03 開演

『ベイビー・アピール』のメンバーとマネージャー、ユーリと瓜子と千駄ヶ谷の一団が舞台の袖に到着する頃には、すでに開演時間の六時半を回っていた。

 が、こういうイベントは定刻で開始されないのが通例であるらしい。黒い幕で遮断された薄暗い舞台の袖で、『ベイビー・アピール』の面々は今さらのように手足をほぐしたりしていた。


 客席からは、幕一枚を隔てて大きなざわめきが伝えられてくる。

 そこに入り混じって響きわたるのは、BGMとして流されている『ベイビー・アピール』の最新アルバムの音源であった。


「では、入場の段取りは打ち合わせ通りで。音楽がSEに切り替わったら、バックメンバーの方々から入場をお願いします」


 ライブハウス側のスタッフが、そのように告げてくる。

 そしてその場には、警備員の姿もあった。千駄ヶ谷が不測の事態に備えて、手配した人員である。舞台と客席の間にも、裏手の関係者用の出入り口にも、同じセキュリティスタッフが複数名控えているのだった。


「ほんじゃ、今日も楽しみましょー」


 漆原が気の抜けた声をあげると、残りのメンバーも「おー」だの「へーい」だの脱力した声で応じて、ゆるゆると腕を振り上げた。


 しばらくして、幕の向こうから歓声が響きわたる。

 照明の落とされていた舞台に、スポットが当てられたのだ。

 それと時を同じくして、BGMがけたたましいSEに切り替えられている。管楽器と打楽器だけで構成された、ジャズとも民族音楽ともつかない前衛的なサウンドだ。


 その音色を十秒ばかりも堪能してから、ドラムのダイがおもむろに幕の向こうへと乗り込んでいった。

 いっそうの歓声が響く中、タツヤ、リュウ、漆原の順番でステージに出ていく。これはもう、『ベイビー・アピール』の普段のライブの段取りに他ならなかった。初の単独ライブとなるユーリにはそんな段取りも存在しなかったので、バックバンドの作法にそのまま乗っからせていただくことになったのだ。


 舞台袖の幕はすでに開帳されており、瓜子たちはステージを真横から眺める格好になっている。

『ベイビー・アピール』の面々はSEのサウンドに身を揺らしつつ、それぞれの楽器を携えた。

 漆原とリュウとタツヤが観客たちに背中を向けて、ドラムセットのほうに向きなおる。ドラムのダイは観客を焦らすように、シンバルの角度を調整していた。


「うり坊ちゃん」と、ユーリが白い右拳を瓜子のほうに差し出してくる。

 鳥肌は大丈夫なのかな――という思いを呑み込んで、瓜子はその拳に自分の拳をぎゅっと押し当てた。

 ユーリは幸せそうに笑い、瓜子の触れた拳に頬ずりをする。

 それと同時に、耳をつんざくような爆音が轟いた。


 ダイの合図で、全員が楽器をかき鳴らしたのだ。

 SEのサウンドは消失し、メンバーたちは思い思いに楽器を鳴らす。その爆音に、歓声すらもが遠くかすんだ。


 ダイの派手なフィルを合図にして、音の奔流がいったん締められる。

 間髪おかずに、リュウがタッピングでヒステリックかつ軽妙なメロディを奏で始めた。

 同時に、歓声が再燃する。それはユーリのファーストシングル、『ピーチ☆ストーム』のイントロであったのだ。


 袖のユーリは、弾みをつけるように屈伸している。

 そうして十六小節の後、すべてのサウンドがタッピングの音色に重ねられると、ユーリはがばりと身を起こし――最後に瓜子へと微笑みを投げかけてから、放たれた矢のようにステージへと躍り出た。


 これまで以上の歓声が、ライブハウスの壁を震わせる。

 ユーリは『ベイビー・アピール』の演奏にあわせながら、くるくると踊っていた。振り付けなど存在しない、ユーリの気ままな躍動だ。


『みんな、来てくれてありがとー! 一曲目、「ピーチ☆ストーム」でーす!』


 マイクで増幅されたユーリの呼びかけに、観客たちはいっそうの歓声をほとばしらせる。

 そして、それを圧するかのように、ユーリの歌声が響きわたった。


 明るく元気な、『ピーチ☆ストーム』の歌詞とメロディだ。

 つい数時間前にもリハーサルで聴いたばかりの瓜子でも、その歌声には圧倒されそうであった。


 ユーリは録音された音源よりも、生演奏のほうが本領を発揮できる。

 さらに、リハーサルよりも本番のほうが、さらに力を増すようであった。


 観客たちの熱気や反応が、ユーリにさらなる力をもたらすのだろうか。

 ユーリはアイドル活動に虚しさを覚えて、格闘技にのめりこむことになったという話であったが――少なくとも、ステージで歌うユーリは心から楽しそうである。皮膚を痺れさせるような轟音の演奏と、観客たちの歓声に包まれて、ユーリは試合をしているときと同じぐらい満ち足りているように見えた。


(……これでもやっぱり、歌手に転向しようって気は起きないのかな?)


 一抹の不安をともないつつ、瓜子の胸にそんな思いが去来する。

 しかしユーリのステージを観ていると、そんな思いにとらわれるのも馬鹿らしく思えてしまった。


 ユーリの歌声は、明るく元気で力に満ちている。

 いいから一緒に楽しもうと、ユーリに腕を引っ張られているような心地であった。


「……やはり、ユーリ選手のライブパフォーマンスは圧巻ですね」


 瓜子のかたわらにたたずむ千駄ヶ谷が、そんな言葉を耳に吹き込んできた。


「このテンションを最後まで持続していただけたら、ライブDVDも間違いなくヒットします。ユーリ選手の底力に期待させていただきましょう」


 よくこれほどの熱狂を前にそんな冷静でいられるものだと感心しながら、瓜子は横目で千駄ヶ谷を見やった。

 千駄ヶ谷は腕を組み、いつも通りの冷徹な眼差しでユーリの姿を検分している。

 ただ――組んだ腕の指先が、メトロノームのようにリズムを取っていた。


 ユーリと『ベイビー・アピール』は、以前のライブをも上回る疾走感で、『ピーチ☆ストーム』を進行させていく。

『ワンド・ペイジ』と取り組むバラード調の曲に関しては、一発勝負のセッション性こそが重要であるという話であったが。こういう元気な曲に関しては、やはり練習を重ねた分だけ完成度が増していた。


 最後のサビを歌いあげたユーリは、『どうもありがとー!』という宣言とともに、カウボーイハットを客席に投げ入れた。

 これも、段取りの通りである。ピンク色のショートヘアをあらわにしたユーリは透明の汗をきらめかせながら、アウトロの最後の一音まで力強いステップを踏んだ。


 そうして演奏のサウンドが締められると、また歓声が爆発する。

 ピンスポットをあてられたユーリは、『ふいー』と満足そうに息をついた。


『あ、ひと息つくには早かったですねぇ。みなさん、今日はご来場ありがとうございまぁす』


 演奏が消えて声を張り上げる必要がなくなると、もういつも通りのふにゃんとしたユーリの声であった。

 しかし観客たちは、凄まじい勢いで「ユーリ!」のコールを響かせている。試合会場さながらの様相だ。


『どうもどうもぉ。今日はこんなにたくさんの方々がライブを観にきてくれて、感謝感激の嵐ですぅ。えーと……ユーリは持ち曲が少ないので、他のアーティストさんに比べるとずいぶん短いステージになっちゃうみたいですけど、最後まで頑張りますのでよろしくお願いいたしまぁす』


 ユーリの言葉が途切れると、ドラムやギターがはやしたてるように音を鳴らす。それでもユーリの名を呼ぶコールが収まらないと、ドラムのバスドラが同じリズムを取り始めた。


『あははぁ。声援、ありがとうですぅ。ユーリはライブ初心者なので、ちょっとタイミングがつかめないのですけれど……次の曲にいっちゃっても大丈夫ですかぁ?』


 うねるような歓声が、ユーリの言葉に答えてくれた。

 それを了承の合図と見なし、ユーリはあらためてマイクを構える。


『それでは二曲目、セカンドシングルの「リ☆ボーン」でぇす』


 すかさず漆原が、重々しいリフを刻み始めた。

 大歓声の中、リュウのギターがつんざくような高音をかぶせて、リズム隊も重戦車のように追従する。

『ピーチ☆ストーム』よりもヘヴィにアレンジされた『リ☆ボーン』の迫力は、やはり圧倒的であった。


 それに瓜子は個人的に、『ピーチ☆ストーム』よりも『リ☆ボーン』のほうを好んでいた。楽曲の格好よさに優劣はないのだが、ただ一点、歌詞の内容がより好ましく思えたのだ。

『ピーチ☆ストーム』は、あまり明確な主題というものを持たない。要約すると、嵐のように世界をひっかき回せ、という内容であった。それはそれで、ユーリに似合っていなくはないのだが――どんな苦境にもめげずに何度でも復活するという『リ☆ボーン』の歌詞のほうが、ユーリにはいっそう相応しいように思えてならなかったのだった。


(実際これは、肘と拳を痛めて活動休止になったユーリさんの、再起をかけた歌だったわけだもんな)


 もちろんそういった内容の歌詞を発注したのは、千駄ヶ谷に他ならない。ベリーニャ選手との試合によって三ヶ月もの休養を強いられることになったユーリのために、千駄ヶ谷がこのような曲を準備してくれたのだ。


 それに『ピーチ☆ストーム』だって、あくまでユーリのイメージに沿うように書かれた歌詞であるのだろう。

 しかしそれは、去年の夏までのユーリのイメージである。言ってみれば、『ピーチ☆ストーム』は去年の上半期、『リ☆ボーン』は去年の下半期、そして『ハッピー☆ウェーブ』は今年の上半期のユーリからイメージされた曲であるのだった。


(それで『ハッピー☆ウェーブ』は、『リ☆ボーン』に負けないぐらいかっこいいし……これは、歌詞のもとになってるユーリさん自身の魅力が上昇してるってことなのかな)


 そんな瓜子の思いもつゆ知らず、ユーリは高らかに『リ☆ボーン』を歌いあげていた。

 さすが撮影設備に定評があるだけあって、こちらのライブハウスは照明の設備も充実していた。『NEXT・ROCK FESTIVAL』のステージとも比較にならないぐらい豪奢な光が飛び交って、ユーリたちの姿をいっそう絢爛に浮かびあがらせているのだ。


 観客たちの熱狂は、時間を重ねるごとにぐんぐん増していく。

 そんな熱狂の中、『リ☆ボーン』も無事に終了した。


『どうもありがとうございましたぁ。……ではでは遅まきながら、バンドのみなさまのご紹介をさせていただきますねぇ』


 ユーリが『ベイビー・アピール』のメンバーをひとりずつ紹介していくと、そのたびに歓声が巻き起こった。やはり一番人気は、ヴォーカルの漆原であるようだ。


『さてさて、それでは次の曲なのですけれども……ユーリは持ち歌が少ないので、「ベイビー・アピール」のみなさんから曲をお借りすることになっちゃいましたぁ。ご本人の前でそれを披露するのは、いまだに恐縮の限りなのですけれど……』


『そんなことねえって。ユーリちゃんの歌がヘボかったら、俺たちだって曲を貸したりしないさぁ』


 コーラス用のマイクで漆原が相槌を打つと、また歓声が轟いた。


『俺たちの曲をユーリちゃんがどんな風に料理したか、さっさと見せつけてやろうぜぇ』


『はぁい。それでは聴いてくださぁい。「ベイビー・アピール」さんのセカンドアルバムに収録されてる、「アルファロメオ」っていう曲でぇす』


 また大歓声があがったが、それを断ち切るようにしてリュウが重々しいギターサウンドを響かせた。

 これまでの曲とは毛色の異なる、地の底を這いずるような音色である。そしてそこに八分の六拍子で、他の楽器のサウンドも重ねられた。

 テンポがゆったりとしているためか、どこか陰鬱にも聴こえる楽曲だ。

 それにあわせて、ユーリもうねうねと肢体をくねらせた。こちらもまた先の二曲とはまったく異なる、けしからんほどの色っぽさである。


 そうしてユーリが、いざ歌声を振り絞ると――客席から、驚きまじりの歓声が爆発した。

 ユーリの歌声が、これまでとまったく違っている。

 キーが高くて舌足らずで、とても甘やかなユーリの声が、ねっとりとからみつくように起伏の少ないメロディを辿り始めたのだ。


 この『アルファロメオ』という曲は、世間からはみだした性悪女を主人公にした歌であった。

 若い頃はチヤホヤされてずっといい目を見てきたが、トシを食ったら誰にも相手にされず――そんな自分を、「バンパーのへこんだ中古のアルファロメオ」にたとえている。実に身もフタもない歌詞であったのだ。


 が、性悪女はそんな自分を卑下するでもなく、ふてぶてしく生きている。周りにどのように扱われようとも、そんなことは関係ない。自分は自分らしく生きているだけで、若さや美しさに目がくらんでいた周囲の人間のほうこそ馬鹿なのだ、と嘲笑うのである。


「これ、ユーリちゃんにハマると思うんだよねぇ。おもいっきり性悪女になりきって、色気たっぷりに歌いあげてくれない?」


 スタジオ練習の場において、漆原はそのように言いたてていた。

 その成果が、このステージである。


 実際に若くて美しくて周囲にチヤホヤされているユーリがこのような歌を歌うというのは、なんとも錯綜した話であるように思えたが――当のユーリは、すんなりとこの歌詞を受け入れていた。漆原からアドヴァイスをもらう前から、感情移入にも困っていなかったのだ。


「ユーリはこのように豪胆な女性ではないですけれども、好き勝手やってるってところは一緒だしねぇ。どうせユーリからピチピチさが失われてしまったら、大半のお人はそっぽを向いてしまうのでしょうし!」


 ユーリは、そんな風にも言っていた。

 そして今、性悪女になりきって、ふてぶてしい言葉を吐き散らしている。


 瓜子は最初、こんな歌詞はユーリに相応しくないのではないかと考えていたのだが――スタジオ練習を重ねるごとに、そんな不満は消え去っていった。

 この歌詞の性悪女は、ユーリにまったく似ていない。ユーリはこんな風に世間の人間を小馬鹿にしたりはしないし、男を食い物にしてきたという過去も持っていない。ただ、周囲の目を気にせず好き勝手に生きているという面は一致しており――そういう似た部分と似ていない部分が複雑にからみあって、瓜子の心を揺さぶってくるのである。


 自分が本当にこんな性悪女だったら、どうする?

 どうせあなたも、いつか私に飽きてしまうんでしょう?


 瓜子は、そんな風に問い詰められているような気分であった。

 歌詞の内容だけでなく、ユーリの歌声や色っぽい仕草がねっとりと心にからみついてくるような心地なのである。


 そしてその裏には、さまざまな感情が渦巻いているように感じられてしまう。


 私は私らしく生きていきたい!

 誰か、ありのままの私を受け止めてよ!


 歌詞にはない、そんな叫びまでもが聞こえてくるかのようであるのだ。


 やはり歌詞というものは、書かれている言葉がすべてではないのだろう。

 作詞を担当した漆原が、この歌詞にどのような思いを込めたのかは謎であるが――そんな思いすら、重要ではない。これは日記でも報告書でもなく、歌詞であるのだ。そこから何を感じ取り、どのように受け止めるかは、あくまで聴く側の問題なのだろうと思われた。


 ユーリは挑発するような流し目で、性悪女の歌を歌いあげている。

 その色っぽさに歓声をあげている人間もいれば、ちょっと息を呑んで立ちすくんでいる人間もいる。

 何にせよ、ユーリの歌は多くの人々の情感を揺さぶっているように思えた。

 それだけの力が、ユーリの歌やその姿には秘められているのだ。


 歌のパートが終わってアウトロに入ると、ユーリは髪を乱して身悶え始めた。

 その姿は、ものすごく苦しげであるように見えたし、逆に、恍惚としているようにも見えた。それもまた、受け取り方は人それぞれなのだろう。

 そうして演奏も終了すると、客席にはこれまで以上の歓声が爆発した。

 そしてそれを黙殺するように、リュウが新たな曲のイントロをかき鳴らす。それまでの粘つくような空気を一掃する、疾走感にあふれかえったサウンドであった。


『続いて、最新アルバムに収録されてる「境界線」でぇす! みんな、一緒に踊ってくださぁい!』


 ユーリも性悪女の仮面を脱ぎ捨てて、快活な声をほとばしらせた。

 こちらの『境界線』は、ひたすら激しくアグレッシブな楽曲である。ルール無用でこの世を楽しもうという、『ピーチ☆ストーム』にも通ずる内容の歌詞であった。


「曲順も、今のところはこちらの期待通りの効果をあげているようですね」


 千駄ヶ谷は、また冷徹な態度で分析に励んでいる。

 ただ、これまでで一番テンポの速い曲であるので、リズムを取るその指先もなかなかの運動量を強いられていた。


 同じ勢いで、曲は『ハッピー☆ウェーブ』に突入する。

 客席の盛り上がりようは、もう常軌を逸するほどであった。


 これで五曲目であるというのに、ユーリはいっそうの躍動感でステップを踏み、力強い歌声をほとばしらせる。

『ベイビー・アピール』の面々も、客席に飛び込みかねないテンションになっていた。

 そうして最高潮の盛り上がりの中、前半戦は終了である。


『ありがとうございましたぁ。すぐに戻ってきますので、みなさんそのままお待ちくださぁい』


 悲鳴のような歓声を振り切って、ユーリが舞台袖に舞い戻ってきた。

 瓜子がタオルを差し出すと、ユーリは「ありがとー!」と元気に応じる。


「すっごく楽しかったぁ! やっぱり『ベイビー・アピール』の方々はすごいねぇ」


「ユーリさんも、十分にすごいっすよ。ていうか、主役はユーリさんじゃないっすか」


「いえいえ! ユーリなどは、おみこしの上でわっしょいわっしょい騒いでるだけなので!」


 ユーリはすでに汗だくであったが、その顔には輝くような笑みが浮かべられていた。

 瓜子がドリンクボトルを差し出すと、白い咽喉をのけぞらせてくぴくぴと水分補給する。そんな中、『ベイビー・アピール』の面々もこちらにやってきた。


「お疲れさぁん。やっぱユーリちゃんは本番に強いねぇ」


 漆原が、ハイタッチを求めてきた。

 ユーリは一秒の半分ほど逡巡してから、その手にぱちんと自分の手を当てる。

 そうしてすべてのメンバーとハイタッチを終えると、千駄ヶ谷が音もなく接近してきた。


「では、着替えとメイク直しを。……『ベイビー・アピール』のみなさん、お疲れ様でした」


「うん。最高のステージだったでしょ? もし後半がボロボロになっても、DVDの売上はこれで安泰さあ」


「誰がボロボロだよ?」という低い声が響きわたり、瓜子は首をすくめることになった。いつの間にか、『ワンド・ペイジ』の面々も舞台袖に出てきていたのだ。


「とっとと着替えてきたら? 客が待ちくたびれちまうぞ」


「はいはぁい、今すぐにぃ!」


 ユーリは鳥肌の浮いた手をさりげなくさすりつつ、その場にいる全員に深々と頭を下げてから、跳ねるような足取りで控え室を目指した。

 慌ててそれを追いかけながら、瓜子は『ワンド・ペイジ』の面々を振り返る。


「あの! 頑張ってください!」


 西岡桔平は笑顔でうなずき、陣内征生はおどおどと目を泳がせる。

 そして山寺博人は――「わかってるよ」とでも言いたげに、ちょいと右手を上げてきた。


 彼らであれば、『ベイビー・アピール』にも負けないステージを見せてくれるだろう。

 瓜子は心臓を高鳴らせながら、ユーリの甘い残り香を追いかけることになった。

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