第23話 新人
さて、村の体制もだいぶ整ってきた。新しく村の住人になった芸術家も四十人を超え、作品も美術館だけではなく、各々が暮らす集落の個人宅にも飾られ、村全体が美術館というような様相を呈してきた。宿泊用のコテージに飾られる絵も月ごとに架け替えられ、美術愛好家たちが宿泊に来る事が多くなり、村としても新たな人材の確保に動き出すことに。
果たしてどれだけの人数が必要になるのか、役場での会議が開かれた。
「一体、どのくらいの人数が必要になるか、見当がつかん。先生、どうしましょうか」
「村長、今現在も村の婦人たちが活躍してくれてます。僕は百合ちゃんと美咲さんを補佐できれば充分だと思いますよ」
「確かに、花田の両親も帰ってきていることだし・・・」
「そうですね。取り敢えず一人か二人募集してみましょうか」
「そうだな。百合ちゃんも間もなく出産だし、生まれてくる子供のことを考えたらあまり無理もさせられないしな」
「ありがとうございます。じゃあ、美咲さんと百合ちゃんに話しておきますね」
「そうしてくれるか」
早速、清は二人に話し、新しい人材の募集をすることになった。しかし、山間の村に果たして仕事をしに来る物好きが居るかどうか。美咲がホームページに人材募集を出したところ、やはり希望者は中々現れなかった。
「やっぱり、こんな山間の小さな村に働きに来ようなんて、物好きな人間はいないですね」
「そんなことは無いと思うよ。私達みたいな人間は必ずいるはずだから。ゆっくり待ちましょう」
「そうですね」
希望者が現れるまで、百合の母、美登里が百合の補佐を買って出た。とは言っても彼女はパソコンを使えるわけでもなく、施設の掃除や宿泊者の食事の世話、手伝いに来てくれる村の婦人たちの管理が主な仕事だ。しかし、流石に過去にこの村に住んでいただけあって、村の婦人たちからの受けもよい。
お蔭で美咲の負担もかなり減らすことができたので、彼女はホームページの作成に専念することができるようになった。
そして、百合の予定日の一週間前。彼女が花枝さんの所から帰ってくると、そこに美咲が訪れた。
「百合さん、明日面接に来たいっていう子が、居るんだけど」
「どんな人」
「実業高校で農業を学んできましたって言うんですが」
「面白いじゃない。この村は元々農業の村だし、芸術家だけで農家が無くなっても成り立たないのよ。お互いが共存する事に意義が有るんだから、会ってみましょう」
「そうですね」
早速翌日宿泊施設で面接を行った。
「はじめまして、東百合です」
「品田美咲です」
「は、はじめまして。く、栗田薫子と言います」
ガチガチに緊張している彼女の姿に、二人は微笑んだ。
「栗田さん、緊張しなくて良いのよ。普段通りにリラックスしてね」
「はい」
百合がかけた一言に、薫子は少し安心したのか、表情が和らいだ。その表情は、とても純朴な田舎の少女のようで、可愛らしい印象を二人に与えた。
「お年は・・・二十歳。高校を卒業してからはどんなお仕事をしていたのかしら」
「はい、農機具の会社で、一年間事務をしていました」
「どうして辞めたの」
「私は、野菜作りや、花を育てる仕事がしたいんです。その夢を実現したくて」
「でも、ここのお仕事は宿泊施設の管理や賄い、接客ですよ」
「いいえ、違うと思います。ホームページを見させていただいて思ったのですが、夢を持った人達が、夢を実現する事のできる村なんだって。だから此処で働かせて貰いながら、私も夢を実現したいんです」
「しっかりとした考えを持っているのね。わかりました。いつから来れますか」
薫子の表情が一気に喜びに変わった。
「使っていただけるなら明日からでも」
「そうね。じゃあ明日の十時に、此処に来てください。美咲さん、彼女が来たら村長さんの所に連れて行ってあげて、お昼ご飯から手伝ってもらいましょう」
「はい」
「あ、それから基本的に住み込みで働いてもらうんだけど、何枚か着替えも、持ってきてね」
「わかりました。よろしくお願いします」
薫子は元気良く立ち上がり、深く一礼をして、帰っていった。
「夢を持った人が、その夢を実現する事のできる村か・・・。彼女なかなか良いことを言うわね」
「そうですね。目がきらきら輝いてました。私達も頑張らなくちゃですね」
「そうね・・・あれっ・・・、」
「どうかしましたか」
「うん、陣痛が始まったのかしら」
「じゃあ、私の車で家まで送ります」
美咲は百合を家まで送り、花枝さんと徳さんを呼びに行った。知らせを聞いた清が、百合の両親の家に入ると、彼女は家の中を歩き回っている。
「大丈夫なのか」
「あ、清さん。まだまだ大丈夫よ。軽い陣痛が始まったばかりだから。それより父と一緒に産湯の準備を手伝ってあげてくださる?あ、それから村長さんに明日から新しい人が来るって伝えてほしいの。履歴書は美咲さんが持ってるわ」
「ああ、任せておけ。じゃあ、先ずは新人の話をしてこよう。戻るまで生まないでね」
「大丈夫!多分今日の夜辺りだろうから」
百合はニッコリと笑って、彼を送り出した。
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