第5話 出展に向けて

 東の作品は百合の協力を得て、どんどんと進んでった。予定では、作品は五枚の組作品。それぞれの絵の中に、百合が森の中で、佇み戯れる姿が配されている。

 毎日のアトリエでの共同生活。外出するときも常に一緒。そんな二人の姿を見て、村人たちが黙っているはずがない。案の定、村長室では例の四人組が、井戸端ならぬ村長室会議を開いていた。

「結婚もせぬ二人の男女が、同じ屋根の下にいつまでも一緒に暮らすと言うのは、まずいよな。早く結婚させちまおう」

 村長の言葉に、副村長の越川も頷いている。しかし、村長の妻の英子と副村長の妻の徳さんは、断固反対を唱えた。

「二人は漸く心を通わせあったんですよ。周りが結婚を急ぎすぎて、破談になったら元も子もないですよ。ねえ、徳さん」

「奥さんの仰るとおりだ。今は温かく見守ってあげなくちゃ」

村長と副村長は、お互いの顔を見合わせ、頭を掻いた。

「しかし、男衆の気持ちも分かるがね」

「そうね。二人が結婚してくれれば、村としては三十年ぶりの婚姻届ですものね」

「もうそんなになるか」

「百合ちゃんの両親が最後だから」

「そうだな、結婚となれば村を挙げてのお祭り騒ぎになりそうだな」

 村長が感慨深げに、大きく息をすると、他の三人はうんうんと頷いていた。

 確かに、アトリエの周りは、俄かに騒がしくなってきたようだ。二人の様子を伺おうとしているのか、村人たちが頻繁に廃校の周りを通り過ぎるようになってきた。かといって、目障りだから通らないでくださいなんて、二人には言える筈もない。

「最近、この周辺がやけに賑わってきたね」

「若い男女が二人で暮らせば、噂は立つものですよ」

「そうだね、こんな山奥の娯楽のない小さな村なんだから、仕方ないか」

 二人は、全くお構いなく共同生活を謳歌しているのだ。あまりに堂々としているので、周囲も噂の立てようがない。だから結局、様子を伺うしかないのだ。二人の生活は徹底していて、東のスケッチには必ず百合が付き合うが、アトリエでの作業中は、百合も自分の仕事に没頭する。そして寝室もお互いに別々の部屋を持っている。要はけじめだけはキチンとつけようという、東の提案をしっかりと百合も守っているのだ。

 東は自然の風景の中に、どの様な姿で百合を配置するか、悩みに悩んだ。そのためにも、時にはアトリエの中で、彼女のヌードをデッサンすることもあった。流石に彼女の肢体は若々しく、スタイルも言うこと無しの美しさであったが、絵の中に描き入れる事を躊躇ためらった。何度も何度も森の中に行くなかに、木漏れ日のシャワーを浴びる彼女、水に戯れる彼女、木の声を聞く彼女、木の枝に佇む彼女の四枚の絵を完成させた。

 兎に角、最高の作品を手掛けたいと思っていたので、スケッチやデッサンにかなりの時間を費やした。その為、一年近く有った時間もあっという間に過ぎてしまった。そして、いよいよ展覧会に出品の時。百合の車に絵を積み込み、いざ出発だ。

「果たして、どの様な評価を受けるか・・・」

「評価ですか、私の評価は入選です」

 百合のストレートな返事に、思わず喜ぶ東。そう、自分の絵を初めて好きになってくれた彼女の評価。それだけで彼は満足できた。

「そうだな、君のその評価だけで充分満足です」

 二人は、笑いながら車を走らせた。東は既に入選を果たしたような気分だ。それ故に作品を持ち込む時は全く緊張することはなかった。

 出展会場には、美大の恩師も審査員として来ており、目ざとく彼を見つけ話しかけてきた。。

「東君じゃないか。久し振りだなあ。どうだい最近の状況は」

「相変わらずの貧乏画家です」

「そうだ、結果を知らせるから、電話番号を教えておきなさい」

「はい」

 彼は、恩師に電話番号を教え、会場を後にした。

 村に帰ると彼は何やら、絵を描き続けている。百合が見たいと言うと、できるまでは見ちゃいけないと断られた。これこそが、彼が百合の為に心を込めて描いている、彼の生涯をかけた最高傑作なのだ。

「まるで東さんが『おつうさん』になったみたい」

「おつうさん?」

「そう、羽を一枚一枚抜いては、筆にして絵を描いてるの」

「ああ、鶴の恩返しね」

 東は笑っている。

「じゃあ、私は鶴男君と呼んでもらおうかな」

「プププ…」

 百合は思わず吹き出した。

「じゃあ、私は『よひょ子』さん・・・て、アハハ」

 もう、一人で腹を抱えて笑いっぱなしだ。

 鶴男君とよひょ子さんは、二人でケラケラと笑いこけた。こんな冗談を言いながら、貧しいなりに生活する。なんと楽しいことか。世間の人々は、どんなにお金を稼いできても、しがらみや成績に追われ、苦しさを酒で紛らわし、挙げ句の果てに病気に掛かる。しかし、二人は貧乏ではあっても、自然に囲まれ、温かな人情に触れ、元気に暮らしている。そんな小さな幸せを二人で噛み締めているのだ。東の気持ちは決まっていた。例え入選しなくても、百合を伴侶として暮らしていこうと。

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