02 ルールミーティング
定時になると、リング上でルールミーティングが開始された。
事前に通達されていた通り、本日の大会でもルールに改正などはない。ただ、前回の浜松大会で指先が目に入るサミングの事故が相次いだため、厳重に注意するようにという勧告が与えられたぐらいであった。
「ルール上、のばした指先をマットと水平の角度で相手選手に突き出す行為は、反則と見なされています。その状態でサミングとなった場合は、たとえ故意でなくとも減点や失格負けの対象となりますので、そのように注意してください」
リングの上と下に集まった選手やセコンド陣は、それぞれの表情でレフェリーの説明を拝聴していた。
これが初参戦となるメイ=ナイトメア選手も、隅のほうでひっそりとたたずんでいる。同郷のオリビア選手がレフェリーの言葉を同時通訳している様子であるが、質問をさしはさもうという気配は見られなかった。
赤星道場の面々も、さすがに本日はユーリと対戦であるために、こちらに近づいてこようとはしない。セコンドは、レオポン選手と大江山すみれの二人きりであるようだ。
そして――犬飼京菜である。
彼女の所属するドッグ・ジムの面々も、少し離れた場所に寄り集まって、他者を寄せつけない空気をかもし出していた。
彼女が《G・フォース》で巻き起こした騒動については、きっと多くの人間がわきまえていることだろう。種目は違えど、キックとMMAを同時にこなす選手は少なくないし、おおよその興行はどこかで根がつながっているものであるのだ。特に女子選手に関しては、《アトミック・ガールズ》と《G・フォース》の両方に出場している人間が多数存在したのだった。
(そうやって、キックとMMAを同時進行していく気にはなれなかったのかな。《G・フォース》の現役王者ってだけで、話題性は十分だろうに)
そんな風に考えてから、瓜子は(いや)と思いなおした。確かにキックとMMAを両方楽しむ選手は少なくないが、王者の肩書きを持つとなると、話が変わってくるように思えたのだ。
瓜子が記憶している限り、《G・フォース》の王者で《アトミック・ガールズ》に参戦している選手は、ひとりしか存在しない。誰あろう、小笠原選手である。
しかし小笠原選手は六十七キロ前後のウェイトで、《G・フォース》においてはウェルター級となる。その階級にはほとんど選手が存在せず、有名無実のタイトルに成り果てていたのだった。
よって、現在の小笠原選手は武魂会主催の大会で時おりプロ選手のワンマッチを行うぐらいで、世間的にもMMAファイターと見なされている。《G・フォース》のウェルター級王者という肩書きも、ほとんど取り沙汰されることがないぐらいであるのだ。
(武魂会なんかはまだ自由な気風だけど、《G・フォース》を支えてる品川MAとホワイトタイガー・ジムは、ガチガチの硬派だもんな。《G・フォース》の王者がMMAの試合をすることなんて、歓迎できるはずもないか)
たとえば《G・フォース》の王者がMMAの興行に参戦して、結果を残せなかったら、どうなるか。《G・フォース》の看板に傷がつくのと同時に、「やっぱりキックよりMMAのほうが強い」などと馬鹿なことを言い出す人間も出てくることだろう。立ち技に特化したキックの選手がMMAに適応するには、それ相応の苦労が必要となって然りであるのだ。
(自分だってそういうメンツのために、なかなか《G・フォース》でタイトルマッチが組まれないんだろうしな。犬飼京菜が現役王者のままMMAに転向するなんて言い出したら、そりゃあタダではすまないだろう)
だからおそらく、犬飼京菜は惜しげもなく《G・フォース》の王座を返上したのだろうが――それはそれで、別の騒乱を巻き起こすことになった。王座を獲得したリングの上で返上を宣言するなど前代未聞であったのだから、それが当然だ。この暴虐なる振る舞いに、《G・フォース》の運営陣は怒り心頭であるはずだった。
(だからまあ、MMAで老舗の《フィスト》や《パルテノン》なんかは、門前払いだろう。歴史が長ければ長いほど、しがらみってのは増えていくんだろうし……それにあっちは男子選手の試合がメインの興行なんだから、どれだけ話題性があっても女子のアマ選手なんかのせいでリスクを負う気になれないだろうしな)
それにしても、こんな問題児をあっさりと受け入れてしまうパラス=アテナのやりようは、疑問を禁じえない。せめて犬飼京菜が十八歳になるのを待って、プロ選手として受け入れるというのならともかく、《G・フォース》の騒乱も記憶に新しい段階で、わざわざアマ選手として出場を了承するというのは――ほとんど炎上商法としか思えないようなやり口であった。
(ユーリさんとベリーニャ選手のストーリーは、上手く転がったとしても年内でいちおうの決着がつくわけだからな。来年以降に備えて、新しい客寄せパンダの育成でも始めたつもりなんだろうか)
この一年余りでパラス=アテナの舞台裏をあれこれ見せつけられてしまった瓜子は、そんな考えにまで及んでしまった。
選手の役割は、いい試合をすることだけ――と念じつつ、どうしても雑念が消え去らないのだ。
(まあ、あの娘さんはバンタム級なんだから、あたしには直接関係ないんだけどさ)
耳だけはレフェリーの声に傾けつつ、瓜子はついつい犬飼京菜たちの姿に目を奪われてしまった。
本日も犬飼京菜は、もしゃもしゃの茶色い癖毛を大きなひとつの三つ編みにまとめている。あんな頭では、寝技の攻防の邪魔になってしまいそうだ。
そしてやっぱり、ぞんぶんに小さい。テレビの画面や控え室のモニターで観るよりも、さらにちんまりとした印象であった。
何せ、身長百四十二センチ、体重四十キロの小兵である。手足が長いわけでもなく、小学生のような幼児体型で、これが本当に《G・フォース》の元・王者かと目を疑いたくなってしまうほどだ。
顔立ちも、年齢より幼く見えてしまう。目だけがやたらと大きくて、癇癪持ちの子犬みたいにぎらぎらと輝いている。さきほどのメイ=ナイトメア選手に比べれば可愛いものであるのかもしれないが、そのぶん制御不能な危なっかしさはまさっているように感じられた。
(それでもって、セコンド陣だけど……)
《G・フォース》の試合模様ではまったく気にかけていなかったそれらの面々も、現在の瓜子にとっては黙殺できない存在になってしまっていた。何せ彼らは、中学時代のサキの師匠やチームメイトであるはずなのだ。
《G・フォース》では二名であったセコンドが、上限の三名に増えている。
全員が、犬飼京菜と同じく黒いジャージ姿だ。
ひとりは初老の男性で、もっとも体格に恵まれている。身長は百八十センチ以上で、ずんぐりとした往年のレスラー体型だ。ごましお頭で、しわくちゃの顔をしており、こちらもどこか犬っぽい容姿をしている。このように大柄な人間が《G・フォース》でセコンドについていた覚えはないので、彼こそが新たなセコンドであるはずだった。
もうひとりは、一転して細身の若者だ。海外の出身であるのか、浅黒い肌に黒髪黒瞳で、身長は百七十センチもないように見受けられる。格闘技道場の関係者とは思えないような柔和な面立ちで、瓜子の友人であるタイ出身の女子選手と雰囲気がよく似通っていた。
そして、最後のひとりは――何か、不思議な迫力を持つ青年であった。
いや、実のところは年齢不詳である。二十歳そこそこであるようにも思えるし、実は四十歳間際と言われても納得できてしまう。まったく年齢の見当がつかないのだ。
無造作なざんばら髪に、冷たく光る切れ長の目、筋の通った高い鼻に、厳しく引き締められた口もと――頬がげっそりとこけているが、弱々しい感じはまったくしない。そして、中肉中背のその身体も、ジャージの下では刃物のように研ぎ澄まされているのではないか、という想像をかきたてられた。
(邑崎さんの妄言を鵜呑みにするわけじゃないけど……サキさんと雰囲気が近いのは、このお人だよな)
瓜子がそんな風に考えたとき、ルールミーティングの終了が告げられた。
選手とセコンド陣の何割かは、控え室に戻っていく。リングが空くまで、ひと休みしようというのだろう。せっかちなユーリは、もちろんその場でウォームアップすることを望んだ。
「何か入用のものはありますか? よければ、今の内に買ってきちゃいますよ」
「んーん、だいじょぶ! うり坊ちゃんは一秒でも長くユーリのもとに留まって、メンタル管理をお願いいたします!」
ふざけたことを言いながら、ユーリは屈伸運動を始めた。
オリビア選手やメイ=ナイトメア選手、それに沙羅選手などは、いったん控え室に戻った模様だ。これなら心静かに準備をできるかと思われたが――そこに、赤星道場の面々がやってきてしまった。
「失礼するよ。マリアが挨拶をさせてもらいたいっていうんだけど、どうだろうか?」
レオポン選手の言葉に、ユーリが「んにゃ?」と顔をあげる。
その鼻先に、マリア選手がぴょんと飛び出した。
「おひさしぶりです、ユーリ選手! 今日はよろしくお願いいたします!」
試合会場ではちらちら見かけながら、瓜子はまだ挨拶をしたことがなかった相手だ。
ユーリもきょとんとした面持ちで、マリア選手の前に身を起こす。
「はぁい、どうぞよろしくお願いいたしますぅ。……ええと、きちんとご挨拶するのは初めてでしたよねぇ?」
「はい! ようやくユーリ選手と対戦することができて、心から楽しみにしていました!」
彼女はメキシコの覆面レスラーを父親に持つ身であるが、生まれも育ちも日本であるという話であった。驚くべきことに、その覆面レスラーというのもかつては《レッド・キング》の常連選手であったのだそうだ。
メキシコのプロレスというのはルチャリブレといって、ショー・マッチに特化している。華麗な空中殺法で観客たちを魅了する、格闘技であり大衆芸能であるのだ――と、瓜子はサキから聞かされていた。
赤星道場というのは格闘系プロレスをルーツとする道場であり、初代の道場主たる赤星大吾も、かつては純然たるプロレスラーであった。ゆえに、メキシコのルチャリブレ界にもコネクションがあったのだろう。その中から、MMAの試合にも適応できそうな選手を招聘して、《レッド・キング》のリングに上げていたのだ。
そうしてたびたび来日している内に、日本人女性を見初めて子を生した覆面レスラーが、このマリア選手の父親であるという顛末であった。
「今日はマリアも、全力を尽くします! いい試合をして、会場を盛り上げましょうね!」
マリア選手はにこにこと笑いながら、ユーリの姿を見返している。浅黒い――というか、よく日に焼けた黄褐色の肌の、なかなか可愛らしい容姿である。くっきりとした顔立ちで、セミロングの黒髪は邪魔にならないように細かく編み込まれており、しなやかそうな肢体に赤星道場の赤黒のジャージを纏っている。とにかく陽気で、エネルギッシュな雰囲気があふれかえっていた。
「はぁい。どうぞよろしくお願いいたしますぅ」
ユーリはよそゆきの笑顔で一礼し、マリア選手は満面の笑みで返礼する。
その明るく輝く黒い瞳が、ふっとサキのほうに向けられた。
「サキ選手も、おひさしぶりですね! 膝の調子は、いかがですか?」
「まー、ぼちぼちだな。例の整体師には、ずいぶん世話になってるよ」
「あはは。マリアもあの御方には、お世話になりっぱなしです! 早くよくなって、また試合ができるようになるといいですね!」
サキは去年、長きに渡って出稽古に出向いていたので、このマリア選手とはそれなりの交流を紡いでいるのだ。そこから得た知識や経験も、このたびの対・マリア戦には大きく反映されているはずであった。
ただし、こちらはこちらでユーリが来栖選手と対戦する際、レオポン選手にスパーリングパートナーをお願いしてしまっている。ジム同士の親交が深いゆえに、おたがいの手の内をさらけだす格好となってしまっているのだ。
ただしそれらは、いずれも去年の話である。
この数ヶ月でユーリが新たな戦法を体得しているのと同様に、マリア選手も何らかの成長を遂げていることだろう。
いったいどのような試合展開になるかは、ゴングが鳴るまで誰にも予測できないはずだった。
「それでは、失礼いたします! また試合の後にでも、ご挨拶させてくださいね!」
それだけ言って、マリア選手はくるりときびすを返してしまった。
レオポン選手は苦笑して、瓜子たちに頭を下げてくる。
「どうも試合の日はテンションが上がっちまって、マイペースな性格に拍車がかかっちまうんスよ。じゃ、また試合の後で」
レオポン選手に続いて大江山すみれも一礼し、赤星道場の面々は慌ただしく退去していった。
ユーリは「ふひー」と汗をかいてもいない額をぬぐう。
「なんか、一気に気温が上昇したみたい。……ああいうおひさまみたいな女の子は、ちょっと苦手だにゃあ」
「え、そうなんすか? これ以上ないぐらい、感じはよさそうに思えましたけど」
「うみゅ。きっと裏表のない、善良なお人なのだろうねぃ。度重なる屈折によって陽性に裏返ったユーリとは、きっと真逆の存在なのでありましょう。にゃんか、いわれもない劣等感をちくちく刺激される感じですわん」
「そうっすか。……ユーリさんって、難しいんすね」
「難しいよぉ。そんなユーリに見込まれたうり坊ちゃんとサキたんはお気の毒さまぁ」
ふざけた言葉に隠しようもない情愛の念をにじませつつ、ユーリはウォームアップを再開しようとした。
そこに、新たな一団が近づいてくる。
「やっと行ったね。やっぱ赤星とプレスマンは、今でもズブズブの関係ってわけ?」
挨拶もなしに、挑むような声が響きわたる。
それは、ドッグ・ジムの犬飼京菜に他ならなかった。
ユーリは不思議そうに顔を上げ、サキはぎゅっと眉をひそめる。
そして、ジョンは「ハイ」と朗らかに声をあげた。
「ゲンゴロー、ヒサシブりだねー。ゲンキそうで、ナニよりだよー」
「ふん。そっちも相変わらずみてえだなぁ」
初老のトレーナーが、漁師のような塩辛声で応じた。
この人物の名は、
そして何を隠そう、ジョンはレム・プレスマンの現役時代にはセコンドとしてついていたので、《レッド・キング》の全盛期に活動していた選手とはのきなみ顔見知りなのである。
しかし、そんなジョンをして、犬飼京菜が《G・フォース》で台頭するまでは、ドッグ・ジムの存在すら認識していなかったのだった。
「ゲンゴローは、ドッグ・ジムのコーチなんだねー。サキにオシえてもらうまで、ボクはシらなかったんだよー。《G・フォース》では、セコンドについてなかったよねー?」
「ふん。寝技一辺倒の俺がキックのセコンドについたって、何の役にも立てねぇだろうがよ? 俺の仕事は、今日からが本番ってこった」
大和コーチはふてぶてしい仏頂面であったが、ジョンと折り合いが悪い様子はなかった。
そして、両者の再会の挨拶など気に止める様子もなく、犬飼京菜がまくしたててくる。
「で、どうなのさ? あんたたちも赤星一派って認識でかまわないわけ?」
試合の勝利者インタビューでも聞かされた、子犬のように甲高い声音だ。
その細い眉はVの字に吊り上がり、黒目がちの目は爛々と燃えている。不機嫌な子犬が噛みつく相手を物色しているような眼差しであった。
「……キミが、タクヤのムスメさんなんだねー。タクヤには、ボクもおセワになってたよー」
ジョンが持ち前の社交性で対応しようとしたが、犬飼京菜は「ふんっ!」と鼻息ひとつでそれを吹き飛ばした。
「あたしはあんたの世話になんかなってないし、あんたの世話をした覚えもないよ! それより、さっさと質問に答えてよ!」
「んー? アカボシドウジョウとはナカヨしだけど、イッパはちょっとチガうかなー。ボクたちのシショウは、あくまでレムだからねー」
「ふんっ! プレスマンはプレスマンで、あたしの父さんをさんざんカワイがってくれたけどね!」
犬飼京菜のぎらぎらと輝く目が、ジョンからサキへと転じられた。
「ちゆ――いや、あんたもさ! うちの道場から逃げるのは勝手だけど、その後にプレスマン道場を選ぶなんて、皮肉がきいてるよね! どうしても、あたしらにケンカを売りたかったってわけだ?」
「のぼせあがんなよ、ジャリ。おめーらのことなんざ、眼中にねーよ。自意識過剰もほどほどにしておくこった」
ぶっきらぼうに言いながら、サキは他の面々に眼光を飛ばしていった。
仏頂面の大和コーチと、穏やかな表情をした若者のもとを通りすぎて、その目が最後のひとりのもとで留まる。
「……ジャリをしつけるのは、おめーらジジイの責任だろうがよ? もっと何とかならなかったのか?」
奇妙な迫力を持つその男は、サキとよく似た切れ長の目でサキを見返す。
その薄い唇が、「……ならなかった」と低い声を発した。
「……それに、ドッグ・ジムの再興は、俺たち全員の悲願でもある。ドッグ・ジムを捨てたお前に、とやかく言われる筋合いはない」
サキは刃物のように両目を光らせながら、ぎりっと奥歯を噛み鳴らした。
「ああ、そうかよ。だったら、こっちにも用事はねーや。とっとと消え失せやがれ、馬鹿どもが」
「サキ、ダメだよー。ネンチョウシャには、ケイイをハラわないと」
ジョンが珍しく真面目くさった顔をこしらえたが、大和コーチが「かまわねぇさ」とつぶやいた。
「大馬鹿なのは、承知の上だ。大事な試合の前に、こっちこそ悪かったな。……そら、行くぞ、お嬢。今日の相手はプレスマンじゃなく、なんちゃら柔術の娘っ子なんだからな」
「ふん! そんな無名の道場なんざ、こっちこそ眼中にないよ!」
そうしておかしな組み合わせの四名が、出口のほうに去っていく。柔和な面立ちをした若者だけが、最後にぺこりと会釈をしてくれた。
「ナンだか、フシギなヒトタチだったねー。でも、サキのことをウラんだりはしてないみたいだから、ヨかったよー」
「……あんな連中に恨まれる筋合いはねーからな」
ぴりぴりと張り詰めた顔の下に激情を押し隠しながら、サキはそう言った。
そしてユーリは、ひとりでふにゃふにゃ笑っている。
「ほんと、不思議なお人たちだったねぇ。でも、ユーリのことは眼中にないみたいでひと安心! 人それぞれに事情はありましょうけれども、あの犬飼京菜ちゃんとやらも今日は楽しく試合ができるといいねぇ」
サキがじろりと、ユーリをにらみつけた。
殺気を感じ取ったのか、ユーリは素早く瓜子を盾にする。
が――サキは左手で、自分自身の頬をおもいきり引っぱたいていた。
「よし、リセットできたわ。……あんな連中、今日の試合にはミジンコほども関係ねーんだからな。おめーは安心して今日のお仕事に励めや、牛」
「うん! 牛じゃないけど、ユーリは頑張るよぉ!」
そんな二人のやりとりを聞きながら、瓜子も気持ちを切り替えることにした。なんといっても、本日はユーリの大事な復帰戦なのである。
ただ――
(犬飼京菜なんて、自分にもユーリさんにも直接関係ある相手ではないけれど……邑崎さんだけは、同じ階級でほとんど同世代なんだよなあ)
犬飼京菜といい大江山すみれといい、厄介そうな娘さんたちばかりである。
本日は観客として会場を訪れる予定である愛音に、瓜子はこっそりエールでも送りたいような気分であった。
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