば、トップファイターに仲間入りできる――そんな、門番としての立場を確立することに相成ったのだ。
花子としても、それで大きな不満はなかった。たとえ試合に敗北しても、自分が相手に劣っていると思ったことはそうそうなかったし、自分のような存在は団体を盛り上げる重要な一助に成り得るのではないかと考えたのだ。
団体の格式は来栖舞と兵藤アケミが担い、エンターテインメント性は自分と清水雅が担う。役割は違えど、重要さに変わりはないだろう。幸いなことに、来栖舞と兵藤アケミも花子や清水雅の行いに心からの敬意を払ってくれた。それで花子はまじりけのない熱情でもって、選手活動を続けることがかなったのだった。
そんな中、忽然と出現したのが、ユーリ・ピーチ=ストームという異物である。
彼女こそは、エンターテインメント性の権化であった。彼女は風変りな試合衣装やキャラクターに頼ることなく、その持って生まれた美貌と色香だけで余人を魅了することがかなったのだ。
彼女は《アトミック・ガールズ》の運営団体であるパラス=アテナと、格闘技チャンネルを擁するCS放送局とのタッグ企画で生み落とされた存在となる。もともとグラビアアイドルとして活動していた彼女が、一年間のトレーニングに励んでプロデビューを目指すという、そんな珍妙な企画であったのだ。
そんな企画をパラス=アテナの面々に聞かされた際は、花子も来栖舞たちもさほど気にかけていなかった。運営陣こそ経営面で頭を悩ませるべき立場であるのだから、その企業努力を無下に扱う気はなかった。自分たちは自分たちなりに頑張るだけだと、誰もがそんな思いであったのだ。
しかし、そちらの企画は想定以上の効果をもたらした。
ユーリ・ピーチ=ストームがプロデビューを果たすなり、集客やグッズの売り上げが目に見えて向上したのだ。
彼女は異常なまでのカリスマ性を有していたため、多くの人間の目を《アトミック・ガールズ》に向けることがかなったのである。花子たちも、当初は半分呆れながらも感心していたものであった。
しかし――悲しいかな、彼女はカリスマ性に実力がともなわなかった。
デビュー戦こそ辛勝したものの、その後は連戦連敗であったのだ。
それで花子たちは、大きく失望することになった。やはりアイドルファイターなどに《アトミック・ガールズ》の看板を預けるわけにはいかない。自分たちが団体を支えるしかないのだと、そんな覚悟をあらためて固めることに相成った。
だが、世間は彼女を求め続けた。
彼女がどれだけ敗北を重ねても、人気は上昇するいっぽうであったのである。
折しも、来栖舞たちは長きの激闘によって故障がひどくなっていた時期であった。ちょうど前年に小笠原朱鷺子という有望な新人選手を迎えた頃合いで、無差別級は三つ巴の様相を呈しており――それでいっそう、来栖舞と兵藤アケミは肉体に大きな負担を抱えることになってしまったのだった。
その影で、清水雅もひそかに調子を落としていた。彼女は決して公言しなかったが、どこかしらに故障を抱えてしまったのだろう。長きにわたって保持していた王座も奪われて、試合の日数を減らす段に至っていた。
花子だけは故障もせずに定期的に試合を行っていたものの、こちらはしょせん『中堅の壁』である。花子は団体の主役ではなく、名脇役のつもりであった。
そんな要素が重なって、ユーリ・ピーチ=ストームが《アトミック・ガールズ》の看板選手に成りあがってしまったわけである。
人気に実力がともなわない、容姿と色気だけが取り柄の弱小アイドルファイターが、《アトミック・ガールズ》の顔になってしまったのだ。花子たちにとって、これほど無念な話はなかった。
(まさか、そんな不届き者が舞さんを下すだなんて、夢にも思っていなかったわよ)
悪夢のような一年と少しが過ぎ去ったのち、ユーリ・ピーチ=ストームはいきなり豹変した。外様の鴨之橋沙羅に勝利したのを皮切りに、連勝街道を驀進し始めたのだ。
しかしそれでも、花子たちの反感に変わりはなかった。一年以上にわたって《アトミック・ガールズ》の名を貶めてきた存在を、そう簡単に許すことはできなかったのだ。
そんなさなか、ユーリ・ピーチ=ストームは来栖舞をも下してみせたのだった。
花子はしばらく、気持ちの整理がつかなかった。
もちろん故障さえ抱えていなければ、来栖舞が敗北するわけもなかったが――勝負の世界において、たらればは禁物であるのだ。それに、来栖舞はどれだけ調子を落としていても、兵藤アケミと小笠原朱鷺子の両名の他に敗北を喫したことはなかったのだった。
そうして花子が混乱している間に、ユーリ・ピーチ=ストームは小笠原朱鷺子をも下し、そしてベリーニャ・ジルベルトに敗北した。それで拳と靭帯を痛めて、長期欠場を余儀なくされたのだ。
いったいどれだけ人騒がせな存在であるのかと、花子はいっそうの腹立たしさを抱えることになった。
そして――そんなさなか、花子はユーリ・ピーチ=ストームの後輩選手としてデビューした猪狩瓜子と対戦することに相成ったのだった。
当時の彼女は、十九歳。MMAの戦績は、二勝一敗。小柴あかりと灰原久子に勝利して、サキに敗北するという、さして興味をひかれない戦績であった。当時はまだ、小柴あかりも灰原久子も有象無象の若手選手に過ぎなかったのである。
だが、花子は完敗してしまった。
数年ぶりに、KO負けをくらうことになったのだ。
当時の瓜子はデビュー一年未満の新人選手に過ぎなかったが、すでに怪物としての片鱗は見え隠れしていた。彼女の拳は異様に硬くて、鈍器さながらであった。そして、花子と四センチしか変わらないその小さな肉体には、炎のごとき熱情がみなぎっていたのだった。
(瓜子さんは、本当に強かった。寝技の技術なんかは、まだまだお話にならなかったけど……あの気迫と爆発力は、ちょっと尋常じゃなかったわ)
その爆発力に巻き込まれるような格好で、花子は敗北した。
そして、来栖舞とユーリ・ピーチ=ストームの一戦に、新たな感慨を抱くことになったのだ。
あれもまた、ユーリ・ピーチ=ストームの爆発力が来栖舞の底力を呑み込んだ結果だったのではないだろうか?
来栖舞は、とても堅実なファイトスタイルだ。そしてあの日は絶対に負けられないという心持ちであったのだから、普段以上の堅実さを心がけていたことだろう。
しかし、来栖舞は敗北した。ユーリ・ピーチ=ストームの織り成す無軌道な攻撃の波に呑まれて、寝技の海に沈むことになったのである。
時代は、動いているのかもしれない。
花子は自らが敗北することで、そんな予感を覚えることになったのだった。
「あの……今日の料理は、お口に合わなかったですか?」
と、小柴あかりの不安げな声が、花子を追憶から呼び戻した。
花子は追憶にふけりながら、彼女の準備してくれた朝食を機械的に食していたのだ。早起きをして朝食を準備してくれた彼女に対して、こんな失礼な話はないだろう。内心で大いに反省しながら、花子は「ふん」と鼻を鳴らすことになった。
「あかりんの調理レベルは、日を重ねるごとに向上しているだわよ。わたいのお気に入りのフライパンを台無しにした焦げこげのスクランブルエッグなんて、もはや遠い過去の記憶だわね」
「わ、わたしはもともと、キッチンに立つ機会が少なかったんです。鞠山さんに鍛えられたおかげで、ようやく人並みの食事を作れるようになったんですよ」
小柴あかりは、恥ずかしそうな面持ちで微笑む。
その可愛らしい姿を堪能しながら、花子はハムエッグを頬張った。
「このハムエッグは、ちょっと胡椒が足りないみたいだわね。ハムの風味と塩加減を考慮すると、ブラックペッパーのほうが合うかもしれないだわよ」
「ブラックペッパーですか。次の機会には、試してみますね」
生真面目な彼女は、いつもポケットに忍ばせているメモ帳にその旨を書き込む。
その姿にまた心を和ませながら、花子はたっぷりとキャベツの入ったコンソメスープをすすった。
《アトミック・ガールズ》の発足から十数年、ユーリ・ピーチ=ストームのデビューからは四年と少し、猪狩瓜子のデビューからは二年と数ヶ月――時代は、確実に動いている。盟友たる来栖舞と兵藤アケミは引退し、ユーリ・ピーチ=ストームと猪狩瓜子は王座にまでのぼりつめ、そして花子や小柴あかりはトップファイターと呼ばれる身であった。
来週には、《アトミック・ガールズ》の三月大会が控えている。ユーリ・ピーチ=ストームこと桃園由宇莉は長期欠場のさなかとなるが、猪狩瓜子は灰原久子と、清水雅はサキとタイトルマッチを行う。いっぽう小柴あかりは犬飼京菜という難敵を迎えて、花子自身は外様の武中清美と対戦する予定になっていた。
武中清美も、なかなかの実力者であるだろう。中堅選手の筆頭格である奥村杏を下したのだから、新米トップファイターである花子と戦う資格は十分に有しているはずであった。
しかし花子は、まだ若い人間に席を譲る気はない。
この新たに生まれた激流の中を、力尽きるまであがく所存であった。
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