05 決着

(あたしの突進力で、かき乱す)


 サキからもらった助言を胸に、瓜子はイリア選手のもとまで突進した。

 しかしもちろん、迂闊に相手の間合いに入ることはできない。瓜子は間合いの外から大振りの右フックを繰り出して、相手を威嚇してみせた。


 イリア選手はゆったりとした大股のステップで、瓜子のインサイドに逃げていく。

 瓜子はすかさず、そちらに左ジャブを放ってみせた。

 さらに、奥足からのアウトロー。

 間合いが遠いので当たりはしないが、瓜子がどれだけのラッシュ力を持っているかは伝わったはずであった。


(それでもって――)


 と、瓜子は身を屈めて相手の前足に腕をのばした。

 その途中で手を引っ込めると、鼻先に風圧が走り抜けていく。イリア選手が「アルマータ」でカウンターを狙ってきたのだ。


(うん、悪くない)


 瓜子のタックルのフェイントで、相手は空振りをした。こちらの狙い通りに空振りをさせたのだから、こちらの勝ちだ。それらの小さな勝敗の積み重ねが、試合のリズムの奪い合いを左右するのだった。


(本当にこの選手は、一点特化型だからな)


 イリア選手ほど穴の多いプロファイターというものを、瓜子は他に知らなかった。

 まずイリア選手は、寝技や組み技というものを一切習得していない。

 また、パンチはバックハンドブローのみで、ジャブやストレートすら使えない。

 その代わりに、体さばきと蹴り技だけは超一級である。寝技と組み技の稽古を放棄する代わりに、彼女はカポエイラの回避動作を磨きあげ、驚くべき戦績を積み上げてきたのだった。


(でも、相手から組んでこないってことが百パーセント保証されてるなら、こんなありがたい話はないさ)


 そんな思いを抱きつつ、瓜子は積極的に手を出し続けた。

 ブーイングではなく歓声が巻き起こり、その向こう側から「一分経過!」というユーリの声が聞こえてくる。


 瓜子は再び、オーバースイングの右フックを繰り出した。

 それをやりすごしてから、イリア選手がひたりと間合いの内に踏み込んでくる。

 正面を向いたまま蹴り足を半月のように旋回させる、「ケイシャーダ」という技だ。

 瓜子がバックステップすると、イリア選手の右足が楕円を描いて虚空を切り裂く。


 その足がマットを踏む前にと、瓜子は自分から間合いに入った。

 このタイミングなら、こっちの攻撃を当てられる。

 スピード重視の、左のショートフックだ。

 白く塗られたピエロ面を目指して、瓜子は左拳を繰り出した。


 だが――その風圧に押されるようにして、イリア選手の頭部が右側に倒れ込んでいく。

 何か、猛烈に嫌な予感がした。

 その予感は、左側頭部に炸裂する激しい衝撃として具現化した。


 まったくわけもわからぬまま、瓜子はマットに倒れ込む。

 慌てて身を起こそうとした瓜子の耳に、「ダウン!」というレフェリーの声が飛び込んできた。


 瓜子が顔を上げると、イリア選手の姿がなかった。

 視界の右端に、ちらりと何かの影が動く。そちらに目をやると、イリア選手はまた身体をくねらせながらニュートラルコーナーを目指していた。


 正面にいたはずのイリア選手が、右側にいる。

 それでようやく、瓜子は状況を理解することができた。

 瓜子の左フックから逃げるように身体を倒したイリア選手は、両手をマットにつき、今度は本当に側転の動きをしながら、宙に振り上げたどちらかの足で、瓜子の左側頭部を蹴り抜いたのだ。


 それも「シバータ」の一種であるらしいと、サキからはそのように聞かされていた。軸足をマットから離さない「シバータ」と、本当に側転をしてしまう「シバータ」では、また蹴り足の軌道も変わってくるので、厄介だ――と、サキはそのように言っていたはずであった。


(……でも、威力はそこまでじゃない)


 瓜子はマウスピースを噛みしめながら立ち上がり、カウントシックスでファイティングポーズを取ってみせた。


(あんな至近距離であんな技をとっさに出せる反射神経と身体能力は大したもんだけど……そこで正確に急所を狙えるようだったら、それこそ神業だもんな)


 瓜子としては、「蹴られた」というよりは「ぶつかった」というような感触であった。

 左側頭部には衝撃の余韻が残されているが、痛みなどは感じない。おそらくは、足の甲やかかとや脛ではなく、ふくらはぎか何かが衝突したのだろう。そうでなければ、昏倒するのが必然であった。


(こうやってポイントを稼ぎながら時間いっぱい逃げきるってのが、相手の勝ちパターンなんだ。そうはさせてたまるもんか)


 そうして瓜子が足を踏み出すのと同時に、「二分半経過! あと半分だよー!」というユーリの声が聞こえてくる。

 半分の時間で一回のダウンならば――と、瓜子は変わらぬ勢いで突っ込んでみせた。

 このラウンドで、もう一回ぐらいはダウンを奪われてもいい。それぐらいの覚悟がなければ、イリア選手のペースを乱すことはできないように思った。


 瓜子は遠い間合いから、ミドルやフックを繰り出してみせる。

 イリア選手は、サイドステップでその攻撃を回避した。

 ならばと、再びタックルのフェイントを見せる。

 今度は、後方に逃げられた。


 相手の攻撃の手が止まっている。

 まさかスタミナが尽きたことはないだろうから、瓜子の勢いに恐れをなしたか――それなら、勝機も生まれるはずであった。


 瓜子は愚直に、前進してみせる。

 それを嫌うように、イリア選手は前蹴りを繰り出してきた。

 キックや空手とさほどモーションも変わらないが、これもカポエイラの技であるはずだ。

 どん、と胸の辺りを突かれたが、どうということもなかった。


 瓜子は、さらに前進する。

 相手の身体が、ふっと沈んだ。再びの、水面蹴りである。

 しかし間合いに入るか入らないかという距離であったため、瓜子が軽く前足を上げるだけで、それをすかすことができる。


 相手が身を起こすと同時に、瓜子は足を踏み込んだ。

 完全に、間合いの内である。

 イリア選手が腰をねじり、上半身だけ背中を見せた。

 後ろ回しの「アルマーダ」である。

 その蹴り足が一拍遅れて繰り出されるより早く、瓜子は右ストレートを放ってみせた。


 瓜子の拳は背中に浅く当たり、体勢を崩したイリア選手は横合いに跳び撥ねる。

 それと同時に、「四分経過!」の声が響いた。

 イリア選手は空中で横回転して、マットに着地した。

 それを目指して、瓜子は突進する。

 あっという間に、間合いの内だ。


 しかしイリア選手は、攻撃を出そうとしなかった。

 そのまま大股のステップで下がろうとする。


 瓜子を誘っているのかもしれない。

 しかし、それでかまわなかった。あと一回のダウンは、許容範囲だ。

 瓜子は突進の勢いのままに、再び右ストレートを繰り出した。


 イリア選手は、アウトサイドに逃げていく。

 その右肩に、浅く拳が当たった。


 瓜子は右腕を引きながら、右足を軸にして左回転し、左のバックハンドブローを繰り出した。

 イリア選手が接近を試みていればヒットしていたはずであったが、これは空振りだ。イリア選手は、そのままサイドステップで遠ざかろうとしていた。


 その先には、ニュートラルコーナーが迫っている。

 ついにイリア選手を、そこまで追い込むことがかなったのだ。

 ここで手を緩めてなるものかと、瓜子はさらに追いかけた。


 スペースがせまいために、側転することはできないだろう。

 しかし、軸足を離さない「シバータ」ならば繰り出せるかもしれない。

 一瞬でそこまで思考しながら、瓜子はおたがいの間合いに踏み込み、おもいきり右足を振り上げた。


 それと同時に、イリア選手はまた右側に腰をねじる。

「シバータ」ではなく、後ろ回しの「アルマーダ」か――

 いや、それはバックハンドブローであった。


 頭部をガードした瓜子の右腕に、イリア選手の右腕がぶち当たる。

 瓜子の右足は、膝のすぐ下あたりがイリア選手の腰にぶつかっていた。イリア選手が回転したことで、打点がずれてしまったのだ。


 二人の距離は、ものすごく詰まっている。

 この試合中、瓜子がイリア選手にここまで接近できたのは、初めてのことであった。

 そうして瓜子が、ほとんど反射的に相手の胴体に組みついたとき――第二ラウンド終了のゴングが鳴り響いた。


 瓜子は大きく息をつき、イリア選手から身を離す。

 イリア選手は一瞬だけ感情の読めない目つきで瓜子を見下ろしてから、なんのパフォーマンスもなく赤コーナーへと向かっていった。


「よーし、上出来だ。八十点をくれてやんよ」


 サキの手が、またタオルで瓜子の頭をわしゃわしゃとかき回してくる。


「どうせ判定で勝てる相手じゃねーんだから、ダウンなんざはどうでもいい。大したダメージもねーんだろ?」


「押忍。問題ありません」


「ウリコは、ガンジョウだねー。あのイキオいだったらクリーヒットじゃなくても、フツウはダメージをもらうハズだよー」


「へへん。脅威の骨密度が、頑丈さの秘訣なんだろ」


 サキやジョンたちの昂揚が、瓜子のくたびれた身体に新たな活力を注いでくれた。ユーリもまた、ふんすふんすと鼻息を荒くしながら、瓜子の首裏を冷やしてくれている。


「この勢いで攻めたてりゃあ、どっかでボロが出るはずだ。ただ、あいつはまだ第二形態を見せてねー。そいつに惑わされるんじゃねーぞ?」


「押忍」


「タックルのフェイントもキいてるよー。ホントウにタックルをキめるキモちで、どんどんイれていこー」


「押忍」


「あのね、うり坊ちゃん、すっごくかっちょいい! ユーリはもうワクワクドキドキがとまんないよー!」


「押忍。……それは試合の後でもいいっすか?」


「ごめんねー! ほとばしる気持ちを止められなかったの!」


 ユーリが輝くような笑顔でドリンクボトルを差し出してきたので、瓜子はひと口だけ水分を補給することにした。

 肉体は、動いた分だけ消耗している。このラウンドは、ほとんど動きっぱなしであったのだ。

 しかし、頭ばかりを使っていた一ラウンド目と比べれば、むしろ心地好いぐらいであった。


『セコンドアウト』のアナウンスが響き、ジョンたちは退いていく。

 マウスピースをくわえなおした瓜子は、うねるような闘志を胸に、イリア選手と向かい合うことができた。


「ファイト!」というレフェリーの号令を聞きながら、瓜子は突進する。

 イリア選手は――リングのほぼ中央で、ぴたりと半身にかまえていた。

 サキが言っていた、イリア選手の第二形態である。

 足は大きく左右に開いて、瓜子に左の半身を見せている。自分から動くことを放棄して、完全にカウンターの体勢を取っているのだ。


 動きながらでも、あれだけ巧みなカウンターを見せていたイリア選手である。

 それが全神経を集中して、カウンターだけに備えている。しかも彼女は、この体勢から即座にアクロバティックな攻撃へと移行することが可能であるのだ。


(でも、ようやくここまで辿り着けたんだ)


 派手好きなパフォーマーである彼女がこのスタイルを見せるのは、試合で追い込まれたときのみであった。そしてここから、数々の逆転勝ちを収めてきたのである。

 それでも勝負を譲らなかったのは、二名のみ――サキと、亜藤あとう選手というトップファイターのみである。


 サキは華麗なるアウトスタイルの立ち技で、亜藤選手は卓越した組み技の技術で、このスタイルを切り崩した。

 瓜子の武器となるのは――やはり、突貫ラッシュのみであった。


(行くぞ!)


 瓜子は、遠い間合いから左のローを繰り出した。

 イリア選手は左足を引いて、今度は右の半身となる。

 瓜子がアウトサイドにステップを踏むと、右の前足を軸にして小刻みに回転し、同じ角度をキープした。


 瓜子はアウトサイドに回る過程でわずかに間合いを詰め、今度は奥足からの右ローを繰り出してみせた。

 瞬間――イリア選手の身体が、ぎゅるんと右回転した。

 同時に上体が倒されて、左足が弧を描く。軸足をついたままの、「シバータ」だ。


 瓜子は両腕でその蹴りをブロックしながら、相手の軸足を蹴りつけることになった。

 おたがいに、威力は半減である。

 そして、ここからが瓜子の勝負であった。


 上体を起こしたイリア選手に、左のショートフックを繰り出す。

 左半身になっていたイリア選手は、左足を引いて間合いの外に逃げた。

 それを追いかけて、瓜子は右のストレートを繰り出した。

 やはりイリア選手は、前足を引いて体勢を入れ替えることで、それを回避する。


 しかし、その逃げ方はいつまでも続けられない。現に、後方のロープはもうすぐそこまで迫っていた。

 サイドステップに切り替えて左右に逃げるか、反撃に転じてくるか――


 瓜子はかまわず、左ジャブを繰り出した。

 イリア選手は、スウェーバックでそれを回避する。

 いや――その身体が、また瓜子の拳の風圧に押されるようにして倒れ込んでいた。瓜子に左半身を見せた状態で、側転の体勢となったのだ。


 しかしその先はロープであるので、側転することはできない。

 ならば再びの、軸足をつけた「シバータ」か。

 これまでとは角度が異なるので、どのような軌道で蹴り足が襲ってくるかも予測できない。瓜子はほとんど本能で、頭を抱え込んでいた。


 その腕に、激しい衝撃が走り抜ける。

 勢いに押されて体勢を崩しながら、瓜子はひそかに息を呑んだ。頭部を覆った腕の隙間から、イリア選手が完全に逆立ちの状態になっている姿が見て取れたのだ。そうして彼女はコマのように下半身を回転させて、蹴りを繰り出してきたのだった。


 瓜子が体勢を立て直すと同時に、あちらも上体を起こしている。

 息をつく間もなく、瓜子はさらに突進した。


 左のフックから、右のロー。さらにタックルのフェイントも織り交ぜる。

 相手はまた、バックステップでそれを回避した。

 再びの左フックから、今度は右のハイミドル。大きな動きで相手を誘ったつもりであったが、なかなか乗ってこなかった。


 しかし再び、イリア選手の背中にロープが迫っている。

 しかも瓜子から見て右側は、コーナーだ。また逆立ち芸でも見せない限りは、左側に逃げるしかないはずだった。

 そしてコーナーポストは青い色をしており、そのすぐそばにユーリたちの姿が見えていた。


「うり坊ちゃん、二分経過!」


 すでに、それだけの時間が経過していたのだ。

 一分経過の声は聞こえていなかった。ユーリのよく通る声が聞こえなかったというのは、よほどのことだ。


 ともあれ、瓜子は意識的に左前へと足を踏み込んだ。

 徹底的に、相手の逃げ道を潰すのだ。

 そうしてタックルのフェイントを入れると、イリア選手は弾かれたように左足を引いた。


 もうあと一歩で、ロープである。

 右側の青コーナーも、すぐそばまで迫っている。

 最後の逃げ道をふさぐべく、瓜子はステップインして左のローを放ってみせた。

 果たして、相手は右足を引いてしまう。

 引いた右足は、マットを踏むと同時にロープに触れていた。


 この狭苦しい空間で、逆立ちでも側転でもできるものならやってみろ――などという思考を一瞬の内に閃かせつつ、瓜子は渾身の右ストレートを繰り出した。


 イリア選手は身を屈めて、瓜子の拳を頭上にやりすごす。

 しかし、マットに手をついたりはしていない。

 イリア選手はそのままカエルのように跳躍して、左側の空いたスペースに逃げ去ってしまった。


(それも、カポエイラの技なのか?)


 なんでもいい。瓜子は、獲物を追いかけるだけだ。

 瓜子がそちらに踏み込むと、イリア選手はマットに両手をついて、逆立ちの姿勢を取った。

 今回はさきほどより距離があったため、その全貌が瓜子の視界に映される。逆立ちの体勢を取ったイリア選手は、マットを蹴った反動を利用して、大きく開いた両足を竜巻のように旋回させた。


 目を奪われるような妙技である。

 しかし間合いぎりぎりの位置であったため、瓜子はスウェーバックでその蹴りをかわすことができた。


 マットに着地したイリア選手が、上体を起こす。

 そこに瓜子は、右のストレートを放つ。

 同時に、イリア選手は前蹴りを繰り出してきた。

 腹を蹴られて、瓜子の攻撃は不発に終わる。


 それでも瓜子は、前進した。

 今度は鼻先に、イリア選手の蹴り足が迫ってくる。半月のような軌跡を描く、「ケイシャーダ」である。

 瓜子はとっさにウェービングを試みたが、相手のかかとに右の頬をじゃりっと削られた。


 それでも瓜子は、前進した。

 瓜子の短い手足でも、攻撃の届く間合いである。

 瓜子は、右フックを繰り出した。

 イリア選手の頭部は、左側に倒れ込んでいく。

 また側転の動きで逃げようとしているのだ。


 瓜子はおもいきり右フックを振り抜いてから、その腕を戻す反動を利用して、左の拳を突き上げた。

 アッパースイングの、レバーブローである。


 側転の体勢で、がら空きであったイリア選手の右脇腹に、瓜子の左拳が突き刺さる。

 拳の衝撃が自分の体内を駆け巡るほどの、会心の一撃であった。

 瓜子の攻撃が、ついにクリーンヒットしたのだ。

 側転のさなかであったイリア選手は、頭からマットに突っ込む形で崩れ落ちた。


「ダウン!」


 レフェリーが割って入り、カウントを数え始める。

 瓜子はニュートラルコーナーに向かう体力もなく、膝に手をついて呼吸を繰り返した。

 咽喉も肺も、焼けるように熱い。

 酸欠状態で、視界が白く染まってきた。

 そんな白じんだ世界の中で――イリア選手は脇腹を押さえたまま、水揚げされたエビのようにのたうち回っていた。


 レバーブローの直撃に悶絶しているのだろうか。

 あるいはこれも、大仰なパフォーマンスであるのだろうか。

 レフェリーもそれを判じかねている様子で、粛々とカウントを進めている。


 すると――イリア選手が、左の手の平で力なくマットをタップした。

 目もとのペイントが溶け崩れて、黒い涙のようになっている。

 いや、実際に彼女が苦悶の涙を流しているために、ペイントが溶け崩れたのだった。


 カウントをシックスまで進めていたレフェリーが、おもむろに両腕を交差させる。

 ゴングが高らかに乱打され、その向こう側から津波のように歓声が押し寄せてきた。

 もしかしたら、ようやく瓜子の耳がそれを知覚できるようになったのかもしれなかった。


『三ラウンド、三分四十一秒、猪狩選手のKO勝利です!』


 レフェリーの手が瓜子の右腕をつかんで、高々と持ち上げる。

 いまだに呼吸の整わない瓜子は、リングドクターとトロンコのスクール長がイリア選手のもとに駆け寄るのを見届けてから、頭上を振り仰いだ。


 ぜいぜいとあえぎながら、白いスポットの眩しさに目を細める。

 すると、ひどく熱くてやわらかい物体に、背後から羽交い絞めにされてしまった。


「おっめでとう、うり坊ちゃん! 今日のフィニッシュブローも、かっちょよかったー!」


「ふん。本当に勝っちまうとは、憎たらしいタコスケだぜ」


「サイゴのラッシュは、スゴかったねー。アイテもタジタジになってたよー」


 大切なチームメイトたちから、次々と祝福の言葉をあびせかけられる。

 瓜子は何とか返事をしたかったが、まったく呼吸が整わなかったため、汗だくの姿で笑顔を返すことしかできなかった。

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