05 副将戦~シュートレスラーと青鬼ジュニア~

『それでは、劇的なKO勝利を収めた猪狩瓜子選手にインタビューをさせていただきます!』


 リングアナウンサーの闊達なる声音に、客席からはまた大歓声がわきおこる。

 瓜子は負傷した右足にテーピングで氷嚢をくくりつけられ、サイトーの肩を借りたまま、その大歓声をあびることになった。


『猪狩選手! 対抗戦の次鋒戦を見事なKO勝利で飾りましたね! しかも相手は、一階級上のトップファイターであるマリア選手です! マリア選手の手応えは如何でしたか?』


『押忍。マリア選手の頑丈さや精神力には心底びっくりさせられました。スープレックスでは一瞬意識を飛ばされましたし、本当に薄氷の勝利だったと思います』


『それでも最後は、ハンマーのようなハイキックで豪快無比なるKO勝利を奪取することになりましたね! 猪狩選手はこれがプロキャリア十勝目で、九試合連続KO勝利という偉業を達成することになりました! ついに! 猪狩選手が! 《アトミック・ガールズ》における連続KO勝利の記録を塗り替えることになったのです!』


 リングアナウンサーが煽りに煽るため、歓声がものすごいことになっている。


『プロデビュー二年足らずでこの記録は、本当に物凄いことだと思います! 猪狩選手、ご感想は如何でしょうか?』


『押忍。それは本当に栄誉なことですけど……自分としては、寝技でも一本を取れる選手を目指したく思います』


『さすが、謙虚な仰りよう! ……おやおや、猪狩選手は何を笑っておられるのでしょうか?』


『あ、すみません。あなたにインタビューを受けていると、《アトミック・ガールズ》が本当に復活したんだなあっていう実感がわいてきちゃって……やっぱりアトミックのリングアナウンサーは、あなたじゃないと駄目っすよね』


 リングアナウンサーはきょとんと目を丸くしてから、にわかに滂沱たる涙をこぼした。


『も、申し訳ありません! インタビュアーが涙を流すなど、プロ失格でありますね! ですが、そのように真っ直ぐな笑顔でそのような言葉をかけられてしまうと……わたしは涙を禁じ得ません!』


 観客席に、歓声と笑い声が交錯する。

 リングアナウンサーは胸もとを飾っていた真っ赤なポケットチーフで涙をぬぐってから、感極まった様子で声を張り上げた。


『それでは! 勝利者インタビューを終了いたします! 見事なKO勝利と素晴らしい連勝記録を達成した猪狩選手に、もうひとたび大きな拍手をお願いいたします!』


 瓜子は頭を下げてから、サイトーとともにケージを後にした。

 そうしてサキと立松にはさまれながら花道を戻る間も、凄まじい歓声が瓜子の勝利を祝福してくれる。右足のダメージは甚大であったが、そんなことも気にならないぐらい瓜子は誇らしかった。


「よ、ずいぶん派手にやりよったな。負けるとは思うてへんかったけど、あないな爆裂KOを決めるとは想像してへんかったわ」


 入場口の裏に到着するなり、沙羅選手がさっそく頭を小突いてくる。

 すると、サキがすぐさま「やめろや」と怖い声をあげた。


「こいつはメキシコ女のスープレックスで意識が飛んでんだよ。ダメージくらった頭を気安く小突くんじゃねーや」


「どうせ明日には病院送りやろうから、かまへんやん。暴言と暴力の権化みたいなサキはんが人様にだけ常識を押しつけるんは勘弁してほしいわぁ」


「やめとけ、馬鹿。……猪狩さん、おめでとう。試合の放映を楽しみにしてるよ」


 大和源五郎が沙羅選手をたしなめつつ、くしゃくしゃの笑顔を届けてくれる。マー・シーダムも優しい笑顔であり、犬飼京菜を案ずる榊山蔵人もおどおどと笑ってくれていた。


 そちらにお礼を言ってから、瓜子は控え室を目指す。

 その道中で、ユーリの陣営と出くわした。


「うり坊ちゃん! 超絶KO勝利、おっめでとう! ……でもでも、あんよは大丈夫? うり坊ちゃんのそのようにおいたわしいお姿を拝見するのはサキたんに無慈悲なKOをくらって以来なので、心から心配なユーリちゃんなのです!」


「大丈夫っすよ。でも、しばらくは右足がきかないかもしれません。やっぱりマリア選手は、すごかったです」


 そんな風に応じながら、瓜子はグローブに包まれたままの左拳を差し出してみせた。


「でも、ユーリさんのお相手はそれ以上の大怪獣ですからね。しっかり見守ってますから、頑張ってください」


「うん! 悔いのないよう、死力を尽くす所存でありまする!」


 ユーリのほうも、左の拳をぎゅっと押しつけてくる。

 ジョンと愛音からもお祝いの言葉をいただいて、瓜子たちはあらためて控え室を目指すことになった。サキはユーリと合流して、残るはサイトーと立松のみだ。


「しかし、カーフ二発でそれだけのダメージを負っちまうとはな。やっぱりその体格で一階級上にチャレンジってのは、少し見直したほうがいいかもしれねえぞ」


 立松がそのように言い出すと、サイトーが「ははん」と鼻を鳴らした。


「立松っつぁんにしては、ずいぶん弱気な発言じゃねえか。やっぱ猪狩が相手だと、父性本能ってやつを刺激されちまうのかねぇ」


「そんなんじゃねえよ、馬鹿。猪狩はこれからの選手なんだから、無茶な試合で選手生命を縮めるべきじゃないって言ってるんだ」


「無茶な試合かねぇ。逆に、同じ階級じゃもう相手がいないんじゃねえの? なんせ、一階級上のトップファイターにKO勝利なんだからよ」


「あっちはあっちで、無茶してんだよ。なんせ先月の弥生子ちゃんとの試合でも、KOをくらってるって話なんだからな。それでも試合をできるように非公式マッチあつかいにするなんて、うちの道場じゃ絶対に許さねえぞ」


 瓜子が「まあまあ」と口をはさむと、立松は苦笑を浮かべつつ頭をかいた。


「セコンド陣が選手に気をつかわれてたら、世話ねえな。……今後の方針は、また後でだ。今は勝利の味を噛みしめておけ」


 瓜子が「押忍」と答えたところで、控え室に到着した。

 さすれば、お祝いの絨毯爆撃だ。灰原選手に多賀崎選手、鞠山選手に小柴選手という面々が居揃っているため、賑やかなことこの上なかった。

 犬飼京菜はまたもや無言でグータッチを求め、来栖選手や魅々香選手も静かにお祝いを告げてくれる。それで最後には、ずっと気落ちしていた高橋選手も迫力に満ちた顔で瓜子の手を握ってきたのだった。


「猪狩さん、すごい試合だった。まだ若いあなたにこんな言葉をかけるのはどうかと思うけど……わたしもあなたを見習って、さらなる稽古を積まなければならないと痛感させられた」


「とんでもありません。高橋選手のご活躍を期待しています」


 そうして瓜子がモニター前のパイプ椅子に着席すると、すかさず灰原選手が左腕をからめとってきた。


「さー、それじゃあ副将戦だね! どっちが有利かわかんないけど、マコっちゃんに土をつけた沙羅のやつには、格を下げないでもらいたいもんだね!」


「だけどやっぱり有利なのは、青田だと思うよ。なんてったって、一階級上の《フィスト》王者なんだからさ」


 多賀崎選手がそのように応じると、灰原選手は「ふふーん!」と得意げな顔をした。


「でもうり坊は、一階級上のマリアに激勝だったじゃん! 本当に強けりゃ、一階級ぐらいどうってことないんじゃない?」


「それは猪狩が強すぎるってだけのことだよ。あたしだって、マリアにはぎりぎり判定勝ちだったんだからね」


 そんな風に言いながら、多賀崎選手は真剣な眼差しでモニターを見据えた。


「それでもって、この青田ってのは《レッド・キング》のナンバーツーなんだから、マリアよりも格上ってこった。そんな生易しい相手じゃないよ」


 モニター上では、すでにケージインした青田選手が猛烈な闘争心を撒き散らしている。その足もとのフェンスの向こうに見えるのは――大江山師範代と青田コーチ、それに見知らぬ男子選手であった。


(青田コーチは二試合連続でセコンドか。コーチと師範代が、試合直前の弥生子さんから離れちゃうんだな)


 古武術をメインにする赤星弥生子には、コーチ陣の助力もそれほど必要はないということなのだろうか。

 あるいは――赤星弥生子であれば、自分よりも他の選手のためにセコンド陣を充実させようと考えそうなところであった。


 何にせよ、本日のイベントも残り二試合だ。

 ドッグ・ジムの面々に囲まれて入場した沙羅選手は意気揚々とケージインして、客席の人々を大いに煽っていた。


 沙羅選手は黒と緑のカラーリングで、ハーフトップにファイトショーツという試合衣装だ。右半分だけが金色をしたセミロングの髪もきっちりと編み込まれて、小麦色の肌はウォームアップでうっすらと汗ばみ、艶やかに輝いている。しなやかな筋肉と女性らしい優美な曲線をあわせもつ、ユーリとはまったく対極的な美しさを持つ肢体であった。


 それと相対する青田ナナは、マリア選手と同じく赤と青のカラーリングで、タンクトップにファイトショーツという試合衣装だ。青鬼らしさを強調するならば赤ではなく黒や白を選ぶべきであろうと思うが、彼女はそれよりも赤星道場のイメージカラーを重んじたのかもしれなかった。

 そんな試合衣装に包まれた青田ナナの肉体は、筋肉質でごつごつとしている。しかし均整の取れた筋肉美であるため、鈍重な感じはまったくしない。髪はざっくりとしたショートヘアで、鋭い目つきと骨ばった顔は勇猛そのものであった。


(でもやっぱり、けっこうな体格差だよな)


 沙羅選手も瓜子と同じく、一階級上の相手に挑む格好であるのだ。

 なおかつ沙羅選手はもともとナチュラルウェイトで試合をしていた選手であったため、ウェイトアップした現在もそれほど重いわけではない。六十一キロ以下級に設定されたこの試合において、沙羅選手のウェイトは五十八・四キロであった。


 いっぽう青田ナナは六十一キロのリミットいっぱいで、おそらくは五キロ以上もリカバリーしている。両者の身長は同一であったため、身体の厚みの差がいっそう顕著になっていた。


(そういう意味では、ユーリさんが青田さんと対戦したときと同じような条件か)


 ユーリが青田ナナと対戦したときも、ウェイトは五十八キロ台であったように記憶している。そしてやっぱり、今回と同じぐらいの体格差が生じていたのだった。

 しかしユーリは怪力であるために、このていどの体格差でもほとんど力負けしないのだ。かたや沙羅選手はパワーではなくテクニックとスピードが持ち味であるため、試合模様は大きく異なるはずであった。


 そうして試合が開始され――序盤に勢いよく攻め込んだのは、沙羅選手のほうである。

 空手仕込みの流麗にして力強いコンビネーションで、恐れげもなく攻め込んでいく。それに対する青田ナナは、堅くガードを固めて様子を探っているようであった。


 青田ナナは沙羅選手の挑発に乗った形で、《アトミック・ガールズ》に参戦することになったわけであるが――まったく熱くなっている様子はなかった。

 それに、対抗戦ではすでに二敗を喫しており、青田ナナ個人は前回の興行でユーリに敗れている。彼女の立場であれば、絶対に負けられないという心境であろうが、それでも冷静に戦えている様子だ。


 また、決して慎重になりすぎることもなく、要所要所では攻撃を返していく。単発でも、その攻撃の力強さは沙羅選手を大きく凌駕していた。手数の沙羅選手に一発の重さの青田ナナということで、ほとんど五分に見えるほどである。


「うーん、いかにもオールラウンダー同士の対戦って感じだね! そういえば、沙羅ってけっこう最終ラウンドまでもつれこむ試合が多いんだっけ?」


「うん。だけど、判定までもつれこんだのは御堂さんに負けた試合ぐらいじゃなかったかな。最終ラウンドまでじっくり戦って勝機を見定めるタイプなんだと思うよ」


「意外と地味だね! ま、試合の印象は派手なんだけどさ」


 灰原選手の言う通り、沙羅選手はアグレッシブな試合運びを好むために、試合そのものは派手であった。

 しかしそれでも青田ナナは有効打を許さず、ここぞというタイミングで的確な打撃を返していく。その一発で沙羅選手が体勢を崩したりするものだから、戦況が五分に見えてしまうのだ。これはポイントをつけるジャッジたちも大いに悩みそうなところであった。


 そうして両者ともに決め手がないまま、着々と時間は過ぎていき――けっきょく一ラウンド目は、タイムアップである。

 しかし客席には、満足そうな歓声が吹き荒れている。高い技術による激しい攻防の連続で、飽きるいとまもなかったのだろう。瓜子自身、この試合はどのような形で決着がつくのかと、ひそかに胸を高鳴らせることに相成ったのだった。

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