03 チーム・プレスマン
その後はメイとのグラップリング・スパーに励んだ後、オルガ選手の手も借りることになった。
しかし、オルガ選手は体格的に男子選手のようなものだ。身長は二十センチ以上、体重は十キロ以上も異なるため、全力のスパーなどはコーチ陣が許さない。瓜子は相手のリーチをかいくぐる稽古、オルガ選手はすばしっこい相手を追い詰める稽古と、それぞれに課題を決めて取り組むのが常であった。
また、寝技のスパーなどは完全に瓜子が胸を借りる状態である。幼い頃から父親のキリル氏にコンバット・サンボ仕込みの寝技を習っていたというオルガ選手に太刀打ちできるのは、女子選手の中でユーリただひとりであった。
そうしてひと通りのスパーを撮り終えたところで、「押忍なのです!」という元気な声が響きわたる。学業を終えた愛音が、ウェア姿で稽古場にやってきたのだ。
「邑崎選手、お疲れ様です。猪狩さんのベストバウトDVDのために関係者からお話をうかがっているのですが、邑崎選手にもお願いできますでしょうか?」
「承知いたしましたなのです! 猪狩センパイにはユーリ様を見習って、私生活においてもチャンピオンらしい華やかさを身につけていただきたく思っているのです!」
「ちょっとちょっと、私生活は関係ないでしょう?」
瓜子が慌てて割り込むと、愛音は「関係なくはないのです!」と言い張った。
「猪狩センパイとて、サキセンパイに憧れて格闘技を始められたのでしょう? やはり団体の王者というものは、その身分に相応しい風格や華やかさを身につけるべきであるのです! そうすれば、それに憧れて格闘技を始めようという人間も増加して、業界の活性化につながるはずであるのです!」
「査定試合で惨敗したクソアマ選手が偉そうに語ってんじゃねーよ」
と、どこからともなく出現したサキが、愛音の頭を横から小突いた。
「サ、サキさんもいたんすか。今日は早かったっすね」
「あー。新入りバイトのタコスケも、ようやく戦力になってきたからなー」
この春まであけぼの愛児園に保護される立場であった理央は、サキの後を追って住み込みのバイト職員という身分を手にすることがかなったのだ。それはサキのときと同様、副園長の加賀見老婦人があれこれ手を回してくれた結果であった。
「サキ選手、お疲れ様です。サキ選手には、別室でインタビューをお願いできますでしょうか?」
「あん? アタシなんざに時間を取ったって、誰の得にもならねーだろうよ」
「ですがやっぱりサキ選手とユーリ選手は猪狩さんにとって特別な存在であられるようですので、お時間を拝借したく思います」
笑顔で言いたてるインタビュアーの男性に誘導されて、サキは事務室へと連れ去られてしまった。
愛音は不本意そうな面持ちで、ウォームアップを開始する。そしてそんな中、灰原選手と多賀崎選手までもが登場したのだった。
「あれれー? 撮影はもう終わっちゃった? うり坊のこと、語りたおしてやろうと思ってたのに!」
「いえ、今は事務室でサキさんがインタビューを受けてます。……あの、あんまりおかしな話はしないでくださいね?」
「なーにを心配そうな顔してんのさー! あたしがうり坊の嫌がることなんてするわけないでしょー?」
「いや、夏の合宿稽古で無理やり水着を着せてくれたじゃないっすか」
「いつの話をしてんのさ! まあとにかく、あたしにまかせておきなって!」
灰原選手もうきうきとした面持ちでウォームアップを始め、多賀崎選手は瓜子をなだめるように微笑みつつ、それに続く。先月の興行を終えて以降は、灰原選手たちもオルガ選手と稽古をともにするようになっていたのだった。
しばらくして、小柴選手もやってくる。気づけば、女子選手が集結する午後の五時が目前であったのだ。本日は、ユーリがもっとも遅い到着であるようであった。
「おや、みなさん勢ぞろいですね」
やがて事務室から戻ってきたインタビュアー氏が、愛想よく微笑を振りまいた。
「よろしければ、インタビューをお願いいたします。猪狩さんの印象をお聞かせ願えますでしょうか?」
「うり坊は、むちゃくちゃ強いし、可愛いよねー! こーんな幼児体型なのに、ピンク頭に負けない色っぽさだもん! そろそろピンク頭のオマケは卒業して、アイドルデビューしちゃえばいいのに!」
「それより、ファイターとしての猪狩を語りなよ。……猪狩選手は、王者に相応しい実力だと思います。とにかく真面目で練習熱心ですし、あたしも大いに触発されました」
「わ、わたしもです! 猪狩さんは突進力だけじゃなく、細かい技術も巧みですし……立ち技に関しては、隙がありません。寝技で負けたわたしがこんな風に言うのは、おかしいかもしれませんけれど……でも、きちんとMMAファイターとしての立ち技を習得できているのだと思います」
「あー、あたしもそれは思った! うり坊って、タックルありのスパーでも全然動きが落ちないもんね! 試合ではまだあんまり発揮してないけど、そんじょそこらのレスラーやグラップラーには後れを取らないんじゃないかなー!」
灰原選手と多賀崎選手と小柴選手は、三人同時にインタビューを収録されるようだ。瓜子としては、灰原選手の余計な言葉が編集でカットされることを願うばかりであった。
「出稽古に来られている方々は、やはり猪狩さんを始めとするプレスマンの女子選手に魅力を感じておられるのでしょうか?」
「そりゃそーさ! プレスマンの女どもは、どいつもこいつもクセモンぞろいだからね!」
「はい。あとは、コーチ陣のご指導にも助けられています」
「わ、わたしもです。これだけ立ち技と組み技と寝技をまんべんなく学べる道場は、他にもなかなかないと思います」
「うんうん! 立松っつぁんコーチとジョンコーチとヤナさんで、隙のない布陣だよね! 立ち技のスパーなら、サイトーっちもむちゃくちゃ強いしさ!」
「それらのコーチ陣に鍛えられているから、プレスマンの選手はあれだけの結果を残せているんでしょう。あたしと灰原は四ッ谷ライオットの所属ですけど、こちらの道場の方々にはものすごく刺激を受けています」
「わ、わたしもです。プレスマン道場と天覇ZEROのおかげで、ようやくMMAファイターとしての基盤を構築できたように思います」
灰原選手たちのそういったコメントは、瓜子を大いに力づけてくれた。
そして、メイとグラップリング・スパーに取り組んでいたオルガ選手が、そのインターバル中に英語で何事かをつぶやく。水分を補給してから、メイがそれを通訳してくれた。
「彼女たちは、いい意味で格闘技を楽しんでいる。もっと環境が整えば、もっと実力をつけられるだろうから、残念だ。……と、オルガ・イグナーチェヴァはそう言っている」
「環境っすか? ちょうど灰原選手たちは、この環境をありがたいって言ってくれてるところですけど」
「うん。だからきっと、生活のために練習時間が制限されることを指してるんだと思う。僕や彼女は、生活費の心配もなく練習をできる環境だから」
メイやオルガ選手は、朝から夜までみっちり稽古に励んでいるのだ。しかし、日本の女子選手でそのような環境にある人間は、ごくわずかであるはずであった。
「でも、僕はウリコに負けたし、彼女はユーリに負けた。ウリコやユーリが好きなだけ練習できたら、どうなるのか……想像すると、少し怖い」
「でも、ユーリさんはそんな環境になったら、頑張りすぎて身体を壊しちゃうんじゃないっすかね。自分たちも合宿稽古とかで、朝から夜まで稽古に励んだことはありますけど……あれを毎日続けられるかどうかは、わかりません」
そんな風に語りながら、瓜子はメイに笑いかけてみせた。
「それに、昼間は仕事で忙しいから、夜の練習がいっそう楽しみで気合が入るって面もあると思いますよ。何にせよ、人それぞれで環境は違うんですから、自分なりにベストを尽くすしかないと思います」
メイは瓜子の言葉を噛みしめるようにしばらく黙りこくってから、「うん」とうなずいた。
そして、英語でオルガ選手に語りかける。おそらくは、瓜子の言葉を伝えているのだろう。オルガ選手もまた、灰色の目を細めながら無言でうなずいた。
しばらくして、インタビューを終えた灰原選手たちがどやどやと近づいてくる。今度は彼女たちを交えた練習風景の撮影であった。
サキと愛音も合流して、女子選手の総勢は八名だ。立松の指導のもと、まずは立ち技スパーのサーキットが開始された。
「タックルありの、三分七ラウンドだ。カメラなんざ気にしねえで、集中しろよ」
瓜子の最初の相手は、小柴選手であった。
小柴選手は先月の敗戦後、階級を落とすことを決意していた。サキと同様に、五十二キロ以下級から四十八キロ以下級に転向するのだ。ただし、時間をかけてじっくり調整していく方針であるため、五月の大会は辞退を表明しており、今も体形に大きな変化はなかった。
スパーが開始されるなり、小柴選手はインファイトを仕掛けてくる。
しかし瓜子は足を使って、それから距離を取ってみせた。最近の彼女はアウトスタイルの選手をインファイトに引きずり込むことを課題にしていたため、その一助になろうと考えたのだ。
(階級を落としたら、そのぶん相手のスピードが上がるわけだもんな)
小柴選手はもともとインファイトを得意にしているし、四十八キロ以下級であれば誰にも力負けすることはないだろう。であれば、インファイトを避けようとする相手を自分の土俵に引きずり込む技量が必要になると踏んでいるのだ。
(何だかこの先は、アトム級のほうが賑やかになりそうだな)
現在のアトム級王者は雅選手であり、犬飼京菜や金井選手や前園選手といったトップファイターが、虎視眈々とその座を狙っている。そして大江山すみれは先月の査定試合でプロに昇格し、愛音もそれに続こうと稽古を積んでいるさなかであるし――そんな激戦の場に、サキと小柴選手が加わろうとしているのだった。
もちろん瓜子の所属するストロー級においても、メイにイリア選手、灰原選手に鞠山選手、後藤田選手、亜藤選手、山垣選手、奥村選手と、トップファイターから中堅選手まで充実している。やはり日本人の体格では、この二階級がボリュームゾーンとなるのだ。それに比べて、五十六キロ以下級から上の階級は、ずいぶん層が薄いように感じられてならなかった。
(だから、ユーリさんや沙羅選手の相手選びに困っちゃうわけだな)
瓜子がそんな風に考えたとき、周囲からどよめきの声があげられた。
ちょうど小柴選手の間合いから逃げたところであった瓜子はタイムストップをお願いして、そちらを振り返る。そこで待ち受けていたのは、サキの足もとにうずくまるオルガ選手の姿であった。
「うわー! あんたついに、オルガをダウンさせちゃったの? ったく、とんでもない女だね!」
愛音を追いかける手を止めて、灰原選手がそのように言いたてた。
オルガ選手はマットに片膝をついており、右脇腹を抱え込んでいる。おそらくは、レバーに三ヶ月蹴りでもくらったのだろう。たとえ防具をつけていても、中足で蹴る三ヶ月蹴りはダメージが軽減されないのだ。またそれは、体格差を無効化できる数少ない急所のひとつであったのだった。
「そういえば、あんたは『西の猛牛』にもKO勝ちしてるんだもんね! これだけ重量級の相手とやりあえるんなら、階級を落とす必要なんてないんじゃない?」
「サキ選手は、階級を落とされるのですか?」
インタビュアーの男性が驚きの声をあげると、サキが舌打ちして灰原選手をにらみつけた。
「スパーの最中に雑談してんじゃねーよ。ジャリ、KOチャンスだぞ」
「そんな卑怯な真似はできませんが、灰原選手にはスパーに集中していただきたいのです!」
愛音が挑発の右ジャブを繰り出すと、灰原選手は「わかったよー!」とスパーを再開する。それで瓜子も小柴選手に頭を下げて、それにならうことにした。
(サキさんは、やっぱりすごい人だ)
それはもちろんオルガ選手は男子選手レベルの体格であるのだから、単純なスピードや小回りではサキのほうがまさることだろう。しかし身長差は十二センチにも及ぶし、オルガ選手だって決して鈍重なタイプではないのだ。その圧力をいなしながら急所に的確な一撃を当てることなど、簡単なはずがなかったのだった。
(たとえ階級が変わっても、いつかは対戦のチャンスが巡ってくるかもしれないんだ。あたしだって、絶対に負けないぞ)
瓜子がそんな風に考えたとき、小柴選手が鋭い踏み込みから右ストレートを繰り出してきた。
バックステップの間に合わなかった瓜子はヘッドスリップでそれをかわし、カウンターの右フックを繰り出す。それでヘッドガードごしにテンプルを撃ち抜かれた小柴選手は、膝から崩れることになった。
「あ、大丈夫ですか、小柴選手?」
「はい! もう一本、お願いします!」
小柴選手はすぐさま立ち上がり、鋭い眼光を瓜子に突きつけてきた。
その気迫に、瓜子は大きく反省する。スパーの最中に別の選手のことを考えるなど、失礼の極みであるはずであった。
(本当に、自分は未熟者だな)
そうしてその後も、ひとりずつ順番にスパーの相手をしていく。
それで瓜子と最後に当たることになったのが、サキである。
スパーにおけるサキというのは、アウトスタイルに徹していた。優雅なステップで距離を取り、こちらがわずかでも隙を見せると、鋭い攻撃を叩き込んでくるのだ。
しかしここ最近は、瓜子もダウンを取られていない。その代わりに、こちらもまったくクリーンヒットできていなかった。サキは故障を抱えた左膝を守るために、これまで以上にステップワークが磨き抜かれたようであった。
もちろんこれはスパーであるのだから、瓜子もがむしゃらに突進したりはしない。
瓜子が無酸素ラッシュを仕掛けたならば、サキはどのように対応するのか――それが知れるのは、いつか対戦がかなったときであった。
「よし、終了。三分のインターバルで、お次は限定スパーだ。内容は、前回と同じでかまわんかな?」
合計二十一分間のスパーを終えた瓜子たちは、立松の声を聞きながらへたり込む。
そして、水分補給してから元気に声をあげたのは、灰原選手であった。
「あのさ! あたし、インファイト対策したいんだけど! メイっちょに手伝ってもらえないかなぁ?」
灰原選手はここ最近で、ついにメイにまで珍妙な呼び名をつけていた。
それはさておくとして、灰原選手の要請に立松が小首を傾げる。
「灰原さんの次の対戦相手は、インファイターの奥村選手だったな。しかし、メイさんとはずいぶん毛色が違うんじゃねえか?」
「でも、メイっちょのインファイトを回避できたら、奥村なんて余裕っしょ! っていうより、あたしが対策したいのは、あいつの組みつきなんだよねー!」
「ああ、奥村選手の本領はグラップリングだからな。なるほど、インファイトの中で仕掛けられる組みつきやタックルの逃げ方を磨きたいってわけか。でもそれなら身長的にも、多賀崎さんのほうが適任だろ?」
「マコっちゃんには、自分らのジムでお願いできるもん! プレスマンではプレスマンの選手にお願いしないとさ!」
「そうか。しかし、奥村選手を想定するなら……メイさんより、猪狩のほうが適任だろうな。まずは猪狩をクリアしてから、メイさんにお願いするべきだろ」
「あ、そーお? まあ確かに、タックルの鋭さだったらうり坊よりメイっちょのほうがレベル高いかぁ」
「言ってくれますね。思うぞんぶん、マットに寝かせてあげますよ」
瓜子が笑いかけると、灰原選手もふてぶてしい笑みを返してきた。
「灰原選手の次の対戦相手は、奥村選手なのですか。トップファイターとの対戦の前に、もう一段階試合が準備されたのですね」
と、さりげなく近づいてきたインタビュアー氏が、そのように呼びかけてくる。
「しかしまた、奥村選手は中堅選手の中でもっとも実績を残している人物です。これに打ち勝てば、実質的にもうトップファイターの仲間入りでしょう」
「ふふーん! 魔法老女の代わりに、奥村をぶつけられたってことなのかな! ま、あたしは対戦の決まった相手をぶちのめすだけだよ!」
「五月大会まで、あとひと月と少しですね。猪狩さんは欠場されるそうですが……他の方々は、マッチメイクが決定されているのでしょうか?」
インタビュアー氏が笑顔で尋ねると、立松が仏頂面で答えた。
「あんたはパラス=アテナの依頼で出張ってきてるんだろうが、部外者は部外者だろ。公式に発表されてねえ情報を、俺たちがもらすわけにはいかねえな」
「わたしとて、業界の仁義はわきまえています。そのような情報漏洩に及んだら、みなさんにもパラス=アテナの方々にも愛想を尽かされてしまうでしょうからね。決して口外はいたしません」
立松は肩をすくめてから、ぶっきらぼうに言い捨てた。
「この中でオファーが来てたのは、オルガさんと邑崎だけだよ。対戦相手はまだ内定の段階なんで、口にするのははばかられるな」
「おや。それでは、多賀崎選手にはオファーがなかったのですか。それは、いささか意外でした」
多賀崎選手はかつての日本人ナンバーワン選手であった沖選手に打ち勝ったため、インタビュアー氏はそのような感慨を抱くことになったのだろう。
しかし多賀崎選手は、瓜子と同様に《フィスト》のほうからオファーがあったのだ。それこそプレスマンの関係者が口をはさめる話ではないため、立松も知らん顔をしているわけであった。
(多賀崎選手も《フィスト》でタイトルマッチだなんて聞かされたら、このお人もさぞかしびっくりするだろうな)
先月の大会において、瓜子と多賀崎選手はそれぞれ《フィスト》の王者を下すことになった。それで瓜子ばかりでなく、多賀崎選手にも《フィスト》の王座をかけたダイレクト・リマッチが持ち掛けられたのだ。
灰原選手が口もとをむずむずさせているため、多賀崎選手が苦笑しながらその頭を小突く。ただその雄々しい顔には、タイトルマッチに向けた気迫が隠しようもなくみなぎっていた。
「よし、そろそろ三分だな。限定スパーを始めるから、前回の通りの組に分かれて――」
立松がそのように言いかけたとき、稽古場の扉が大きく開かれた。
そこから出現したのは、私服姿のユーリである。
ユーリは肩に抱えていたボストンバッグを放りだし、人相を隠すための黒縁眼鏡と白マスクを打ち捨てて、真っ直ぐ瓜子に突進してきたのだった。
「うり坊ちゃん! 遅くなってごめんねー!」
立松の指示で立ち上がりかけていた瓜子は、汗だくの身体をユーリの怪力で抱きすくめられることになった。
「ど、どうもお疲れ様です。そんなに取り乱して、どうしたんすか?」
「だってだって! 今日はただでさえ何時間も引き離されていたのに、三十分も遅刻してしまったのですもの!」
そういえば、すでに時計は五時半を回っていた。瓜子たちがサーキットに取り組んでいる間に、それだけの時間が過ぎ去っていたのだ。
「今日は仕事先の手違いで、こんなに長引いちゃったの! えーん! うり坊ちゃんと離ればなれで、さびしかったよー!」
「そ、そうっすか。でもほら、まずは落ち着きましょうよ。ね?」
この稽古場では、女子選手ばかりでなく男子選手たちも稽古に励んでいるのである。そうしてその場に居合わせた面々は男女問わずに呆れた様子で、ユーリと瓜子の様子をうかがっていたのだった。
ユーリは全身鳥肌まみれであろうに、瓜子の身体をぎゅうぎゅうとしめあげてくる。その怪力に息を詰まらせながら、瓜子は撮影班のカメラがこちらに向けられていることにようやく気づいた。
「あ、あの、こんなシーンを収録したりはしないっすよね?」
「わたしはインタビュアーに過ぎませんので、なんともお答えできませんが……でも、猪狩さんとユーリ選手の絆の深さをお伝えするには、うってつけであるかもしれませんね」
インタビュアー氏は柔和に微笑みながら、そんな風に言っていた。
瓜子は溜息をこらえながら、ユーリの背中をタップする。
そうして瓜子とユーリの離ればなれの時間は終わりを告げて、撮影の仕事もクライマックスを迎えることに相成ったのだった。
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