第24話 百合の出産

 清は村長の所に新しく来る栗田薫子の話をしに行った。しかし、話をしている最中もなんだかそわそわしている。

「先生、どうなさったんだね?」

「い、いや。すいません。百合の陣痛が始まったもので・・・」

「そうか!それはめでたい!早速婆さんたちに知らせなくては」

「あ、多分美咲君が話していると思います」

「そうか、そうだな。先生も気が気じゃないだうから、早く行ってあげなさい。わしらも後から行きますから」

 村長の言葉に甘えて、清はすぐに百合の元へと戻っていった。百合の両親の家には既に花枝さんも来ており、百合の顔を見に行こうと思ったら、「ここから先は男は入ってきちゃならない」と居間で待機させられた。ならばと外でタバコでもと思い、外に出ると「おーい!」と父親の輝夫の声がしたので、ふとそちらに顔を向けると、大きな盥を転がしてくるではないか。

「お父さん、どうしたんですか、こんなに大きな盥」

「ああ、昔はこいつで産湯を浴びさせたのさ、近所を回ったら、やっと一軒持っている家が有ったよ」

 なんと、彼は折角だから昔のように、全てを行おうと決めていたようなのだ。

「さあ、先ずはこいつを運んだら、綺麗に洗わないとな」

「は、はい」

 二人で盥を洗っていると、情報を聞きつけ、村人たちが徐々に集まり始めた。

「先生、そんなヤワな洗い方じゃあダメだ。儂が代わってやるよ」

 徳さんの亭主、越川銀次が、清から束子を取り上げ、ゴシゴシと盥を洗い始めた。じゃあ、お湯を沸かしますと、台所に行くと、既に村長夫妻が、大きなやかんと鍋を用意し、お湯を沸かしている。

「なんだか、僕のやることは無いみたいだ。村の年寄りたちには叶わないや」

「ハハハ、人生経験を重ねた強みだな。この村の人達は、二人の子が生まれるのを首を長くして待っていたようだ」

「あ、先生」

 美咲から聞いて、片山も堀川もやってきたのだ。

「近い将来、今度は僕らの番になるから今の内に少しでも、経験しておかなくちゃと思ったのですが・・・」

 美咲は横で顔を赤らめて微笑んでいる。

 時間が経つにつれて、一人又一人と村人たちが集まりはじめ、まるでお祭りの様相を呈してきた。そわそわする清を横目に、めでたいめでたいと、村人たちは酒を酌み交わし始めている。それ程村にとって、新しい命が誕生するということが、久しいことだったのだろう。

 夜もかなり更けてきた頃、大きな産声がこだました。徳さんが清の所にやってきて、「先生、可愛い女の子だよ」と言うと、何故か周りの村人たちが「万歳」と大喜びだ。まるで選挙に当選した議員のように、清は周りの村人たちに、何度も頭を下げ、早速娘との初対面に出向いた。

 布団の中、百合の横におくるみにくるまれている娘の顔を見た瞬間、清は何とも言えぬ感動と、父親としての責任感のようなものを感じた。

「百合、お疲れ様。頑張ったね」

「ありがとう。パパ」

 パパ・・・。何とも新鮮な心地よい響き。

「そうか、僕も父親になったんだ・・・」

 清は、おくるみを着せられ、顔を真っ赤にして泣いている我が子を優しく抱きかかえ、父親になった実感を味わっていた。

「この子の為にも何としても芸術の村を成功させなくちゃだな」

 感慨深そうに話す清の事を百合は微笑みながら見つめている。居間の方に出向くと、村人たちが祝いの酒を酌み交わしている。片山も堀川もご機嫌で、ほろ酔い気分になっている。本当に村が自分たちの事のように喜んでくれていることを清は改めて実感した。

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