05 終結と始動
それから一週間の日が過ぎて、十一月の第四水曜日――悪事を暴露された黒澤代表の退任と駒形氏の代表就任が発表されたのは、その日のことであった。
その前日の火曜日に、例の週刊誌で追撃の記事が公開され、悪あがきをしていた黒澤元代表にとどめが刺されたわけである。
そこで公開されたのは、行方をくらましていた花咲氏の独占インタビューと、チーム・フレアの新たなスキャンダル、そして黒澤氏の横領疑惑についてであった。
脱税で逮捕された花咲氏は、不起訴処分で解放されたのち、海外に行方をくらましていた。その理由は、仲介業者Y社のT氏による脅迫が原因であったのだと、そのインタビューで切々と告白されていたのだった。
なおかつ花咲氏は、自らの所得に関しても黒澤氏に税務処理を一任していたのだと言いつのった。花咲氏の脱税は黒澤氏が意図的に引き起こした謀略であり、しかもそのことを他者にもらしたら反社会的勢力に報復されるものと、T氏こと徳久に脅迫されていた――と、花咲氏はそのように訴えていたのだった。
『また、確かにわたしは《アトミック・ガールズ》においてユーリ選手を重用しておりましたが、それは彼女の有するカリスマ性に商業的価値を見出していただけの話であり、勝敗に関しては取り立てて考慮しておりませんでした。勝とうが負けようが、ユーリ選手のカリスマ性が揺らぐことはないと、わたしはそのように考えていたのです。そうであるからこそ、数々の強豪選手との対戦や無差別級トーナメントのエントリーにも躊躇いを覚えることはありませんでした。ユーリ選手はたとえ負けたとしても、他の選手では成し遂げられないドラマを生み出すことができるのです。……よって、わたしがユーリ選手の対戦相手に八百長などをお願いする理由はありませんでした。黒澤氏とて、わたしの経営方針は十分に理解していたはずなのに、自らの新機軸を確立させるために、わたしとユーリ選手にあらぬ疑惑をかけることになったのでしょう』
花咲氏のインタビューには、そのような文言も含まれていた。
彼はいまだに海外のどこかに潜伏しているようだが、荒本が居場所を突き止めて、このインタビューを受けるように説得したのだという。千駄ヶ谷いわく、黒澤氏と徳久の悪事が暴露されて、反社会的勢力の報復を恐れる必要のない環境が整えられたならば、こちらの記事の公開を許すという条件であったようだった。
徳久とエイトテレビの重役の結託はすでに先週の記事で公開されているので、もう反社会的勢力の報復を恐れることはないだろう。実利を出す前に計画が頓挫してしまったのだから、もはや反社会的勢力が出張ってくる理由もないのだ。
そして、チーム・フレアの新たなスキャンダルと黒澤氏の横領に関しては、根を同じくしていた。
黒澤氏はエイトテレビの重役や、ユーリのスキャンダルを掲載した週刊誌の編集長などに多額の賄賂を受け渡しており――そして、タクミ選手と一色選手はそういった関係者に、いわゆる枕営業をしていたのである。
「あいつら、ピンク頭があちこちで枕営業してるとかほざいてたくせにねー! いったい、どの口で言ってたんだか!」
「人間ってのは、自分を基準に物事を考えるもんだからね。桃園ぐらい美人だったら色気を武器にしないわけがないとか思い込んでたのかもしれないよ」
週刊誌の記事を読んだ灰原選手や多賀崎選手は、そんな風に語らっていた。
瓜子は今回も、その週刊誌の内容をいっさい目にするまいと誓っていたのだが――親切な灰原選手によると、各関係者がタクミ選手らとともに宿泊施設に入っていく隠し撮り画像が、複数掲載されていたそうである。おぞましいことに、エイトテレビの重役などは左右にタクミ選手と一色選手をはべらせていたのだそうだ。
何にせよ、黒澤氏の信用は地に落ちた。
それで週刊誌の発売された翌日に、黒澤氏の退任と駒形新代表の就任が発表されたわけである。
駒形新代表は記者会見を開くとともに、『まりりん☆ちゃんねる』にも特別ゲストとして出演した。それでどの場においても平身低頭の構えで、「《アトミック・ガールズ》を健全な形で運営していきます!」と連呼していたそうである。
周囲の人々に聞いたところ、ネット上ではパラス=アテナへの信頼そのものが失墜しており、これはもう来栖選手が代表となって新たな団体を立ち上げるべきではないか――という意見のほうが優勢であるようであった。
パラス=アテナが信用を取り戻せるかどうかは、今後の活動次第であろう。
来栖選手も、まずは駒形新代表による新生パラス=アテナの動向を静観する構えであると、瓜子は鞠山選手からそのように伝え聞いていた。
そして、もう一件――テレビや週刊誌ではなく、インターネット限定の話において、とある事態が勃発していた。
徳久の素性や顔写真などが、インターネット上にさらされていたというのだ。
これに関しては、千駄ヶ谷も関与していないと言い張っていた。
その言葉を信じるとしたら――きっと犯人は、荒本であるのだろう。荒本はユーリを守るためであるならば、どのような泥もかぶる覚悟であったのだ。
そちらでは、徳久がこれまでに犯してきた悪業の数々が暴露されていたという。
いずれも証拠は存在しない、あくまで「疑惑」の話である。よって、このような情報を顔写真つきで流布した人間は、何らかの罪に問われるのではないかと思われた。
それにしても、そこには希代の悪党とも言うべき華々しい経歴が羅列されていたとのことである。
どうやら徳久はスポーツ分野専門の悪党であったらしく、野球や相撲やボートレースの裏賭博と、それにまつわる八百長の仕掛け人などを果たしていたようであった。また、八百長に応じなかった選手を脅迫したり、反社会的勢力の下っ端をけしかけたり、業界の立場ある人間にハニートラップを仕掛けたり――という疑惑も存在するようであった。
これだけの情報が流布してしまっては、もう真っ当な人間が徳久に関わろうとすることはないだろう。
なおかつ、ここまで素性の割れてしまった徳久を、反社会的勢力の面々が今後も親身に扱っていくのかどうか――それも、はなはだ怪しいところであった。
「こういう輩は一般人にまぎれて暗躍できるからこそ、重用されるのでしょう。その手段を封じられたならば、反社会的勢力にしてみても利用価値は薄いように思われます」
千駄ヶ谷は、そのようにコメントしていた。
それに現在の徳久は、右肩と右足を複雑骨折したため、長期入院を余儀なくされている。逃げ場のない状況で過去の罪をほじくり返されているものだから、いずれは何らかの違法行為が明るみとなって収監される可能性もあるだろうということであった。
おそらくは、それこそが荒本の真の目的であったのだ。
ユーリに害意を向けた人間に怒りを覚えて暴力をふるったわけではなく、ユーリのそばから危険な人間を排除するために、法を犯した。それはそれで、瓜子としてはちょっと背筋が寒くなるような執念であった。
「だからこそ、荒本はユーリ選手のそばから身を引いたのかもしれません。荒本がユーリ選手に抱く感情は、もはや崇拝の域に達してしまっており――自分が近くにいると、ユーリ選手に精神的負担をかける恐れがあると見なしたのではないでしょうか」
ユーリの耳が届かない場で、千駄ヶ谷はそのように言っていた。
何にせよ、荒本は海外に逃亡してしまっているので、その真意ははかりようもない。今回の一件で最大の功労者である荒本に対して、実に礼を失した話であるが――瓜子は荒本と顔をあわせずに済むことに、深い安堵の念を覚えてしまっていた。
ともあれ――
黒澤氏を代表とする運営体制とチーム・フレアは、十一月大会を終えて十日目に、完全に崩落することになったわけである。
そして、駒形氏は新たな代表に就任された翌日の木曜日に、再びプレスマン道場の面々との会談を希望してきたのだった。
◇
「たびたびご足労をおかけして、申し訳ありません。一月大会の内容について、あらためてお話しさせていただきたく思います」
会談の場は、またもや『スターゲイト』の会議室である。
ユーリは正式にプレスマン道場の所属となったのだから、もはや選手としての活動は『スターゲイト』の関与する話ではなくなっている。ただやはり、千駄ヶ谷と駒形氏はともに苦難を乗り越えた戦友のような間柄であったので、場所を貸すことも関係者として立ちあうことも、千駄ヶ谷としては異論もないようであった。
「まさか、弥生子ちゃんを引っ張り出すことに成功したってのかい? そうだとしたら、俺はあんたを見直しちまうね」
今回も瓜子たちに同行してくれた立松は、そんな風に言いながらぎらりと目を光らせた。
「ただ……もしもナナ坊の敗戦をネタにして、弥生子ちゃんを煽ったとかいう話だったら……見直すんじゃなく、見損なっちまうけどな」
「と、とんでもありません。わたしは人様を煽れるほど、豪胆な人間ではありませんので……」
「それじゃあ、どういう話なんだい? 他にいい具合の対戦相手を見つけられたってんなら、そいつも楽しみなところだな。俺もあれこれ考えてみたんだが、確かに桃園さんとやりあわせたら面白そうな日本人選手ってのは、まったく思いつかなかったよ」
「は、はい。間もなく関係者の御方も到着するかと思われますので、もう少々お待ちいただければと……」
「関係者?」と、立松が首を傾げたところで、内線の電話が鳴り響いた。
それを取った千駄ヶ谷が、「お通ししてください」と応じる。どうやら駒形氏の言う関係者が到着したようだ。
そうして会議室のドアが開かれるなり、瓜子は仰天して席から立ち上がることになってしまったのだった。
「や、弥生子さん! 本当に弥生子さんが、アトミックに参戦するんすか?」
しなやかな足取りで入室した赤星弥生子は、厳しい表情のまま一礼した。
「立松さん、桃園さん、猪狩さん、おひさしぶりです。……あなたがパラス=アテナの新代表駒形さんで、あなたが――『スターゲイト』の千駄ヶ谷さんですか。私は、赤星弥生子と申します」
初対面の人間が多いためか、赤星弥生子はいつになく礼儀正しかった。
ただそのすらりとした長身には、いつも以上の青白い電光めいたオーラが纏わりついているように思えてならなかった。
「まずは、徳久なる輩を排除して、《アトミック・ガールズ》の運営を正しい形に戻せたことを、お祝いします。こちらの道場でも、特にマリアは喜びをあらわにしていました」
「そ、それは恐縮です。と、とにかくこちらにお座りください。ちょうどこれから、プレスマン道場の方々に事情をご説明するところでありましたので」
駒形氏にうながされて、赤星弥生子も着席した。
ただし、その表情の厳しさが瓜子を不安にさせる。先週の試合の後、電話で来場のお礼を伝えたときは、とてもやわらかい声音であったのに――今日は、いくさ場に臨む若武者さながらの迫力であった。
「そ、それではご説明いたします。これはまだ、あくまで仮決めの段階ですので、そのつもりでお聞きください」
駒形氏は額の汗をハンカチでぬぐいながら、そのように口火を切った。
「実は……一月大会の興行について、わたしは赤星道場のみなさんに共催していただけないかというご提案を持ちかけたのです」
「《アトミック・ガールズ》の興行を、赤星道場と共催? それはつまり――」
「はい。《アトミック・ガールズ》と《レッド・キング》の合同興行です。それが実現できたならば、ユーリ選手と赤星選手の対戦も可能なのではないかと……そのように考えた次第でありまして」
瓜子は驚きに打ちのめされつつ、赤星弥生子の姿を見直した。
しかしそこには、やっぱり厳格に過ぎる表情と眼差しが待ち受けているばかりであった。
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