第6話 画伯誕生

 発表の日。東は恩師からの電話で起こされた。

「もしもし、東です」

「おお、東君か。おめでとう。入選したよ。これで君も貧乏画家を脱出だ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 東は電話を切ると、急いで百合の寝室に入っていった。これで百合との約束を果たせる。そう思うと飛び上がりたいほどに嬉しくて仕方なかった。

「百合さん、にゅ、にゅ、入選したぁ」

 驚いて立ち上がる百合を、彼は抱き上げ一回転した。

「おめでとう!」

 百合の目には嬉し涙が光っている。

「さあ、支度して。展覧会に行こう」

 二人は朝食を済ませ、会場に向かい車を走らせた。

「百合さん、約束覚えてる?」

「なんだっけ?」

 百合は恥ずかしかったので、わざと忘れたふりをした。

「今日、僕は恩師や周りの人に、君を婚約者ですと紹介する。良いよね」

「・・・はい」

 百合の耳がみるみるうちに真っ赤になった。こんな時に、こんな形で、言われるなんて予想外の事だったので、百合はかなり動揺しているようだ。しかし、直球勝負の彼の言葉は、下手な台詞まわしの言葉より、ズバリ彼女の心に突き刺さったことは間違いない。

 会場に着くと、入り口で恩師の片山伯道が待っていた。東は百合の手をしっかりと握り、少し急ぎ足で片山のところまで彼女を連れていった。

「片山先生」

「おお、東君。待っていたよ。そちらのお嬢さんは?」

「あ、はい。私の婚約者で、花田百合さんです」

 片山は百合の顔をジッと見つめ、何やら考えているようだ。

「どこかで、お目にかかった事がありますね」

「はい、多分彼の絵の中で・・・・」

 はにかみながら答える百合の言葉を聞いて、彼は右手で作った拳で左手の平を叩いた。

「おお、そうか。あの妖精さんは貴方だったのですね」

 片山は、にっこりと人懐っこい笑顔で百合に微笑みかけた。

「まあ、中に入りましょう。表彰もありますから」

 中に入り、表彰を受けると早速、何人かの画商が、東の所に挨拶に来た。近々、村にも挨拶に来るという。流石に最高峰の展覧会で入選すると、一気に画家としての道が開ける。名前が売れ始めるとこんなにも待遇が違うのか。今までは見向きもしなかった者たちが、次々と東を先生と呼んで集まってくる。百合はそんな姿に、不安を感じた。もしかしたら、有頂天になって、村の生活を忘れてしまうのではないか。そんな百合の気持ちを読んだのか、東は彼女のもとに歩み寄り、耳元で囁いた。

「僕は、村から離れる気持ちはないし、君を絶対に手放さないよ」

 百合は言葉にならない声で、「はい」と答え俯いた。展覧会が終わると、二人は村に帰り、村長宅に挨拶に行った。村長夫妻は、結婚の挨拶と思っていたのだろう。東の話を聞いて、仰天した。

「先生、ほんとかい。いやあ、大先生になっちまった。こりゃあ村を挙げてのお祝いをしなくちゃなんめい」

 早速、村長は辺り構わず電話をしまくっている。とはいえ、問題は会場だ。とりあえず村の公会堂を使うことにしたが、どれだけの人が集まることやら。

「村長、その時に一緒に僕らの祝言もお願いしたいのですが・・・」

「今はそれどころじゃない・・・って、なんて言いましたか」

「だから、結婚式もお願いしたいのですが」

 夫妻は、飛び上がらんばかりの歓声をあげた。

「めでたい、めでたい。良いこと付く目だ。母さん、徳さんを呼びなさい」

 英子が徳さんに電話をすると。銀次と二人で飛んできた。そのはしゃぎようといったら、まるで我が事のようだ。

「百合ちゃん、おめでとう」

 徳さんの第一声に百合は感無量のようで、言葉を発することなく、ただ「うん」と頷いた。それからはまるで、宴会のような騒ぎになったが、急な展開で百合が疲れているからと、適当な時間でアトリエに帰った。

 アトリエに帰ると、流石に百合は疲れたのか、少しぐったりしている。

「今日は疲れただろう。もし良かったら僕の腕枕で寝てみませんか」

 その言葉に、百合は見事に反応した。

「はい、お言葉に甘えます。旦那様」

 二人は東のベッドに入り、彼の肩に百合が顔を乗せた。

「百合ちゃん、明日君に見せたい絵が有るんだけど」

「ずっと内緒で描いていた絵ですね、鶴男さん」

「そうです。貴女のために描いていたんですよ。よひょ子ちゃん」

 彼が百合の髪を軽く撫で、「僕の人生最高の絵を君に貰って欲しいんだけど・・・」と言った時には、既に疲れたのか、百合は心地よい寝息を立てていた。

「おやおや、今日は本当に疲れたんだね」

 東は百合の髪に優しく口づけをして、目を閉じた。

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