第15話 打ち上げ
展示会が終わった翌日、片山画伯と百合の両親、徳さんと越川さん、村長夫妻、そして望月と八人を誘って、お昼から打ち上げを村で行った。
「この村が東君を・・・」
片山画伯は感無量な様子だ。
それよりも何よりも、村人たちは先生の先生が来たとばかりに大騒ぎしている。徳さんは片山画伯を先生の先生だから、大先生だなどと口走っている。片山画伯も、かなり気分が良さそうだ。
「東君、私も時折この村に厄介になるかな。此処に居ると君のように、良い作品が描けそうな気がするよ」
「だとすれば、先生専用のアトリエを用意しなくちゃですね」
二人の会話を聞いた村長が話を割って入ってきた。
「だったら丁度いい建物があるよ。以前は"またぎ"達が使っていた小屋なんだが、今じゃまたぎも居なくなったからな」
「またぎというと猟師ですか」
「ああ、そうだ。鉄砲撃ちさ」
「どこですか」
「ここから歩いて十分程の所だ」
「案内してもらえますか」
「いいともさ」
村長の案内で、みんなでまたぎ小屋に行く事になった。小屋は、清が百合をモデルにした森に向かう途中に、ポツンと一軒建っている。とは言っても、かなりの広さだ。ドアを開けて中にはいると、大きな暖炉が口を開けている板張りの部屋と、奥に十二畳程の広さの和室がある。
「便所と風呂は外だが、大先生が来てくれるなら、外に出なくても良いように改造しますよ」
「いやあ、これは素晴らしい。こんな結構な建物をお借りできるなんて。で家賃はいかほどですか」
「家賃なんて要りません。建物は使わなければ寂れます。人が使えば長持ちするんです。だから使っていただければ、それでいいんです」
村長の言葉に片山も感激した様子だ。
「東君、君は本当に素晴らしい村にお世話になっているんだね。今時こんな待遇を受けるなんて有り得ないよ」
「大先生、これも先生が、この村の人になってくれたからですよ。先生は必ず名を馳せると、儂達は信じてました」
村長をはじめとして、みんな誇らしげだ。村人たちは、東夫妻を村の一員として誇りに思っている。
「良い人たちに恵まれたな、東君」
片山は清の肩をポンポンと叩き、喜んでいるようだ。
「さて、しかしこの小屋に常駐するというわけにはいかないし、どうしたものか」
片山は頭を抱えた。まだ美大の教授としての籍もあり、また、妻子も大学の近くに住んでいる。セカンドハウスとして使用するにしても、週末に訪れる位にしか使えない。さてどうしたものか。片山は、少しばかり思案をしているようだ。
「そんな事、気にすることはない。大先生、この建物の管理は私、徳をはじめとして村の婆さん達が、代わる代わるでしとくから、大先生は気が向いたときに来ればいい」
「それじゃあ、村の人に悪いでしょう」
「遠慮されるほうがいやですよ」
徳さんの反論には、流石の大先生も参ったようだ。
「わかりました。お願いしましょう」
村人たちは、かなり嬉しそうだ。過疎の村に、清が現れてから徐々に人が増え始めようとしている。こんな事は、村の過疎化が進んでから、初めての事だ。そんな村人たちを見て、望月がある提案をした。
「村の廃屋を改修して、何人かの芸術家を住まわせても良いですか」
「画商さん、今なんと仰った?」
「いえね、私共が将来性を感じてる芸術家さんで、以前の東画伯のように、貧乏してる人は沢山います。他の画商にも話をして、その様な人達の生活を支援したいのです。都会では収支のバランスがとれなくて、支援したくてもできないのが現状なんです。でもこんなに素晴らしい人たちと、風景があれば、第二の東画伯が現れてもおかしくない。美術に造詣の深い企業や、同業者に基金を募って、彼らの生活を援助しようと思います」
片山は、それは良い考えだと賛同している。村長は、大喜びして、早速計画に取りかかるために、話し合いをしましょうと、望月との再会の約束をとりつけ始めた。現在、簡単な改修で居住可能な建物は、二十程あるらしい。それはあくまでも村の中心部の話で、点在する集落を全て確認すれば、恐らく二百は下らないだろう。
どれだけの芸術家が集まるかは、予想がつかないが、間違いなく、芸術家村とも呼べるような状況になるだろう。この日は一気に話が急展開し、村は大騒ぎとなった。村長は区長の召集をかけ、翌日には決定事項として、各地区の空き家、廃屋を調査させると言っており、村おこしの一環として新たな展開が望めると、大喜びしている。
なんだかわからないが、いつの間にか主役から外され、清と百合はポカンとしている。そんな二人に気づいたのか、片山が声をかけてきた。
「君たちが、芸術家村の先駆者だ。これが上手く軌道に乗れば、君達は名誉村民だな」
「は、はあ・・・」
「清さん、お疲れ様でした」
「百合ちゃんも疲れただろう」
「ちょっとだけ」
「じゃあ今夜はゆっくりと休むことにしよう。明日は寝坊しようね」
「うん」
外はもうかなり寒くなってきている。流石に山の中の村だ。冬の足音が聞こえるようである。二人はそんな中、お互いの温もりを感じあいながら、深い眠りに就いたのだった。
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