第1話 召喚

これはこの土地で生まれた最古の英雄と皇の神話。

後に彼らが神になることを神々に赦されるまでの壮絶な人生を綴った物語。

幼い頃、誰もが必ず聞かされる神話譚。

子守唄の代わりに語られる英雄譚。

少年は彼の神話に憧れ、少女は彼の神話に魅了される。

全ての子供が夢を見る話。



神聖ジリール皇国 現聖皇レジファー・ジリールの次女である第2皇女 メアリー・ジリールもまた、この神話に心を打たれた女性だ。

この神話に憧れて、神となった2人の主人公のような青少年を探したこともあった。

この神話は余りに2人の主人公の姿や内に秘めた思いを描く場面が少ない。だからこそ、女性の妄想が幾らでも出来るのだ。

メアリー・ジリールはこの2人の青少年として妄想を繰り広げた。


――だが、何故そんなことを今思い出したのか?


その問いに彼女が答えるのは簡単だった。

彼女はその神話の英雄の1人を召喚しようとしているのだ。彼女が召喚をしなければいけないのは、人々に英雄王と謳った英雄 ジルク・アラスカである。

その逸話や伝説は数知れず、偽りが幾つかあるのではないかと思う程の量である。だが、その全てが実話であることを知る由もない。


此処は神聖ジリール皇国が独自に開発したこの国に所縁のある英霊、神を召喚させる装置というよりは術式と言った方が正しい。

1回の召喚で降霊術又は降神術か、召喚魔術の何れかを用いて行われる。


彼女が今回使うのは召喚魔術である。

召喚したい者が生前、花見離さず持っていた武具などを触媒として利用することが多い。

その者の形見となる品を触媒として利用することで結び付けられた形見となる品が召喚したい者と強く結ばれていれば、召喚したい者を呼び出すことが出来る可能性が一気に高まる。

後は魔力を魔術回路又は魔術式と言われるところに流し込む。そして、最後に召喚魔術の詠唱が終わるのと同時に魔力供給を停止する。

召喚魔術は簡単に出来ることではない。特に最後の魔力供給を詠唱が終わると同時に停止させるという部分はかなり難しい。超一流の使い手でなければ出来ない神業だ。

召喚魔術の結果は流し込んだ魔力の量や魔力の質で片寄ることが多い。後は運だ。


メアリー・ジリールは手順を間違えることをなく、難なくこなしていく。一歩間違えれば、大惨事に成りかねないことを承知しながら平然とやってのける。


――これが聖皇家の血筋なのか。


と、貴族の一人がぼそっと呟く。

そう思ってしまうのも分からなくはなかった。メアリー・ジリールは若冠18才という若さでこの偉業を成し遂げようとしている。


それを目の前で見つめている魔術術や魔法師が嫉妬や憎悪の感情を抱くのも仕方がないことなのかもしれない。

自分より1つや2つも世代の下の人間に負け、先を越されるのは彼らにとっては最悪でしかない。これのまでの鍛練も研究も何もかも全てが無駄だったと言われているような感覚に陥ってしまう。

例え、それが超一流の使い手でなければ出来ない神業だとしてもだ。

ここで押し黙れるのが大人という存在だと彼らは理解している。だから何も言わない。そして言えない。

魔術師や魔法師はプライドの高い者が多い。プライドは高く、自分の美学がある。その美学に反することを彼等はしない。そう、ここで何か嫉妬丸出しの発言をするのは彼らの魔術、魔法に対する美学に反するのだ。


魔法や魔術に携わる者達にそのような感情を抱かれていたことも露知らず、彼女は最後の大一番に取り掛かる。


神名 軍神で英雄王とも人々に謳われる彼が死ぬまで離すことがなかった3本の刀。

それらは二種類に分けられる。

1つは大太刀が一振り。

もう1つは太刀が二刀。

これらを召喚の祭壇に置く。


そこで彼女は詠唱を始めた。それは英霊や神を召喚するもの。


――『神聖ジリール皇国 第2皇女 メアリー・ジリールである私は血と魔力を最大限お与えしました。神聖ジリール皇国の建国時から共に戦ってきた英雄王いや、軍神よ。私の前に顕れたまえ。』


彼女の詠唱が終えると、祭壇から膨大な程の光が放たれる。光の眩しさで誰もが目を瞑る。

眼を明けた次の瞬間、そこには1人の青年が立っていた。

その光景を見て、そこに居る者達は呆然と立ち尽くし中、1人の男だけが喜びの声を上げる。


この場所には絶対の権利を持った者とそれを支持する高官や神聖ジリール皇国 第3皇子しか居ない。

その中で喜びに耽っているのは絶対の権利を持った者だけだ。

その絶対の権利を持った者は最初に召喚された神。

神名は賢神。

神聖ジリール皇国の初代聖皇だ。つまり、神聖ジリール皇国を建国したその人である。そして神々に神になることを赦された元人間である。

彼は盃を酌み交わした義弟が此処にいることに喜びを隠せていない。

それだけ、軍神を信頼しているのだ。



1人の高官が賢神に訊ねる。


「あれが本当に軍神という神なのですか?」


「ああ。我が認めよう。我が義弟であり、義兄弟の盃を酌み交わした仲。そして友でもあり、仲間であり、背中を預けられる相棒でもある。彼奴は間違いない。軍神本人である。」


絶対の権利を持った賢神の言葉を疑う者は居ない。だからこそ、彼らはでかい声で叫ぶことしか出来なかった。


――「「「「うおっしゃあーーーーー!!!!!!」」」」



祭壇では第2皇女が倒れていた。それに手を取ったのは第3皇子である。


祭壇から顕れた男。賢神の進言により軍神と確定した人物は祭壇を一蹴りすると一瞬で賢神の元に近寄り、彼をぶん殴った。


その事に第3皇子と第2皇女は驚きの表情を浮かべていた。

また、賢神を支持する高官達は唖然とした表情で固まっている。

何が起きたか、全く察することが出来ていないみたいだ。


そんなことは関係なく、軍神は話始める。


「お前はまた、面倒事に足を突っ込もうとしているのか?神々から下界へと降りる許可は出たのか?」


その反応に賢神も困った表情で答えるしかなかった。


「おいおい、一辺に話すな。落ち着け。」


「ああ、悪い。天界から赦しは出たとは思えんが、まぁ…そこは良い。それで下界へ出てお前は何がしたいんだ?」


「あれ?怒らないのか?」


「これは今に始まったことじゃない。今更言っても無駄だと諦めているんだよ、僕はお前のお人好しさに。」


そう言って呆れ顔になる。


「それでどうなんだ?」


「この国を変えたいんだ。いや、もっと言うと元に戻したいんだ。昔みたいに。」


「おいおい、それをやるのは今の時代の人間だ。こんな召喚をしてくるみたいだから、結構切羽詰まっていることは理解できる。だが、俺たちの願いはもうとっくの昔に叶っている。」


2人の願ったことは生前に達成していると軍神は語る。逸話や伝説が正にその証拠だ。これらの残った伝承は実際に行われたことであり事実なのだ。

神話の一場面にある軍神と賢神が神に願った


――この土地が祝福と繁栄を


という場面もまた実際に行ったことだ。

そして、2人はその願いを叶え満足して死んでいった。今更、思い残すことは何もない。

それなのに目の前にいる賢神は純粋な瞳で此方を真っ直ぐ見ている。


「そう。ホントは俺が出る幕ではないことは重々承知している。それでも喚ばれたんだ。それなら責任を果たすべきだろ。神として。この国を建国した初代聖皇として。」


「はぁ……お前の懐くその感情は分からなくもない。国を思う気持ちが誰よりも強いことは僕が一番知っている。だけど、今更世代を何代も跨いだ後にやるようなことじゃないだろ。」


「分かってる。それでも助けたいと思ったんだ。」


「分かったよ。今は一応、了承する。まずは現聖皇に会うんだろ?」


「ああ。」


目の前で繰り広げられたやり取りの根本にあるのは"信頼"だと誰もが思った。

この間に入り込むことは出来ないことは誰の目にも明らかだった。その事を察せられるぐらいに強い信頼で繋がっていた。

邪魔をすることこそが不粋。どんな人間でも気付くことが出来る。


――彼らのいるのは聖域。誰も立ち入ることが許されない神聖な場所。


そう誰かが語り掛けてくるかのような言葉が聞こえた。これが幻聴でなければ、これを発したのは神だ。

誰しもがそう思う。



倒れて第3皇子に寄り添った状態で第2皇女メアリー・ジリールは2人の神の議論を眺めていた。

正に自分が妄想したことと同じことが今繰り広げられている。自分が想像した少年と軍神と確定した人物は余りにも似ていた。

瓜二つ。そう言っても過言ではない。

体格は勇ましいという感じではなかった。どちらかというと美青年で細身の身体だった。

数少ない伝承などに残る話に偽りがないことが改めて分かる程、伝承と同じだった。生き写しと言っても良いだろう。

伝承にある様に黒髪黒眼。体格も18、9歳の青年とはなんらか遜色ないものである。

賢神の美青年と言える容姿に金髪に白い眼をした白馬の王子を彷彿とさせる感じとはタイプが違った。


それを見ただけで、昔の自分を思い出してしまう。

メアリー・ジリールは第2皇女ではあるが、1人の女の子でもある。乙女なのだ。まだ、歳も10代で夢を見るのは当然である。

カッコいい男性に憧れるのも無理はない。

どれだけ気を保とうとしても、目の前に起きている事柄は新たな神話の1ぺージになることは予想がつく。それを出来るだけで記憶しておくために彼女は必死だ。


軍神と賢神の繰り広げる事柄はまるで演劇を見ているようだった。

演目の一部みたいに全てが出来上がっている。


召喚された青年。その青年を待っていたもう1人の青年。2人で国を護る。

これだけで演目が作れるのではないのかと思わせるほどにプラスの要素が多く詰まっていた。


「姉上?」


メアリーの様子がおかしいことに気付き第3皇子は声を掛ける。

だが、返事は返ってこない。全く聞こえていない。

向こうで繰り広げられているのを見るのに必死で此方には全く気付いてはいない。


第3皇子がメアリーの顔の前で手を動かすが一切の反応はない。

堪らず、頬を軽く叩く。やっとメアリーは第3皇子の方に振り向いた。


「何?」


「いえ、姉上がまるで反応しないので、これはマズいと思いまして、お声を掛けさせて頂きました。」


「ごめんなさい。見とれていて、つい声が聞こえなかったわ。」


「姉上はあの神話の物語が好きだからでしょう。その登場人物と言える2人が目の前にいればそうなります。」


第3皇子は幼い頃、メアリーに毎日のように神話の話を聞かされた。特に差別することなく、内容を事細かく教えてくれるので良い勉強になっていた。

だが、そんなメアリーでも軍神と賢神が登場する物語になると教えるのにも熱が入り、一日中語られたこともあった。

だから、メアリーが軍神と賢神が登場する物語を最も好きであることは察せられたし、理解していた。


今、その登場人物となる軍神と賢神が目の前にいるのだ。見とれてしまってもおかしくはない。

更に女性は物語の人物を想像することを好むのも耳にしたことが幾度があった。

メアリーの想像に近い容姿であったのであろうことも想像はついた。


「でも、2人はこれ程までに強い信頼関係で繋がっていたのね。凄いわ。」


「ええ。男である私もあれほどに信頼を置ける同姓は居ません。あれは正に主と部下の関係というよりは親友や仲間という感じの関係ですね。」


「そう。それが良いのよね。男の友情。グッと来るわ。」


「姉上、少し落ち着きましょう。あっ、話がついたみたいです。」



軍神と賢神が動き出す。

新たな神話が出来上がるその一歩となった。

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神話の軍神と賢神による新たなる神話譚(仮) 神嵜煉 @2626

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