ACT.3 NEXT・ROCK FESTIVAL
01 会場入り
《アクセル・ジャパン》の一週間後、六月の最終日曜日である。
その日は、音楽と格闘技の祭典たる『NEXT・ROCK FESTIVAL』の当日であった。
会場は、日本国技会館。最大キャパは一万名強の、きわめて立派な会場だ。その名称にも示されている通り、本来は大相撲の興行を行うための施設であるが、その他の格闘技や音楽のライブ会場としても多く使用されている場であった。
そんな立派な会場からして、《NEXT》がこのイベントにどれだけ力を入れているかは歴然としていた。
また、人気バンド四組の力を借りれば、これで収益をあげることも可能であるという見込みであるのだろう。逆に言えば、それぐらい大きなイベントにしなければ、バンドの関係者に満足なギャラを渡すことも難しいのであろうと思われた。
何にせよ、大きなイベントであることに疑いはない。
ユーリとしては音楽部門の参加ということで、なかなか熱意をひねり出せない一面もあるようであったが。千駄ヶ谷も語っていた通り、これは《NEXT》やバンドのファンたちの目を《アトミック・ガールズ》に向けさせる、またとないチャンスであるのだ。格闘技部門に出場する小笠原選手や灰原選手ともども、力を振り絞りたいところであった。
「ううむ。ついにこの日が来てしまったねぃ。……本日の集客は、どれほどのものなのかしらん?」
「現時点では、七割がたチケットもさばけたみたいっすね。ってことは、ざっと七千人ってところっすか」
「七千人! これが普通の試合であれば、ユーリも小躍りするところなのだけどにゃあ」
会場前に到着しても、ユーリは往生際が悪かった。
「どうしたんすか? スタジオのリハでは、あんなに楽しそうだったじゃないっすか」
「リハと本番は違うよぉ。七千人のお客様がたに大ブーイングされたらどうしようという悪夢は、なかなかユーリの中から消え去ってくれないのです」
瓜子はしっかりとユーリの目を見つめて、心を込めて力づけることにした。
「ユーリさんなら、大丈夫っすよ。ユーリさんのお歌は、本当に素敵ですから。お歌の仕事は大変でしょうけど、これもアトミックの明るい未来につながると思って、どうか頑張ってください。自分にできることがあったら、全力でフォローします」
「うみゅみゅ? 今日のうり坊ちゃんは、何やら真剣モードだねぃ」
「はい。もう軽はずみにユーリさんを焚きつけたりはしないって、心に誓ったんすよ。そういう浅はかな真似は我が身に返ってくるって実感しましたから」
「にゃっはっは。まだ水着撮影のトラウマが消え去らないにょ? そうだねぃ。うり坊ちゃんだって頑張ったんだから、ユーリも頑張らないとにゃあ」
そこでユーリは、ぽんと手を打った。
「そうだ! 今からでも、うり坊ちゃんをバックダンサーとかに起用してもらえないかしらん? うり坊ちゃんがすぐそばにいてくれたら、ユーリも百人力なのです!」
「それは断固としてお断りします」
「ががーん! 乙女心と秋の空じゃのう……」
そんな益体もない会話を繰り広げているうちに、道路の向こうから真っ黒のボルボが急接近してきた。
重いエンジン音を響かせながら、その車が瓜子たちのそばに横づけされる。ウィンドウの向こうから現れたのは、もちろん千駄ヶ谷である。
「お待たせいたしました。車を収納してまいりますので、もう少々お待ちください」
本日は、千駄ヶ谷も同行する手はずであったのだ。スタジオにおけるリハーサルといい、千駄ヶ谷がこのたびのイベントにどれだけの熱意を持っているかは歴然としていた。
やがて徒歩で舞い戻ってきた千駄ヶ谷と合流し、いざ会場入りする。
関係者専用の入場口でバックステージパスを受け取り、薄暗い通路を通ってステージのほうに出向いてみると、すでにそちらでは音楽部門のリハーサルが開始されていた。
こちらの舞台は地下に設計されており、一階の升席から見下ろす格好である。
それなりに広々とした空間の中央に、八角形の試合場と長方形の音楽ステージが並べられている。ケージの試合場のすぐかたわらでロックバンドの演奏が為されるというのは、やはりなかなか奇怪な光景であった。
「あ、猪狩さんとユーリさんじゃないですかぁ。どうもお疲れ様ですぅ」
と、升席でくつろいでいた何者かが間延びした声で呼びかけてくる。
その声だけで、もう正体は知れていた。今日のイベントで音楽部門に出演する、『オーギュスト』のリーダーたるイリア選手である。
「あ、どうもお疲れ様です。こちらは自分の上司の千駄ヶ谷さんです。……千駄ヶ谷さん、こちらは『オーギュスト』のイリア選手です」
「初めまして。スターゲイトの千駄ヶ谷と申します」
千駄ヶ谷が名刺を差し出すと、イリア選手はきょとんとしながらそれを受け取った。
「どうもご丁寧に、ありがとうございますぅ。……ええと、猪狩さんって何のお仕事をされてるんですかぁ?」
「あ、ご存じなかったですか。スターゲイトはユーリさんのマネージメント業務を請け負っていて、自分はそこの契約社員なんです」
「へええ。それじゃあ猪狩さんは、ユーリさんのマネージャーってことですかぁ。ボク、猪狩さんはユーリさんと一緒にモデルだとかアイドル活動だとかを頑張ってるのかと思ってましたぁ。猪狩さんの水着姿、とっても素敵でしたからねぇ」
瓜子は軽く立ち眩みを覚えながら、「とんでもありません」とだけ答えておいた。
本日のイリア選手は上下ともにぴったりとした黒地のウェアであったが、首から上は以前に見た通りだ。セミロングの黒髪は前髪までまとめて後ろで無造作にくくられており、無個性きわまりないのっぺりとした素顔を衆目にさらしている。その面長の顔に浮かべられているのは、のほほんとしたつかみどころのない笑みだ。
「あ、名刺入れは控え室に置いてきちゃったんで、あとでお渡ししますねぇ。ユーリさんは、これからリハですかぁ?」
「はぁい、そうですぅ。イリア選手も、これからですかぁ?」
「いえいえ、ボクらのパートはちょうど終わったところですぅ。メンバーたちは、どこかに遊びに行っちゃいましたぁ」
相変わらず、ユーリとイリア選手の掛け合いは眠たくなってきてしまう。
そんな睡魔に見舞われた様子もなく、千駄ヶ谷は階下のステージを見下ろした。
「あちらはイリア選手と共演される『ザ・フロイド』の方々ですね。本日は逆リハですので、次が『ワンド・ペイジ』とのリハーサルになります。ユーリ選手、準備を急ぎましょう」
「あ、『ワンド・ペイジ』のお人らは遅刻みたいですよぉ。さっき、スタッフのお人らが大慌てで話しているのが聞こえましたぁ」
イリア選手ののんびりとした声に、千駄ヶ谷は「遅刻?」とふちなし眼鏡の奥の目を光らせた。
「そうですか……ヴォーカル&ギターの山寺氏は気分屋ゆえに遅刻も多いと聞き及んでいましたが……時間を厳守できないというのは、プロにあるまじき行為ですね」
「そうですかぁ? 海外なんて、けっこうしっちゃかめっちゃかですよぉ。スタッフどころか器材が届かないなんてこともしょっちゅうでしたしねぇ」
千駄ヶ谷の眼光に怯んだ様子もなく、イリア選手はのほほんと笑っている。
すると、通路のほうから賑やかな一団がどやどやと近づいてきた。
「あ、千駄ヶ谷さん、おはよぉ。今日も変わらず美人だねぇ」
それは『ワンド・ペイジ』ではなく、『ベイビー・アピール』の面々であった。軽口を叩いたのは、もちろんヴォーカル&ギターの漆原である。
「……おはようございます。ずいぶんお早い到着でしたね」
「うん。だって今日のリハ順って、俺らの前がワンドだったっしょ? あいつら遅刻の常習犯だから、いざというときには順番を代われるように、早めに出向いてきたんだぁ」
痩せぎすの端整な顔に無邪気な笑みをたたえた漆原が、甘えるような声でそのように言いたてた。
千駄ヶ谷は眉ひとつ動かさずに、その笑顔を見返している。
「それは、ありがたい申し出です。『ベイビー・アピール』も遅刻の常習犯であるとうかがっていたので、私も懸念を抱いていたのですが、とんだ杞憂であったようですね」
「だって今日は、千駄ヶ谷さんの絡んだ特別な日だからさ。……感謝してるなら、連絡先を交換してくれない?」
「私の連絡先はマネージャーの方にお伝えしてあるとお答えしたはずです」
「だから、社用じゃなくプライベートの連絡先だって、俺も前に言ったよね?」
どうやら漆原は、いまだに千駄ヶ谷にご執心であるようだった。
が、千駄ヶ谷は機械の部品でも見るような目で漆原を見返している。
「仕事の関係者とプライベートの交流を持つことは、社則で禁じられています。間もなく定刻となりますので、ご準備のほうをどうぞ」
「ちぇー、今日もつれないなあ。……あ、ユーリちゃんに瓜子ちゃんもおはようさん。今日はどうぞよろしくねぇ」
「はぁい。どうぞよろしくお願いいたしますぅ」
そうして瓜子たちは、『ベイビー・アピール』の面々と合流して階下の舞台を目指すことになった。
すると何故だか、イリア選手までひょこひょことついてくる。
「イリア選手は、『ザ・フロイド』の方々にご用事ですか?」
「いえいえ。ユーリさんのリハを拝見しようと思いましてぇ。ボク、ユーリさんのファンですからぁ」
そういえば、彼女は撮影現場でもそのようなことをのたまわっていたのだ。大阪大会のユーリのステージが、それほどお気に召したのであろうか。
しばらくして、『ザ・フロイド』のリハーサルは終了する。
彼らはやたらと陰気であり、こちらが挨拶をしてもほとんど無反応であった。楽器の管理はローディーに一任しており、舞台から降りると手ぶらでどこへともなく立ち去ってしまう。
いっぽう『ベイビー・アピール』の面々は自前で楽器を抱えており、マネージャーもローディーも見当たらなかった。千駄ヶ谷いわく、彼らはインディーズ時代からの質実なスタイルを貫いており、いまだにメンバー全員でひとつのバンに乗り込み、あちこちのライブハウスに出向いているのだそうだ。
そうしてセッティングが完了し、ユーリの歌声が早々に披露されると、漆原たちはそろって驚嘆の声をあげることになった。
「どうしたの、ユーリちゃん? すっげえ歌がよくなってるじゃん。なんか、ドーピングでもキメちゃった?」
「いえいえぇ。歌には感情を込めるべしってご指摘をいただいたので、ちょっぴり意識してみたのですぅ。どこかおかしくなかったですかぁ?」
「おかしいどころか、べりべりひと皮剥けた感じだよ。こりゃあ楽しい夜になりそうだなぁ」
ユーリはステージの環境になんのこだわりも持っていなかったので――というか、その環境に注文をつけるだけの音楽的知識も持ち合わせていなかったので、至極すみやかにリハーサルは終了してしまった。
仕事を終えた漆原は、また千駄ヶ谷にべたべたとつきまとっている。いっぽう残りの三名はこちらに襲撃してきたので、瓜子が盾となる場面であった。
「この前はリハに熱中しちゃって、なんにもおしゃべりできなかったもんなあ。今日こそたっぷり交流を深めようぜ?」
「ステージが終わったら、飲みに行こうよ。今日のギャラで、おごっちゃうからさ」
「申し訳ありません。自分たちも、仕事関係の方々とプライベートの交流を持つことは禁止されていますので……」
「打ち上げなんて、仕事の一環じゃん。堅いこと言わないで楽しもうよ」
「俺の彼女も、ユーリちゃんに会えるのを楽しみにしてるんだよ。あ、後でサインもお願いね」
瓜子はユーリのボディガードを任じているので、こういった騒ぎにも耐性がついていた。
それに彼らは、これまでに問題を起こしてきた一部の厄介なファンたちに比べれば、べつだんそれほど悪質でもなかった。また、芸能関係のお偉方やスタッフや出演者たちなどには、もっとえげつない人々が山ほど存在していたのである。
(なんていうか、年下のファンに囲まれてるような心地だな。みんな、けっこう強面なのに)
瓜子がそんな風に考えていると、スキンヘッドのベーシストが「あっ!」と大きな声をあげた。
「やべえ、小笠原さんだ。やっぱ実物もかっけえなあ」
振り返ると、小笠原選手が小柴選手と男性のコーチを引き連れて、こちらに近づいてくるところであった。
「や、お疲れさん。そちらは桃園と共演するバンドの方々かな?」
『ベイビー・アピール』の強面たちに臆することなく、小笠原選手が笑いかけてくる。身長百七十八センチの彼女は、この場の誰よりも背が高かった。
「あ、はい。どうもお疲れ様です。こちらの方々は――」
「ど、どうも。『ベイビー・アピール』のタツヤと申します。小笠原さんの試合は、いっつもチェックしてます」
他のメンバーを押しのけて、スキンヘッドが一礼する。彼も不健康そうな面がまえで、両腕にけっこうなタトゥーが入れられていたが、ひょっとすると二十五歳になったばかりの小笠原選手と同世代ぐらいなのかもしれなかった。
「あ、あの、あとでサインとかもらえますか? 色紙は準備してきてるんで」
「え、サイン? そんなの、そちらさんが書いてあげる側なんじゃないの?」
「そんなことないですよ。俺、男の試合しか興味なかったんですけど、小笠原さんの試合を《NEXT》で観て、マジでかっけえと思いました」
スキンヘッドのタツヤ氏はとても熱心で、少年のような眼差しになってしまっている。
それを見返しながら、小笠原選手は「ふうん」と笑った。
「そいつは、もったいないことしたね。アトミックの試合とか、観てないの?」
「あ、ドラムの彼女がユーリちゃんのフリークなんで、毎回録画したやつを観せてもらってます。小笠原さん以外の試合は、飛ばしちゃってますけど」
「だから、それがもったいないんだよ。桃園の試合とか、観てないの? そっちの猪狩のは?」
「ああ、ユーリちゃんと小笠原さんの試合は観ましたけど……正直、興味は持てませんでした。小笠原さんが負けちゃったのが悔しいって以前に、まともな試合になってなかったっていうか……俺、喧嘩マッチとかは興味ないんですよね」
「あはは。そいつは桃園の自業自得だ」
思わぬご指摘を受けてしまい、ユーリは「はいぃ」と縮こまってしまった。
「ま、アタシとの試合はロクでもなかったけど、それ以外の試合は大したもんだよ。桃園だけじゃなく、そっちの猪狩もね。よかったら、先月の分でも観てほしいところだなあ。どっちも、凄い試合だったからさ」
そう言って、小笠原選手は白い歯をこぼした。
「そうしたら、女子格闘技の面白さがわかるかもよ? アタシきっかけでアトミックのファンが増えたら、ありがたいところだね」
「わ、わかりました。試しに観てみます。……それであの、サインのほうは……」
「これからルールミーティングだからさ。よかったら、その後にでも」
本日は、音楽部門のリハーサルの間に、格闘技部門のルールミーティングがはさみ込まれていたのだ。よって、それまでに二組のバンドのリハーサルを終えていないと、たいそう面倒な事態になっていたわけである。
そうしてこちらが語らっている間に、本日の出場選手がぞろぞろと降りてくる。それに押し出されるようにして、『ベイビー・アピール』の面々は退散していくことになった。
「いやあ、助かりました。小笠原選手は、物怖じしないっすね。自分も見習わないといけません」
「ふうん? 猪狩だって、誰にも物怖じしなそうだけど」
「物怖じっていうか、自分はすぐに頭に血がのぼっちゃうもんで……」
「あはは。さすが『ガトリング・ラッシュ』だね」
瓜子が頭をかいていると、会話が途切れるのを待ちかまえていたらしい小柴選手がぴょこんと頭を下げてきた。
「ど、どうもご無沙汰しておりました! みなさん、お元気そうで何よりです!」
「小柴選手も、お疲れ様です。……でも、ご無沙汰っすか? 一昨日にも出稽古でご一緒しましたけど」
「え、あの、その、間に一日空いていましたから……」
小柴選手も、相変わらずの様子であった。
そして、最後の一名たる壮年の男性である。その人物にも、瓜子は見覚えがあった。
「ええと、たしか大阪大会でご挨拶をさせていただきましたよね?」
「ああ。あのときは、うちの花子が世話になったね」
それは鞠山選手の所属する天覇ZEROのコーチであったのだ。小笠原選手はMMAの試合の際、出稽古で懇意になったお相手にセコンドをお願いしていたのだった。
「今日は花子も、いちおう出場するからさ。せっかくだから、そいつも拝見しようと思ってね」
「いちおうとは、どういう言い草だわよ! わたいだって、今日の主役のひとりなんだわよ!」
と、けたたましい声が背後から爆発する。噂の主が、こっそり接近していたのだ。
そして、その脇から飛び出してきた人影が、瓜子にからみついてくる。髪を下ろして平常モードの灰原選手である。
「よー、元気にやってた、イノシシ娘? 今日もアイドルちゃんのお守り、ご苦労さん!」
「騒がしくしちまって、申し訳ないね。……みんな、それぞれおひさしぶり」
と、多賀崎選手も近づいてくる。本日は、彼女が灰原選手のセコンドであったのだ。
瓜子の首に肉感的な腕を回しながら、灰原選手は足もとをキッとにらみつけた。
「で、あんたはそこで何をやってるわけ? 鬱陶しいから、仲間ヅラしないでくれる?」
「やだなぁ、そんなつもりはありませんよぉ。ボク、あなたのことよく知りませんしぃ」
イリア選手もいまだ健在で、ステージ脇に積まれた器材ボックスに寄りかかって膝を抱え込んでいたのだ。
なんだか、役者がそろってしまった。
本日、この場に集結する《アトミック・ガールズ》の関係者は、これで総勢であるのだ。灰原選手はつれないことを言っているが、本日はアウェイである《NEXT》の会場で、このメンバーが《アトミック・ガールズ》の底力を見せてつけてやらなければならないはずであった。
(なかなか心強いメンバーじゃん)
瓜子がそんな風に考えていると、小笠原選手が「でさ」と声をあげた。
「そちらの御方は、どなたさん? なんか、すっごい目で猪狩の後頭部を凝視してるけど」
瓜子は灰原選手にからみつかれたまま、おそるおそる背後を振り返った。
そこに立ちはだかっていたのは、もちろん千駄ヶ谷だ。漆原がメンバーともども撤退したならば、千駄ヶ谷も自由の身となっていたのである。
「……猪狩さん。本日の業務をお忘れではないでしょうね?」
「はい! 自分の役割は、ユーリさんのケアとサポートです!」
灰原選手がうろんげに眉をひそめてから、「ああ!」と陽気な声をあげた。
「わかったわかった。このおねーさんが、うり坊の上司ってわけね! あー、確かにこりゃあ手ごわそうだわ」
「は、灰原選手! 滅多なこと言わないでくださいよ!」
「だいじょぶだいじょぶ。あたし、口は堅いから! うり坊の立場が悪くなるようなことは、なんにも言わないって!」
「……口は堅くても、頭がゆるいんだわよ」
鞠山選手の指摘通り、それは瓜子の罪を口走ったも同然の行いであった。瓜子はかつての合宿稽古において、ついついスターゲイトにおける業務上の愚痴や不満などをこぼしてしまっていたのだ。聡明なる千駄ヶ谷であれば、この一連の会話から瓜子の不実な行いを察することなど容易であろう。
かくして、『NEXT・ROCK FESTIVAL』はささやかなハプニングを内包しつつ、粛々と開始の準備が進められていったのだった。
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