ACT.4 Re:boot #2 ~Final round~
01 中盤戦
『それでは! 復帰試合を秒殺KO勝利で飾ったサキ選手に、喜びのお言葉を頂戴いたします! サキ選手、一年半ぶりとは思えない、見事なKO勝利でしたね!』
『あー、相手がクソザコすぎて、準備運動にもならなかったなー』
『最後のハイキックには、背筋が寒くなりました! もう左膝に不安はないのでしょうか?』
『不安があったって、そんなもんバラすわけねーだろ』
『では、サキ選手の復活を心待ちにしていたファンの方々に、ひと言どうぞ!』
『アタシにファンなんざいるもんかよ。おめーの暑苦しいインタビューも、成長しねーなー』
『舌鋒の鋭さも相変わらずの、サキ選手でした! みなさん、もう一度盛大な拍手をお願いいたします!』
そんな感じで、サキの勝利者インタビューは無事に終了した。
これだけ毒舌を炸裂させても、サキに反感を抱く人間はほとんど存在しないのである。これはもう、サキの人徳と称するしかなかった。
サキが花道を戻っていくと、熱烈な歓声と拍手がぶつけられてくる。それに対しても、サキは知らん顔だ。そういうクールなたたずまいが、サキには求められているのだろう。本人の資質と周囲の期待が完全に合致しているのだから、これほど幸いな話はないはずだった。
「よう、派手にかましてくれたみたいだな。ひとまず、おめでとさん」
入場口では、大和源五郎がくしゃくしゃの笑顔を向けてくる。
そして、無言でやりすごすかと思われたダニー・リーもまた、内心のうかがえない言葉を届けてきた。
「お前も京菜も秒殺勝利だが、こちらはトップファイターでそちらは中堅選手だ。お前が京菜に追いつく日を待っている」
「おー、ケンカを売りてーなら買ってやんよ。かかってきやがれ、細目野郎」
「やめとけ」と、立松が苦笑しながらサキの頭にタオルをかぶせた。
「そちらさんも、頑張ってな。モニター越しに応援しておくよ」
「ははん。そちらさんが控え室に戻る前に、試合終了しとるかもしれへんけどな」
沙羅選手が瓜子のほうに拳を差し出してきたので、恐れながらプレスマン道場の代表としてタッチをさせていただいた。
そうして控え室に戻ったならば、愛音のときと同様の騒ぎである。ユーリを筆頭とする面々にお祝いの絨毯爆撃をくらって、サキは「うるせーうるせー」と耳をふさいでいた。
そんな中、マー・シーダムに付き添われた犬飼京菜は、つんとそっぽを向いている。しかし彼女はサキが自分と同じ階級に乗り込んでくると聞かされた際にはひそかに瞳を輝かせていたようなので、何も心配はいらないだろう。瓜子としては、サキと同じ階級で戦える彼女のことが羨ましいばかりであった。
「それにしても、復帰試合で秒殺とはね。試合勘を取り戻す時間もなかったんじゃない?」
小笠原選手が笑顔でそのように呼びかけると、サキは「へん」と鼻を鳴らした。
「あんなクソザコを相手に試合を引き延ばしたって、試合勘が狂うだけだろ。だいたい、一分以上かかった試合を秒殺よばわりする風潮は、好きになれねーな」
「百秒以内は秒殺ってのが、暗黙の了解でしょ。何にせよ、おめでとさん」
そうして控え室が盛り上がっている間に、沙羅選手の試合が開始された。
が――沙羅選手は序盤から積極的に攻め込んで、最後は得意の左ハイでKO勝利である。しかもこちらは一ラウンド五十六秒で、まごうことなき秒殺勝利であった。
「うわ、本日三度目の秒殺だよ。ていうか、プレマッチも含めて七試合中の五試合が一ラウンド決着か。こいつは楽しくなってきたね」
「はん。マッチメイクの甘さが叩かれそうな展開だなー」
「いやいや。邑崎や犬飼さんなんかは格上相手に勝ったんだから、マッチメイクに甘さはないでしょ。こりゃあ後半戦のアタシらも、負けてられないね」
小笠原選手に笑顔を向けられて、ユーリも「はぁい」と笑顔で応じた。
本選の第五試合まで終了し、今のところはすべて赤コーナー陣営が勝利しているのだ。否が応でも、控え室にはいっそうの熱気と活力がわきかえっていた。
ただし次の試合では、瓜子たちも青コーナー陣営を応援する立場となる。
十五分間のインターバルの後に開始されたのは、灰原選手と奥村選手の一戦であった。
前回の興行にて、パワープレイで小柴選手を退けてみせた奥村選手は、とても力強い表情をしている。
それと向かい合う灰原選手は、それ以上に不敵な面持ちであった。
特別仕立てのバニーガールめいた試合衣装を纏った灰原選手は、身長百五十六センチ。肉感的で、きわめて女性らしい起伏にとんだプロポーションであるものの、むっちりとした腕や足などはいかにも力が強そうだ。
対する奥村選手は身長百六十センチで、骨太のがっしりとした体格をしている。一見では、ひとつ上の階級に見えるぐらいである。
(でも灰原選手は、多賀崎選手やユーリさんとスパーを積んできたからな。合宿稽古では、魅々香選手やオリビア選手や小笠原選手を相手取ってきたし……これぐらいの体格差で力負けはしないはずだ)
多くの人間がモニターを注視する中、試合が開始された。
奥村選手は、いつもの調子で前進する。左右のフックを振りながらインファイトを仕掛け、隙あらば組み技を狙うというのが、彼女のファイトスタイルだ。
灰原選手もまた、熟練の域に達しつつある力強いステップワークでその突進をいなそうとしたが――最初の何発かを回避すると、足を止めて打ち返し始めた。
強い左ジャブが、小気味よく奥村選手の顔面を叩く。それでも奥村選手が執拗に前進すると、灰原選手は肉感的な右足でもって膝蹴りをお見舞いした。
ボディに膝蹴りをくらった奥村選手は、足をもつらせつつ灰原選手につかみかかろうとする。
灰原選手はその頭を抱え込み、ジョン直伝の首相撲から、さらなる膝蹴りを叩き込んだ。
奥村選手はたまらず灰原選手の身体を突き放し、後方に逃げようとする。
それを追いかける灰原選手の身が、すっと沈み込んだ。
合宿稽古でトレーニングを重ねた、両足タックルだ。
奥村選手は完全に虚を突かれた様子で、あえなくマットに倒れ伏した。
そこにのしかかった灰原選手は、元気いっぱいに両腕を振り回す。
KOパワーを持つ灰原選手の、パウンドの乱打である。奥村選手は頭を抱え込み、懸命に腰を切ろうとしたが、灰原選手の乱打は止まらなかった。
「危ねえな。前に乗り過ぎだ。隙を見せたら、ひっくり返されるぞ」
立松がそのようにつぶやいたが、灰原選手は隙を見せなかった。左右のパウンドの雨あられで、奥村選手は頭部のガードをゆるめることもかなわなかったのだ。
やがて奥村選手は腰を切ることをあきらめて、強引に背中を向けた。灰原選手はまったく重心が安定していないので、これならば力ずくで立ち上がれると踏んだのだろう。
すると灰原選手は、横合いに振った右肘を相手の肩甲骨のあたりに叩きつけた。
よほどの痛みを覚えたのか、奥村選手はぐっと身を縮めてしまう。
それでゆるんだガードの隙間から、灰原選手は左の拳をこめかみに叩き込んだ。
立ち上がりかけていた奥村選手は、顔からマットにくずおれる。
そして、マットに密着した奥村選手の顔面に、灰原選手は横から容赦なく拳をぶつけていく。それが五発に及んだとき、レフェリーが間に割って入った。
『一ラウンド、二分十七秒! パウンドにより、バニーQ選手のKO勝利です!』
灰原選手はぜいぜいと荒い息をつきつつ、それでもフェンスによじのぼって、観客たちを煽りたてた。
控え室には、感心しているような呆れ果てたような歓声がわきおこる。
「タックルをきめるまでは完璧だったのに、最後は完全に力まかせだったねぇ」
「で、でも、あの奥村選手を力ずくでねじ伏せるなんて、すごいと思います」
「そうっすね。ある意味、横綱相撲にも見えました」
「うん。細かい技術、必要ないぐらい、ヒサコ・ハイバラ、地力でまさってたと思う」
何にせよ、灰原選手の圧勝である。惜しくも秒殺とはならなかったが、中堅選手の筆頭格をノーダメージで初回にKOしてみせたのだ。これはもう、灰原選手がまぎれもなくトップファイターの域に達していることを証明していた。
そうして次なるは、高橋選手とオルガ選手の一戦である。
来栖舞の直属の後輩であり、かつては無差別級のトップスリーに次ぐ実力であると称されていた高橋選手であるが、一月大会では外様のマキ・フレッシャー選手に敗北してしまっている。そしてさかのぼっては一昨年の無差別級王座決定トーナメントで沙羅選手に一本負けを喫し、リザーブマッチでもマリア選手に敗れ、低迷の時期が長く続いていた。
そこでロシアのトップファイターであるオルガ選手をぶつけるというのは、かなりシビアなマッチメイクであろう。本職がプロレスラーであるマキ選手よりも、オルガ選手は遥かに格上であるはずなのだ。
しかし高橋選手は、まったく怯む様子もなくオルガ選手を相手取っていた。
高橋選手はストライカーであるため、力強い打撃を打ち込んでいく。また、六十七キロのオルガ選手に対して、高橋選手は七十四キロというウェイトであったのだ。骨格の出来が違っているために、そうまで極端な体格差には至っていなかったが、それでも高橋選手の猛攻には決してオルガ選手に力負けはしないという気概が込められていた。
しかしまた――オルガ選手の本領は、パワーに裏打ちされた確かなテクニックであるのだ。
高橋選手の猛攻にさらされたオルガ選手は、氷のような冷静さで両足タックルをきめて、テイクダウンを奪ってみせたのだった。
そしてグラウンドで上を取ったならば、無慈悲なまでのパウンドの嵐である。
灰原選手のパウンドは荒っぽかったが、オルガ選手のパウンドはそれ以上の力感を漂わせつつ、的確だ。なおかつ重心も安定しているために、それがいっそうの破壊力を生み出すのだった。
しかもオルガ選手は、寝技の攻防も得意にしている。パウンドなしのスパーでも、彼女と互角以上の攻防を見せられるのはプレスマン道場においてユーリただひとりであったのだ。
だが、本日の試合において、オルガ選手のグラウンドテクニックが披露されることはなかった。高橋選手はパウンドの嵐から逃れることがかなわず、レフェリーに試合を止められてしまったのだった。
結果はまたもや一ラウンド決着で、タイムは二分五十六秒だ。
来栖舞と兵藤アケミが引退した現在、小笠原選手に次ぐ実力とされている高橋選手でも、この結果であったのだった。
「このままだと、オルガのほうこそ相手がいなくなっちゃうね。桃園が引っ張り出される前に、アタシが防波堤になってやらないとな」
小笠原選手はそんな不敵な言葉と微笑を残して、控え室を出ていった。
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