03 対面

 エドゥアルド選手やグティと再会を果たしたのち、瓜子は合宿稽古でお世話になったキッズクラスの子供や父兄たちとも挨拶を交わすことになった。

 もともとグティはそちらと歓談を楽しんでいたところでユーリを発見し、突進してきたのである。それを追いかけてきた人々は、また瞳を輝かせながらユーリや瓜子を取り囲んできたのだった。


「DVD、買いましたよ! 評判通り、すごくよかったです! ステージはもちろん、特典映像の猪狩さんもすっごく可愛かったし!」

「本当は先週のライブも行きたかったぐらいなんですけどねー! どうしてもチケットが取れなかったんですよー!」

「猪狩さんは、あのユニットに加入したりしないんですか? もし加入したら、めいっぱい応援しちゃいますよー!」

「ほんとほんと! 邑崎さんももちろん可愛いですけど、猪狩さんって何かものすごく女心をくすぐるんですよねー!」


 ユーリは本職のアイドルという身分が多少の防波堤となっているのか、瓜子に対して遠慮のない賞賛の声が集中するのが、悩ましい限りであった。

 しかし幸いなことに、開場の時間が迫っていたため、そんな生き地獄も数分ばかりのことであった。


 ついに、赤星大吾とのご対面である。

 おせっかいを承知で、瓜子は大和源五郎に呼びかけることになった。


「あの、大和さんも大吾さんと口をきくのは、数年ぶりなんすよね? おこがましいですけど、最初は自分が紹介させてもらってもいいっすか?」


「うん? 猪狩さんに世話をかける気はないんだが……でも、そうだな。それぐらいは、甘えさせてもらおうか」


 大和源五郎はひっきりなしに坊主頭を撫でており、犬飼京菜はいよいよ闘争心を剥き出しにしている。マー・シーダムと榊山蔵人はそんな犬飼京菜を心配している様子で、ダニー・リーは相変わらずの冷たい無表情だ。


「それなら、こっちが先に挨拶をさせてもらうよ。アタシなんか、大吾さんと顔をあわせるのは夏の合宿以来だからさ」


 そんな言葉を残して、小笠原選手が先頭を切って通路を進んだ。来栖選手と魅々香選手がそれに続き、オリビア選手とエドゥアルド選手、グティとキッズクラスの関係者も楽しげに語らいながら追従する。

 結果、最後尾を行くのはプレスマン道場とドッグ・ジムの関係者という顔ぶれに相成った。メイと愛音などは完全に無関係であるのだが、瓜子やユーリが厄介ごとに首を突っ込んでいるならば放ってはおけないという心境であるのだろう。


 通路の果てに待ち受けるのは、試合会場に不似合いな屋台だ。

 その向こう側には客席が広がり、そしてケージの試合場が鎮座ましましている。何度見ても、シュールな光景であった。


 瓜子たちは通路の途中で足を止め、小笠原選手たちの挨拶と料理の購入が終わるのを待つ。人数が人数なだけに、それだけで数分がかりであった。

 なおかつ、小笠原選手らが先に進んでも、屋台には別なるお客が押し寄せてしまう。これを待っていたら埒が明かないので、瓜子は突撃の覚悟を固めることになった。


「脇から、挨拶だけさせてもらいましょうか。開演前は、あちらもかき入れ時でしょうしね」


「ああ。まかせるよ」


 瓜子たちはひとかたまりとなって、屋台を目指した。

 四つの屋台が並べられており、メキシカンピラフは一番奥だ。すべての屋台の前を素通りした上で、瓜子は横合いから屋台の内側を覗き込んだ。


「お仕事中に、失礼します。大吾さん、おひさしぶりです」


「やあ、猪狩さん。今日も来てくれるって聞いて、楽しみにしてたよ」


 赤星大吾は、普段通りのにこやかな笑顔で出迎えてくれた。

 身長は百九十センチ、体重は――きっと、エドゥアルド選手以上であろう。ビア樽のようにずんぐりとした胴体に、肉厚の顔と手足がくっついている。顔は髭もじゃで、森のくまさんとでも称したくなるような風貌だ。メキシコ料理店のエプロンを装着したその姿は、これだけの体格でありながら格闘技関係者に見えないほど愛嬌たっぷりであった。


「で、今日はスペシャルゲストも連れてきてくれたそうだね。……タカ、悪いけど、こっちの屋台をちょいと見ておいてもらえるか?」


「ええ、いいッスよ。……わ、瓜子ちゃんにユーリちゃん、やっぱり来てたんスね!」


 こちらも二ヶ月ぶりの再会となる竹原選手が、顔を赤くしながら移動してくる。

 そちらに居場所を譲って、赤星大吾はのそりと通路のほうに出てきた。


 プレスマン道場の面々は脇に身を引いて、ドッグ・ジムの面々がその前に進み出る。

 赤星大吾は変わらぬ笑顔で、「よう」と朗らかな声をあげた。


「源さん、ひさしぶり。さすがにちょいと、老けたかな。……でも、いい稽古を積めてるみたいじゃないか」


「置きやがれ。手前こそ、よくもそうまでぶくぶくと肥え太ったもんだなあ」


 大和源五郎が仏頂面で応じると、赤星大吾はせり出た腹を叩きながら笑い声をあげた。


「両膝がぐちゃぐちゃでジョギングのひとつもできないんだから、しかたないさ。源さんのヒールホールドだって原因のひとつなんだから、そいつは言いっこなしってもんだ」


「俺のことはいいんだよ。お嬢のことは、もう聞いてるんだろ?」


「ああ。拓哉の娘さんが、MMAを頑張ってるんだってな」


 赤星大吾のぎょろりと大きな目が、犬飼京菜のほうに視線を転じる。

 犬飼京菜は、人喰いポメラニアンの形相でそれをにらみ返した。


「拓哉が亡くなったことは、風の噂で聞いてたよ。でもまあ俺と拓哉は顔をあわせれば怒鳴り合うような間柄だったし、最後は喧嘩別れの絶縁状態だったから、線香をあげにいくのは控えてたんだよな」


「……賢明な判断だね。父さんだって、あんたの顔なんて見たくもないだろうさ」


「そうだなあ。こんなことなら、引退してすぐ和解するべきだったよ。喧嘩別れしたままおしまいなんて、切ないもんさ」


 と、赤星大吾は笑顔のまま、目もとにだけ悲しそうな色をたたえた。

 瓜子ていどのつきあいでも、いかにも赤星大吾らしいと思えるような表情だ。

 しかし犬飼京菜は、びっくりしたように目を見開き――さらに凶悪な形相をこしらえた。


「口では、なんとでも言えるよね。父さんがあんたのことをどれだけ恨み抜いてたのか、わかってんのかい?」


「わかってるつもりだよ。だから、和解したかったのさ。俺には俺の言い分ってもんもあったしな。……それにきっと、俺もあいつのことをちっともわかってなかったんだろう。あの頃は、俺もあいつも自分のことで手一杯だったからよ」


 すると、屋台のほうから「大吾さーん!」という竹原選手の声が聞こえてきた。ひとりでは手が回らないぐらいのお客が押し寄せてしまったのだ。


「お前さんとは、ちょいとじっくり語らいたいもんだな。よかったら、打ち上げに参加してもらえるかい?」


「……どうしてあたしが、そんな真似をしなくちゃならないのさ」


「嫌なら嫌で、かまわないがね。親父さんと最悪な仲だった相手の言葉を聞くってのは……けっこうな人生経験になると思うぞ」


 そんな風に言いながら、赤星大吾はきびすを返した。


「ま、気が向いたら声をかけてくれ。あ、もちろん猪狩さんたちもな。来月には対抗戦やらがあるそうだけど、試合場の外でまでツンケンすることはないだろ」


 そんな言葉を残して、赤星大吾は屋台に戻っていった。

 犬飼京菜は同じ形相のまま、大和源五郎をにらみあげた。


「源爺の言う通り、赤星大吾と喋ってみせたよ。この上、打ち上げにまで参加しろっての?」


「お嬢の気が乗らねえってんなら、俺が話を聞いてくるよ。ただ、自分の耳で聞いたほうが納得いく話ってのもあるんじゃねえのかな」


 犬飼京菜の険悪な形相が、じわじわとすねた子供のような表情に変じていく。

 そのさまを見守りながら、大和源五郎は顔をくしゃくしゃにして笑った。


「ま、試合を観ながら考えておきな。……猪狩さんも、世話をかけちまったな」


「いえ。自分は何もしていませんから……うわ、どうしたんすか?」


 瓜子が背後を振り返ると、メイに腕をねじあげられた人物が「痛いっす痛いっす」と連呼していた。


「悪気はないんで、勘弁してほしいっす。あたしはミジンコより軟弱なんで、骨が折れちゃうっす」


「ミジンコ、骨はないと思う」


 メイに成敗されているのは、もちろん赤星道場のメディカルトレーナー、是々柄であった。言葉の内容は悲壮感たっぷりだが、いつも通りのとぼけた語調だ。


「ちょ、ちょっとメイさん、何をしてんすか? 乱暴したら、駄目っすよ」


「でも、この女性、またウリコの肩にさわろうとしていた」


「ああ、そういうことっすか……とりあえず、解放してあげてください。怪我なんてさせたら、大ごとになっちゃいますから」


 メイが手を離すと、是々柄は右肩をさすりながら身を起こした。


「どうも、おひさしぶりっす。ひさびさにお会いできた喜びで、ついつい肉欲が噴出した次第っす」


「その肉欲って表現はやめてください。……あ、お騒がせしちゃってすみません。このお御方も、いちおう赤星道場の関係者っすよ」


「いちおうとはご挨拶っすね。……おやおや、源さんじゃないっすか」


「なんだ、是々柄か。痴漢でも出たのかと思っただろうがよ」


 大和源五郎は、苦笑を浮かべていた。


「いつだったかの、大会以来だな。元気そうで何よりだが……それにしても、お前さんは変わらねえな。人魚の肉でも食ってるのかよ?」


「そんなお肉が存在するなら、是非さわらせていただきたいところっすね」


 是々柄は性懲りもなく、ちんまりとした指先をわきわきと動かす。

 それはともかくとして、この両名が旧知の仲とは、瓜子も予想していなかった。


「あの、大和さんは是々柄さんをご存じだったんすか? グティさんが参戦する頃には、大和さんももう《レッド・キング》から離れていたんでしょう?」


「ああ。だけどこいつは、さっきの色男よりよっぽど古株だからな。年齢は大して変わらねえんだろうけどよ」


「ええ? グティさんは、三十代の後半って聞いてるんすけど……」


 瓜子は思わず、是々柄の姿をまじまじと見てしまう。確かに年齢不詳の女性であるが――下手をしたら、瓜子と同世代でも通用しそうな容姿である。ホウキみたいにくしゃくしゃの赤茶けた髪に、極度の遠視用メガネで巨大化した目に、ちんまりとした鼻と口――眼鏡を外すと物凄い美人であり、ぶかぶかのジャージの下にはユーリ顔負けの肢体が隠されていることも、瓜子はすでに知っている。しかし彼女は妙に子供じみていて、悪戯な小人を思わせる存在であったのだった。


「女性に年齢の話は、タブーっすよ。そういえば、グティさんもあっちにいたっすね。ステロイド入りのお肉には興味ないっすけど」


「本当に、相変わらずみたいだな。……お嬢、こいつもいちおう、拓哉の馴染みだ。けっこう仲良くやってたから、お前さんも仲良くしてやんな」


「父さんが? こいつと?」


 犬飼京菜は心から疑わしそうに、是々柄の姿をにらみつける。

 いっぽう是々柄は、巨大化した目をぱちぱちと瞬かせていた。


「ああ、そちらのお嬢さんも会場でお会いしたっすね。弥生子ちゃんたちとバチバチやりあってたから、あたしは三猿を決め込んでたっすけど。……どうしてこう、赤星のお人と犬飼のお人は仲良くできないんすかね。あたしは大吾さんも拓哉さんも好きだったから、居たたまれないっすよ」


「……本当にこんなやつが、父さんと仲良くしてたの?」


「してたっすよ。でも、男女の関係ではないのでご心配なく。あたしの欲情は別方向に昇華されてるから、男女の真っ当な営みは興味ないんすよ」


「あ、頭おかしいんじゃないの、こいつ?」


 犬飼京菜は、すっかり毒気を抜かれた様子であった。

 しかしまあ、激情を駆り立てられるよりは上等であろう。


(ていうか、会う人みんな、犬飼拓哉さんに好感を抱いてるんじゃん。まあ、グティさんたちは父親ごしだけど……これで少しは、犬飼さんも心境に変化があったりするのかな?)


 瓜子はそのように考えたが、変人の部類である是々柄を傍証にするのは、いささか頼りなかった。重要なのは、犬飼拓哉と同時代に選手活動をしていた人々――赤星大吾に大江山師範代、それに青田コーチあたりであるのだろう。


(もし犬飼さんたちが打ち上げに参加するなら、あたしも見守らせてもらおう)


 瓜子がそんな風に考えていると、ユーリがくいくいと袖を引っ張ってきた。


「あにょう、大事なミッションのさなかというのは百も承知なのですけれども……そろそろメキシカンピラフを購入してもよろしくありましょうか? あのスパイシーな芳香に、ユーリの胃袋が暴れ狂ってしまっているのです」


 瓜子はがっくりと脱力しつつ、それでもユーリに笑いかけてみせた。


「そうっすね。そろそろ開演でしょうから、腹ごしらえをしておきましょうか。……大和さんたちは、どうします?」


「屋台の売上に貢献する義理はないんで、席のほうに陣取っておくよ。……それじゃあな、是々柄」


「はいはい。マッサージがご入用の際は、いつでも声をかけてほしいっす」


 去り行くドッグ・ジムの面々にそんな言葉を返してから、是々柄はくりんと瓜子に向きなおってきた。


「で、猪狩さんたちに伝言があるんすよね。今日は軍造さんたちもバタバタしてるんで、挨拶は試合の後にさせてもらいたいって言ってたっすよ。そんでもって、よかったら打ち上げにもどうぞってお話っす」


「そうですか。打ち上げに関しては、またこっちで話し合っておきます。……ところで、是々柄さんは犬飼拓哉さんと仲良しだったんすね。よかったら、弥生子さんと犬飼京菜さんの架け橋になってくれないっすか?」


「あたしは真っ当なコミュニケーション能力が欠落してるんで、お力になれるかどうかは心もとないところっすね。でも、条件次第では死力を尽くすっすよ」


「……なんでもかんでも交換条件を持ち出すのは、どうかと思いますよ」


「だって、猪狩さんのお肉にさわるチャンスは逃がしたくないじゃないっすか」


 そんなふざけたことを言ってから、是々柄はほわんと笑った。


「それにしても猪狩さんは、またまた弥生子ちゃんのために骨を折ってくれてるんすね。猪狩さんのそういうところは、肉欲ぬきでムラムラするっすよ」


「なんか、表情と言葉が一致してない上に、内容も支離滅裂なんすけど」


「だから、コミュニケーション能力が欠落してるんですってば。……ところでユーリさんが飢餓状態みたいだけど、大丈夫っすか?」


 そういえば、瓜子はユーリにせかされていたさなかであったのだ。

 しかしユーリは忠実な大型犬のように、瓜子と是々柄の会話が終わるのをじっと待ち受けている。そのうるうるとした眼差しに、瓜子は罪悪感と微笑ましさを同時にかきたてられてしまった。


「どうもすみません。おしゃべりは、料理を買ってからにしましょうね」


「うにゅう。《レッド・キング》に来場すると、放置プレイが頻発するのです。それもこれも、うり坊ちゃんが赤星弥生子殿をいちじるしく敬愛しているゆえなのでしょうねぃ」


「だから、すみませんってば。……それに自分は、弥生子さんのためだけにあれこれおっせかいを焼いてるわけじゃないっすよ」


 この件に関しては、犬飼京菜に対する心情のほうが上回ってきているのではないかと、瓜子はそんな風に自覚していた。そもそも犬飼京菜が恨んでいるのは赤星大吾が君臨していた時代の赤星道場であり、弥生子はとばっちりを受けているようなものであるのだ。


(もちろん最終的には、弥生子さんとも和解してほしいけど……やっぱりまずは、大吾さんだよな)


 あれほど陽気で大らかな気性に生まれ変わった赤星大吾であれば、犬飼京菜の復讐心をなだめることも可能なのではないか――そんな期待を胸に抱きつつ、瓜子は屋台のほうに足を向けようとした。


 そこに、意想外の人物が入場口のほうから駆けつけてくる。

 その姿を見て、サキが「あん?」と眉をひそめた。


「ありゃーパラス=アテナの三代目組長だよな。あのおっさんも来場する予定だったのか?」


「いえ、自分は聞いてないっすね」


 ともあれ、まずはユーリのために屋台で料理を――と、瓜子たちが歩を進めようとすると、もこもこのダウンでいっそう丸っこくなった駒形代表が息せき切ってこちらに近づいてきたのだった。


「ユーリ選手! 猪狩選手! 予定通り、来場されていたのですね! 折り入ってご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」


「いや、あの、いちおうユーリさんは人目を忍んでるんで、もうちょっとボリュームを抑えてもらえますか?」


「も、申し訳ありません。ちょっと気が逸っておりましたもので」


 駒形代表がぜいぜいと息をついていると、四角い大きなバッグを担いだ青年が後を追いかけてきた。試合会場でちらちらと顔を見かけたことのある、こちらもパラス=アテナのスタッフであるはずであった。


「じ、実はですね、本日の閉会式にて、一月の合同イベントに関して初めての告知がされるのですが……その際に、ユーリ選手と猪狩選手もケージに上がってもらえませんでしょうか?」


「ええ? そのお話は流れたって、道場のコーチから聞いてたんすけど」


《アトミック・ガールズ》と《レッド・キング》の合同イベントに関してはまだ世間に公表されておらず、本日の興行の閉会式で初めて告知されるものと、瓜子たちは聞かされていた。それで瓜子たちが観戦におもむくのなら、いっそ大々的に顔見せをして報道陣にアピールしてみてはどうか、と――駒形代表のほうから、そのように打診したようであるのだ。


「たしか、《レッド・キング》の興行にはそれほど報道陣も集まらないから効果的じゃないっていうお話じゃありませんでしたっけ?」


「いえいえ。赤星道場の方々はそのように仰っていましたが、こちらで撮影班を準備して動画の配信という形を取れば、十分に効果的でありましょう。ただ本日はわたしのほうの都合が悪くなってしまったため、そのアイディアは棄却する他なかったのです」


「それで、駒形さんの都合が悪くなくなったっていうことっすか?」


「はい。本日はティガーの重役とゴルフコンペの予定であったのですが、プレイ中にその御方が虫垂炎を発症されたため、予定よりも早く帰還することができたのです」


 興行を盛り上げるためのアイディアを断念してまでゴルフというのは、何やら釈然としないところであるが――ティガーには試合衣装の件でさんざん迷惑をかけてしまったため、駒形代表としてもじゃけんにはできなかったのだろう。むしろ、《アトミック・ガールズ》の今後のために接待ゴルフの任まで負わなければならないのかと考えれば、瓜子としても頭の下がる思いであった。


「そういうことなら、了解です。いちおう道場のほうにも確認を入れておきたいんで、正式なお返事はその後でもいいっすか?」


「ではその間に、わたしは赤星道場の方々におうかがいを立てて参ります。プレスマン道場の方々にも、くれぐれもよろしくお伝えください」


 駒形代表は深々と一礼してから、慌ただしく駆け去っていった。

 その丸っこい背中を見送りつつ、サキは肩をすくめる。


「鈍くせーし要領もわりーけど、ま、必死なのは伝わってくんな。二代目のド腐れは論外として、初代組長と比べても、なんぼかマシなんじゃねーか?」


「はい。自分も駒形さんは嫌いじゃないっすよ。それにきっと、人材不足だから駒形さんがああやって駆けずり回ることになってるんでしょうね。それも全部アトミックのためかと思えば、ありがたい限りっすよ」


 瓜子が呑気にそんな言葉を返していると、再びユーリにくいくいと袖を引っ張られた。


「あ、すみません。おなかが空いてるんすよね。……でも、おなかが空いたぐらいで、そんな情けないお顔をしないでくださいよ」


「むにゃー! たび重なる放置プレイに罵倒プレイの連携攻撃とは、サキたんよりもタチが悪いのです!」


「誰のタチが悪いんだよ、コラ」


「サキセンパイ! ユーリ様への狼藉は愛音が許さないのです!」


「ちょっとちょっと、人様の試合会場で騒がないでくださいよ」


 なんだかもう、試合の前から大騒ぎである。

 ともあれ――試合の開始は、もう目前に迫っているはずであった。

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