02 第三の動画
その後、ユーリがプレスマン道場とプロ契約することを知らされたジョンや立松たちは、ものの見事にひっくり返ることになった。
「本気かよ、篠江さん!? ずいぶん思いきったことを考えつくもんだな!」
「あははー。シュウイチって、ときどきスットンキョウなコトするよねー」
「お前さんがたに言われたくないってんだよ。……俺と早見は、来週からまた北米だからな。面倒ごとは、お前さんがたに任せたぞ」
篠江会長の言葉に、立松はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、あのふざけた連中とは徹底的にやりあっていいってことだよな? 大事な身内を守るためだもんな」
「女子部門を育てたのは、お前さんたちだ。潰すも活かすも、好きにしな。……ただし、喧嘩をするなら負けるんじゃないぞ」
「負けるもんかよ。試合でぶっ潰してやらあ」
やはり立松も、あの記者会見の内容に激しく憤っていたのだ。
絶望のどん底から急浮上してまだ茫洋としていたユーリが、そんな立松へと遠慮がちに語りかけた。
「でもでも、ユーリを追い出さないとうり坊ちゃんたちにもオファーを出さないぞーって脅されてたんですよねぇ? 試合なんて、組んでもらえるのでしょうか?」
「あんな脅しは、口先だけだよ。常識的に考えて、ベルトを持ってる三人を放置できるか? あのふざけた連中も、こっちがそうまで桃園さんを庇い立てするとは考えてなかったんだろ」
「あうう……プレスマンの所属になれるのは、天にも昇るほど幸福な心地なのですけれども……やっぱりみなさんに多大な迷惑をかけてしまうのかと考えると、心臓が……」
「あのな、これは桃園さんだけの喧嘩じゃないんだよ。あいつらは、これまでの《アトミック・ガールズ》を全否定するような言い草だったし……それに俺やジョンだって、カッパージムなんざの仕事と引き換えに桃園さんを見捨てるような人間だと見なされてたってことなんだからな。これはもう、俺たち全員の喧嘩なんだよ」
そう言って、立松はいっそう勇猛な笑みを浮かべた。
「こうまで小馬鹿にされて、黙っていられるもんかい。あっちの準備するチームなんちゃらなんてやつは、全員試合でぶっ潰してやれ。そのために、まずはルール改正への対応だな!」
「あ、ちょうど天覇ZEROでも、壁レスをお勉強していたところなのですよねえ」
「なに!? 俺たちがいるのに、どうして余所の連中なんざ頼るんだよ! 変なクセがついてないか確認してやるから、とっとと着替えてこい!」
ということで、ユーリと瓜子は更衣室に追い立てられることになった。
ユーリは自分の頬をぴしゃぴしゃと叩きながら、「うにゅう」と息をついた。
「いかんいかん。まだ幽体離脱して宙でも浮かんでるような心地じゃ。……これは本当に現実なのかしらん?」
「まぎれもなく現実っすよ。あらためて、今後ともよろしくお願いいたします」
瓜子が心からの笑顔を届けてみせると、ユーリはまた目もとを潤ませてしまった。
「ユーリが、プレスマンとプロ契約かぁ……あっ! そうしたら、うり坊ちゃんはユーリの先輩ということになるのだね!」
「ならないっすよ。もともとプロ選手としてのキャリアは、ユーリさんのほうが上じゃないっすか。それに、今さら先輩とか後輩とか関係ないでしょう?」
「うん……ああもう、幸せすぎて、どうにかなっちゃいそう! まさか、立松先生やジョン先生までもが、そうまでユーリを庇ってくれていたとは……!」
身悶えるユーリを眺めながら、瓜子もしみじみとした満足感を噛みしめていた。
(それを言ったら、あちらのおふたりだってユーリさんの気持ちには驚きだと思いますよ)
ユーリはプレスマン道場を離れたくないと、泣いていた。瓜子やサキばかりでなく、ジョンや立松や愛音とも離れたくないと、涙していたのだ。どんなに出稽古が楽しくとも、自分の帰る場所はここなのだ、と――ユーリはそこまで強い帰属の意識を、この新宿プレスマン道場で育んでいたのだった。
「さ、早く戻らないと、立松コーチにどやされますよ。怪我とかしないように、きっちり気持ちを引き締めてくださいね」
そうして瓜子たちは、立松コーチらにあらためて稽古をつけられることになったわけであるが――日が落ちてからやってきたサキや愛音やサイトーなどは、立松たち以上の驚きに見舞われることになった。
「この牛が、プレスマンとプロ契約? 何がどんな風に転がったら、そんな話に落ち着くんだよ?」
サキたちは、カッパージムにまつわる一件も聞かされていなかったのだ。
ひと通りの事情説明を終えると、ジョンは申し訳なさそうにサイトーを見やった。
「カッテにハナシをススめちゃって、ゴメンねー? でも、ユーリとハナシをつけるまではナイショってイわれてたからさー」
「あん? オレにお許しを乞うような話じゃねえだろ。ヤナのやつは、ぶちぶち言うかもだけどな」
MMAスクールの協力要請が実現していれば、サブトレーナーたるサイトーや柳原にも、新たな仕事が舞い込んでいたのかもしれないのだ。ユーリが申し訳なさそうな顔をしていると、サイトーは寸止めのライジングフックを繰り出した。
「あのなあ、そんなセコい条件の仕事なんざ、こっちだってお断りなんだよ。そんなもんホイホイ受けてたら、どんな落とし穴が待ち受けてるかもわからねえだろ。試合は豪快に、実生活は堅実にってのが、オレのモットーなんだからな」
「ううう……荒々しい物言いの裏に見え隠れするサイトー選手のお優しさに、ユーリはまた心臓を押しつぶされてしまいそうでしゅ……」
「だから、そうじゃねえっての。おい猪狩、なんとかしろや」
「なんともならないっす」と、瓜子は笑うしかなかった。
そしてそんな瓜子のかたわらでは、愛音がひそかに嬉し涙をぬぐっている。
「ユーリ様も、ついに正式にプレスマンの一員になられたのですね……愛音も一刻も早く齢を重ねて、プロ契約を結んでいただくのです!」
「ふん。その頃には、アトミックも木っ端微塵かもしれねーけどな。あんなド腐れどもがトップを張ってたら、何年ももたねーだろ。ド腐れ女は前にも分裂騒ぎで大失敗かましてたのに、反省する脳細胞の持ち合わせもねーみたいだな」
いつも口の悪いサキであるが、このたびは普段以上の辛辣さであった。
「ただ千駄ヶ谷さんは、強力な支援者がいるんじゃないかって推理してましたよ。そうじゃなきゃ、こんなに名のある企業とポンポン提携できるわけがないって……」
「そりゃーそうだろ。ティガーにカッパーにテレビ局だからな。広告代理店か、そのスジの人間か……あるいは、その両方が噛んでやがるんだろ。そういう意味では、《JUF》の二の舞になるかもしれねーな」
格闘技ブームの象徴であった《JUF》は、プロモーターと反社会的勢力との癒着が露見して、瓦解することになったのだ。
「ま、格闘技の興行なんざ、多かれ少なかれそのスジの人間が絡んでるんだろうけどよ。そいつが欲をかいて表舞台にちょっかい出し始めたら、こういう具合にボロが出始めるってこった」
「そのスジの人間っすか……そんな連中が運営の健全化をお題目にするなんて、お笑い種っすね」
すると、愛音がものすごい勢いでサキに詰め寄った。
「あの! まさかユーリ様の身に危険が訪れるようなことはないですよね? だったら愛音にも、考えがあるのです!」
「なんだよ。おめーの家も、そのスジなのか?」
「いえ! でも、愛音の父は土建屋さんを経営しており、多少はそのスジの方々にもコネクションを持っているはずなのです!」
周囲の門下生たちがどよめいていたが、サキは平気な顔で愛音の頭を引っぱたいていた。
「これ以上、話をややこしくするんじゃねーよ。あっちが裏にひそんでるんだから、おめーのお友達も裏に引っ込ませとけ」
「愛音ではなく、愛音の父のご友人がたなのです!」
「おんなじこった。あのド腐れどもは試合でぶっ潰すんだろ、立松っつぁんよ?」
「当たり前だ。あの連中がなんと言おうとも、桃園さんの実力は本物なんだからな。あとは、新しいルールに適応してもらうだけだ」
「ケージの舞台に、ダウン制度の撤廃、それに肘打ちの解禁か。……こいつは、骨が折れそうだ」
サキがそのように答えたとき、事務室に引っ込んでいた篠江会長が顔を出した。
「おい、例のサイトが新しい動画を更新したみたいだぞ」
その声に、コーチ陣と女子選手が殺到する。
篠江会長は、呆れた顔で瓜子たちを見回してきた。
「あのなあ、パソコンは一台しかないんだよ。気になるんだったら、自前の端末で見てくれや」
それもそうかとばかりに、立松たちは更衣室に駆け込んでいった。
その場に取り残されたのは、瓜子とユーリのみである。
「あの……実は自分たち、端末が旧型で……重い動画は再生できないんすよね」
「なに? 今どきそんなやつもいるのか……まあいいよ。俺もひとまず稽古に戻るから、用事が済んだら声をかけてくれ」
「押忍。ありがとうございます」
瓜子とユーリは再び事務室に潜り込み、備えつけのパソコンにかじりつくことになった。
画面には、すでに《アトミック・ガールズ》の――いや、《カノン A.G》のサイトが開かれている。その新しいロゴマークを目にするだけで、瓜子は胸がむかついてしまった。
初日に公開された短いアニメ動画と昨日の記者会見動画も、しっかりこのサイトには残されている。その最上段に、「#3 チーム・フレア始動!」というタイトルの動画が加えられていた。
「ふん。ついにチームメイトのお披露目っすかね」
再生マークをクリックすると、そこにも《カノン A.G》のロゴマークが浮かびあがった。
それから速やかに、タクミ選手の姿が映し出される。場所はいったいどこなのか、背後の壁には《カノン A.G》の馬鹿でかいフラッグが掲げられており、タクミ選手は赤いTシャツとジャージの姿だ。
『やあ。昨日の今日で、閲覧ありがとう。昨日の記者会見は慌ただしかったから、今日はのんびりおしゃべりさせてもらうよ』
タクミ選手は、すました顔で笑っている。
それなりに美人だし、そこはかとなく色気も感じるのだが――やはり、どこか嘘くそい笑顔だ。
『まず、最初に言っておきたいんだけどさ。わたしらは、あくまで団体内のヒール役なんだ。それが団体の代表みたいに出しゃばるのは不本意なんだけど、たまたまこういう時期にプロジェクトが動き始めちゃったからさ。ま、これも悪玉が団体を占拠したみたいな感じで面白いかなって、開き直ることにしたよ。善玉の連中は、せいぜいわたしらを引きずりおろせるように、実力を示してちょうだいよ』
アドリブなのか台本通りなのか、喋り口調も芸能人のようになめらかだ。とにかく、肝が据わっていることは確かであった。
『それじゃああらためて、チーム・フレアの方針を発表させていただくよ。一、腑抜けたルールに浸かってた連中の、尻を引っぱたく。二、そんな腑抜けた試合に喜んでたお客らの、尻を引っぱたく。以上、おしまい。……みんなも知ってる通り、わたしは何年か前にも新団体を立ち上げたんだけど、あの頃はわたし自身のビジョンが曖昧で、うまくいかなかったんだよね。アトミックは物足りなかったんだけど、その原因がよくわからなくて……でも、今ははっきりわかったよ。去年にぶざまな試合を見せて以来、わたしは海外を転々としてたからさ。それで世界の情勢ってやつを目の当たりにして、やっと確信できたんだ。これまでのアトミックは、あまりにぬるすぎるってね。こんなぬるい環境じゃあ、まともな選手が育つわけないんだよ』
どうやらタクミ選手というのは、にこにこと笑いながら毒を吐くという芸風であるようだった。
『そんな中で、来栖選手だけは偉大だったね。あの人のことだけは、心底から尊敬してるよ。……でも、そんな来栖選手もアトミックのぬるいやりかたのせいで、世界までは手が届かなかった。あの人は世界で戦える最初のひとりになるはずだったのに、けっきょく最後まで認められることができなかったんだ。わたしはもう、それが悔しくってさあ。だから、力ずくでアトミックを改革することにしたんだよ。そこでルール改正の時期にぶちあたったのは、ほんとラッキーだったね。このルールで勝てるやつは、世界でも戦える。腑抜けたルールに浸かってた連中は、せいぜい頑張りな。次の興行から、わたしらが可愛がってやるからさ』
これが仕組まれた陰謀であったのなら、ラッキーもへったくれもないだろう。まだ何の証拠もありはしないが、瓜子はもう花咲代表の逮捕すらもが陰謀の一環だったのだろうと半ば確信してしまっていた。
『それじゃあ、わたしと一緒に新しい道を突き進んでくれるチームメイトを紹介しようか。今日のところは、三人ね。……カモン!』
何がカモンだよと思っていると、その三名は二名までもが外国人選手であった。全員が、タクミ選手とおそろいの赤いTシャツを着ている。
そして――唯一の日本人選手である娘さんは、瓜子にも見覚えのある相手であった。
「あ……この右端のお人は、《G・フォース》にも参戦してるキックの選手っすよ」
「ほへー。なかなかかわゆらしいお顔の娘さんですにゃあ」
「ええ。たしか、地元の栃木かどこかではタレント活動もしてるって評判だったんすよ」
その選手の名は、
外見は、明るく染めた髪をポニーテールにした、細身で長身の少女である。たしか身長は百六十センチほどもあり、ふにゃんとした可愛らしい顔立ちをしていた。
「この一色選手は一去年プロデビューしたばっかりで、自分はまだ対戦してないんすよね。自分の苦手なアウトスタイルのサウスポーなんで、チェックはしてましたけど……今は、ランキング三位だったかな? デビュー以来、負けなしのはずです」
「ふうん。デビュー二年でランキング三位とは、大したものですにゃあ。ウェイトがそのままだったら、MMAでもうり坊ちゃんと同階級になるわけだねえ」
ならば、瓜子が新しいアトミックの舞台で、この一色選手を相手取ることになるのだろうか。
そのように考えると、何やらおかしな気分であった。
そして残りの外国人選手たちは、なかなかの迫力を備え持っている。
片方は栗色の髪に灰色の目をした白人女性で、もう片方は浅黒い肌で黒髪をぎゅうぎゅうにひっ詰めている。前者は大柄で、後者は小柄だ。
『ひとりずつ紹介していくね。まずは、ベアトゥリス=フレア。ウェイトは四十八キロ以下級で、アトミックでいうとバンタム級――でもその呼称も、世界水準のアトム級に改変される予定だよ』
ベアトゥリス選手は小柄だが、角張った顔にぎょろぎょろと大きな目をしており、狛犬のように迫力のある顔立ちをしていた。背丈は低いが、そのぶんどっしりとした肉厚の体形だ。四十八キロ以下級で戦うなら、かなりの減量が必要なのだろうと思われた。
『ベアトゥリスはブラジルのヴァーモス・ジムの所属で、わたしもさんざんお世話になってたんだ。ヴァーモス・ジムの選手は格闘技ブームの頃に《JUF》で暴れ回ってたから、知ってる人も多いんじゃないかな。ブラジリアン柔術の宿敵たる、ルタ・リーブリ系のジムだね』
タクミ選手の解説に、ユーリは「はにゃにゃ?」と首を傾げた。
「ルタ・リーブリなんて、初めて聞いたにゃあ。うり坊ちゃんは、ご存じだった?」
「ええまあ、名前ぐらいは。よくわかんないっすけど、確かにヴァーモス・ジムの選手はジョアン選手なんかと折り合いが悪かったみたいっすね。試合が組まれると、セコンド陣も含めて険悪な雰囲気になってましたよ」
「ふみゅう。ブラジルにもそういう派閥なんて存在したんだにゃあ」
ユーリが感慨深げにつぶやいている間にも、タクミ選手の解説は続いている。
『このベアトゥリスも、本当だったら自分の手でベリーニャを仕留めたかっただろうけど、あまりにウェイトが違うからさ。そっちはわたしが引き受けるとして、四十八キロ以下級の有象無象を一掃してもらうつもりだよ』
雅選手が聞いていたならば、毒蛇のようなお顔でにんまり笑いそうなコメントである。
そしてタクミ選手は、やはり自らがベリーニャ選手と対戦しようという目論見であるようだった。
(まあ、手っ取り早く名前をあげるには、それが一番だろうからな。……ユーリさんに惨敗した選手が、ベリーニャ選手にかなうとは思えないけど)
そうして次に紹介されたのは、一色選手であった。どうやらウェイトの軽い順に紹介しているらしい。
『お次は五十二キロ以下級の、ルイ=フレアね。ルイは《トップ・ワン》や《G・フォース》っていうキックの団体で活動してたけど、裏でこっそりMMAのトレーニングも積んでたってわけ。ここ何ヶ月かはわたしらがみっちりいじめぬいてあげたから、まあアトミックの腑抜けた連中ぐらいは相手にできるっしょ』
『あはは。タクミさんと一緒にいると、ルイまで極悪なキャラにされちゃいそうですぅ』
のんびりと笑いながら、一色選手はそのように言っていた。年齢もずいぶん若いようだし、ファイターとしては十分に可愛らしいタイプであろう。
などと、瓜子が呑気に考えていると、一色選手が画面のこちら側に笑いかけてきた。
『猪狩瓜子さん、観てらっしゃいますかぁ? 実はルイも、地元でご当地アイドルの活動をしてたんですぅ。チーム・フレアでは広報担当に任命されたので、選手としてもアイドルとしてもよきライバルになれるように頑張りますねぇ』
瓜子が絶句していると、今度はタクミ選手が『あはは』と笑った。
『ま、ルイもファイターとして実績を残してるから、別にいいけどさ。どこかの勘違いしたアイドルファイターなんかと一緒くたにされないように気をつけなよ?』
『はぁい。でも、グラビア撮影のお仕事とかも大歓迎ですので、関係者のみなさんはよろしくお願いいたしまぁす』
ルイ選手の能天気な笑顔を見やりながら、瓜子は深々と溜息をついた。
するとユーリが、「大丈夫だよ!」と力強く述べてくる。
「このコもなかなかかわゆいけど、うり坊ちゃんにはとうてい及ばないから! ファイターとしてもアイドルとしても、うり坊ちゃんの勝利に間違いはないですぞよ!」
「いや、自分はアイドルとかじゃないっすから……」
そして、タクミ選手が最後の一名を指し示した。
『それで最後は、わたしと同じ六十一キロ以下級の、オルガ=フレア。オルガはロシアで開催されたMMAトーナメントの優勝者で、あのキリル・イグナーチェフ選手の娘さんだよ。……まさか、キリル選手を知らない人はいないよね? 《JUF》では四天王と同じかそれ以上の活躍をしてた選手だからね』
瓜子は、愕然と息を呑むことになった。
ユーリは「ふにゅ?」と小首を傾げている。
「ねえねえ。それっていつだったか、千さんがお話ししてた選手だったっけ?」
「そうっすよ。まさか、オルガ選手までこんなチームに加わってたなんて……」
オルガ選手はかつてユーリに敗れたリュドミラ選手の同門で、ユーリにリベンジを果たしたいなどと言いたてていたという話であったのだ。
オルガ選手は氷のように冷たい灰色の瞳で、画面のこちら側をじっと見据えている。彫りが深くて、彫像のように無機的な、感情のうかがえないたたずまいであった。
(でも、そうか……パラス=アテナの連中はオルガ選手の扱いに困りながら、早い段階で《アトミック・ガールズ》に迎えたいって気持ちをちらちら覗かせてたって、千駄ヶ谷さんはそんな風に言ってたよな)
瓜子たちがその話を聞かされたのは、ユーリと瓜子の一周年記念日――一月の興行を終えてすぐのことであった。
つまりはそのような時代から、黒澤氏はこのようなプロジェクトを始動させようとしていた、ということなのだろうか?
『これが、チーム・フレアの第一期生。わたしらがチーム・フレアの四天王を名乗れるかどうかは……ま、試合の結果次第だね。わたしらは、あくまで実力主義だからさ』
そうしてタクミ選手が合図をすると、その場の全員が赤いTシャツとジャージのボトムを脱ぎ始めた。
その下から現れたのは――《カノン A.G》のロゴが入った、赤と黒のハーフトップにハーフパンツだ。
『昨日の会見で、今後の試合はコスチュームを統一するって話が出てたでしょ? スポーツウェアブランドのティガーさんが、さっそく試作品を作りあげてくれたんだよ。さすがティガーさんは、センスいいよねえ。コスチュームは色んなカラーリングが準備される予定だけど、赤黒の組み合わせはチーム・フレア専用ってことにさせてもらうから、そのつもりでよろしく』
昨日の今日でそのようなものを準備しているとは、用意周到なことだ。
鍛え抜かれた肉体を持つ四名の女子選手が、同じ衣装でずらりと立ち並んでいるのは壮観であり――そして、瓜子の闘志をかきたててやまなかった。
『あともう三、四人、チームメイトの候補があがってるからさ。そっちの選別が済んだら、しばらくは打ち止めかな。あんまり大人数にしちゃうと、ありがたみもないからね』
タクミ選手は不敵に笑いながら、カメラに向かって指先を突きつけてきた。
『《アトミック・ガールズ》の腑抜けたルールに浸かってた連中は、覚悟しておきな。あんたたちが不甲斐なかったら、《カノン A.G》はわたしらの好きにさせてもらうからね。まずは九月の大会に向けて、せいぜい練習を積んでおきなよ』
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