07 打ち上げ(上)
『本日は、本当に……本当に、掛け値なしの素晴らしい試合ばかりでした。わたしなどは何の力もない、名ばかりの代表でございますが……このように素晴らしい試合の場を準備できたというだけで、言葉にならないほどの誇らしさを抱いております』
その日の閉会式において、駒形代表は男泣きに泣きながら、そんなコメントを申し述べていた。
『そして本日の興行で、わたしはいっそう確信いたしました。《アトミック・ガールズ》で活躍する選手たちは、世界に誇れるポテンシャルをお持ちです。この先も、「アクセル・ロード」に招聘されたユーリ選手たちのように、北米へと羽ばたく選手が続出するやもしれませんが……きっとその後にも、同じだけの輝きを持つ選手たちが続々と登場することでしょう。だからわたしはこの身の力が尽きるまで、今後も《アトミック・ガールズ》を継続させていきたいと願っています。この喜びと昂りを皆様とも分かち合うことがかなったなら、何より嬉しく思います』
駒形代表はあまり他者をひきつける素養というものを持ち合わせていないように思えるが、今日ばかりは満身に歓声を浴びていた。駒形代表は昂揚して本心をあらわにすることによって、ついに観客たちの心をつかむことがかなったようであった。
『来週の日曜日には、わたしも心してユーリ選手の活躍を見守りたく思います。そして来年からも、《アクセル・ファイト》に負けない興行を目指して死力を尽くす所存です。どうぞ皆様も、《アトミック・ガールズ》で活躍する選手一同の奮闘をお見守りください』
駒形代表のそんな言葉で、閉会式はしめくくられることになった。
観客席には、試合の際と変わらない熱狂が渦巻いている。満身創痍で静かに微笑む小笠原選手や、敗北してなお堂々と頭をもたげているオルガ選手や、松葉杖をついているサキと犬飼京菜など――そういう選手たちの姿もまた、観客の心を揺さぶっているのだろう。瓜子自身もケージの内にたたずみながら、観客たちと同じ思いであった。
そうして歓声と熱気をかきわけるようにして、選手一同は花道を引き返す。
この後には、楽しい打ち上げが待ち受けていた。
「なーんか今日は、すごい人数になっちゃいそうだねー! ま、ちょっと窮屈になっちゃうかもしれないけど、行きたい人間はみーんな連れていっちゃおー!」
打ち上げに関しては、今日も灰原選手が取り仕切ってくれている。よくよく考えると、出場選手の身でそのような役割を受け持つというのは、なかなかに大変な話であった。
ともあれ、帰り支度である。本日は赤コーナー陣営の数多くがシャワーもあびていなかったので、それだけでずいぶん時間を食うことになってしまった。
まあ、本日はそれだけ見逃せない勝負が多かったということだ。シャワーや着替えを済ませていたのは、十五分間のインターバルを利用した時任選手ぐらいのものであった。
そして本日は、青コーナー陣営からも多数の名乗りがあげられている。小柴選手、鞠山選手、武中選手、赤星道場の一行――そして、オルガ選手と父君のキリル氏だ。懇意にしている中で参席を願わなかったのは、ドッグ・ジムの陣営のみであった。
「今日のところはちっとばっかり、お嬢が情緒不安定だからよ。でも、そちらさんに含むところはねえから、また次の機会に仲良くしてやってくれや」
大和源五郎はわざわざ駐車場でこちらにやってきて、そのように告げてくれた。
「それに、これでしばらくおたがいの門下生が対戦することもねえだろうから、猪狩さんもよかったらまた出稽古に来てくれよ。お嬢も、楽しみにしてるからさ」
「はい。是非うかがわせていただきます。他の方々にも、よろしくお伝えください」
そうして大和源五郎が立ち去ると、今度は観客として参じていた人々がやってきた。牧瀬理央に加賀見老婦人、そして漆原を除く『トライ・アングル』の面々である。
「サキさん、優勝おめでとう。こっちでは明日お祝いの準備をするから、今日は理央さんをよろしくお願いしますねぇ」
「うっせーなー。試合も観てねーガキどもまで巻き込むんじゃねーよ」
「ふふふ。さっき電話をしてみたら、あちらもすごい騒ぎでしたよぉ。今日の試合がDVDとして販売される日が楽しみですねぇ」
加賀見老婦人は柔和な微笑を尾にひきながら、すみやかに立ち去っていった。
いっぽう理央は白い頬を可愛らしく火照らせながら、きらきらとした目でサキを見つめている。
「サキたん、おめでとう。あし、だいじょうぶ?」
「へん。これで立場が逆転したと思うんじゃねーぞ」
ぶっきらぼうに言いながら、サキは理央のショートヘアをかき回した。理央は本日も松葉杖を持ち歩いていたが、リハビリのためになるべく使用しないように心がけているのだ。いっぽうサキは、これから数日ばかりも松葉杖のお世話になる身であった。
「さー、これで全員そろったみたいだから、とりあえず出発ねー! つもる話は、向こうに到着してからってことで!」
灰原選手の取り仕切りで、出発する。本日はプレスマン陣営も二台のワゴン車を準備していたので、多少ばかりは他のジムの関係者を同乗させることができた。
向かった先は、これまでにも何度かお世話になったことのある居酒屋である。灰原選手の伝手で、いつもこちらの二階席を貸し切りにさせてもらっているのだ。今回はややキャパオーバーの感が否めなかったが、文句をつける人間はいなかった。
「さあさあ、始まりの挨拶は誰がするー? メインイベンターのトッキーかなー? それとも、ベルトをゲットしたサキかなー?」
「サキがにらんでるから、アタシが受け持つよ」
小笠原選手が穏やかに微笑みつつ、大儀そうに身を起こす。オルガ選手と死闘を繰り広げた小笠原選手は両方の目尻を切っていたし、それ以上のダメージが首から下にも刻みつけられているはずであった。
「みなさん、今日はお疲れ様でした。それぞれ色んな思いがあるだろうけど、一年のしめくくりに相応しい盛り上がりだったと思うよ。フライとバンタムのトップファイターがひとりも出場できなかったこの状況で、最善を尽くせたんじゃないかな」
小笠原選手のそんな言葉に、灰原選手やノリのいい面々がはやしたてるような歓声をあげる。
そのさまを見回しつつ、小笠原選手はさらに言いつのった。
「それに、駒形さんも言ってたけど……北米進出の道筋ってやつも、だいぶ見えてきたと思う。それで選手が欠けちゃうことを、マイナスじゃなくてプラスの要因としてとらえたいよね。アタシ自身、北米進出を視野に入れてるからさ。そうやって、《アトミック・ガールズ》の選手が北米で結果を出すことができれば、《アトミック・ガールズ》をいっそう盛り上げることができるんだって……アタシは、そんな風に信じてるよ」
そこまで言って、小笠原選手ははにかむように笑った。
「ごめん。まだ試合の熱が冷めてないみたいだ。何にせよ、これからも頑張っていきましょう。今日も含めてこの一年、お疲れ様でした。……乾杯」
「かんぱーい!」と、あちこちで元気な声が復唱された。
瓜子はしみじみと感慨を噛みしめながら、ウーロン茶をすする。すると、『ベイビー・アピール』の面々がいち早くにじり寄ってきた。
「瓜子ちゃん、お疲れ様! 今日もすげえ試合だったな!」
「ああ! アレがエキシビションだったなんてことは、途中で忘れちまったよ!」
「今日はもう、MVPの選びようもなかったよな。瓜子ちゃんも、サキちゃんや小笠原さんに負けない試合だったぜ」
最後に発言したリュウが、心配そうに瓜子の顔を覗き込んできた。
「だけどやっぱり、近くで見ると痛々しいな。まあ、小笠原さんやサキちゃんほどじゃないけどさ」
「ええ。たぶん明日は、もっと腫れまくりますよ。メイさんのパンチは、後をひきますからね」
しかし現在は顔中が火照っているような感覚があるばかりで、出血などもしていない。それが試合のダメージなのか精神的な昂揚なのかも、瓜子には判然としないぐらいであった。
そしてそこに、個性的な女性三名も近づいてくる。赤星弥生子と大江山すみれと、そして二階堂ルミだ。二階堂ルミも観客としてやってきて、打ち上げの参加を願ったひとりであった。
「うり坊ちゃん、お疲れ様でーす! 今日はものすごい試合が多かったけど、うり坊ちゃんもすごかったですねー!」
まずは二階堂ルミが、元気いっぱいにそんな言葉をぶつけてくる。もう十一月も半ばだというのに、相変わらず彼女は小麦色のおなかと太ももを剥き出しにしていた。
「本当に、素晴らしい試合だったよ。あれがエキシビションだなんて、惜しい話だね。次にメイさんとMMAの試合をする日が待ち遠しくてならないよ」
赤星弥生子はとても穏やかな眼差しで、そんな風に言ってくれた。
瓜子は心からの笑顔で、「ありがとうございます」と応じてみせる。
「あ、大江山さんもお疲れ様でした。来年からも、おたがい頑張りましょう」
瓜子がそのように声をかけると、大江山すみれは何も答えぬまま赤星弥生子のほうを振り返った。
「弥生子さん。少しだけ、猪狩さんと二人で話をさせてもらえませんか?」
「うん? それは猪狩さん本人に許しをもらうべきだろうけれど……何にせよ、今日はあまり込み入った話をできるような環境ではないと思うよ」
そのように語っている間も、『ベイビー・アピール』の面々が瓜子たちのやりとりを見守っているのだ。そして本日は参席者が多いため、どこに引っ込んでも人の目や耳があるはずであった。
「だったら、廊下で話せばいいんじゃない? ちょっとばっかり寒いけど、そんな長話じゃなければカゼをひくこともないだろーしさ!」
二階堂ルミが笑顔でそのように言いたてると、大江山すみれは横目でそちらを見やった。
「……こういう場でルミさんが後押ししてくれるなんて、珍しいですね」
「だってすみれちゃんは、何かマジメな話を語りたい気分なんでしょー? めんどーな話はさっさとやっつけちゃって、めいっぱい打ち上げを楽しもーよ!」
二階堂ルミは、あくまで屈託がない。
大江山すみれはその笑顔から目をそらすようにして、瓜子に向きなおってきた。
「……それじゃあ、お願いできますか? 長話にはならないとお約束します」
「承知しました。それじゃあみなさん、ちょっとだけ失礼しますね」
「いってらっしゃーい! その間に、うちは『トライ・アングル』のみなさんと仲良くさせてもらおーっと!」
そうして瓜子が腰を上げると、赤星弥生子が切れ長の目を向けてきた。
先刻よりは凛然とした目つきになっていたが、まだ彼女としては穏やかな眼差しだ。そちらにうなずきかけてから、瓜子は大江山すみれとともに部屋を出た。
部屋と廊下を仕切っているのは障子戸であるため、室内の騒がしさがほとんど筒抜けである。そんな中、瓜子は十センチ近くも長身である年少の少女と向かい合うことになった。
「それで、どういうお話っすか? さっぱり見当もつかないっすけど、何でも遠慮なく言ってください」
「わたしがお聞きしたいのは、ひとつだけです。……猪狩さんは、どうしてそんなに強いんですか?」
栗色の髪をツインテールにした大江山すみれは、いきなりそのように問うてきた。
その顔は笑ってこそいなかったが、ゆったりとした無表情だ。そして、内心が知れないことに変わりはなかった。
「ずいぶん唐突な質問っすね。自分はただ、コーチや他の方々を頼りながら、稽古を頑張ってるだけっすよ」
「でも猪狩さんは、中学生の頃にキックを始めて、十八歳になってからMMAに転向したんでしょう? それでまだ二十歳というお若さなのに……どうしてそんなに強いんでしょう?」
同じ無表情のまま、大江山すみれはそのように言いつのった。
「わたしは物心がつく前から、道場に入り浸っていました。それで三歳の頃には、もうサンドバッグを叩いていたんです。わたしは十五年以上も稽古をつけてきたのに……どうしてこんなに弱いんでしょう?」
「大江山さんは、弱くないっすよ。あのトーナメントにエントリーされただけで、すごい話じゃないっすか」
「だけどわたしは、同じ相手に三回も負けてしまいました。猪狩さんは、あんな怪物みたいな相手に三回も勝っているのに……この差は、いったい何なんでしょう?」
大江山すみれの声が、わずかに震えをおびている。
ずっと内心の知れなかった彼女が、いま瓜子の前でこらえようのない感情をこぼしているのだった。
「わたしの目標は、弥生子さんです。わたしは弥生子さんに憧れて、格闘技を始めたんです。わたしが三歳の頃、弥生子さんはまだ中学生でしたけど……その頃から、わたしは弥生子さんに憧れていたんです。今でもその気持ちに変わりはありません」
「ええ。弥生子さんみたいなお人がそばにいたら、自分も憧れてたと思いますよ」
「だけどわたしが小学生の頃、いきなり卯月さんがいなくなってしまいました。それで弥生子さんは、たったひとりで看板を守ることになってしまったんです。だからわたしは弥生子さんに負けないぐらい強くなることで、一緒に苦労を背負おうと誓いました。ナナさんやマリアちゃんも、同じ気持ちです。みんな格闘技が大好きですけど、それ以上に、弥生子さんと赤星道場が大事なんです」
「ええ。それはわかってるつもりです」
「でも、ナナさんとマリアちゃんは大きな怪我をしてしまって……あと数ヶ月は試合をすることもできません。だからわたしはみんなの分まで頑張ろうと決めていたのに……けっきょく、負けてしまいました。同じ相手に、三回も負けてしまったんです」
「はい。だけどそれは――」
「それにわたしは、猪狩さんとユーリさんにも憧れていました」
瓜子の言葉をさえぎって、大江山すみれは言いつのった。
「お二人は、本当に楽しそうに格闘技に取り組んでいますよね。しかもお二人は、弥生子さんに負けないぐらい強いように思えましたから……どうしようもなく、心をひかれてしまったんです。今のわたしは、弥生子さんとユーリさんと猪狩さんを目標にしています。でも……けっきょく、このざまです。わたしには、みなさんを追いかける資格なんてないんでしょうか?」
「格闘技を続けるのに、資格なんて必要ありませんよ。大事なのは、自分の気持ちです」
「……だから、その気持ちが揺らいでしまっているんです」
そのように言い放つなり、大江山すみれは涙をこぼした。
その顔は、穏やかな無表情のままである。ただ彼女は、滂沱たる涙と震える声だけで感情をあらわにしていた。
「どうしてわたしは、こんなに弱いんでしょう? どうして猪狩さんは、そんなに強いんでしょう? どうか、その理由を教えてくれませんか?」
「そんな質問に答えられる人間は、この世にいないと思いますよ。それに、大江山さんは弱くなんてありません。そんなこと言ったら、大江山さんに負けた選手の立つ瀬がないじゃないっすか」
瓜子は精一杯の気持ちを込めて、大江山すみれに笑いかけてみせた。
「格闘技は、負けたら終わりの世界じゃありません。まあ、ユーリさんなんかはちょっと特殊なんで、参考にならないかもしれませんけど……自分に三回負けたメイさんや、大江山さんに二回負けた邑崎さんだって、これっぽっちもめげていませんよ。それに自分もサキさんに負けてますし、まだまだ勝てる気がしませんけど……絶対、あきらめる気はありません。負けて悔しいなら、これまで以上に頑張るしかないじゃないっすか」
「…………」
「それに、サキさんは左膝を壊して引退寸前まで追い込まれましたけど、今日のトーナメントで優勝したんすよ。あと、ユーリさんなんかはデビュー前に目をおかしくしていたのに、それを乗り越えてあんな化け物みたいな強さを身につけたんです。不幸や苦労なんて、他の人と比べるもんじゃないでしょうけど……自分なんかは、サキさんにもユーリさんにもかないません。それにもちろん、弥生子さんにもかなわないでしょう。大江山さんは、そういう弥生子さんたちに憧れたんじゃないんですか? だったら、弥生子さんたちに負けないぐらい頑張るしかないっすよ。どうかあきらめないで、これからも弥生子さんたちを追いかけてください。自分もそのつもりですから、一緒に頑張っていきましょうよ」
大江山すみれは何も答えないまま、うつむいてしまった。
その目からこぼれる涙が、板張りの床にまで落ちていく。そうしてしばらく黙りこくってから、大江山すみれはこれまで以上に震える声を振り絞った。
「どうもすみません……大して交流もない猪狩さんに、こんな泣き言をぶつけてしまって……わたしなんて、敵陣営の人間なのに……」
「敵も味方もないっすよ。それに、赤星とプレスマンは昔っからの盟友じゃないっすか。そもそも自分だって、弥生子さんと仲良くさせてもらってますしね」
「はい……だからわたしも、猪狩さんに甘えたくなってしまったんだと思います。あの弥生子さんが部外者の人間に甘えることなんて、これまで一度もありませんでしたから」
そうして大江山すみれが面を上げると、そこには微笑みがたたえられていた。
いつもの内心の知れない微笑ではなく、年齢相応の――いや、年齢よりも幼く見えるぐらいの、あどけない笑みである。彼女は、このような素顔を隠し持っていたのだった。
「自分なんて、何も大したことは言えませんけどね。でも、大江山さんの気持ちが少しでも晴れたんなら、よかったです」
瓜子がハンカチを差し出すと、大江山すみれはいくぶんおずおずとした手つきでそれを受け取り、顔を濡らす涙をぬぐった。
「ありがとうございます。これは、洗ってお返ししますので」
「いえいえ。そんなお手間をかけなくてもいいですよ」
「いえ。そうしたら、またお会いする口実ができるじゃないですか」
大江山すみれは穏やかな無表情に戻っていたが、その本気とも冗談ともつかぬ言葉に気持ちがこぼれているように感じられた。
「わかりました。それじゃあ気分が落ち着いたら、部屋のほうに――」
瓜子がそのように言いかけたとき、いきなり障子戸が開かれた。
そこから出現したのは、おなかと太ももを露出した娘さんである。そうして彼女はアッシュブロンドのウェービーヘアーをなびかせながら、大江山すみれの身に抱きついたのだった。
「お話は終わったー? カラダが冷えちゃっただろうから、温めてあげるねー!」
「ルミさん……まさか、盗み聞きしていたんですか?」
大江山すみれは赤い目をしたまま、内心の知れない微笑みをたたえた。
いっぽう二階堂ルミは、「まっさかー!」と無邪気に笑う。
「部屋の中がうるさいから、なーんも聞こえなかったよー! でも何となく一段落したフンイキだったから、突撃してみたの!」
「……ルミさんは、『トライ・アングル』の方々と親睦を深めていたんじゃないんですか?」
「あはは! うちがすみれちゃんをほったらかしにするわけないっしょ! もー、長いつきあいなのに、うちのことぜーんぜんわかってないんだからー!」
二階堂ルミはけらけらと笑いながら、大江山すみれの栗色の髪に頬ずりをした。
大江山すみれは、ちょっと能面を思わせる笑顔である。
「……わたし、ルミさんのそういうところ、大っ嫌いです」
「ふーん! でも、うちはすみれちゃんのこと大好きだから、問題なしだねー!」
すると、障子戸の隙間から赤星弥生子も顔を覗かせてきた。
「廊下で騒いでいないで、中に入りなさい。……すみれも、もう大丈夫だね?」
「……はい。ご心配をおかけしました」
大江山すみれは瓜子と目を合わせないようにしながら一礼し、二階堂ルミを引きずるようにして室内に戻っていた。
瓜子がそれを追いかけると、通りすぎざまに赤星弥生子が微笑みかけてくる。
「すみれが世話をかけてしまったね。猪狩さんには、苦労をかけるばかりだ」
「いえいえ。赤星道場の方々でしたら、いつでも大歓迎です」
瓜子が本心からそのように答えると、赤星弥生子は嬉しそうにいっそう目を細めて微笑んだ。
そうして瓜子はそこはかとなく満たされた気持ちで、熱気の渦巻く打ち上げの場へと舞い戻ったのだった。
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