ACT.4 Year-end party
01 打ち上げ
その後、幕張パレットを後にした瓜子とユーリは千駄ヶ谷のボルボによって、打ち上げの会場に向かうことになった。
打ち上げの会場は、四ッ谷の高級そうな居酒屋である。こちらはもともと『トライ・アングル』のために千駄ヶ谷が抑えていた場所で、参加人数を急遽大幅に拡張させてもらったとのことであった。
器材の搬出などがないために身軽であったユーリ陣営は、バンドのメンバーたちよりも先んじて会場に到着する。そうして二階の大部屋に通されると、そこには誰よりもよく見知った格闘技関係者の面々が寄り集まっていたのだった。
「あー、来た来た! お仕事、お疲れさん! こーの、ピンク頭! 今日もずいぶんと、こっちの心をかき乱してくれたもんだねー!」
どんな場所でも一番元気な灰原選手が、笑っているような怒っているような面持ちで、ユーリに詰め寄ろうとする。肉体の接触を防ぐために瓜子がさりげなく間に入ると、灰原選手は八つ当たりのように瓜子の身体を抱きしめてきた。
「ホントにさー! あんなでっかい会場なのに、平気な顔して歌いやがって! もういっそのこと、歌手に転向しちゃったらー?」
「いえいえぇ。ユーリは足腰が立たなくなるまで、ファイターとして生きる所存ですのでぇ」
瓜子に抱きついた灰原選手の姿を羨ましそうに見やりながら、ユーリはそんな風に答えていた。
その間に、他のメンバーもやいやいと集合してくる。その中に、ひとりだけほっそりとしていて妖精のようにはかなげな姿を見出し、瓜子は灰原選手の肩ごしに声をあげることになった。
「あ、理央さん。今日はいきなり大人数の打ち上げになっちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
松葉杖ではなくサキに右半身を支えられた理央は、いつものやわらかい笑顔で「あい」とうなずいた。
鞠山選手、多賀崎選手、小笠原選手、小柴選手、愛音、そして後から合流したメイ――予定していた顔ぶれは、全員集合しているようだ。その中から、鞠山選手がずずいと進み出た。
「スターゲイトの千駄ヶ谷女史は、おひさしぶりだわね。こっちの集団の幹事として、挨拶をさせてもらうだわよ」
「はい。このたびは、合同の打ち上げのお誘い、ありがとうございます」
千駄ヶ谷と鞠山選手がこうまではっきりと向かい合うのは、それこそ『NEXT・ROCK FESTIVAL』以来であろうか。どちらも人並み外れた風格と貫禄の持ち主であるため、何やらとてつもない迫力が生まれてしまっていた。
「バンドのメンバーが到着する前に、ひとつ確認しておきたいんだわよ。『ワンド・ペイジ』も『ベイビー・アピール』もレディに対して無節操な人間はいないと聞いてるけど、それは真実なんだわよ?」
「はい。そういった面に問題を抱える御方がおられたならば、我々もユーリ選手とのユニット結成に二の足を踏んでいたかと思われます。……ちなみに『モンキーワンダー』の方々も、そういった心配はご無用なのでしょうか?」
「ギターのタキちゃんは愛妻家で、ベースのハチベエはゲイなんだわよ。女性問題を起こす危険は、限りなく低いだわね」
「左様ですか。私もユニットのメンバーが格闘技の関係者とスキャンダルを起こすような事態は、なんとしてでも回避したく思っております。『トライ・アングル』のメンバーにそういった恐れはないかと思われますが、万が一、何か不測の事態が生じた際は、その場で私に通達をお願いしたく思います」
「承知しただわよ。おたがいに、油断だけは禁物だわね」
なんとも心強い両雄の結託であった。
そしてその間も、こちらの面々はユーリをもてはやしている。とりわけユーリの信奉者たる愛音と感動屋さんの小柴選手は、今もなお赤い目で感極まっている様子であった。
「ユーリ様のライブ映像は何度となく見返しているのですが、やっぱり生の迫力は比較にならないのです! 愛音はもう、あの一時間で何度感涙にむせんだかもわからないほどなのです!」
「わ、わたしもです! 桃園さんって、本当にすごい歌い手さんですね! ふだん一緒に稽古をさせてもらっているお人が、あんな風にすごい歌を歌えるなんて……何かもう、言葉になりません!」
「あははぁ。どうも恐縮ですぅ」
ユーリは照れ臭そうに笑いながら、そんな風に応じていた。
その間に、瓜子はサキに声をかけておくことにする。
「サキさんも、お疲れ様でした。ひさしぶりに聴くユーリさんの歌声は、どうでした?」
「あー、アタシは基本的に、女の歌は興味ねーからなー。でもまあカネを取っても許されるレベルなんじゃねーの? 知んねーけど」
いかにもサキらしい素っ気ない返答に、瓜子は思わず苦笑してしまう。
「でも、それなら無理にチケットを買う必要はなかったんじゃないですか? もしかして、他に目当てのバンドでもいたとか?」
「ねーよ、そんなもん。今日はこのタコスケの付き添いだ」
「え? 理央さんの?」
瓜子がそちらに目を向けると、理央はたちまち真っ赤になってしまった。
「あの牛が、このタコスケにDVDをくれてやってただろ。それですっかり、ハマっちまったらしいなー。ファイターとしての牛には、大した興味もねーみたいだけどよー」
「へえ、そうだったんすか。でも、お気持ちはよくわかりますよ。ユーリさんのライブは、すごく素敵ですもんね」
「あい。……でも、ういこしゃんも、すてきでした。とくてんえーぞー、かわいかったでしゅ」
「じ、自分のことはいいんすよ。今日はご来場、ありがとうございました」
理央が「あい」とうなずいたところで、にわかに外のほうが騒がしくなってきた。
「バンドのメンバーも到着したみたいだわね。ほらほら、奥の席は出演者に譲って、道を空けるだわよ」
鞠山選手の取り仕切りで瓜子たちが壁際に下がると、それと同時に障子戸が開かれた。到着したのは、我らが『トライ・アングル』の面々である。
『ワンド・ペイジ』と『ベイビー・アピール』、各バンドのマネージャーとスタッフで、総勢は十五名ほどだ。千駄ヶ谷の誘導で奥側の席に向かいつつ、愛想のいい一部のメンバーは女子選手一同に会釈をしてくれていた。
「我々も、会の始まりではあちらとご一緒するべきでしょう。鞠山選手、あとはお願いいたします」
「任されただわよ。……お、『モンキーワンダー』の面々も到着したみたいだわね」
鞠山選手のそんな言葉を聞きながら、瓜子とユーリも着席した。向かいが『ベイビー・アピール』の関係者、隣が『ワンド・ペイジ』の関係者という布陣だ。そして末席に控えた瓜子の隣には、さきほど会場で出くわした女性が陣取ることになった。
「あ、瓜子ちゃんだぁ。どうぞよろしくねぇ」
長身でキツネを思わせる風貌をした、原口千夏なる女性である。シャワーをあびた後、彼女は派手なステージ衣装からスウェット素材のジャージに着替えていた。試合後の選手を思わせる、ラフな格好だ。
総勢は四十名近くにも及ぶため、四つの大きな座卓がぎっちりと埋められている。背後の卓を確認すると、背中合わせのすぐそばに愛音やメイがちゃっかり控えていた。
「これで全員、そろったみたいだわね。僭越ながら、全部のグループに見知った人間がいるってことで、わたいが司会進行させていただくだわよ」
すべての人間が着席したところで、鞠山選手がそのように宣言した。本日はサイケな柄のカーディガンにペルシャ絨毯のように派手なロングスカートという格好で、頭には海賊のようなバンダナを巻いており、眠たげなカエルのようなお顔もきっちりメイクで整えられている。まったくの余談だが、どのバンドの関係者もおおよそは二十代であるようなので、こんな場でも鞠山選手は最年長であるのかもしれなかった。
「本日は、『トライ・アングル』と『モンキーワンダー』、および女子ファイターの関係者で合同の打ち上げおよび忘年会が開催されることに相成っただわよ。まずはそれぞれの代表者に、ざっくり身分を紹介してもらいたいんだわよ」
鞠山選手の要請に従い、すべての人間の身分が明かされる。
しかしあくまで簡単な紹介に過ぎなかったので、『モンキーワンダー』の男性メンバーの本名は不明のままであった。とりあえず、ギターのタキは明るく染めたちりちりの髪をツーブロックにした色白の優男で、ベースのハチベエは真面目な大学生のような風貌をした童顔の若者だ。
(こうして見ると、やっぱり『ベイビー・アピール』のみなさんはガラの悪さが際立ってるな)
『ワンド・ペイジ』のメンバーは派手なところのないルックスであるため、余計そのように思えてしまうのだろう。しかし、女子選手の大半は《黒武殿》の面々とも仲良くなっていたので、それほど心配はいらないように思えた。
「以上だわね? それじゃあ今日は節度を保ちつつ、めいっぱいライブの成功をお祝いしてほしいんだわよ。……みよちゃん、乾杯の号令はどなたが適任なんだわよ?」
「ここはやっぱり、先輩格のワンドさんっしょー!」
会場では涙していたタヌキ顔の定岡美代子も、今では元気いっぱいの様子であった。
『ベイビー・アピール』の面々からもせっつかれて、西岡桔平がしかたなさそうに立ち上がる。
「えー、どうも。俺みたいな若輩者がこんな役目を負うのは恐縮の限りですが、この中ではおっさんの部類みたいなんで、お引き受けいたします。……みなさん、今日はお疲れ様でした。音楽関係の方々も格闘技関係の方々も、来年はさらなる飛躍を目指して頑張りましょう。……乾杯」
いかにも西岡桔平らしい温かな言葉に、瓜子も充足した気持ちで「乾杯!」と復唱することができた。
そしてあちこちからジョッキやグラスが差し出されてきたので、瓜子もせわしなく対応していく。その後は、瓜子もこの一年でずいぶん見慣れてきた酒宴の始まりであった。
「瓜子ちゃん! ひと騒ぎしたら、小笠原選手に紹介よろしくな!」
「はい。でも、タツヤさんも《NEXT》のイベントで挨拶をしてましたよね?」
「そんなの、半年前の話じゃん! キンチョーすっから、頼むよぉ」
「はい、承知しました。いつでも声をかけてください」
向かいのタツヤとそんな言葉を交わす瓜子のかたわらで、ユーリは猛烈な勢いで食欲を満たしている。まあ、あれだけのステージをこなしたのだから、相当にカロリーを消費しているのだろう。動いたら動いた分だけ食欲が増すという、実に素直な肉体をしたユーリであるのだ。
そして逆の隣からは、『モンキーワンダー』のドラマーたる原口千夏がにこにこと笑いかけてきた。
「ねえねえ、あたしもうり坊ちゃんって呼ばせてもらってもいいかなあ? 花ちゃんさんがそういう風に呼んでるのが、前々から可愛いと思ってたんだよねぇ」
「ええ、かまいませんよ。でも、鞠山選手が自分なんかの話をするんすか?」
「うん。花ちゃんさんとも、そんなしょっちゅう会ってるわけじゃないんだけどさ。それでも会うたんびに、最低一回は名前が出るかな。あたしは格闘技とかよくわかんないんだけど、うり坊ちゃんはそっちでもすごい結果を残してるんでしょ? こんなに可愛いのに、すごいよねぇ」
「いえいえ、とんでもありません。それじゃあ鞠山選手とは、どういう風にお知り合いになったんすか?」
「きっかけは、やっぱり音楽だね。花ちゃんさんも、インディーズでCDを出してるっしょ? それで、すっごい個性的な歌声だなあって調べてみたら、魔法少女カフェのオーナーで格闘技の現役選手とかいうものすごいプロフィールに辿り着いちゃってさぁ。面白そうだから、みよっぺと二人でカフェに突撃してみたの。そしたら予想以上に面白い人だったから、バンドでコラボすることになったんだよねぇ」
そんな風に語る原口千夏は、とても気さくで人懐こい性分が存分ににじみ出ていた。どこか、瓜子の旧友たる佐伯を思い出させる人物である。あちらは猫でこちらはキツネに似ているが、どちらも目を細めて笑うさまがよく似通っていた。
「それで、原口さんたちは――」
「ぐっちーでいいよ。本名で呼ぶ人間なんて、周囲にひとりもいないから」
「承知しました。それじゃあぐっちーさんたちは、あくまで鞠山選手とのおつきあいで、《NEXT》のイベントに出てたんすね。メンバーのおひとりぐらいは、格闘技に興味があるのかなって思ってました」
「あー、今ではみよっぺとハチベエが、花ちゃんさんの試合を追っかけてるらしいよ。そうそう、ハチベエなんかは、ユーリちゃんやうり坊ちゃんのファンなんじゃないかな。あとでサインとか書いてくれない?」
「サ、サインすか? 名のあるバンドの御方にサインだなんて、ちょっと恐縮しちゃいますね」
「またまたー。あたしらの顔すら知らなかったくせにー」
そんな台詞がまったく嫌味に聞こえないところも、佐伯に似ているように感じられた。
そしてジョッキのハイボールを男らしくあおってから、原口千夏は「んー?」と小首を傾げた。
「ねえねえ、ユーリちゃんがちらちらこっちをうかがってるけど、なんか話でもあるのかなぁ?」
「あ、すみません、ユーリさん。ついほったらかしにしちゃって」
「いえいえぇ」と、ユーリは社交スマイルを振りまく。あまり親しくない相手が間近にいるために、すねた顔を隠しているのだ。逆側の隣をガードした千駄ヶ谷は『ベイビー・アピール』の面々と何やら熱心に語らっているため、無聊をかこってしまったのだろう。
「もう食欲は満たされたんですか? だったら一緒におしゃべりしましょうよ」
「お気遣いなくぅ。ユーリの胃袋は、まだまだ一割も満たされておりませんのでぇ」
「だったら、食べながらおしゃべりしましょうよ。メンバー以外のミュージシャンの御方と口をきける機会なんて、そうそうないんすから」
瓜子が精一杯の笑顔を届けると、ユーリも機嫌をなおした様子でにこりと微笑んだ。
すると今度は、原口千夏が「んー」と奇妙な声をもらす。
「ねえねえ、ひょっとしたらと思ってたけど、うり坊ちゃんとユーリちゃんってそういう関係なの?」
「いえいえ。よく勘違いされますけど、まったくそういう関係ではないっすよ」
「あー、ほとんど初対面なのに、立ち入ったことを聞いちゃったね。ごめんごめん、うり坊ちゃんがすっごく喋りやすい人だから、ついつい口がすべっちゃったぁ」
「いえ、それはかまいませんけど、本当に違うんで誤解だけはないようにお願いいたします」
「そーお? 恋人でもないのに、あんな甘い空気が出るもんかなぁ」
そんな風に言ってから、原口千夏はまたキツネのように目を細めて笑った。
「うり坊ちゃん、こういう話題が嫌いなんだね。甘い空気がとたんにピリピリしちゃったよ」
「ええまあ、ネットとかではそういう噂も出回ってたみたいなんで、マネージャー補佐の立場としては看過できないんすよね」
「そっかそっかぁ。まあ、うり坊ちゃんって女心をくすぐるタイプだもんねぇ。ていうか、カラダ目当てのやつもそうじゃないやつも男女関係なく引き寄せちゃうタイプじゃない? かなりレアなキャラだよねぇ」
そう言って、原口千夏はいっそう楽しげに笑ったのだった。
「あのDVDのフォトブックとか特典映像とか、あたしもメロメロだったからさぁ。それで普段はこんなボーイッシュって、すっごくそそられちゃうよねぇ。もし今、うり坊ちゃんがフリーだったら――」
「ちょっと、ぐっちー! 初対面のコを相手に、気軽に性癖をさらすんじゃないの!」
と、定岡美代子が背後から原口千夏の背中にのしかかり、形だけチョ-クスリーパーの形を作った。
「ごめんねー! ぐっちーは瓜子ちゃんみたいなコが、モロにタイプだから! 貞操の危険を感じたら、遠慮なくぶっとばしちゃっていいよ!」
「人聞きが悪いなぁ。うり坊ちゃんに誤解されちゃうじゃん」
「誤解じゃなくて、理解でしょ! ていうか、自分で性癖さらしてたじゃん!」
瓜子はかいてもいない汗をぬぐいつつ、「あはは」と作り笑いを浮かべるしかなかった。
まあ、誰がどのような性癖を持とうとも、それは個人の自由である。あとはもう瓜子の側の意思さえ尊重していただければ、それで十分と考える他なかった。
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