ACT.5 Four Big Title matches

01 悪夢との対峙

 瓜子が入場口の裏で身体を温めていると、背後からユーリたちがどやどやと押し寄せてきた。

 普通であれば適切な距離を取る場面であるが、同じ道場内ではそのような遠慮も無用である。プレスマン軍団の一行はそれぞれウォームアップに励みながら、四大タイトルマッチの開始を告げるアナウンスを扉ごしに聞くことになった。


 最初の決戦は、雅選手と金井選手だ。

 瓜子にとっては、どちらもそれほどご縁のない相手である。あえていうならば、大阪にて狂乱の祝宴をご一緒した雅選手のほうが、わずかに交流を深めているぐらいだろうか。


 が、雅選手はユーリを嫌っており、本日も完全に黙殺の構えであった。瓜子に対しては馴れ馴れしいぐらいであるのだが、隣のユーリには目もくれないという、陰湿なやり口だ。

 しかしまあ、ユーリ自身がいっさい気にかけていないため、瓜子としてもそこまで不快な気持ちを誘発されてはいない。また彼女は、大阪大会におけるユーリへの悪質な嫌がらせを解決してくれた恩人でもあった。


 なおかつ瓜子にとっては小学生の頃からその勇姿を拝見していたお相手であり、自分の好みには合致しないものの、立派な結果を残している立派な選手だなという思いが存在した。


 そういった諸々の事情を総合し――瓜子は、きわめてフラットな心境であった。

 十年以上のキャリアを持ち、三度までも王座に返り咲いた、歴戦の古豪か。あるいは、新進気鋭の若手の有望株か。より強いほうが、勝利を収める。その結果を、厳粛なる気持ちで受け入れる所存である。


 その結果が伝えられたのは、金井選手らを扉の向こうに見送ってから、わずか数分後のことであった。


『一ラウンド、一分四十二秒、チョークスリーパーにより、雅選手の勝利です!』


 このたびは、歴戦の古豪が若手の有望株を退けたようだった。

 やがて入場口に戻ってきた金井選手は、セコンドに肩を貸されて、足もとも覚束ない様子だ。左の目もとにあてがわれたタオルには血がにじんでおり、短くも激しい試合であったことが示されていた。


「よし、出番だな」

「あんま熱くなりすぎんなよ、ちびタコ」

「骨は拾ってやるから、とにかく勝ってこい」


 頼もしいセコンド陣が、めいめい呼びかけてくれる。

 そしてその後には、第二陣のメンバーたちも激励してくれた。


「ウリコなら、ゼッタイカてるからねー」

「……猪狩センパイの戴冠をお祈りしているのです」

「うり坊ちゃん、頑張ってね!」


 ユーリの瞳には、ひたすら期待の光だけが渦巻いていた。

 メイ=ナイトメア選手と対戦すると、瓜子は勝っても負けても満身創痍になってしまうのではないか――と、当初は不安の念も抱え込んでいたユーリであるが、試合の日が近づくにつれて、そういった気持ちも払拭されたようだ。

 瓜子は精一杯の気持ちを込めて、「押忍」と答えてみせた。


『青コーナーより、猪狩瓜子選手の入場です!』


 リングアナウンサーの声とともに、スタッフの若者が入場口の扉を開いてくれた。

『ワンド・ペイジ』の『Rush』が響きわたる花道に足を踏み出すと、凄まじい歓声が満身を包んでくる。

「瓜子!」や「うりぼー!」の声も響きわたり、瓜子を少しだけ気恥ずかしい心地にさせた。


 しかし、このような場面でまだ気恥ずかしさを覚えられる自分の図太さに、瓜子は満足していた。

 身体はほどよく熱を帯び、心はぎゅっと引き締められている。しかしそれは、緊張とは別物の感覚だ。手足は軽く、視野も開けており、頭の中身も冴えわたっていた。


 自分の周囲にはさまざまな色合いのスポットが飛び交い、その向こう側には四角いリングが照らし出されている。

 緊張はしないが、胸の躍るひとときだ。

 途中で瓜子を追い抜いたサイトーがロープの間を開いてくれたので、瓜子はそこをくぐってリングのマットへと足を踏み入れた。


 歓声は、まだ凄まじい勢いで渦巻いている。

 さすがは、満席のPGLホールである。二千名強のあげる歓声というのは、これほどに凄まじいものであるのだろうか。

 打楽器のような手拍子とともに、「瓜子!」のコールが連呼されている。

 それで瓜子は、新たな感慨にとらわれることになった。


 本日は、暫定王者決定戦であるのだ。

 そして会場の数多くの観客たちは、地元の日本人選手が勝利することを願っている。

 また――今年に入って四連続KO勝利を収めた瓜子に、特別な思い入れを抱いてくれている人間も少なくはないのかもしれなかった。


 かつて大阪で出会った、瓜子のファンと名乗る少女のことを思い出す。

 ああいった人々が、あれだけの熱意で、瓜子の名を呼んでくれているのかもしれない。

 それに今日は、牧瀬理央と加賀見老婦人も来場してくれているはずなのだ。

 瓜子は万感の思いを噛みしめながら、ただゆっくりと右腕を掲げてみせた。


『赤コーナーより、メイ=ナイトメア選手の入場です!』


 瓜子の好きな『Rush』のサウンドがフェイドアウトして、代わりに暗鬱な入場曲が流される。

 瓜子の名を呼ぶ声は控えられたが、声援の迫力に変化はなかった。観客たちは、その内の昂揚や期待感などをまったく抑制できていない様子である。


 そんな中、メイ=ナイトメア選手がひたひたと入場してきた。

 上半身は、やはりワインレッドのフードつきパーカーだ。セコンドは二名で、どちらも白人男性である。そういえば、彼らがどういう素性の人間であるのか、瓜子はまったく知らされていなかった。


 メイ=ナイトメア選手は一定の歩調でリングまで辿り着き、ロープをくぐったらすぐさまパーカーを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、すでに見慣れたハーフトップとハーフスパッツだ。赤と黒のツートンカラーで、胸もとには黄色で「NIGHTMARE」の文字がプリントされている。


 リングに上がっても、メイ=ナイトメア選手は石のような無表情であった。

 ただ、黒い瞳は爛々と燃えている。

 去年の大晦日でベリーニャ選手に対して狂乱した以外、彼女はいっさい表情を動かす姿を余人に見せていなかったのだった。


『それでは試合に先立ちまして、国歌の清聴です。皆様、ご起立をお願いいたします』


 と、いつでも元気なリングアナウンサーが、いくぶんかしこまった調子でそのように言いたてた。タイトルマッチには、このような余禄まで存在するのだ。

 観客席の人々が立ち上がると、まずは日本の国歌が厳かに流される。

 瓜子はそもそも式典というものに重きを抱いていないので、こういう場でも感極まったりすることはありえないのだが――それでも、人生の中でもっとも厳粛な心地で国歌を聞き届けることになった。


 こちらの国歌が終了すると、続いてオーストラリアの国歌が流される。

 瓜子は初めて耳にしたが、明るく、壮大で、いかにも希望にあふれていそうな楽曲であった。


 しかし、その音色の中にたたずむメイ=ナイトメア選手は、ひたすら重く暗い眼光を燃やしている。

 自身の国に誇りを持っているどころか、むしろ忌々しく思っているかのような――そんな、物騒な目つきであった。


『ありがとうございました。皆様、ご着席ください。……それでは、コミッショナーによるタイトルマッチ宣言です』


 調印式でも同席したコミッショナーの某氏が、一礼して進み出る。


『認定書。……これより行われるメイ=ナイトメア選手と猪狩瓜子選手の試合は、昨日さくじつ厳正なる計量を行い、《アトミック・ガールズ》のライト級五十二キロ以下をクリアしました。よって、《アトミック・ガールズ》ライト級暫定王者決定戦であることを認めます』


 その後に本日の年月日と自身の名を宣言して、コミッショナー氏はいったん引き下がる。

 普段であれば、ここで王者からコミッショナー氏にチャンピオンベルトが返還される。しかし暫定王者決定戦である本日は、リングの外からチャンピオンベルトが持ち込まれた。


 この日のために作製された、暫定王者のための新たなチャンピオンベルトだ。

 プロボクシングなどで見られるものよりはひと回りも小ぶりで、銀色の楕円形をした飾りに『ATOMIC GIRLS』の名が浮き彫りにされている。ベルトの色は、鮮やかなチェリーレッドだ。


 コミッショナー氏が再びリングの中央に進み出て、そのベルトを四方の観客席に掲げてみせる。

 そうしてようやく、タイトルマッチのお膳立ては完了されたのだった。


『第八試合、《アトミック・ガールズ》ライト級暫定王者決定戦、五分三ラウンドを開始いたします!』


 いつもの元気を取り戻したリングアナウンサーが、朗々たる声で宣言した。


『青コーナー。百五十二センチ。五十一・八キログラム。新宿プレスマン道場所属。《G・フォース》フライ級第四位……猪狩、瓜子!』


 客席に、再度の歓声が巻き起こった。

 瓜子はいつも通りの平常心で、ただ胸の内側に熱いものをたぎらせながら、あらためて右腕を掲げてみせる。


『赤コーナー。百五十二センチ。五十二キログラム。フリー。《スラッシュ》元・軽量級王者……メイ=ナイトメア!』


 変わらぬ熱量で、歓声があげられる。

 メイ=ナイトメア選手も不遜な物言いをするタイプではあったが、お客に嫌われるほどではないのだろう。二試合連続で圧倒的なKO勝利という戦績に感服するファンは少なくないだろうし、このタイトルマッチに向けられた期待感がそのまま歓声に反映されているようだった。


 レフェリーに招かれて、瓜子とメイ=ナイトメア選手はリングの中央で向かい合う。

 数字が示している通り、二人の背丈はまったく同一であった。

 そして、シルエットもよく似ている。頭の大きさも、手足や首の長さも、各部位の太さや厚みも――こうまで自分とそっくり同じ体形をした選手と向かい合うのは、瓜子にしても初めての経験であった。


(自分なんて、この階級にしては小柄なほうだからな)


 瓜子はあちこちで不思議がられるぐらい、細身に見える人間である。プロファイターとして恥ずかしくない練習量をこなし、しっかり筋肉もつけているはずであるのに、身体の厚みが増していかないのだ。キックのほうでご縁を深めた友人たちなどには、「五キロか六キロは少なく見えるシルエットだよね」と、よくからかわれていた。


 そして瓜子は、医者に驚かれるほどの骨密度を保っている。ならば、骨が重いぶん肉が薄いのかと、そんな風に納得することになった。何にせよ、自分はもっとも動きにキレの出るベストコンディションを保っているつもりであったので、細く見えようが太く見えようがどうでもよかったのだ。


 このメイ=ナイトメアという選手は、そんな瓜子とよく似た体形をしている。

 本当に、鏡に映したかのようにそっくりだ。

 ならばこの選手も、脅威的な骨密度を備えているのかもしれなかった。


(まあ、何がどうでもかまわないさ)


 試合直前のこの段階になっても、メイ=ナイトメア選手は瓜子を見ていなかった。

 その目は爛々と燃えさかり、ウォームアップした肉体からは十分な熱気と迫力が伝えられてくるのだが――こうして同じ目線で向かい合っているにも関わらず、メイ=ナイトメア選手の瞳に瓜子は映されていないように思えてならなかった。


「……では、クリーンなファイトを心がけるように」


 レフェリーが手を合わせて、グローブタッチをうながしてくる。

 瓜子は両手を差し出してみせたが、メイ=ナイトメア選手は当然のようにそれを無視して下がっていった。これまでの二試合と同じ挙動である。


「じっくり攻めてけよ! ラッシュをかけられても、慌てるな!」


 瓜子もコーナーまで引き下がると、たちまち立松のアドヴァイスが飛んできた。

 軽く手首を回しながら、瓜子は「押忍」と答えてみせる。


 大歓声の中、試合開始のゴングが鳴らされた。

 メイ=ナイトメア選手は自然な形にグローブをかまえて、ずかずかと瓜子に接近してくる。

 瓜子が足を使って距離を保とうとすると、その身がぐんと迫り寄ってきた。


(速い!)と思った瞬間には、右のフックが飛ばされてくる。

 それを左腕でガードして、瓜子はバックステップしたが、相手は同じ勢いで距離を詰めてきていた。

 亜藤選手との試合でも見せていた、猛烈なスタートダッシュだ。


 それと真っ向からやりあいたいという衝動を抑えつつ、瓜子はサイドに逃げようとした。

 しかし距離は開かずに、速射砲のごときフックの連打が繰り出される。

 瓜子は両腕で頭を守ったが、その拳が前腕に当たるたびに、骨まで響くような衝撃が弾け散った。


 重くはない。

 その代わりに、硬い。

 まるで、素手で殴られているような硬さだ。


(……圧倒されるな)


 瓜子はなんとか、サイドに逃げようと試みた。

 しかし、どれだけステップを踏もうとも、相手は同じスピードで追従してくる。


 ならば、前蹴りで突き放すべきかと考えたが、そうして一本足になってしまったら、蹴りが届く前に乱打の勢いで押し倒されてしまいそうだった。


「あいつのパンチは手打ちに見えるけどな。しっかり腰は回ってるんだよ」


 稽古中、サキはそのように語っていた。

 メイ=ナイトメア選手は、パンチの回転力が凄まじい。一見では、スピード重視の軽いパンチに見えるのだ。

 しかし確かに過去の試合映像を確認してみると、メイ=ナイトメア選手はパンチの一撃ごとにしっかりと腰を回していた。足の踏み込みは無関係で、腰の回転力を拳に乗せていたのである。


 それでもウェイトは瓜子と同一であるのだから、ユーリはもちろんオリビア選手や多賀崎選手ほどの破壊力は感じられない。

 ただ、痛い。

 拳が石のように硬いため、打撃の一発一発が骨まで響くのだ。

 そして、数の暴力というべきか、これだけの勢いで連打されていると、蹴りを繰り出す隙間も見つけられなかったのだった。


(それなら、パンチを打ち返すしかない)


 この暴風雨めいた拳の間をぬって、こちらもパンチを当てるのだ。

 パンチを放てばガードが開くのだから、よほど入念に仕掛けなければならない。このように硬い拳で頭を殴られたら、それだけで大ダメージになってしまいそうだった。


 瓜子はなんとかロープまで詰められないようにサイドに回りつつ、懸命に反撃のチャンスをうかがう。

 パンチをガードし続けている両腕が、火のように熱い。

 その熱さが、胸の中身をいっそう熱くさせたようだった。


「一分経過! ロープには詰められるなよ!」


 サキの声が聞こえてくる。

 ならば、頭は冷静だ。

 全身が熱く、頭だけは冴えわたった――何か、懐かしい感じがした。


(そうだ、この感覚……)


 ラニ・アカカ選手との対戦の終了間際に訪れた、あの感覚である。

 試合開始一分で、瓜子はあれほどの極限状態に追い込まれてしまったということであろうか。


 しかしそれは、瓜子の望むところであった。

 瓜子は、あの感覚の向こう側に飛び込みたいと、ずっと願っていたのだ。


 メイ=ナイトメア選手は、まだ変わらぬ勢いで拳を振るい続けている。

 恐ろしいばかりのスタミナである。

 ユーリがグラウンド状態ならいつまでもくるくる動き続けられるように、メイ=ナイトメア選手はいつまでもこんな連打を繰り返すことができるのであろうか。

 そうだとしたら、本当に怪物だ。


 怪物を倒すには、自分も怪物になるしかない。

 調印式で、来栖選手はそんなようなことを言っていたはずであった。


(……ここだ!)


 相手の左フックを防ぐと同時に、瓜子は右ストレートを放ってみせた。

 相手はすでに、右フックを放っている。

 それに備えて左腕はガードを固めているが、相手の左拳が再び振るわれる前に、瓜子はこの攻撃を当てなければならなかった。


 横殴りのフックよりも、真っ直ぐのストレートのほうが、軌道が短い。

 相手の凄まじいスピードにも、これなら対抗できるはずだ。


 果たして――瓜子の右ストレートは、ウェービングによってかわされることになった。

 同時に、相手の右フックが左腕に叩きつけられる。


 瓜子の右腕は、まだ前にのばされたままだ。

 このままでは、左のフックを頭部にくらう。


 瓜子の背筋に、悪寒が走り抜け――その後は、考えるより先に身体が動いていた。

 前にのばした右腕で、そのまま相手の左肩をつかむ。

 そして瓜子は、左膝を振り上げていた。


 瓜子の左膝が、相手の腹にめりこむ。

 半瞬おくれて、右のこめかみに左フックが叩きつけられた。


 しかしこちらの攻撃が先んじたために、思ったほどのダメージではない。相手の軸を、わずかなりとも揺るがせることができたのだろう。

 瓜子の頭は、まだ冴えわたっていた。


 右腕で相手の左肩をつかんだまま、今度は左腕ものばす。

 その左腕をこするようにして、今度は右フックが頭に叩きつけられた。

 しかし相手はわずかに体勢を崩しており、左腕との摩擦がブレーキとなって、それも深刻なダメージには成り得なかった。


 そうして相手の首裏を抱えた瓜子は、斜め四十五度の角度で右の膝蹴りを繰り出してみせた。

 さきほどのような、苦しまぎれの攻撃ではない。首相撲の状態からの、ジョン仕込みの膝蹴りだ。


 相手の左脇腹に、右膝がおもいきり食い込んだ。

 瓜子は相手の重心を崩しつつ、さらなる追撃のチャンスをうかがう。

 しかしその前に、相手の右腕が内側から潜り込んできた。

 首相撲で、有利なポジションを取り返そうというのだ。


 しかし首相撲なら、瓜子もキックの時代から磨きあげている。

 背のない瓜子がそれを活用できる場面は少なかったが、むしろ相手から仕掛けられることが多かったため、こちらも対応できるように修練を積む他なかったのだ。


 相手の腕は、しなやかで力強い。

 一瞬でも気を抜けば、すぐさま頭を抱えられてしまいそうだった。


 瓜子は極限まで集中し、首相撲の差し手争いに注力する。

 と――危険な圧力が、下側から迫ってきた。

 相手が、クリンチアッパーを繰り出してきたのだ。

 瓜子がかろうじて首をねじると、熱い衝撃が右頬をかすめていった。

 そして瓜子は相手の頭を抱え込み、今度は左膝を振り上げる。


 相手のレバーに、膝蹴りを命中させることができた。

 それと同時に、相手が瓜子を突き飛ばしてきた。


 瓜子は無理に逆らわず、バックステップで体勢を整える。

 もちろん追撃にも備えていたが、メイ=ナイトメア選手はその場に踏みとどまっていた。

 さすがにレバーを直撃されて、小さからぬダメージが生じたのか。頭をしっかりガードしながら、大きく肩を上下させている。


 それと向かい合う瓜子のほうも、気づくと心臓が暴れ回っていた。

 首相撲の差し手争いだけで、驚くほど体力を消耗させられていたのだ。


 しかし、まだまだ酸欠には至っていない。殴られまくった両腕はじんじんと疼いていたが、それすらも心地好いぐらいであった。


「二分半! 半分経過だ! こっちからも手を出してけ!」


 いまだ、一ラウンド目の半分しか経過していないのだ。

 なんて濃密な時間であったのだろうと、瓜子はいっそ感慨深いほどであった。


 そんな瓜子のことを、メイ=ナイトメア選手はガードを固めた両腕の隙間からじっと見据えている。

 その黒い炎じみた双眸は、いま初めて瓜子の姿をしっかりと認識したのかもしれなかった。

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