03 打ち合わせ

 翌朝――

 携帯端末のアラームで瓜子が目を覚ますと、目の前にメイ=ナイトメア選手の寝顔が転がされていた。

 そして瓜子の五体が、強い力で拘束されている。言うまでもなく、メイ=ナイトメア選手が左右の手足でもって瓜子にがっしり絡みついていたのだ。


(……どうしてこう、自分の周囲には甘えん坊さんが集まってくるのかなあ)


 そんな思いを噛みしめながら、瓜子はなんとか右腕を引きずり出して、アラームをストップさせた。

 しかしメイ=ナイトメア選手は、起きる気配もない。なおかつその寝顔は、ユーリに負けないぐらい赤ん坊みたいな安らかさをたたえていた。


(このお人は、たしかサキさんとタメだったよな……こうしてみると、こんなに童顔なんだ)


 メイ=ナイトメア選手は彫りの深い顔立ちで、目もとがずいぶん奥に引っ込んでいるせいか、仏頂面をしていると物凄い迫力であるのだ。が、こうして表情をゆるめると、思いも寄らないほど幼げで、なんだか可愛らしいほどであった。


 くっきりと黒い肌はなめらかで、作り物のようにすべすべとしていそうだ。鼻や口は造作が大きくて、ふくよかな唇からはびっくりするぐらい白い歯が覗いている。左の目尻がうっすらと赤くなっているのは、きっと瓜子との対戦で負った傷がようやくふさがってきたところなのだろう。


 そして瓜子は、これまで気づかなかった事実を発見した。

 メイ=ナイトメア選手の睫毛や眉毛が、黒色ではなく淡い褐色をしていたのだ。

 その頭髪ほど淡い色合いではないものの、日の光を当てれば金色に見えそうなぐらいの色合いである。それがまた、彼女に一種独特の魅力を与えているようだった。


(……なんか、不思議なお人だな)


 しかし、いつまでもメイ=ナイトメア選手の寝顔を検分してはいられない。

 瓜子は自由を得た右手で、メイ=ナイトメア選手の肩を揺さぶることにした。


「メイ選手、朝っすよ。こっちは仕事があるんで、起きてもらえますか?」


 メイ=ナイトメア選手は「ああ」とも「うう」ともつかぬ声を発しながら、いっそう強い力で瓜子の五体を抱きすくめてきた。こんな反応も、どこかユーリに似ているようである。


「申し訳ないっすけど、起きてください。すぐに朝食の準備をしますから」


 メイ=ナイトメア選手のまぶたが、しぶしぶといった様子で開かれていく。

 そしてその黒くて大きな瞳が、びっくりしたように瓜子を見つめてきた。


「*****……****、********?」


「すみません。日本語でお願いできますか?」


「ウリコ・イカリ……僕、夢を見てる?」


「夢じゃありません。昨日、うちのマンションに泊まったことをお忘れですか?」


 昨晩、ひと通りの会話を終えた後もメイ=ナイトメア選手は情緒が不安定であったため、この部屋に宿泊させることになったのである。時節は九月の下旬であったため、冬用の毛布を敷布団の代わりとして、瓜子の隣で眠ってもらったのだが――いつしか領土侵犯して、瓜子に抱きついていたわけであった。


「……思い出した。夢の中でも、君、一緒だったから、少し混乱した」


「そうっすか。メイ選手の夢に呼んでもらえたなら、光栄です」


 瓜子が苦笑を返すと、メイ選手はまぶしそうに目を細めつつ、また手足に力を込めてきた。


「……僕、甘えた姿、見られること、好きじゃない」


「なるほど。それなら今は、どういう状況なんでしょう?」


「君の温もり、気持ちよくて、離れられない。だから、君のせい」


「しかたのないお人っすね。でも、そろそろ朝の支度をしないと――」


 そこまで言いかけて、瓜子は「わーっ!」と叫ぶことになった。

 寝室のドアが五センチほど開かれて、そこからいくぶん垂れ気味の目が室内を覗き見していることに、今さらながらに気づかされたのである。


「な、な、何やってんすか、ユーリさん! 朝から驚かさないでくださいよ!」


「うにゅにゅ……予想通りの光景を目の当たりにして、進むことも退くこともできなくなってしまったのじゃよ」


 ユーリに背中を向けた格好であるメイ選手は、いっそう瓜子に密着して、胸もとに頬ずりをしてきた。


「……僕、甘えた姿、見られること、好きじゃない」


「げ、言動がバラバラっすよ! ちょっと! くすぐったいから、やめてくださいってば!」


「おおう……Tシャツしか着ていないうり坊ちゃんのかわゆらしいお胸に、頬ずりを……羨ましさで、五体が弾け散ってしまいそうなのじゃ……!」


「ユーリさんも、うるさいっすよ! メイ選手、いい加減にしてください!」


 かくしてその日の朝は、ちょっと懐かしく感じられるような騒々しさとともに幕が開かれたのだった。


                   ◇


 朝の騒乱を乗り越えたのちは、トーストとハムエッグの簡単な食事を済ませて、メイ=ナイトメア選手とはいったんお別れである。ユーリと瓜子には仕事の打ち合わせがあったし、メイ=ナイトメア選手は養父の説得にあたらなければならなかったのだ。


「自分たちも、午後の五時ぐらいには道場に出向けると思います。プレスマン道場の場所はわかりますよね? そこで合流ってことにしましょう」


 メイ=ナイトメア選手は緊迫した面持ちで、「わかった」とうなずいた。

 女子MMA界の頂点を取るためにメイ=ナイトメア選手を養女に迎えたという素っ頓狂な資産家の養父を、なんとか説得しなければならないのだ。養父の望むような結果を得られなければ、メイ=ナイトメア選手の実家に対する援助は打ち切られてしまうという話であるのだから、瓜子に連敗している時点で彼女はもう崖っぷちであったのだった。


「養父、説得、難しいけど……死ぬ気で、説得する。いい報せ、待っていてほしい」


「はい。メイ選手とチームメイトになれたら、自分も嬉しいっすよ」


 瓜子が心よりの笑顔を返すと、メイ=ナイトメア選手は淡い褐色の眉をぎゅっと寄せた。


「君の笑顔、僕の心、かき乱す。とても幸福だけど、とても苦しい」


「それじゃあ、メイ選手の前では笑顔を控えるべきでしょうか?」


「駄目!」と、メイ=ナイトメア選手は両手で瓜子の手をつかんできた。


「君の笑顔、見られない、もっと苦しい。君、意地悪?」


「いや、意地悪をしてるつもりはないんすけど……まあ、時間をかけて相互理解を目指しましょう」


「そうごりかい……相互、理解、わかった。相互理解、目指す」


「じゃ、出発しましょうか。服は洗って乾燥機にかけておいたんで、着替えをどうぞ。……あ、下着はプレゼントするんで、いらなかったら捨てちゃってください」


「プレゼント」と、メイ=ナイトメア選手は瞳を輝かせた。


「……僕、プレゼント、家族以外、初めて。大事に着る、約束する」


「いや、そんな大層なもんじゃないっすけど」


 どうやら朝の甘えっぷりは、ただ寝ぼけていたわけではないようだ。瓜子としては、なんだか狂暴な肉食獣にでもなつかれたような心地であった。

 そうしてメイ=ナイトメア選手がもとの服に着替え終えたならば、ともにマンションを出てそれぞれ別のタクシーに乗り込む。瓜子たちは千駄ヶ谷の待つ『スターゲイト』の本社、メイ=ナイトメア選手は滞在先のホテルだ。


「……メイ選手がプレスマン道場に入門したならば、いっそう充実したお稽古を望めそうなところだけれども……ユーリはそのぶん嫉妬と羨望で五体を引き裂かれそうだにゃあ」


 タクシーに乗り込むなり、ユーリはそんな言葉をこぼした。

 そうして深くうつむきながら、瓜子のほうをちらちらと見てくる。瓜子は苦笑をこらえながら、「そんなことないっすよ」と答えてみせる。


「まさかメイ選手も、稽古場であんな姿は見せないでしょう。甘えた姿を見せるのは嫌いらしいっすから」


「でもでもメイ選手はうり坊ちゃんの魅力にKOされてしまったし、うり坊ちゃんもその情愛を受け止める所存なのでしょう? もはやユーリの割り込む隙間などは、どこにも残らなそうなのです」


「そんなことないっすよ」と、瓜子は繰り返した。


「今年になってずいぶん交流が広がりましたけど、それで自分たちの関係がちょっとでも揺らぎましたか? なんにも心配はいりませんって」


 それでもユーリがおねだりする大型犬のような眼差しをやめないので、瓜子はその耳もとに口を寄せることにした。


「自分にとって、ユーリさんは特別な存在ですからね。どれだけ仲良くしてくれるお相手が増えても、ユーリさんとの関係は変わりようがないっすよ。……って、あんまり朝からこっぱずかしい台詞を言わせないでもらえますか?」


 ユーリは「うにゅう」と身悶えてから、熱い吐息を瓜子の耳に注ぎ込んできた。


「うり坊ちゃんの内にひそむ王子様属性と小悪魔属性が、二人がかりでユーリの心臓を袋叩きにしておるぞよ。この欲情と見まごう情動は、どのようにして発散したらよろしいのでせう?」


「知らないっすよ。千駄ヶ谷さんにでもぶつけてみたらどうっすか?」


「ううむ。千さんならば、この情動を凍てつかせてくれるかしらん」


「いや、冗談っすよ。そんなおっかないことはしないでくださいね」


 そんな阿呆な会話をしている間に、『スターゲイト』に到着した。

 本日は、九月下旬から十月中旬にかけてのスケジュール確認である。そのていどの打ち合わせは出先のカフェなどで済ませるのが通例であったのだが、ここ最近は不逞の輩の目や耳を用心して、わざわざこの場所まで出向くようになっていたのだった。


 受付で素性を伝えると、速やかに第二応接室へと案内される。

 そこで温かい緑茶をすすっていると、待つほどもなく千駄ヶ谷がやってきた。


「わざわざご足労を願いまして、申し訳ありません。さっそく打ち合わせを始めさせていただきたく思います」


 綺麗にファイリングされた書類が、ユーリと瓜子にそれぞれ手渡される。そこにみっしりと記載されたスケジュールの山に、ユーリは「どひー」と悲鳴をあげた。


「覚悟は固めていたのですけれど、実際に目にすると破壊力がスサマじいですにゃあ」


「はい。サードシングルの販売促進をかけた、最後の時期ですので」


 ユーリのサードシングル、『ハッピー☆ウェイブ/ホシノシタデ』の発売日は、なんと本日であったのだ。

 今日までも、ユーリはその販売促進のためにさまざまなメディアで愛想を振りまいていた。いわれのないゴシップにまみれていたユーリであるが、裏を返せば話題性は十分という一面もあるのだろう。少なくとも、これまで懇意にしていたテレビ局やラジオ局や出版社は、決してユーリの起用を忌避したりはしなかったのだった。


「現時点で、サードシングルの予約数はこちらの想定を大きく上回っております。ですがそれは、これまでのシングルの売上から算出した、ごく良識的な数字でありますため……これで満足するわけにはまいりません」


「ふみゅふみゅ。良識をかなぐり捨てるわけでありますねぃ」


「はい。私個人は倍の枚数をプレスするように進言していたのですが、それはあえなく却下されてしまいました。その判断が間違ったものであったと、上層部や各関係諸氏に思い知っていただかなければならないのです」


 瓜子はべつだんその中に含まれていないはずなのだが、首筋に刃物を当てられたような心地であった。上層部と各関係諸氏の安らかな行く末を願うばかりである。


「先行配信されたミュージック・ビデオの再生数に関しましても、日を追うごとに驚異的な加増を見せております。ご出演を快諾くださった猪狩さんと邑崎さんには、心より感謝しております」


「あ、いえ……できれば、こういうのはこれっきりにしていただけるとありがたいんすけど……」


 千駄ヶ谷は瓜子の懇願を黙殺し、ファイルのほうを指し示した。


「今後のスケジュールにおいて重要なのは、こちらの二点。すなわち、ゴールデンタイムにおける音楽番組への出演と、リリース記念ライブイベントとなります。ユーリ選手の本領はライブステージにありますので、この二点こそが最大の起爆剤と成り得ることでしょう」


「はぁ。他のスケジュールも、半分はライブに向けたお稽古ですものねぇ」


「はい。昨日の夜、ついにライブ用の候補曲が決定いたしました。こちらにまとめておきましたので、のちほどご確認をお願いいたします」


 と、千駄ヶ谷が一枚のCDRソフトを差し出してきた。

 ユーリは「はぁい」といつもの呑気さであるが、瓜子は思わず身を乗り出してしまう。そちらのケースの表紙には四曲の曲タイトルが記載されており――そしてその内の二曲は、瓜子のよく知る曲名であったのだった。


「えーっ! 『砂の雨』と『ジェリーフィッシュ』が選ばれたんすか! ユーリさんがあれを歌うなんて、まったく想像がつかないんすけど!」


 言うまでもなく、それは『ワンド・ペイジ』の楽曲であった。ユーリがライブイベントを行うとしても、持ち曲が全五曲では間がもたないし、なおかつ『ネムレヌヨルニ』と『ホシノシタデ』を両方歌うことは不可能であろうと見なされたため、『ワンド・ペイジ』と『ベイビー・アピール』の曲をそれぞれ二曲ずつカバーすることになったのである。


「……『ワンド・ペイジ』の楽曲に関しましては、山寺氏の強い推薦のあった二曲が採用されることに決定されました。何かご異存でもありましょうか?」


「あ、いえ、決して異存があるわけじゃないんすけど……きっとどの曲でも、違和感があることに変わりはないでしょうし……」


 すると、ユーリがすがるような目で瓜子を見てきた。


「ユーリこそ、うり坊ちゃんの愛するワンド様の曲を歌うのは気が引けてしかたがないのだよねぇ。これはもう、ボートク以外の何ものでもないのじゃないかしらん?」


「とはいえ、バッグバンドに関しては『ワンド・ペイジ』と『ベイビー・アピール』の方々にお願いする他ありませんし、そうであればあの方々の楽曲をお借りするのが最善の方策でありましょう」


 千駄ヶ谷の冷徹な声音が、ユーリと瓜子の間に鋭く振り下ろされてきた。


「通例であればレコードショップの店頭などでミニライブツアーを開催するところであるのですが、ユーリ選手の本領は生演奏でこそ発揮できる性質のものであるようですし……また、そういったスペースでは不逞の輩による妨害行為も懸念されます。ゆえに、ライブ会場を貸し切って、厳正なる抽選によって観客を選出し、一度きりの単独ライブ公演に注力するという方針に決定されました。それについては、ご理解をいただけたものと思っておりましたが?」


「ご、ご理解はしておりますよぉ。ただユーリは、ワンド様の曲をお借りするのが恐れ多いだけでありまして……」


「それは猪狩さんが、『ワンド・ペイジ』のファンであられるゆえですね。しかしそれこそは、私情以外の何ものでもありませんでしょう」


「そうっすよ」と、瓜子も声をあげてみせた。


「さっきは取り乱しちゃって、本当にすみません。これは大事な仕事なんですから、自分のことなんて気にしないでください。……ていうか、ユーリさんがワンドの曲を歌ったって、自分は嫌な気持ちになったりしないっすよ」


「ええー、ほんとにぃ?」


「ほんとっすよ。自分だって、その……たまには、カラオケで歌ったりもしますし……」


「あーっ! そういえばこの前も、うり坊ちゃんはがっつりワンド様の曲を熱唱しておったねぇ」


「う、うるさいっすよ!」


 この前とは、瓜子の旧友たるリンや佐伯と遊んだ日のことである。佐伯がカラオケ好きであるために、その日もカラオケで締めくくることになったのだ。ユーリなどはリンたちのリクエストで、自分の歌を熱唱することに相成ったのだった。


「とにかくですね、自分は仕事と私情を分けてますから。ユーリさんは心置きなく、職務を全うしてください。……ていうか、ユーリさんの歌うワンドの曲がへたっぴだったら、そっちのほうが大ショックっすよ。自分の度肝を抜くぐらい上手に歌ってくれたら、嬉しく思います」


 瓜子がそのように言葉を重ねると、千駄ヶ谷は満足そうにうなずいた。戦争に勝利した帝国軍の総統めいた貫禄である。


「以前にもご説明しました通り、その日のライブ模様は映像作品としてセールスされる予定です。『NEXT・ROCK FESTIVAL』の放映もあのような有り様であったため、今度こそユーリ選手のライブパフォーマンスを世間に知らしめることが可能になるわけですね」


「はぁ……ユーリはそれを拝見していないのですけれど、そんなに残念な映像だったのですかぁ?」


「ユーリ選手も鞠山選手も、ダイジェストで十数秒ほどしか放映されておりませんでした。反面、『ザ・フロイド』のステージに出演した『オーギュスト』のパフォーマンスは一曲がフルで放映されておりましたので、まず間違いなく何者かが圧力をかけたのでしょう」


 そんな圧力をかけるのは、新生パラス=アテナにまつわる何者かしかありえない。瓜子の脳裏には、徳久のネズミ面がまざまざと浮かんでいた。


「もっとも、『NEXT』の興行も放映されているのは格闘技専門の有料チャンネルでありますため、それでは宣伝効果も不十分であったかと思われます。ユーリ選手のライブパフォーマンスについては水面下で大きく取り沙汰されておりますため、ファンの方々の期待もそれに比例して増大していることでしょう。そこで満を持して単独ライブを行い、映像の一部を動画サイトで配信すれば、大きな反響を期待できるはずです」


「はぁ……そうだといいですねぃ」


「ご自分の力をお信じください。貴女には、それだけのポテンシャルが秘められているのです」


 氷のように冷たい声音で、千駄ヶ谷は熱い激励を送ってくれた。


「先日の試合においては、ユーリ選手も見事な結果を残してくださいました。今度は私が、結果を見せる番でありましょう。ユーリ選手、ご自分の力とともに、私の力もお信じください。私は必ずや貴女のポテンシャルを余すことなく引き出して、最高の結果を出してみせましょう」


「は、はいぃ。お手柔らかにお願いいたしますぅ」


「……それで、新たに追加されたこちらのグラビア撮影に関してなのですが」


 と、千駄ヶ谷がふいに書面の一点を指し示してきた。


「アスリート・グラフィック・マガジン、通称『A・G・M』。こちらでまた、表紙と巻頭グラビアのページをいただけることになりました」


「おお、こちらの雑誌はひさびさでありますねぇ。一年以上ぶりじゃないですかぁ?」


「はい。こちらの雑誌は男子選手が主体でありますので、これだけの期間が空いてしまったのでしょう」


 その雑誌は、瓜子も記憶に留めていた。サキとの関係が悪化する直前ぐらいに、ユーリの特集を組んでくれた雑誌である。野球やサッカーやラグビー、ゴルフや競馬やボートレースなど、各界のアスリートの写真やインタビュー記事を主体にした雑誌であるが、格闘技関係はめったに扱われることもなく、そして男子選手が中心であるため、ユーリには一度しかお声がかかっていなかったのだ。


「たしかこの雑誌って、ユーリさんの生い立ちとかを年表にまとめあげたいって依頼をしてきたとこっすよね。今回は大丈夫だったんすか?」


「ええ。メインはグラビアで、多少のインタビュー記事が掲載されるのみです。……ただし今回は、ユーリ選手と猪狩さんのペアでという依頼でした」


 瓜子は完全に油断しており、ギクリと身をすくめることになった。


「えーと……それは、お断りしてくれたんすよね? 自分はほいほいグラビアとかやらないほうがいいっていう方針ですもんね?」


「はい。それは猪狩さんのストイックなイメージを守り、同時に希少価値を高めるための戦略でありました。今こそ、それを解き放つべきでしょう」


 瓜子は絶句し、千駄ヶ谷は滔々と語る。


「こちらの『A・G・M』であれば品格も申し分ありませんし、部数にも大きな期待がかけられます。発売日は十一月となりますので、サードシングルの販売促進としてはいささか遅きに失するところでありますが……うまくいけば、セールスの揺り戻しを期待できるやもしれません」


「あ、そ、そうだ。この雑誌って、けっこう硬派なんすよね。だったらもちろん、撮影も試合衣装っすよね?」


「表紙とグラビアの半分は試合衣装、残りの半分が水着となります」


 瓜子はぐんにゃりと椅子の背もたれに身をゆだねた。

 その間も、千駄ヶ谷の声は響き続ける。


「もちろんインタビュー記事に関しても、ユーリ選手と猪狩さんの双方が取り上げられることになります。こちらの発売日の二週間後が十一月大会の当日となりますので、どうぞご存分に意気込みをお語らいください。それもまた、《カノン A.G》を健全な形に戻すための一助となることでしょう」

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