04 結成
駒形氏との面談を終えた瓜子とユーリは、立松といったん別れを告げて、副業の仕事に励むことになった。
グラビア撮影の仕事は明日からなので、本日の仕事は打ち合わせのみだ。
ただし、きわめて重要な打ち合わせである。それは、『ワンド・ペイジ』と『ベイビー・アピール』を交えて、新曲や今後の活動についてを論じ合う打ち合わせであったのだった。
「山寺氏と漆原氏が二曲ずつ、新曲のデモ音源を持参してくださるそうです。その中から次なるシングルの候補曲を選出しなければなりませんため、ユーリ選手も忌憚なきご意見をお願いいたします」
そんな話を聞かされたら、ユーリ本人よりも瓜子のほうが昂揚してならなかった。
「こんな短い期間で二曲も作れるなんて、すごいですねぇ。さすがはヒロ様とウルさんですぅ」
「はい。以前の撮影時に披露されたユーリ選手の歌声が、お二人の創作意欲をかきたてたようです。いったいどのような仕上がりであるのか、私も大きな期待を寄せております」
冷徹なる声音で語りながら、千駄ヶ谷はボルボのハンドルを大きく切った。
そうして到着したのは、『ベイビー・アピール』が所属するレーベルの事務所だ。そちらにはオーディオ環境の整った部屋が存在するとのことで、打ち合わせの場所に選ばれたのだった。
「千駄ヶ谷さん、おひさしぶりぃ。……あ、ユーリちゃんに瓜子ちゃんも、元気してたぁ?」
駐車場にボルボをとめてそのビルにお邪魔すると、まずはお馴染みの漆原がのんびりとした笑顔で出迎えてくれた。
「打ち合わせの部屋は、こっちだよぉ。きったねぇ部屋だけど、広さは申し分ないからさぁ」
漆原の案内でエレベーターに乗り、三階の目的地を目指す。そこまでに至る廊下にもエレベーターの内部にも、こちらのレーベルに所属するアーティストのポスターやフライヤーがべたべたと張られていた。
そうしてその部屋に到着するなり、ベースのタツヤおよびドラムのダイが子犬のような元気さで瓜子のもとに駆け寄ってきたのだった。
「瓜子ちゃん! この前は、お疲れさん! やっぱり一色ルイなんて、瓜子ちゃんの相手じゃなかったな!」
「ピエロのほうが、よっぽど手ごわかったろ? ま、それでも一ラウンドKOだったけどな! いやあ、あの日はコーフンしてなかなか寝付けなかったよ!」
「あ、ありがとうございます。当日はご挨拶もできず、申し訳ありませんでした」
「いいっていいって! あの日は試合以外も、大変な騒ぎだったもんなあ」
そう言って、スキンヘッドのタツヤはユーリのほうに向きなおった。
「ユーリちゃんも、試合以外が大変だったよな。でも、チーム・フレアはあのザマだし、運営陣の悪事も暴露されたから、ユーリちゃんもメンタル回復できたかな?」
「はぁい、おかげさまでぇ。あの日はみっともない姿をお見せしてしまって、お恥ずかしい限りですぅ」
「しゃーねーよ。まさかあいつが、目潰しの反則をしてたなんてなぁ。やっぱ、ドラッグパーティーするようなやつなんて、ロクなもんじゃねえや」
「そうそう。不健全な俺たちでも、クスリだけはご法度だからな」
タツヤもダイも、陽気に笑っている。彼らがユーリの心情まで気づかってくれるのは、瓜子としてもありがたい限りであった。
「ところで! 一色のやつは瓜子ちゃんの股間を蹴りあげやがったよな!」
「そうそう! まさか、おかしなケガしたりしてないよな? 瓜子ちゃんの大事な部分に、もしものことがあったら――」
「セクハラっすよ! コメントは差し控えさせていただきます!」
と、瓜子がわめき声をあげたところで、メンバーの最後のひとりであるリュウも近づいてきた。
「お前らが群がるから、ユーリちゃんたちが部屋に入れねえだろ。……あ、千駄ヶ谷さん、昨日はどうもな」
「はい。貴重な情報をありがとうございました」
千駄ヶ谷が無表情に応じると、漆原が「待てよぉ」とリュウにからみついた。
「昨日はどうもって、なんのことぉ? まさか、俺を差し置いて千駄ヶ谷さんにちょっかいを出したんじゃねえだろうなぁ?」
「バーカ。パラス=アテナの馬鹿どもがぶっ潰れたことに、《NEXT》の代表が安心してたって伝えただけだよ」
「まさか、個人の連絡先じゃねえよなぁ?」
「千駄ヶ谷さんの個人的な連絡先なんて聞いてねえって。……あのな、俺が手を出すとしたらユーリちゃんだから、余計な心配すんな」
『ベイビー・アピール』の面々も、相変わらずの様子であった。
そんな彼らのじゃれあう姿を横目でうかがいつつ、瓜子は千駄ヶ谷にこっそり問いかける。
「あの、《NEXT》の代表が、どうかしたんすか? たしかそのお人は、《カノン A.G》に関わるなって言ってたお人っすよね?」
「はい。その御方はどうやら、徳久なる輩の風聞を聞き及んでいたようです。もともとは格闘技フリークであったという壮年の男性ですので、おそらくは《JUF》にまつわる騒動の裏事情をリアルタイムであるていどは耳にしていたのでしょう」
それならば、《NEXT》の所属である武中選手も《アトミック・ガールズ》に参戦することが許されるようになるかもしれない。その場で灰原選手とのリベンジ・マッチが実現できれば幸いであった。
「失礼します。みなさん、お早いですね」
と、背後から聞きなれた声が響きわたり、瓜子を緊張させる。
振り返ると、『ワンド・ペイジ』の面々が廊下に居並んでいた。
「あ、猪狩さん。先日はお疲れ様でした。連続KO勝利の記録更新、おめでとうございます」
そのように語るのは、もちろんドラムの西岡桔平である。彼もまた、瓜子経由でチケットを購入して観戦に来てくれたのだ。
「決勝戦は、すごい結果になっちゃいましたけど……まあ、一色選手をあそこまで追い込んだ、猪狩さんの貫禄勝ちってことですね。正直に言って、猪狩さんがこれまで対戦してきた相手の中でも、ずいぶん格下に感じられましたよ」
「そ、そうっすね。たぶん一色選手は、練習不足だったんだと思います」
「ああ、例の記事も読みました。運営が運営なら、選手も選手ですね。俺はとにかくこの先も、猪狩さんたちの出場する団体を応援していきますよ」
西岡桔平が温かい笑顔とともにそう言うと、ななめ後ろに控えていた山寺博人が「ふん」と鼻を鳴らした。
「いつまでくっちゃべってんだよ。やっぱお前、下心があるんじゃねえのか?」
「自分が口下手だからって、人に当たるなよ。猪狩さんとおしゃべりしたいなら、好きなだけすりゃいいだろ」
「ふん。そんな女、眼中ねえし」
と、子供のように口をとがらせる山寺博人である。
逆側の陣内征生は、きょときょとと目を泳がせているし――『ワンド・ペイジ』の面々も、相変わらずのようであった。
「では、打ち合わせを開始いたしましょう。みなさんもご多忙でありましょうから、時間内にすべての議題を解決できるように取り計らいたく思います」
小学生の引率さながらに、千駄ヶ谷がその場の収束に取りかかる。二組のマネージャーを含めて十二名にまでふくれあがった一行が全員入室し、それぞれソファやパイプ椅子に陣取ることになった。
部屋の造りは、十二畳ていどであろうか。さすがにこの人数ではいささか狭苦しかったが、それでも息が詰まるほどではない。こちらも壁中に色とりどりのポスターが張られて、部屋の奥にはアンプとスピーカーが繋げられたパソコンが据えられていた。
「まずは、三組合同のユニット結成が正式に決定されたことを、心よりありがたく思っております。ユーリ選手の代理人として今後の運営に関わっていく私にしましても、音楽業界に関してはまだまだ見識が浅いため、みなさんのご指導ご鞭撻をお願いしたく思っております」
そう、三週間ほど前の撮影地獄から今日までの期間で、ついにその一件も実現の運びとなったのだ。瓜子はこれまで試合にすべての集中を傾けていたので、今さらながらに胸の躍る思いであった。
「ではまず最初の議題として、ユニット名を決定したいのですが……みなさんの考案された候補をお聞かせ願えますでしょうか?」
千駄ヶ谷にうながされて、瓜子はホワイトボ-ドの前に立った。本日の瓜子は、書記役であるのだ。
「ユーリちゃんは、なんか考えてきたぁ?」
漆原に問われて、ユーリは「いえいえぇ」と首を横に振る。
「ユーリは、なぁんにも思いつきませんでしたぁ。どんなお名前でも文句はありませんので、みなさんにおまかせしたいですぅ」
「そっかぁ。俺も思いつかなかったんだよねぇ。ていうか、新曲の歌詞を練るのに手いっぱいで、言葉を生み出す力を使い果たしちゃったんだぁ。……ダイはなんか、思いついたんだっけぇ?」
「うーん。俺が思いついたのは、『ユーリと愉快な仲間たち』ぐらいだなぁ」
タツヤが「ダッセえ」と笑い声をあげた。
「だったらせめて、『ユーリと愉快な下僕ども』だろ」
「いやいや。それなら、『ユーリと不愉快な下僕ども』のほうがいいんじゃね?」
瓜子が千駄ヶ谷に「書きとめますか?」と尋ねると、「一応」という短い言葉が返された。
「では、『ワンド・ペイジ』の方々は如何でしょうか?」
「俺たちも、ちょっと難産だったんですよね。それでけっきょく最後に残ったのが、『Y.B.W』って安易な名前です」
「それぞれの頭文字を取ったわけですね。他にはどういった候補があげられていたのでしょう?」
「いやあ、ここで口にするのが恥ずかしいような名前ばかりです。俺やジンは、言葉をひねりだすのが苦手で……本職のヒロは、バンド名に無頓着なんですよね」
そう言って、西岡桔平は申し訳なさそうに微笑んだ。
「そうですか」と、千駄ヶ谷は息をつく。
「できうれば、ユニット名はご本人たちに決定していただきたかったのですが……『ベイビー・アピール』の方々のあげた一連のネーミングは、ユーリ選手に偏りすぎているように思われます。こちらはあくまで三組が対等の立場となるユニットでありますため、ユーリ選手の名を冠するのは不相応ではないでしょうか?」
「俺は別に、ユーリちゃんが中心みたいな名前でもかまわないけどねぇ。……ダイたちのセンスはともかくとしてさぁ」
「そうですね。俺もそっちの名前でいくんなら、せめて英訳してほしいかなと思います。もしジャケット撮影を坂上塚さんにお願いできるなら、あまりにマッチしないでしょうしね」
「でも、『Y.B.W』は安易すぎじゃね? インパクトねえし、誰にも覚えられなそうじゃん」
「ええ。『Y.B.W』よりは、『ユーリと不愉快な下僕ども』の英訳のほうがいいように思います」
みんなそれなりに発言はしていたが、どうにも熱意が感じられない。どうやらユーリを筆頭に、誰もがユニット名にこだわりを有していないようだ。
瓜子と同じ感慨を抱いたのか、千駄ヶ谷が「では」と声をあげた。
「僭越ながら、ご提案させていただきたいのですが……『トライ・アングル』というのは如何でしょうか?」
「へえ、いいじゃん。千駄ヶ谷さんが考えたのぉ?」
「はい。先日の『ユーリ・トライ!』においても三角形をモチーフにしたグッズを販売しておりましたが、三組合同のユニットにはなかなか相応しいデザインであるように思った次第です」
そんな風に語りながら、千駄ヶ谷は瓜子の書いた『トライアングル』という文字に『・』の記号をつけ加えた。
「文字をこの場所で区切ることで、『トライ』と『アングル』のふたつの意味を提示できます。『トライ』には試す、『アングル』には視点や観点という意味が備わっておりますため、何か深い意味があるように匂わせる効果も期待できるのではないでしょうか」
「あははぁ。実際には、深い意味なんてないわけぇ?」
「ええ。とりたてて、私は如何なる意味も付随させておりません」
「いいんじゃない? グッズの作りやすさってのも、けっこう重要だからさぁ。俺は『トライ・アングル』に賛成だなぁ」
漆原の他にも、異論を申し立てる人間はいなかった。
かくして、ユニット名は『トライ・アングル』で決定である。
「では、次の議題ですが……『トライ・アングル』のファーストシングルの楽曲を選考したく思います。漆原氏、山寺氏、まずは候補の楽曲をお聴かせ願えますでしょうか?」
ついに、ユーリのために作られた新曲のお披露目である。
瓜子がひとりで胸をどきつかせていると、漆原が「りょうかぁい」と立ち上がった。
「さっきまでここで聴いてたから、パソコンに差しっぱなしなんだよなぁ。このまま俺のを流しちゃっていいかなぁ?」
「はい。山寺氏にご異存がなければ」
ご異存はなかったので、そのままパソコン内の音源が流されることになった。
リズムマシーンとエレキギターのバッキング、それに漆原の歌声が重ねられただけの、簡単なデモ音源だ。激しいイントロからAメロに突入すると、ユーリは「にゃはは」と可笑しそうに笑った。
「あ、笑っちゃってごめんなさぁい。ウルさんの歌声が、あまりにかわゆらしかったものでぇ」
「キーを高めに設定したから、裏声で歌うしかなかったんだよぉ。ユーリちゃんなら、ぎりぎり届くキーのはずだけどねぇ」
気を悪くした様子もなく、漆原はユーリにプリント用紙を手渡した。
「これ、歌詞ねぇ。タイトルは、まだ仮だけどさぁ」
「ふみゅふみゅ。『裸の女神』とは、なかなか刺激的なタイトルでありますねぇ」
そんなチープなタイトルからは想像もつかないぐらい、その楽曲は疾走感にあふれまくっていた。これまでユーリが歌ってきたどの曲よりも、アップテンポの楽曲であろう。
そうしてその曲が終了すると、ユーリはしみじみと息をつきながら、プリント用紙をかき抱いたのだった。
「これ、素敵な曲ですねぇ。ユーリなんかに歌いこなせるか、心配なところですぅ」
「ユーリちゃんをイメージして作った曲と歌詞なんだから、大丈夫だよぉ。むしろ、ユーリちゃん以外の人間には歌いこなせないんじゃねえのかなぁ」
そうして次に流されたのは、一点してスローテンポのバラードであった。
重いリズムで、ギターの音色は限りなく哀切だ。それで漆原の歌声はまた女性チックな裏声であったものだから、いささかならず滑稽にも聞こえてしまったが――プリント用紙の歌詞を目で追っていたユーリは、いつしかはらはらと落涙してしまっていた。
「こちらは、さらに素敵な歌詞ですねぇ! ユーリ、このお歌を歌ってみたいです!」
「お、ユーリちゃんにそう言ってもらえたら、感無量だなぁ。これだったら、メンタルにダメージも受けないだろぉ?」
「はいっ! 切ないながらも、ハッピーエンドの歌詞でありますので! ……ただ、タイトルの『YU』ってどういう意味でしょう? 歌詞のほうでは、普通に『You』と書かれているようですけれども」
「あー、それも仮タイトル。ユーリちゃんと瓜子ちゃんをイメージして書いたから、頭文字のYとUをくっつけただけだよぉ」
可愛らしいハンカチで涙をぬぐっていたユーリは、きょとんとした顔で漆原を見返した。
「え……それじゃあお歌で歌われてる『You』は、うり坊ちゃんのことなのですかぁ?」
「あくまで、イメージだけどねぇ。ユーリちゃんの恋のお相手って、瓜子ちゃんぐらいしかイメージできなかったからさぁ」
「あらら……ユーリもどっちみち、うり坊ちゃんをイメージして歌うしかないと思っておりましたけれど……それはそれで、ちょっぴり気恥ずかしいものでありますねぇ」
漆原が作りあげたのは、まぎれもなくラブソングの類いである。それでユーリと瓜子をイメージに歌詞が書かれたというのは――瓜子にしてみても、挨拶に困るところであった。
「曲タイトルに関してましては、のちほど吟味いたしましょう。それ以外の楽曲については、歌詞も含めて申し分ない完成度であるかと思われます」
千駄ヶ谷がそのように締めくくり、山寺博人の楽曲を流すようにうながした。
漆原はUSBメモリというものに音源データを保存していたが、山寺博人が持参したのはCDRソフトだ。しかも、ギターの弾き語りをボイスレコーダーで録音したものであり、格段に音質が悪かった。
しかし、山寺博人の声で歌われる、ユーリの新曲だ。それだけで、瓜子の心臓を騒がせるには十分であったし――その出来栄えも、それこそ感涙ものであった。
こちらは初っ端から、スローテンポの楽曲である。なおかつ、ユーリのキーに合わせてハイトーンで無理に歌っているためか、歌声がかすれまくっており、それが彼の魅力である生々しさと切迫感を存分に引き出していたのだった。
山寺博人は歌詞を書きとめていなかったので、西岡桔平がリスニングしたメモをユーリに手渡していた。
それを読みながら拝聴していたユーリは、再びの落涙である。
「これ……やっぱりうり坊ちゃんをイメージした歌詞なのですか?」
「知らねえよ。そもそもラブソングでもねえし。ていうか、あんたたち、ついにつきあい始めたの?」
「いえいえ! うり坊ちゃんの名誉のためにも、それは断固として否定しなければなりませぬ! ……でもこれ、素敵な歌詞ですねぇ」
そして次なる曲は、激しいビートの楽曲であった。
が、演奏はギターのみであるため、どのようなドラムを乗せようという想定であるのか、素人の瓜子には見当もつかない。ただわかるのは、『ワンド・ペイジ』の新曲と言われても何ら不思議のない、山寺博人らしい荒々しい楽曲であった。
それでユーリは、こちらの曲においても涙を流すことになったわけである。
「こちらもヒロ様の歌声が、ぐいぐいと胸に突き刺さりまする……いったいどうしたら、これほど素晴らしい歌詞を生み出すことがかなうのでしょう」
「うるせえな。だいたい、ヒロ様ってのは何なんだよ?」
「ほえ? ご本人の前では、そうお呼びしておりませんでしたっけ? うり坊ちゃんの敬愛する『ワンド・ペイジ』の方々に失礼があってはならじと思い、敬称はサマで統一させていただいていたのです」
「や、やかましいっすよ」
そうして新曲の試聴は、つつがなく終了した。
仕切り役の千駄ヶ谷が、「さて」と声をあげる。
「漆原氏と山寺氏の楽曲は、いずれも素晴らしいクオリティでありました。こちらの四曲すべてを『トライ・アングル』の楽曲として採用することに、みなさんもご異存はないでしょうか?」
ご異存は、なかった。
「では、これらの楽曲をどのような組み合わせでリリースするかですね。基本的には漆原氏と山寺氏の楽曲を一曲ずつ採用して、両A面シングルとしてリリースする予定なのですが……やはり、アップテンポとスローテンポの曲を一曲ずつという配分が妥当でありましょうか?」
「それでかまわないけど、やっぱ曲として完成させるまでは選べないんじゃないかなぁ? どうせ録音は年明けなんだろうし、まずはじっくりアレンジを練るべきだと思うよぉ」
「左様ですか。ただ、できうれば十二月中旬に予定されているライブイベントにおいても、シングルとしてリリースされる曲はセットリストに入れていただきたく思うのですが――」
「それはもう、四曲全部をお披露目するつもりでやらなきゃでしょ。ユーリちゃんは、俺たち以上に大変になっちゃうけどさぁ」
「いえいえ! 前回も四曲だったので、今回も頑張りたいと思いまする! こんなに素敵な歌詞でしたら、おバカなユーリでもすらすら覚えられるはずですので!」
「あと、歌な」と、山寺博人がぶっきらぼうな口調で割り込む。
「あの撮影のときのテンションで歌えねえと、どの曲も台無しだ。そんときは、絶対にライブでも歌わせねえからな」
「はい! 死力を尽くす所存なのです!」
ユーリも新曲の素晴らしさに昂揚していたため、物怖じすることなく意見を口にすることができていた。
きっと千駄ヶ谷が荒本の言葉をユーリに伝えていなかったら、これほどポジティブな気持ちで打ち合わせに臨むこともできなかっただろう。あらためて、瓜子はユーリが元気を取り戻したことに深甚なる喜びを抱くことになったのだった。
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