覆面作家企画6 千匹皮姫
【♪王様は狂ってる】
民衆達 『王様は狂っている。実の娘に恋をした。
死んだ妻に似ているが 死んだ妻より美しいと 熱烈に恋をした』
民衆A 『姫様はなんとかして 諦めさせようとした。
花嫁衣装は 時の色がいいと 無理難題つきつけて
諦めさせようとした』
民衆B 『しかし王様は狂っている。姫への愛に狂ってる。
国中の布職人集め 時色のドレス作り出してしまった』
民衆A 『姫様はなんとかして 諦めさせようとした。
お色直しに 太陽のドレス欲しいと
無理難題つきつけて 諦めさせようとした』
民衆C 『しかし王様は狂っている。姫への愛に狂ってる。
国中の金を集め 太陽のドレス作り出してしまった』
姫、下手から賢女とともに現れる。
姫 「どうしよう、おばさま!」
賢女 「今度はこう、お願いなさい」
賢女、姫の耳元で何か囁く。
姫、驚いて飛び退く。
姫 「そんな恐ろしいこと!」
賢女 「親子での結婚を思い留まらせるためです。さあ、お行きなさい」
場面が街中から大広間に移る。
王、上手からゆっくりと現れ、椅子に座り足を組む。
王 『愛しい我が姫よ 今度はなんだ?』
姫 「ドレスをありがとうございました。最後にもう一つだけお願いを
聞いて下さい」
姫 『私と結婚したいなら 毛皮のローブを下さいな。
国中の獣捕まえて 千匹分の皮を剥ぎ ローブを作って下さいな。
どんなに寒い雪の日も 暖かく過ごせるような
千匹皮のローブです……!』
王、大きく頷く。
王 『すぐに用意させよう。待っていなさい』
姫 「そんな……! 待っ」
王、ゆっくりと上手に消える。
姫、追いかけようと手を伸ばすがすぐに諦め、腕を下ろす。
民衆達、現れ、歌い始める。
民衆達 『王様は恋に狂ってる。
愛する姫のためならば どんなに金を使おうと どんなに命を奪おうと
少しも心が痛まない』
民衆B 『国中の獣狩られたならば 俺達は明日からどうなる?』
民衆C 『俺達の食べる肉は? 俺達の着るコートは?』
民衆達 『あぁ王様は狂ってる!』
王、上手からローブを持って戻ってくる。
王 『さぁ姫よ 結婚しよう!』
姫、賢女に縋り付く。
賢女 『ローブを受け取り それを着てお逃げなさい。
ローブを着ている間 あなたが醜くて貧しい女に見えるよう
魔法をかけて差し上げます』
姫、王からローブを受け取り、下手に向かって駆け出す。
王 『さぁ! 披露宴の準備だ!』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
冷房の温度を下げようとリモコンを取ったが、既に24度設定。これ以上は下がらない。
旧校舎の冷房は効きが悪い。室温を下げるのを諦め、さっきの演技の感想を聞こうと佐山を探す。佐山は楽譜を眺めていた。
「やっぱここ、歌やめて台詞にするか。長谷川音程不安定だもん」
「えー、歌あった方が面白いよ」
つい苛々した声が出た。話が聞こえたのだろう、お茶を飲み終えた長谷川君が寄って来た。
「長谷川君、ここ台詞にしちゃおうって言われてるけど、歌のがいいよね? そんなに難しくないし、練習すればなんとかなるでしょ」
思ったよりもきつい言い方になった。長谷川君は明らかにむっとしている。
「俺は正直歌苦手だし、台詞のがいい。その方が演技に集中出来るよ」
向上心が足りないよ。噛みつこうと思ったが、深呼吸。喧嘩をしても仕方が無い。
「演出さんが決めて下さーい」
「じゃ、台詞に変更ね」
体の力が抜ける。また公演の質が下がった。
春公演は先輩達が卒業して初めての公演。だから公演の質が下がるのも、ある程度は仕方が無い。だが今年は例年の春公演に比べても出来が悪くなりそうなのだ。
卒業した代は人数が多かったから、人が急に減って使える予算が大幅に減ってしまった。舞台美術担当だった先輩がいなくなってしまったのも痛い。舞台セットがショボくなる。
それに特に厳しかった団長がいなくなってしまったから、みんな気が抜けていた。「楽しくやれればいいじゃん」という雰囲気だ。
私だって楽しくやりたい。だから、「みんなお客さんから二時間貰う自覚あるの?」とは言えないでいた。
「休憩終わりー。王様と幼い姫のシーンやろ。長谷川と咲希ちゃんこっち来てー」
佐山の呼びかけに咲希ちゃんが駆け寄る。咲希ちゃんは民衆役も掛け持っていて、背が低いのでどうしても目立つ。幼い姫と民衆を同じ子が演っているとすぐに分かってしまうのだが、人数が少ないのでどうしようもなかった。
「ゆめちー、ドレスのサイズ見るから来てー」
「はーい」
衣装係の奈津子には悪いが、衣装の出来も去年より悪くなるだろう。これはどうしようもない。去年の公演の衣装は、去年の団長の彼女さんが作っていた。彼女さんは余所の大学の家政科の人で、授業で作った作品を衣装として提供してくれていたのだ。
「ゆめちー愛子先輩とサイズ近いから去年までのやつ結構着れそうだね。正直そっちのがいいでしょ」
奈津子は疲れた顔をしている。賢女役と衣装係の兼任で大変なのだ。
「うん、ごめんね」
「いいよ。佐山と相談だね。他の衣装とのバランスもあるし」
「そだねー……」
残念ながら佐山とはあまり気が合わない。佐山を見遣ると、長谷川君の歌を「音取れてるじゃん!」と褒めていた。
今の、音は取れてたけどテンポは遅れてたよ。言えなかった言葉はため息に変わった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【♪王子と姫】
王子 『あぁなんて美しい。私はあなたの虜だ』
姫 『王子様 本当に私でいいのですか?
父から逃げて下女になり 卑しい身として生きてきた。
こんな私でいいのですか?』
王子、姫の手を取る。
王子 『どんな過去も 私達の邪魔は出来ない。私と結婚して下さい』
お昼時には混雑している食堂も、夕方になれば空いているので長居が出来る。トイレに行った奈津子を待ちながら、台本に書き込みを加えて行く。父が自分を女として愛していると知った冒頭シーンは、怒りに近い混乱。ドレスのシーンは、恐怖と焦り。
王子に恋するシーンには、特にたくさん書き込む。下女にまで身を落とし、隣国で辛い日々を送っていた姫の前に現れた王子。姫にとって、彼は大きな希望だった。下女から元のお姫様に戻してくれる、救世主様に見えたのだ。それが恋になった。そういう思いを、演技から滲ませていきたい。
王子とのダンスシーンは感情移入がしやすくて楽しい。王子役の菅君は歌もダンスも上手いイケメンで、ただ見ているだけでもキュンキュン出来る。
「ただいま~」
「おかえり~」
「太陽のドレス、去年の使えて良かったね」
「ねー!」
太陽のドレスは去年の「サロメ」の衣装を使いまわすことになった。セクシーな踊り子風のドレスで、金色の飾りがしゃらしゃらと華やかで美しい。佐山は渋ったが、布を足して丈を長くすることを条件に許可してくれた。
「時色のドレスも、シンデレラ使いたかったね~。な~んか佐山とは感性合わなくてやりづらいわー」
「私も」
佐山がサロメのドレスを使うのを渋ったのは、太陽のドレスを赤でイメージしていたからだった。「太陽は燃えてるんだから火でしょ。火は赤でしょ」と。私と奈津子は、「太陽は金色でしょ」と主張。部内みんなで、太陽は赤か金色か、と、幼稚園生のような議論になった。結局多数決で金色派が勝ったので、サロメのドレスが無事採用となった。
シンデレラのドレスが却下された理由は、「使い回しばかりじゃつまらない」から。太陽のドレスを押し通した私達はそれ以上主張しづらく、こちらに関しては引き下がるしかなかった。確かに使い回しばかりになってしまうのは良くないが、新しく買ってきた安いドレスよりは断然良かったはずなのに。いくら奈津子が頑張って手を加えたとしても、家政科の生徒が作った衣装に叶うはずが無い。
「セットもいつ出来るのかな~。結構迫ってるのに全然出来てないね」
「ね~。セット無いと役に入りづらいよ」
「それだけじゃないでしょ。みんなのやる気なさに苛々してるの、ゆめちー演技に出ちゃってる」
「げ」
「苛々するのはしょーがないけど、練習はちゃんとやって。明日は衣装着てやるんだから、ちゃんとお姫様になってね」
奈津子の目が怖い。そんなに態度に出ているとは思わなかった。反省。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
王 『おぉ姫よ どこに行った!
たった一人の娘にして妻。愛する姫!
探せ探せこの世の果てまで。私の元に連れてこい!』
王 「お前のいない人生など、私にはなんの意味もない!」
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衣装を着ると、長谷川君の演技がガラリと変わった。姫を愛する王が、本当に現れる。
「姫よ、私はお前と結婚するぞ!」熱い視線を浴びて思わず、はい、と答えそうになり、そんな自分に驚いた。
あまりに王が魅力的に思えるので、私はうっかり長谷川君を好きになってしまったのかと思った。けれど授業中や休み時間に長谷川君を見かけても、何のときめきも感じない。どちらかと言うと管君を見かけた時の方がときめく。私は長谷川君より管君の方が好みなのだ。それは変わっていない。
けれど衣装を身に纏い、姫として王の前に立ったとき。熱い瞳で見つめられて酔いそうになる。王は姫のためなら何でもしてくれる。姫への愛へ狂っている。それに比べて、王子からの愛は普通だ。ただ美人を見初めたに過ぎない。
あんなに台本に書き込んだのに、王子への想いは浅くなるばかり。姫の想いは遠ざかっていき、ただ私が管君にときめく想いだけが残っている。
私は困っているのに、周りからの評判は良くなった。「演技に深みが出て来たね」等と褒められる。確かに、王の愛を感じる度私は姫に成りきっていく。ただ、それが良いことなのかは疑問だ。
公演はどんどん近づいてくるのに、舞台セットはまだ出来ない。姫は王に惹かれつつあるし、衣装はものによって出来がばらばら。公演がいいものになるはずがない。
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「本日はご来場頂き、誠にありがとうございます。
これより、ミュージカル“千匹皮姫”を上演致します。
どうぞごゆっくり、お楽しみ下さい」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ついに本番の日がやってきた。結局新しい舞台セットはほとんどがただの絵。それだけではあんまりなので、お城が舞台となっているシーンは去年のシンデレラのセットを流用し、それなりに仕上げた。
お客さんの入りはそこそこだ。大きめの教室を借りてしまい心配したが、8割方の席が埋っている。
舞台袖から、姫を探して嘆く王を眺める。娘を、愛する人を、強く強く想う王。思わず「私はここです」と駆け寄りたくなってしまう。
いけないいけない、と首を振る。姫は王子様に見初められ、幸せになるのだ。
出番が来る。舞台に出て、歌い、舞う。下女として、隣国で過酷な日々を過ごす。パーティーの噂を聞く。時色のドレスを着て参加する。王子に見初められる。怖じ気づき、逃げる。またパーティー。太陽のドレスを着て再び参加する。駆け寄ってくる王子。今度は逃げ損ねる。王子の想いを聞き、姫は求婚を受け入れる。
王子との結婚式には、姫の父、王もやってくる。王子と幸せそうな姫を見て、王は自分の愛を諦め、二人を祝福する。
あんなに姫を愛していた人が、他人と結ばれる姫を祝福出来るはずが無い。この脚本の結末は嘘だ。この公演は駄目な公演。舞台セットは駄目、衣装も駄目、そして主演役者は、脚本に異議あり。いい公演になるはずがない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
民衆達『王子様とお姫様の結婚式だ! おめでとう! おめでとう!』
姫 「お父様。私、この方と結婚致します」
王子 「必ず幸せにします」
王 「そうか……父として、お前達を祝福するよ」
王が寂しそうに微笑む。私たちを祝福してくれると、彼は言う。
(嘘です! あなたは私を愛してる。この結婚を祝福出来るはずがない!)
心が激しくかき乱される。王子の手を離して、今すぐにでも王に縋りつきたい……脚本通りに動くことが苦しい。
賢女 「こうして、姫は王子と幸せになりましたとさ。めでたしめでたし」
王子が姫を引き寄せる。あぁキスされる。あんなに私を愛してくれた王の前で、他の男にキスされる!
「火事ー!!」
舞台袖から、佐山が駆け込んできた。Tシャツに短パン。舞台に上がっていい格好ではない。酷く慌てて、両手を振り回している。
「火事! 火事! やばい!」
客席がざわつく。何人かが出口に駆け寄り、ドアを開けて飛び出していく。残ったお客さん達は、どうしていいか分からず顔を見合わせている。
「ね、焦げ臭いよ」
奈津子も賢女の表情では無く、普段の顔に戻っていた。
「ほんとに火事!?」
他の演者も慌て出す。私もどうしていいか分からない。逃げる? 続ける?
――――――――
王 「静まれ! 皆、落ち着け」
――――――――
ふいに響き渡った王の声。その一言で、シン、と静まり返った。
王は大股で出口へと歩いて行き、ドアを開ける。
王 「近い者から順に出よ。慌てるな。走ってはならぬ」
皆、自然に従った。二列に並び、足早に出て行く。
「俺、知らせてくる」
管くんは窓から出て行った。他の演者達も、お客さん達を案内しながら次々に出て行く。
全体を見渡すためだろう。王は舞台に戻って来た。戸惑いながら彼を見上げる。
「はせが、」
王 「私達は最後に出よう」
国を治める者の、威厳にあふれた凜とした姿。その姿に迷いが無くなり、自然とその手を握っていた。もう、何も怖くない。
姫 「お父様、私……」
今なら誰も見ていない。あなたの愛に応えられます。
お父様が私を引き寄せる。あぁ、私はこの瞳に恋をした。この世の誰より私を想ってくれる、この瞳に。
私達は口づけをした。父と娘、禁断の愛は、こうしてようやく結ばれた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
結局火事は大したことなく、燃えたのは衣装が数点のみ。戻って来た管君がバケツの水をかけただけで解決した。佐山が初めから落ち着いて、燃える布を踏みでもすれば済んでいたことだった。
原因もお間抜けで、誰かが機材の上に衣装を放り出していたせい。熱を持った機材が布に火をつけたのだ。燃え移る物が無かったために大事にならずに済んだが、ずさんさに腹が立つ。
私達のサークルは、学校から半年間の活動停止を言い渡された。解散させられなかっただけマシだが、夏公演は出来ない。
それでも、私は火事に少しだけ感謝していた。あの火事のおかげで、姫は本当に自分を愛してくれた人に、応えることが出来たから。
「長谷川君、あの時すごかったね」
「役に入り込んでたから、王として国民を避難させなきゃ、って感じだったんだよ。今考えると変だね」
「役者としてすごいよ。尊敬する。半年何もしないのもったいないし、他のサークル行ったら?」
「客演はやるよ。夢さんは?」
「私は役者はもういいや。合唱部にでも移ろうかな」
「夢さん歌上手だもんね」
私は長谷川君を尊敬するようになったけど、ただそれだけだ。長谷川君も、私に対して何かがあるようには見えない。
愛し合ったのは王と姫。結ばれた二人は、脚本を飛び出してどこかに消えた。あの二人はもう、どこにもいない。
王と姫――王と后は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
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