ACT.6 Atomic Girls! Best bout vol.5
01 離ればなれの昼下がり
不肖ながら、瓜子のベストバウトDVDの作製が決定されてしまった。
『十試合連続KO勝利達成というこのタイミングであれば、話題性も十分でありましょう。何卒、よろしくお願いいたします』
プレスマン道場にかかってきた瓜子あての電話において、駒形氏はそんな風に語らっていた。
過去に《アトミック・ガールズ》でベストバウトDVDを作製された選手は、四名しか存在しない。来栖舞、雅選手、鞠山選手、そしてユーリという顔ぶれである。瓜子としては、まったくもって恐れ多いばかりであるが――しかしそれでも十試合連続KO勝利というのは確かに大した戦績であろうし、現在の瓜子はまぎれもなく《アトミック・ガールズ》の王者のひとりであるのだ。いまや自分も《アトミック・ガールズ》を支える中核のひとりなのだという責任と誇らしさを噛みしめつつ、瓜子はその依頼を引き受けることになったのだった。
◇
そうして迎えた、撮影の当日――四月の第二木曜日である。
瓜子は見覚えのあるカフェで、インタビュアーと向かい合っていた。
昨年は同じこの場所で、ユーリがインタビューを受ける姿を横から拝見していたのだ。それを思うと、やはり感慨深いものがあった。
ただし本日、ユーリはいない。あちらはあちらでグラビアの仕事があったため、同席することはかなわなかったのだ。今頃は、千駄ヶ谷の付き添いで懸命に仕事を果たしているはずであった。
「うり坊ちゃんの勇姿を見届けられないのは残念至極でありますけれど、DVDの完成品を拝見する楽しみは倍増するわけだしね! そのように自分を慰めつつ、ユーリは今日という日を生き抜く所存であるのです!」
そんな言葉を残して、ユーリは千駄ヶ谷のボルボに連れ去られていったのだった。
「では、インタビューを始めさせていただきますね。まず、猪狩さんはもともとキックボクシングの選手であったというお話ですが……格闘技との出会いについて教えていただけますか?」
青年と中年の中間ぐらいの年頃である男性インタビュアーは、穏やかな声でそのように問うてくる。
その背後に控えたビデオカメラの存在をなんとか意識から打ち消しつつ、瓜子は「はい」と答えてみせた。
「最初のきっかけは、姉ですね。姉が格闘技ファンだったので、まだ小学生だった自分も色々な格闘技番組を目にすることになったんです」
「小学生ですか。猪狩さんは二十歳だそうですから……それじゃあ十年ぐらいさかのぼることになるのでしょうか?」
「はい。十歳ぐらいの頃には、もう夢中でした。《JUF》や《トップ・ワン》なんかも、その頃が全盛期でしたしね。でも、それからすぐに過渡期になって、どっちの興行もイロモノ色が強くなってきましたから……っと、こんな発言は控えたほうがいいっすかね?」
「不適当な発言は編集でカットしますので、お好きなようにお話しください。末期の《JUF》は、あまり趣味に合わなかったのですか?」
「はい。それよりも、格闘技チャンネルの《アトミック・ガールズ》や《G・フォース》に夢中でした。《JUF》には女子選手が出場していなかったんで、それを物足りなく思う気持ちもあったんだと思います」
「なるほど。十年前となると、来栖さんや雅選手が団体の顔を担っていた時代ですね。猪狩さんは、誰のファンだったんでしょう?」
「その頃はまだ、特定の選手に思い入れはありませんでした。ただ、寝技よりも立ち技の攻防が好きだったので、それがキックを始めるきっかけになったんだと思います」
このような話を見知らぬ相手に語るというのは、やっぱり奇妙な心地である。
しかし瓜子は、自分なんかの言葉を聞きたいと思ってくれている人々のために、誠心誠意で臨むつもりであった。
「ただそれ以前に、両親からMMAを反対されたという背景もありました。当時のMMAは、馬乗りになって相手を殴りつける過激さを売りにしていたでしょう? そんな野蛮な格闘技は絶対に駄目だって、猛反対されちゃったんすよね」
「なるほど。それで、キックボクシングのジムに入門したわけですか。品川MAを選んだ理由は、何かあるのですか?」
「ただ単純に、家から通いやすかったのと……やっぱり名門ジムだけあって、強い選手が多かったですからね。素晴らしいコーチとも巡りあえましたし、最初に入門したのが品川MAでよかったと思っています」
「伝説の鬼コーチ、赤坂氏ですね。現在はコーチ業から身を引いて、料理店を経営されているそうですが」
「はい。そちらのお店には、何度かお邪魔しました。お世辞ぬきで、素敵なお店です」
「赤坂氏にも、インタビューの申し入れをしていますよ。そうして猪狩さんは赤坂氏のもとで稽古を積んで、プロデビュー後はランキング一位まで駆けのぼるわけですが……その間も、MMAには興味を持たれていたんですか?」
「もちろんです。その、話が前後しちゃいますけど……そもそも自分が格闘技を始めようって決意したのは、アトミックでサキさんの試合を観たからなんです」
こんな話は、今でも頬のあたりが熱くなってしまう。
インタビュアーの男性は、初めて意外そうな顔をした。
「サキ選手ですか。ええと、猪狩さんが品川MAに入門したのは中学二年生の頃でしたから、当時のサキ選手は――」
「サキさんもまだ十七歳で、プレマッチに出場していたアマチュア選手でした。でもサキさんの試合はほとんど秒殺KOでしたから、プレマッチなのにまるまる放映されることが多かったんすよね」
「なるほど。猪狩さんが格闘技を始めた直接のきっかけは、サキ選手だったんですか」
「はい。気恥ずかしくて、遠回りな説明になっちゃいました。それでMMAをやりたいって親に相談したら反対されたもんで、キックを始めることになったんです」
「なるほどなるほど。では、キックからMMAに転向……いや、今でもキックを引退したわけではないのですよね。とりあえず、品川MAから新宿プレスマン道場に移籍した経緯をお聞かせ願えますか?」
「はい。順序立てて説明します。まず、親がいきなり北海道に引っ越すことになったんですよね。それでも自分は東京で格闘技を続けたかったので、ひとりで居残ることになりました。それが高校三年生の、一月のことでした。それで、今も働いているスターゲイトという会社でお世話になることになって……ユーリさんと出会うことになったんです」
瓜子の言葉に、インタビュアーが居住まいを正した。やはりこのあたりが、瓜子の人生のターニングポイントであるのだ。
「スターゲイトはユーリさんのアイドル活動をマネージメントしているんで、自分もその業務を割り振られることになりました。それに、ボディガード的な意味合いもあったんで、一緒に暮らすことになったんです」
「なるほど。当時のユーリ選手の印象は、いかがでしたか?」
「最悪でした。……あ、いや、すみません。ユーリさんが落ち込んじゃうんで、今の発言はカットでお願いします」
「きっと編集で、なんとかしてくれるでしょう。どうぞ正直なお気持ちをお話しください」
「はあ……自分はもともと頭が固かったんで、アイドルファイターとかは苦手だったんです。それで当時はユーリさんもまったく結果を残せていなかったし、それでいて運営にはひいきされてるように思えましたから、本当に腹立たしかったんですよね。……あの、本当に編集お願いしますね?」
「おまかせください。その後、ユーリ選手とはどのように信頼関係を築きあげていったのですか?」
「うーん。何か特別なきっかけがあったわけじゃないんすけど……出会って二日目には、もう最初の悪い印象が揺らいでましたからね。自分がユーリさんを嫌ってたのは、きっとロクに練習もしてないんだろうって思い込んでたからなんです。でも、同じ道場で稽古を始めたら、それがとんでもない誤解だったことがわかりました」
「ユーリ選手はきわめて練習熱心だという評判ですね」
「はい。副業のアイドル活動も忙しいですけれど、空いた時間は残らず稽古についやすようなお人です。最近なんかは日曜祭日にも出稽古してますから、基本が週七ペースになってしまいました」
「週七ペース。それはすごいですね。猪狩選手も、それにおつきあいしているのですか?」
「はい。副業のほうでも自分とユーリさんはまったく同じスケジュールなもんで、稽古のスケジュールも完全に一致しています」
「それでご一緒に暮らしているということは……文字通り、二十四時間行動をともにしているわけですか」
「はい。そんな生活が、もう二年以上も続いています。今日みたいに何時間も離れて過ごすのは、出会ってから初めてのことかもしれませんね」
「なるほど。その熱意と練習量が、猪狩選手とユーリ選手の現在の戦績につながっているわけですね。……話を少し戻します。《アトミック・ガールズ》のデビュー戦について聞かせていただけますか?」
「はい。一月に稽古を開始して、七月にプロデビューすることができました。《G・フォース》のランカーということで、査定試合もなくプロデビューできたみたいです。相手は武魂会の、小柴選手っすね」
「試合結果は、六十八秒で一本勝ちですね。その試合の印象をお聞かせください」
「はい。ストライカー同士だったんで殴り合いを楽しみにしてたんすけど、最後は一本勝ちできたんで嬉しかったです。コーチ陣やユーリさんに寝技を鍛えてもらったおかげだなと思いました」
「二戦目は、無差別級王座決定トーナメントの予選大会でしたね。どうして軽量級の猪狩さんが、こちらに出場することになったのでしょう?」
「それは……サキさんと戦いたかったからです。サキさんは、長年の憧れでしたので」
「なるほど。結果は四分四秒、サキ選手のKO勝利ですね。こちらの試合の印象をお聞かせください」
「サキさんは、嘘みたいに強かったです。それまでにも何度かスパーをさせてもらいましたけど、そんなのは参考にもなりませんでした。どんなに手を出しても、まったく届かなくて……今でも自分は、サキさんがこの階級で最強の選手だと思っています」
「そうして猪狩さんにとっての初年度は終わり、現在まで至る快進撃が開始されるわけですね。……ちょっと休憩しましょうか」
インタビュアーの言葉にほっと息をつきつつ、瓜子は手つかずであったアイスティーで咽喉を潤した。
「あの、こんな調子で大丈夫っすか? がちがちに緊張しちゃって、まったく頭が回ってないんすけど……」
「まったく問題ありません。猪狩さんの真摯な姿勢が、きちんと伝えられるはずですよ」
インタビュアーの男性は優しげに微笑みながら、そんな風に言ってくれた。
「それに、猪狩さんがユーリ選手やサキ選手をどれだけ尊敬しているかも、ひしひしと伝わってきます。ここまでで、何か語り足りないお話などはありますか?」
「えーとえーと……あ、プレスマン道場のコーチ陣について、なんにも語っていませんよね。特にサイトー選手は自分がプレスマンに入門したきっかけのおひとりでもあるんで、序盤で語るべきだったと思います」
「猪狩さんは、とてもチームメイトを大切にされているのですね。では、サイトー選手に関してだけ別個におうかがいして、他のコーチ陣については後半でお話し願おうかと思います」
「押忍。ありがとうございます」
そうしてユーリと離ればなれで過ごすその日の昼下がりは、粛々と流れ過ぎていったのだった。
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