エピローグ 狂騒の宴

・本日は2話同時更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。

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「おら、瓜! 何をひとりで呆けてやがる! 先輩様に酌をする知恵も回らねーのか?」


 姉との電話を終えた後もひとりで感慨にふけっていた瓜子は、突如としてサキに怒鳴りつけられることになってしまった。

「押忍」と応じつつ宴会の場に戻ってみると、サキが据わった目つきでにらみあげてくる。浴衣をはだけてあぐらをかいて、普段以上のワイルドさだ。


「ちょ、ちょっと、お行儀が悪いっすよ、サキさん。今日は男性陣もいるんすから……」


「うるせーなあ。オス猫どもなんざ、ほっとけよ。いいから、とっとと座りやがれ」


 レオポン選手が席を空けてくれたので、瓜子はサキの隣に腰を下ろした。

 とたんに、そのしなやかな腕で首を巻き取られてしまう。


「おめーなあ、宴会の主役がふらふらほっつき歩いてんじゃねーよ。あんまナメた真似してっと、ただじゃおかねーぞ?」


「お、押忍。……サキさん、酔ってるんすか?」


「うるせー、ちびタコ! ビールぐれーで、アタシが酔うかよ!」


 しかしサキの身体は常にないほど火照っていたし、とうていシラフの言動とも思えなかった。

 すると、別の輪で語らっていたジョンが楽しげな笑顔を向けてくる。


「ウリコがカてて、サキもスゴくウレしそうだったからねー。ついついおサケがススんじゃったんじゃないかなー?」


「うるせーぞ、タコ坊主! このちびタコが勝てたのは、アタシらのおかげだろうが!」


 そうしてわめきたてるなり、サキは全体重をかけて瓜子にもたれかかってきた。

 そしていきなり擦り傷のある右頬に頬ずりをされたものだから、瓜子は思わず「わわ」と声をあげてしまう。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください、サキさん。そっちは怪我してるんで、ちょっと痛いっす」


「うるせーよ。先輩様にさからうんじゃねー」


 そんな風に言いながら、今度はこめかみのあたりに額をぐりぐり押しつけてくる。長年の憧れであったサキに過剰なスキンシップを求められて、瓜子はどのような感慨を抱くべきかもわからなくなってしまった。


「ったくよー。アタシが必死こいてぶちのめしたピエロ女を、たった一発でKOしやがって。さぞかしいい気分だろうなー、おい?」


「そ、それも全部、サキさんたちのおかげっすよ」


「うるせー、ちびタコ。だいたいおめーは、生意気なんだよ。可愛いツラして、凶悪なパンチ振るいやがって……」


 サキのハスキーな声が、普段より熱い吐息とともに耳の中に注ぎ込まれてくる。

 それもまた、瓜子を惑乱させてならなかった。


「あー、飲んだらヤニが欲しくなっちまったな。おめーのを一本よこせや」


「いや、そんなもん持ってるわけないじゃないっすか。あっても、喫っちゃ駄目っすよ」


「だったら代わりに、なんか吸わせろや」


「な、なんかってなんすか?」


「知らねーよ。手前で考えやがれ」


 かすれた声で言いながら、サキが瓜子の首にかけた手の先で、鎖骨の線をなぞり始めた。その常にないあやしげな指づかいに、瓜子はいっそう惑乱してしまう。


「なんや、おさわり自由なん? そないしたら、うちも寄させてもらおかぁ」


 と、逆の側からは雅選手がもたれかかってきた。

 もはや瓜子は、二頭の大蛇にからみつかれたような心地である。


「おめー、べたべたひっつくんじゃねーよ。このちびタコは、アタシんだ」


「ええやないの。お肌すべすべでたまらんわぁ」


「ちょ、ちょっと! 二人して、へんなとこ触らないでくださいよ!」


 すると、正面からこの光景を眺めていたレオポン選手と竹原選手が「うわあ……」と感嘆のつぶやきを合唱させた。


「ヒ、ヒロキさん。俺、なんか、すっげーヤバいもん見ちゃってる気分ッス」


「奇遇だな。俺もだよ」


「の、のんきなこと言ってないで、助けてくださいよ! シャレになってないっすから!」


「うん、了解。……おーい、ユーリちゃん。大事な瓜子ちゃんがえらいことになってるぞー」


 少し離れた場所から、「にゅわー!」という雄叫びが轟いた。


「ナニをやっておられるのですか、サキたんと雅選手! セクハラは禁止でありますぞー!」


「うるせー。ひっこんでろ、乳牛」


「せやせや。合意やったらセクハラちゃうんやで」


「えっ! 合意なの!?」


「断固として違います! マジでピンチです!」


「りょうかーい!」と吠えるなり、ユーリが頭から突っ込んできた。

 いったい何がどうしてどうなったのか。混乱状態の中で何者かに頭突きをくらわされた瓜子は一瞬だけ意識が飛び、気づいたときにはユーリのやわらかい腕に抱きすくめられていた。


「人が嫌がることをしたら駄目なのです! お酒は節度をもって楽しまなければいけないのですよー、サキたん! 雅選手!」


 サキと雅選手は畳にひっくり返っており、レオポン選手たちは「おおー」と拍手をしていた。

 サキは頭を振りながら、「いってーなあ」と身を起こす。


「おめー、アタシにケンカ売る気だな? 上等だ、今日こそおめーをミンチにしてやんよ」


「うちも手伝うでぇ、サキちゃん。こないな物体に後れを取るやなんて、末代までの恥やさかいなぁ」


「どんなに凄んだって、今のは絶対に二人が悪いのー! うり坊ちゃんが嫌がることをするなんて、絶対の絶対に駄目なんだからー!」


 ユーリは全身鳥肌まみれであるはずだが、瓜子の身体をひしと抱きしめて、決して離そうとしなかった。

 少し離れたところでは、ベリーニャ選手と赤星弥生子がきょとんとした顔でこの乱痴気騒ぎを見守っている。ジョンやマリア選手は満面の笑みで、青田コーチは仏頂面、大江山すみれはいつもの微笑みだ。


 そんな人々に見守られながら、瓜子は首をねじ曲げてユーリの顔を仰ぎ見る。

 ユーリは子猫を守る親猫さながらに、炯々と光る目でサキや雅選手らをにらみ返していた。


「あ、ありがとうございます。……こんなにユーリさんを頼もしく思ったのは、出会って初めてかもしれません」


「謝礼には及びませぬ! それが合意でない限り、うり坊ちゃんの貞操はユーリが生命を賭してでも守るのですっ!」


「そ、そういう台詞は、公衆の面前では控えてほしいっす」


 その後は、騒ぎを聞きつけた仲居さんが飛んでくるまで、ユーリ&瓜子vsサキ&雅選手という悪夢のような乱闘騒ぎが勃発したわけであるのだが――何にせよ、瓜子にとって忘れられない一夜になったことだけは確かであるようだった。

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