14th Bout ~Summit Showdown~

ACT.1  《レッド・キング》×《アトミック・ガールズ》

01 会場入り

『トライ・アングル』のレコーディングから、五日後――一月の第三日曜日である。

 ついにその日は、《アトミック・ガールズ》と《レッド・キング》の合同イベントであった。


 会場は、もはやお馴染みとなったPLGホールである。

 収容人数は二千名ていどで、古い時代からボクシングなどの興行で使用されており、世間では「格闘技の聖地」などと呼ばれている。《アトミック・ガールズ》は去年の七月に開催された四大タイトルマッチから、ずっとこの会場で興行を行っていたのだった。


「さすがに今回は、余裕でチケットも完売だったらしいっすね。まあ、メインイベントがユーリさんと弥生子さんの対戦なんだから、それも当然の話ですけど」


「にゅっふっふ。ユーリも燃えに燃えておるからねぇ。それを一人でも多くのお客様に見届けていただけたら、感無量ですわん」


 決戦の場を仰ぎ見ながら、ユーリはそのように言いたてた。

 実のところ、ユーリがこのような言葉を吐くのは珍しい。ユーリは誰が相手でも死力を尽くすというスタンスであるため、ベリーニャ選手が絡まない限りは闘志のほどに差は生じないのだ。


 しかし今回の対戦相手は、そのベリーニャ選手をも上回る力量であると見なされている、赤星弥生子である。

 勝利できなければ後がない、という切羽詰まった状況ではないものの、これは間違いなく過去最強の相手であるのだ。試合に勝つたびに相手のランクが上がっていくユーリであっても、国内の選手はこれにて打ち止めとなるはずであった。


「それじゃあ、行きましょうか。メイさんも、今日はよろしくお願いします」


 大きなボストンを肩に掛けたメイは、静かに闘志を燃やしながら「うん」とうなずいた。瓜子とユーリはタクシーで会場に向かうのが定番であったため、お隣さんのメイも同乗することになったのだ。

 そうして三人で控え室に向かうと、今日もそこには馴染み深い面々が勢ぞろいしていた。セコンドを務めてくれるプレスマン軍団と、親交のある女子選手およびその関係者である。


「おー、来た来た! あんたたちは、いっつも大トリだね! まったく、大御所を気取っちゃってさー!」


 と、いつも元気な灰原選手が、さっそく瓜子にからみついてくる。

 灰原選手に多賀崎選手、鞠山選手に小柴選手――オリビア選手は青コーナー陣営であるものの、馴染み深い女子選手はおおよそ試合を組まれているのだ。そんな中、瓜子たちにとって唯一親交の薄い人物を、鞠山選手が紹介してくれた。


「あんたたちは、みっちゃんと交流がないそうだわね。ほら、挨拶をしておくだわよ」


 それは無差別級のトップスリーに次ぐ若手の実力者、天覇館東京本部所属の高橋道子選手であった。かつての無差別級トーナメントでは、予選試合で沙羅選手に敗れてしまった人物である。


「……天覇館の高橋です。よろしくお願いいたします」


 高橋選手は、うっそりと一礼する。身長は百七十二センチ、体重は七十五キロで、ちょっと下膨れの力士めいた風貌をしている。ただ年齢は、サキと同じていどであるはずであった。

 そして高橋選手のセコンド役として、来栖選手と魅々香選手も控えているのだ。今日はまた、これまで以上に見知った相手が集結しているようであった。


「あぁら瓜子ちゃん、おひさしぶりぃ。相変わらずのかわゆらしさやねぇ」


 と、どこからともなく出現した雅選手が、妖艶に微笑みかけてくる。その姿に、瓜子は「あれ?」と目を丸くすることになった。


「雅選手、お疲れ様です。今日はどなたかのセコンド役ですか?」


「嫌やなぁ。今日は胸糞悪いベルトを浄化する日やろぉ? 瓜子ちゃんは、うちを王者と認めてくれてへんの?」


「あ、そうでした! どうもすみません。決してそんなことはないんすよ」


 本日は開会式にて、《カノン A.G》のベルトが《アトミック・ガールズ》のベルトに変更されるセレモニーが行われるのだ。そのためだけに、雅選手は京都からこの会場まで出向いてきたわけであった。


「ついでに今日は、放送用の解説役も頼まれてしもたんよぉ。かぶりつきで瓜子ちゃんらの試合を拝見したるから、あんじょうおきばりやぁ」


「押忍。雅選手に酷評されないように、力を尽くします」


 住まいが遠いために他の面々ほど交流は深まっていないものの、彼女も打倒チーム・フレアで結束したお相手である。ユーリを物体あつかいする他は、瓜子にとっても好ましく思える相手であった。


「そういえば、雅選手は肋骨を痛めてしまったそうですね。そっちのほうは、もう大丈夫なんすか?」


 瓜子が小声で問いかけると、雅選手もにんまり微笑みながら囁き声を返してきた。プライドの高い雅選手は試合で負傷したことを隠しているという話であったので、このように声をひそめる必要があったのだ。


「もう二ヶ月も経っとるんやから、どうってことあらへんけどなぁ。こないに愉快なイベントに参戦できひんかったのが、唯一の心残りやわぁ」


「本当っすね。また雅選手とご一緒に試合できる日を楽しみにしています」


 雅選手が「あらうれし」と耳の内にねっとりとした息を吹き込んできたので、瓜子は慌てて身を引くことになった。親愛の念を抱いても、雅選手のこういう部分はいまだに苦手な瓜子である。


「そ、そういえば、ドッグ・ジムの方々がおられないみたいですね。まだ来場してないんすか?」


「ふぅん? あのちびっこやったら、ついさっきまでうちのことを恨みがましい目で見とったはずやけど」


 雅選手の言葉に、立松が苦笑まじりの声をあげた。


「あいつらは狭苦しいとか何とか言って、さっさと試合場に移動しちまったよ。赤星との関係が落ち着いても、不愛想なのは相変わらずみたいだな」


 そのように語る立松の周囲には、サキとジョンと柳原と愛音に加えて、ちょっとひさびさのサイトーも控えている。プレスマン道場は三名もの選手が出場するために、セコンド陣も大わらわになってしまったのだ。

 協議の結果、チーフセコンドはユーリがジョン、瓜子が立松、メイが柳原。サキは三名全員のサブセコンドとなり、愛音とサイトーが手分けをして雑用係という、なんとも錯綜した布陣になっていた。


「ま、いっぺんに三人も出場できるなんて、光栄なことだわな。こっちは総力戦でかかるから、お前さんたちは憂いなく試合に集中しな」


「押忍。こんなに心強いセコンド陣に囲まれてたら、不安要素は皆無っすよ」


「それじゃあ俺たちも、そろそろあっちに向かうとするか」


 プレスマン軍団が移動を始めると、すべての関係者が追従してきた。本日は《レッド・キング》との対抗戦であったが、そうでなくともこれだけ親交のある相手がそろっていれば団結力が生じるものである。そして、傾きかけた《アトミック・ガールズ》を立て直したいという意味において、この場の全員はまぎれもなく同じ志を抱いているはずであった。


 そうして試合場に出向いてみると、座席の設営が進められる中、あちこちに人の塊が散っている。その中から、また見覚えのある一団が接近してきた。


「みなさん、明けましておめでとうございます! 本年も、どうぞよろしくお願いいたします!」


 なかなか親しげな挨拶であるが、実のところはそれほど親交の深い相手ではない。それは前回の興行でプロデビューを果たした元・柔道の五輪強化選手、宗田星見選手であった。《JUF》の有力選手であった深見幸三の秘蔵っ子にして、デビュー戦で一色選手にKO負けをくらった人物である。本日彼女は、鞠山選手と対戦するのだった。


「まりりんさん! 今日は胸をお借りいたします! まだまだ未熟者ですが、全力でぶつからせていただきますので!」


「そいつを弾き返すのが、わたいの仕事なんだわよ。せいぜい奮起するだわね」


「押忍! よろしくお願いいたします!」


 深見塾長も顔馴染みである立松や天覇ZEROの面々に挨拶をして、宗田選手ともども引き下がっていく。MMA界のニュースターと目されながら一色選手の踏み台にされてしまった彼女が、老練なる鞠山選手を相手にどのような試合を見せてくれるのか、なかなか楽しみなところであった。


(今回は本当に、興味深い試合が多いもんな。それだけ駒形代表が頑張ったってことだ)


 今回も、本選が十試合でアマチュア選手のプレマッチが二試合という編成になっている。その本選のすべてに興味を引かれるというのは、瓜子にしても珍しいことであった。


 第一試合は、まじかる☆あかりん vs 時任香名恵。

 第二試合は、多賀崎真実 vs オリビア・トンプソン。

 第三試合は、まじかる☆まりりん vs 宗田星見。

 第四試合は、高橋道子 vs マキ・フレッシャー。

 第五試合は、メイ=ナイトメア vs イリア=アルマーダ。

 第六試合は、バニーQ vs 武中キヨ。

 第七試合は、犬飼京菜 vs 大江山すみれ。

 第八試合は、猪狩瓜子 vs マリア。

 第九試合は、沙羅 vs 青田ナナ。

 第十試合は、ユーリ・ピーチ=ストーム vs 赤星弥生子。


 以上が、本日の対戦表となる。

 小柴選手とあたる時任選手は、かつてのトップファイターだ。膝の故障で一年以上も休養し、その復帰戦では鞠山選手に敗れることになった。中堅の壁たる鞠山選手に敗れてしまったため、より格下の選手と試合を組まれることになったのであろうが――そこで第二の魔法少女たる小柴選手をぶつけようというのが、なかなか小憎い演出であろう。


 高橋選手と対戦するマキ・フレッシャー選手というのは、かつて『NEXT・ROCK FESTIVAL』において小笠原選手に敗れた女子プロレスラーである。彼女は《NEXT》にしか出場しない方針であったはずだが、同じ立場である武中選手に引きずられたのか、あるいは沙羅選手の存在が作用して、《アトミック・ガールズ》に参戦することになったのだろう。彼女は沙羅選手の移籍先であるプロレス団体のトップファイターでもあるのだ。


 その武中選手というのは、やはり『NEXT・ROCK FESTIVAL』において灰原選手に敗れた選手である。彼女はもともと灰原選手へのリベンジを目的に《アトミック・ガールズ》への参戦を希望していたが、パラス=アテナのお家騒動が生じたために《NEXT》の代表から引きとめられていたのだそうだ。なおかつ彼女は、『ベイビー・アピール』のリュウが懇意にしている男子選手の妹という立場でもあった。


 後の面々は、説明する必要もない。《レッド・キング》との対抗戦たる四試合を除いても、いずれも興味深いカードであった。


「お、うり坊たちも、ようやくご到着かいな。マキねえやん、コレが噂のイノシシ娘と白ブタはんやで」


 と、沙羅選手が瓜子たちを手招きしてくる。そのかたわらにはマキ・フレッシャー選手の巨体があり、さらにドッグ・ジムの面々も居揃っていた。


「ドッグ・ジムのみなさん、お疲れ様です。マキ選手は、初めまして。新宿プレスマン道場の猪狩と申します」


「おお、あんたもちっこいねぇ。しかも、アイドル顔負けの可愛らしさじゃないか」


 マキ・フレッシャー選手は高橋選手よりもいっそう力士めいた風貌をしており、しかも男のように声が潰れてしまっていた。頭は金色でちりちりのパーマをあてており、体格もどっしりとしたアンコ型で、なかなかの迫力だ。ただし背丈は百六十二センチで、これはサキと同じ数値であった。それで体重は、サキより二十キロばかりもまさっているわけである。


「ま、きちんと実力が備わってるんなら、どんなツラでも関係ないやね。今日はよろしくお願いするよ」


 そう言って、マキ・フレッシャー選手はガハハと笑った。外見通りの、豪快なお人柄であるようだ。

 それで彼女の豪快さから逃げるように、犬飼京菜は榊山蔵人の陰に隠れてしまっている。なんだか、大型犬に警戒するポメラニアンのような風情であった。


「犬飼さんも、お疲れ様です。今日は対抗戦、頑張りましょうね」


「う、うるさいなっ! あたしにかまわないでよっ!」


 すると、マキ・フレッシャー選手が「んー?」とこちらを覗き込んできた。


「あんたたちは、週一で一緒に稽古してるんだろ? だったらもっと仲良くしなよ。人間、最後に頼りになるのは、人の縁だよ」


「う、うるさいってば! あんたに関係ないでしょ!」


「だから、年長の人間にあんた呼ばわりは失礼って言ったろ。可愛いツラして、聞き分けのない娘っ子だねぇ」


 マキ・フレッシャー選手は犬飼京菜の剣幕に怯む様子もなく、ぱんぱんに張った顔で笑っている。それを横目に、沙羅選手が瓜子に囁きかけてきた。


「京菜はんは、マキねえやんみたいな豪傑タイプが苦手みたいやわ。こいつは新発見やね」


「マキ選手は、すごく人柄もよさそうですもんね。……でも、それを言ったら沙羅選手も一緒じゃないっすか? サキさんもそうっすけど、犬飼さんには物怖じせずにズケズケものを言える人が合ってるのかもしれませんね」


「ほー、ウチらを厚顔無恥扱いかいな? ……サキはん、うり坊が何やら愉快なことを言うとるでえ」


「だ、だから、人柄もいいって言ってるじゃないっすか。悪口で言ってるんじゃないっすよ」


 思いの外、そこには和やかな空気が形成されていた。

 ジョンや立松も気兼ねなく大和源五郎に声をかけていたし、マー・シーダムはメイに声をかけてくれている。孤高の雰囲気たっぷりのダニー・リーはさておくとして、プレスマン道場とドッグ・ジムの垣根というものも無事に取り払われた感があった。


 そして――そこに小さからぬざわめきが伝えられてくる。

 青コーナー陣営の通路から、赤星道場の一団が姿を現したのだ。


 人々がざわめいているのは、赤星弥生子の気迫を察してのことであろう。その一団の先頭に立つ彼女は、かつてないほどの苛烈なオーラを纏っているように感じられてならなかった。


 マリア選手や大江山すみれはいつも通りのほほんとしているが、青田ナナなどは闘争心の塊と化している。それにセコンド陣も、師範代の大江山軍造に青田コーチ、レオポン選手に竹中選手、是々柄にフードとマスクで人相を隠した六丸、と――見知った相手が、勢ぞろいしていた。


 あちらもおそらくは、何名かの人間が複数のセコンドを兼任しているのであろう。それでも出場選手を含めれば、十数名の人数である。

 その十数名の全員が、赤星道場の赤いウェアを着用している。それがかつてのチーム・フレアとも比較にならぬほどの迫力と一体感を醸し出していたのだった。


 しかし何にせよ、その一団の雰囲気を形づくっているのは、道場主の赤星弥生子に他ならない。

 半数ぐらいの人間は和気あいあいとしているようであるのに、それすらもが赤星弥生子の放つ雷光めいたオーラに包括されて、彼らをひとつの生命体のように見せていたのだった。


 彼らは決して、《アトミック・ガールズ》を潰してやろうなどと考えているわけではない。

 ただ純粋に、赤星道場の力を見せつけてやろうと――《レッド・キング》で活躍する四名の実力を見せつけてやろうと、そのように奮起しているのだろう。

 メンバーのひとりずつがそういった思いを強く抱いているからこそ、彼らはこのように結束して見えるのかもしれなかった。


「ふん。あちらさんとも、ようやく気安く口をきけるようになったところだが……試合前は、挨拶なんざいらねえようだな」


 大和源五郎は不敵に笑いながら、そのように言いたてた。

 犬飼京菜も、きわめて真剣な目つきで赤星弥生子らの姿を見据えている。


 赤星弥生子は十余年もの沈黙を破って、初めて《レッド・キング》の外で試合を行うのだ。

 それがどれだけの覚悟を固めた上での決断であったのか――瓜子はあらためて、それを思い知らされた心地であった。

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