インターバル

魔法少女の謀略

 盛況のうちに幕を閉じた『NEXT・ROCK FESTIVAL』から、数日後。

 ユーリは都内の某カフェで、音楽雑誌のインタビュアーから取材を受けていた。


 なんでも『NEXT・ROCK FESTIVAL』の現場におもむいていた雑誌記者がユーリのステージにいたく感銘を受けて、急遽レポート記事を掲載したいと申し出てきたのだという話であった。


 ユーリはこれまでも音楽関連の取材を受けていたが、それらはいずれも情報誌における誌面の賑やかしに過ぎなかった。名うてのアイドルファイターがCDをリリースしたということで、半分がたはイロモノの扱いであったのだ。なおかつメインとなるのはグラビアのピンナップなどであったから、どちらかというとスターゲイトの側がCDの販売促進を願って雑誌のほうに売り込みをかけたのではないかと、瓜子はそのように推察していたぐらいであった。


 しかし今回はまぎれもなく、ユーリの歌唱力やステージングが評価されての、取材依頼である。

 ユーリがそういったものを歓迎していないということは百も承知していながら、瓜子は心が弾むのを止められなかった。すっかりユーリと気の置けない間柄となってしまった瓜子としては、ユーリが正当な理由で高く評価されるというだけで喜ばしい気持ちになってしまうのだ。


 そんな瓜子の感慨もよそに、インタビューは無事に終了する。

 雑誌記者が辞去すると、ユーリは椅子にもたれて「ふひー」と息をついた。


「あんなにあれこれ質問されたら、ユーリの無知さ加減があけっぴろげになるばかりではないか。こんなインタビューはお断りするべきだったのではないかしらん」


「いいんじゃないっすか。そういうのがユーリさんのためにならないって判断されたら、今後は千駄ヶ谷さんがお断りしてくれますよ」


「うみゅう。そもそもユーリは格闘技に関してもコメントがお粗末だからにゃあ。すらすら答えられるうり坊ちゃんの姿が、まぶしく見えてたまらないぐらいじゃわい」


 ユーリと瓜子は例の撮影地獄の直後に、格闘技マガジンからの取材を受けていたのだ。その成果は、《アトミック・ガールズ》の七月大会の直前ぐらいに店頭に並べられてしまうはずであった。


「大会まで、ついに三週間を切っちゃいましたね。もう一週間足らずで調整期間っすよ」


「うみゅ。過酷で楽しいお稽古も残りわずかかあ。いつもながら、この時期は物寂しく感じてたまらないユーリちゃんですわん」


「そういう精神構造が、きっとユーリさんの強さの一因なんでしょうね」


 本日の仕事はこの取材で終了であったので、午後の早い時間から道場におもむくことができる。レム・プレスマンと卯月選手は早々に北米へと帰ってしまったので、もはや手合わせをすることもかなわないが、本日はまた出稽古のメンバーがフルで居揃う日取りであった。


「さて。それじゃあそろそろ自分たちも――」


 と、瓜子がそのように言いかけたとき、シャツの胸もとで携帯端末が震動した。

 それと同時に、ユーリのバッグから軽妙なるサウンドが鳴り響く。それもまた、携帯端末にメールを受信した音色であった。


「おりょりょ? ユーリにメールとは珍しいですにゃ。出稽古メンバーのどなたかかしらん」


「自分も何か受信しましたよ。誰かの一斉送信っすかね」


 とりあえず、瓜子とユーリはそれぞれの携帯端末を確認してみた。

 送信相手は――鞠山選手だ。件名は『どうだわよ?』で、何か画像が添付されている。


「わあ、かわゆらしい。これが噂の、魔法少女カフェの制服かしらん」


 どれどれと、瓜子も画像を拝見してみた。

 そこに写しだされたのは――確かに、魔法少女ともメイドさんともつかない、可愛らしいコスチュームである。白いフリルとリボンがあしらわれたエプロンドレスのごときコスチュームで、頭にもフリルのカチューシャのようなものをのせている。その飾り物がホワイトプリムなる名称を持つことも、瓜子たちはかつて鞠山選手から解説されていた。


 ただ問題は、その可愛らしいコスチュームを着込んでいる人物である。

 それは鞠山選手ではなく、男の子のようにさっぱりとしたショートヘアの、中性的な面立ちをした娘さんであった。


「なんでしょう? よく似合ってますけど、どうして小柴選手がこんな格好を――」


 瓜子がそんな疑念を呈すると同時に、携帯端末が着信を告げてきた。ディスプレイに表示されているのは、『小柴あかり』の五文字だ。


『も、もしもし! い、今、鞠山さんからおかしな画像が送られたりしませんでしたか!? も、もしも送られていたら、どうかそれは開かないまま削除してください!』


 携帯端末のスピーカーから、惑乱の極みにある小柴選手の声が聞こえてきた。

 まだ店内であったので、瓜子は窓のほうを向きながら、小声で答えてみせる。


「えーと、猪狩です。……申し訳ありませんが、数秒の差で間に合いませんでした」


 瓜子がそのように答えると、『ひゃわー!』としか聞こえないような可愛らしい悲鳴が響きわたった。


「いや、ちょっと落ち着いてください。いったい何があったんすか?」


『わ、わ、わたしは騙されたんです! よ、よりにもよって猪狩さんに画像を送りつけるなんて、ひどいですよー、鞠山さん!』


『やかましいだわよ』と、周波数が高いのにざらついた声が割り込んできた。


『わたいは何にも騙してないんだわよ。「モンキーワンダー」のメンバーとお近づきになりたいとか抜かすから、交換条件で働いてもらっただけなんだわよ』


『ちょ、ちょっと! 勝手に通話しないでください! き、聞こえてますか、猪狩さん? そういうことなんです! これは、鞠山さんのお店の制服なんです! わたしは好きこのんで、こんな格好をしたわけではないんです!』


 何か騒乱の気配が伝わってきた後、再び鞠山選手の声が聞こえてきた。


『最初っからハンズフリーにしとけばよかっただわよ。うり坊、聞こえてるだわね?』


「はい。聞こえてはいますけれど……いったい何の騒ぎっすか?」


『ちょっとしたアンケート調査だわよ。あんたはあかりの魔法少女コスについて、どう思っただわよ? A、可愛かった。B、可愛くなかった。さあ、すみやかに答えるだわよ』


 何やら怪しさ満点の質問である。

 しかし、自分の気持ちに嘘はつきたくなかったし、小柴選手の制服姿はあまりに可愛らしすぎた。


「えーと……それじゃあ、Aで」


 今度は、『ひゃわわあ!』という悲鳴が聞こえてきた。

 見た目ばかりでなく、悲鳴まで可愛い小柴選手である。もしかしたら、そう叫んでいる現在もなお魔法少女の姿なのだろうか。


『ご協力感謝するだわよ。今日もせいぜい血反吐を吐くまでトレーニングにいそしむことだわね』


「あの、ちょっと――」


 瓜子の呼びかけもむなしく、通話は打ち切られてしまった。

 そんな中、「ほい、送信っと」というユーリの声が聞こえてくる。瓜子が振り返ると、ユーリは操作し終えた携帯端末をバッグに戻しているさなかであった。


「ユーリさん。誰にメールを送ったんすか?」


「んにゃ? そりゃあ鞠山選手ですぞよ。うり坊ちゃんのメールには、すみやかに返信するだわよって書かれてなかったのにょ?」


 そういえば、瓜子はメールの本文を読む前に小柴選手からの着信を受けていたのだった。

 確認してみると、そこには『アンケート調査。A、可愛い。B、可愛くない。どちらか選んですみやかに返信するだわよ』と記されていた。


「いやあ、小柴選手って男の子っぽいお顔だと思ってたけど、ああいうフリフリが思いのほか似合っていたねえ」


 ユーリは呑気な顔で笑っていたが、瓜子は何かとてつもない悪事の片棒を担がされたような心地になってしまっていた。


「……これはいったい、どういう騒ぎだったんすかね?」


「んー? それはユーリにもわからんちん」


 その謎が解けたのは、出稽古のために新宿プレスマン道場までおもむいてきた小柴選手と面会を果たしてからのことであった。


                   ◇


「……鞠山さんが、次の試合はコスプレで出場しろって仰るんです」


 プレスマン道場の更衣室で着替えながら、小柴選手は憔悴しきった顔でそのように言いたてていた。


「鞠山さんのお古を仕立てなおすから、それを着て出場しろって……わたし、どうしたらいいんでしょう?」


「どうしたらも何も、嫌なら断りなよ」


 至極あっさりとそう答えたのは、練習用のウェアに首を通していた多賀崎選手であった。

 小柴選手は同じ表情のまま、恨めしそうに多賀崎選手を振り返る。


「でも、わたし……賭けに負けてしまったんです。みなさんのせいで」


「みなさんのせいって、何のことさ? もしかしたら、あのアンケート調査とかいうやつのこと?」


「そうですよ! みなさんの評判が悪かったら、鞠山さんもその提案を引っ込めてくれるって言ってたのに……!」


 鞠山選手は、合宿稽古に参加したメンバー全員にあのメッセージを送りつけていた。そしてその回答は、全員が「A」であったとのことである。


「だけどまあ、可愛かったのは事実だからねえ。全員ってことは、灰原さんやサキなんかも『A』だったわけだ?」


 小笠原選手の言葉に真っ赤になりながら、小柴選手は「そうです……」とうつむいてしまう。


「み、みなさんに恨み言をぶつけるのは筋違いなのでしょうけれど、そんな面白半分の答えのせいで、わたしは……」


「面白半分じゃないよ。実際、可愛かったし」

「うん。あたしもそう思ったよ。……桃園は?」

「はいはい。迷うことなく、『A』を連打しておりましたぁ」


 小柴選手は、いっそう赤くなってしまう。

 あまりに気の毒であったので、瓜子は口をつぐんでおくことにした。


「でもまあ、いいんじゃない? アンタはちょっとプレッシャーに弱いとこがあるから、これで少しは試合根性がつくかもね」


「コ、コスプレ衣装と試合根性にどういう因果関係があるんですか?」


「だってさ、そんなド派手なカッコして不甲斐ない試合したら、余計にぶざまでしょ。自分を追い込むには、案外有効かもしれないよ」


「…………」


「花さんって、そういうメンタル面のケアにも強いからさ。アンタのためによかれと思って、こんなことを考えついたんじゃないのかね」


「そ、そうなんでしょうか……? わたしはただからかわれてるようにしか思えないのですけれど……」


「いや、アンタを魔法少女カフェで働かせたのはからかい半分だと思うけど、試合に悪影響が出るような悪ふざけをするような人じゃないよ」


 そう言って、小笠原選手は白い歯をこぼした。


「ま、本当の本当に嫌だったら、アタシから花さんに言ってやるからさ。もういっぺん、自分できっちり考えてみな。とにかく大事なのは、試合で結果を出すことだよ」


 準備を終えた小笠原選手と多賀崎選手が、更衣室を出ていく。

 瓜子もそれを追おうとすると、小柴選手が「あの……」と呼び止めてきた。


「猪狩さんは……どう思いますか?」


「そうっすね。自分も小笠原選手と同じ意見です。嫌なら断固としてお断りするべきですけど、もしも自分にとってプラスになるって納得できたら、考えてみてもいんじゃないっすか?」


「……わたしがあんな格好で試合に出たら、猪狩さんに嫌われちゃいませんでしょうか……?」


「そんなことないっすよ。自分が鞠山選手や灰原選手のことを嫌ってるように見えますか?」


 すると小柴選手は、また顔を赤くしながらもじもじとし始めた。


「そ、それじゃあ、あの……わたしのあの格好って、本当に似合っていたんでしょうか……?」


「え? ああ、はい。可愛かったと思いますけど」


 小柴選手は両手で頬を覆いつつ、「ひゃー!」と悲鳴まじりの声をあげながら更衣室を出ていってしまった。

 その場に取り残された瓜子は、思わずユーリと顔を見合わせてしまう。


「えーと……自分これから、小柴選手ともスパーでガンガンぶん殴り合うんすよね」


「うんうん。そうとは思えないほど、スイートな空気が蔓延しておったねぇ」


 そんな一幕を経て、瓜子たちもその日のトレーニングに取りかかることになったのだった。

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