第3話

「りっ、莉子! ちょ、窓! いや、これってなに!?」

 外を見ないようにしながらカーテンを一杯に引き伸ばして急いで振り返ると、莉子は窓に背を向けて膝を抱えるようにして座っていた。

「なに……麻……衣、見たの?」

 莉子の背中は震えていた。

「み……見たわよ、見たわ。見たってば! 莉子、昨日一体何があったのよっ!?」

「昨日も一階で音がして……でも昨日はお母さんが居たから、きっとトイレにでも行ったんだろうと思って……」

 体だけでなく声までも震わせ、顔を膝に埋めるようにして続ける。

「でも……なんとなく視線を感じて窓のほうを見たら……カーテンの端からお雛様が……」

「お雛様……?」

 麻衣が見たのは、お雛様ではなくお内裏様だった。

「そう……お雛様がこっちを、私を見てたのよ……。もう怖くて……窓を開けて、それを……叩き落としたの……」

 有り得ない――そう思い、莉子に言った。

「莉子、それ……夢じゃないの? 私が今見たのも、もしかしたら目の錯覚かもしれないし」

「私もそう思おうとした……でも朝起きたら、お雛様が落ちてて首が曲がってて……麻衣、私……どうしよう……」

 莉子が髪をかきむしるようにして頭を抱える。

「どうしようって……なんでそんな大事なこと、もっと早く言わないのよ!」

「言ったら泊まりにきてくれないと思って……私……」

 堪らず莉子が泣き出した。

「ごめんね……麻衣……ごめん……」

 謝る莉子の腕を引っ張って、麻衣は「やっぱりうちに行こう。ここにいちゃいけないよ」と言って、彼女を立ち上がらせた。

「うん……」

 と、その時


 ――カタン


 再び一階から音がした。

「なんで? なんで下から音が……お雛様は窓にいたんでしょ!? なんで一階から音が聞こえるのよっ!」

 莉子が泣きながら叫んだ。支える麻衣の体も、次第に震え始めた。

「莉子。さっき言い忘れたんだけど……窓の外からこっちを見てたのは、お内裏様だったわ。お雛様の隣に飾られるお内裏様。お雛様じゃなかったのよ」

「えっ……じゃ……この音は……」


 ――カタン


 そして着物が床に擦れるような音が続く。


 ――ススッ


 不意に莉子が悲鳴を上げた。

「いやぁーっ!!」

 彼女は、ガタガタと震えながら、窓を指差していた。麻衣は思わず振り返り、その指の先を見た。思い切り閉めたはずのカーテンが開いて、窓の外から五人囃子や三人官女、そしてお内裏様がずらりと居並び、じっとこちらを見つめていた。

「あ……いや……いやぁーっ!!」

 麻衣も叫んでいた。ここから早く離れなければ――麻衣は、莉子の腕を再度強く引っ張った。

「莉子! 早く、早く私の家に!」

「う……うん。ちょっと待って、足が……」

 恐怖のあまり足に力が入らないらしい。

「ほら、つかまって! 早く……た――」


 ――コトン


 急かす麻衣の耳に、先ほどまでとは違う物音がはっきりと聞こえた。


 ――コトン……ススッ……


 その音を聞いて、麻衣の足も動かなくなってしまった。

「もしかして……階段を上がってる……?」

「麻衣……麻衣……」

「落ち着いて、大丈夫よ……大丈夫」

 まるで自分に言い聞かせるかのように、莉子をなだめる。

「大丈夫だから。階段が駄目なら窓から……いや、窓には雛人形が……。一体どうすれば……」

 麻衣が焦っているその時、急にお囃子が聞こえてきた。その柔らかい笛の音と太鼓に合わせて、唄うような語るような女性の声が聞こえてくる――。




 女児が産まれしその家に


 御祝として贈られる


 目にも麗しお雛様


 健やかめなる成長を


 見守る使命を背負わされ


 年に一度のお披露目を


 今や遅しと待ち侘びる


 女児に災いあらんとすれば


 我身代わりとなり受けて


 女児嫁ぐ日が訪れば


 我も一緒に嫁ぎにけり


 我は女児


 女児は我なり





「な……なに、この唄……」

 泣くことも忘れて、呆然としたまま莉子が呟く。

「なにって……」

 麻衣は戸惑いながらも、今の歌詞を頭の中で必死に繰り返す。初めて聞く唄だ。しかし、何か意味があるような気がする。


 女児が生まれしその家に――

 女児は我……

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