第14話 潜入
夜のARK社ビル正門前。
ヴァーチャーズ戦士の
すでに辺りは真っ暗で、街灯がポツリポツリとあるくらいだ。バカバカしいくらいの高さを誇るビルを見上げると、まだ残っている社員がいるようで、ところどころに明かりが灯っている。
ビルの周囲は高さ十メートルくらいの塀がぐるりと囲っている。本田の空を飛ぶ智力を使えば飛び越えられるが、この塀には細工がしてあってバリアが地上高く張られているのである。うかつに塀を越えようとすれば、バリアに引っかかってしまうことになる。
試しにバリアに触れるとどうなるか、本田は小石を塀の上目掛けて飛ばした。するとジュッという音とともに小石は蒸発した。人間がこれを越えようとすればどうなるか、考えたくもなかった。
そうなると堂々と正門から行くしかないが、ヴァーチャーズ上海支部のメンバーの情報によると、正門にはセンチネル・アイなるものが門番をしているらしい。
見れば正門には、暗闇に赤く光る丸い物体が八個、人の背丈よりも高い位置にあった。
このセンチネル・アイは自律型のパペットで、従来のパペットのようにサーバーからの命令で動くのではなく、自分で考え自分で行動する次世代のパペットであるそうだ。
単なるパペット相手であれば、アスドナのネットを自由に泳ぎまわれる能力ネット・ダイバーの智力を使えば、EDENから強制ログアウトさせてしまうだけでケリが付く。
だが、自律型となれば話は別だ。
うまくすり抜けられるに越したことはないが、それは難しいかも知れない。
本田が智力を使って再び小石を正門に向かって飛ばした。すると赤い八個の丸い物体が感知したようで、小石に焦点を合わせている。そして青いビームを飛ばして石ころにぶつけた。その途端凄まじい光があたりを照らした。石ころは蒸発してしまった。
本田とアスドナは今の石ころが蒸発する瞬間の光で、赤い八個の物体が何者かとらえることができた。巨大なクモ型パペットである。赤く光るのは目玉だった。
それにしてもこのビルの警備は、よほど物体を蒸発させるのが好きなようである。
「さて、どうする」
本田とアスドナは一旦退いた。
「世界中のケルビムに要請をかけてみる。わたしのケルビム能力と合体させれば、接触ダイブでセンチネル・アイの自律型のCPUを破壊できるかもしれない。問題は……」
「どうやって接触できる距離まで接近するか、だな?」
「そうね。あのビームは手ごわいわ」
「俺がまずおとりになろう。いくらビームを発射できるといっても、連続は来ないだろう。宙を舞っていれば陽動になるはずだ。その隙に走っていけばいい」
「うまくいくかしら。あとはケルビムね。要請に応えてくれるといいけれど……」
アスドナもケルビムであった。ケルビムとはネット上のビッグデータを扱える最高ランクのアークエンジェルズである。下手なスーパーコンピュータよりもデータの読み込みや計算が速い。
アマチュアクラスのケルビムだと自分の趣味嗜好のデータのみを大量に保有している場合が多く、単なるデータ収集が目的のマニアでしかない場合が多い。それでもネットダイバーの智力は高い。
だが、まれに反社会的な思想を持ったケルビムクラスもいて、企業機密を知っていたり、パスワードやシリアルナンバーを知っていることもある。だからセンチネル・アイの弱点を知っていたり、自律型CPUが体のどこにあるのかも知っている。
「来た! 三人のケルビムが応えてくれたわ。ありがとう。ヴァーチャーズの代表として礼を言うわ。この中にセンチネル・アイの構造を知ってる人はいるかしら? パペット工場のデータを持ってる人がいるのね。助かるわ。お腹? お腹にCPUがあるのね。じゃあ、お腹の下に潜り込めばいいのね。わかったわ。じゃあ、合図したら一斉にわたしの体を通して接触ダイブよ。本田君、話はついたわ。行きましょう」
本田とアスドナはギリギリまで歩いて接近していった。不意に本田が宙を舞った。
センチネル・アイの目が本田の不自然な動きを見逃さなかった。そして本田がセンチネル・アイに向かって突っ込んでいくと、センチネル・アイは足を一本本田に向けた。すると先端から青いビームが炸裂した。ギリギリのところで本田はかわす。しかし、二本目の足から再びビームが飛び出した。かわした先の場所に撃たれたビームをよけることはできず、本田は足をやられた。しかし軽症である。体勢を立て直すため、一旦離脱する本田。それを八個の目で追うセンチネル・アイ。
その隙をねらってアスドナはセンチネル・アイに走って近づいていた。八個もある目のひとつでも見つかればおしまいである。
本田は再びセンチネル・アイに接近した。かく乱するため、ジクザグに飛行する。しかし、センチネル・アイは八本ある足のうち四本を本田に向けた。そしてビームを順番に発射した。これにはさすがの本田も避けきれず、肩に直撃した。まさか四本も連続でビームを撃たれるとは予想していなかったのだ。そして地面に叩きつけられる。血が流れている。
「本田君!」
本田を呼ぶアスドナは、至近距離でセンチネル・アイと目があった。アスドナは血の気が引く思いだった。しかし、負傷した本田がアスドナをセンチネル・アイのお腹の下へ滑り込ませた。
「アスドナ、今だ!」
センチネル・アイのお腹にプリンシパリティーズのマークが描かれた部位がある。そこがCPUの据えられた場所だ。
「みんな今よ!」
アスドナはマークの上に手を重ねて接触ダイブを試みる。センチネル・アイのCPU目掛けて精神攻撃を与えるのだ。ネガティブ・ジェネレイターほどではないが、人工知能を破壊するくらいの威力はある。
しかし、アスドナは悲鳴を上げた。攻撃した接触ダイブが、そっくりそのまま返ってきたのだ。精神攻撃を跳ね返す防御機能が備わっているらしい。すると接続していたケルビムたちはいなくなってしまった。
「本当、ケルビムは臆病者ばかりね。こうなったら!」
アスドナはポケットから試験管のようなものを取り出した。封を切って、もう一度CPU目掛けて押し付ける。そしてアスドナは脳を自閉モードに切り替え外部からの精神影響を受けないようにした。こんな器用な真似ができるのはアスドナくらいのものである。アスドナが押し付けた試験管状のもの。これは精神攻撃が通じない相手に、最後の手段として使う切り札だ。精神爆弾とも言うべき、携帯型ネガティブ・ジェネレイター、BLACKOUTをぶつけるのだ。
試験管がパリンと割れる。その途端センチネル・アイが苦しみ悶えだした。裏返しになって暴れて、めちゃくちゃにビームを撃ちまくっている。
殺すことはできなかったが、CPUに致命的なダメージは与えられたようだ。
本田の方を見ると、ひとりで行けと合図を送っている。アスドナはすこし
ガラス戸の入口から人間の警備員が何事かと飛び出してきた。
「センチネル・アイが……。お前何者だ?」
しかし、アスドナが額に指を当てると、その場に崩れ落ちた。ついでに頭の中も読んでいた。
「警備員では、ビルの中のことはわからないか。とりあえず入ってみよう」
本来なら施錠されていて、ARK社員でないと開けられない正面玄関は、間抜けな警備員のおかげで開けっ放しになっていた。
アスドナは人気のないビルに潜入すると、ホールを見回した。受付のところには「本日の案内は終了しました」のボードが置いてある。
その時「ポン」という小気味いい音が響いた。振り返るとエレベーターが階に到着した音だった。
上海市で一番高いビルである。百階以上はあるのだ。一体どの階で降りたらいいのかわからない。
エレベーターが階を動いているのを眺める。36階で止まる。
とりあえずアスドナは36階を目指してみることにした。ボタンを押し、エレベーターがやってくるのを待つ。
待つこと数十秒。やっと降りてきて、扉が開くと中から数人の男が現れた。普通のスーツ姿からARK社員であると見える。残業が終わってこれから帰るところなのだろう。アスドナはとっさに構えた。男たちは何がなんだかわからない様子で、目を丸くしてアスドナを見ている。こんな夜遅い時間に赤いつなぎを着た少女がいるのだ、驚くのも無理はない。
アスドナは男たちの間を縫って気絶させた。そして頭の中も読んだ。
「ドミニオンズ隊員にかかる経費の経理担当者ね。いきなり近づいたわ。ドミニオンズ隊員の階は……72階!」
アスドナはエレベーター内で倒れている男たちを外に出して、エレベーターを動かした。一気に72階へ向かう。緊張で鼓動が早くなる。
ポン、と小気味よい音とともに扉が開いた。
アスドナはエレベーター内に潜んで、外に誰かいないか確認してから、そっと足を忍ばせてホールに出る。
ホールは照明が落とされ薄暗かった。誰もいない。アスドナはホールをくまなく調査したが何もない。
アスドナがホールから廊下を進むと、左右に扉に窓があり明かりが漏れている。中の様子は分からない。きっとこの部屋のどこかにドミニオンズ戦士がいるはずだ。
ふとその時、扉が開けられた。アスドナは身構えたが、それともホールへ戻るか一瞬迷った。
現れたのは魔遊だった。ほっと胸をなでおろしたアスドナは魔遊の手を取って、ホールへと戻った。むしろ魔遊の方が驚いていた。こんなところにアスドナがいることに。ふたりはホールの隅のソファに座った。長身のアスドナと小さい魔遊は姉と弟のようだった。
「魔遊、無事だったのね」
アスドナはまるで仲間に声をかけるような口調だった。
「ああ、まあ」
それに対して魔遊は曖昧な返事しかできなかった。別にアスドナと仲がいいわけでもないのだ。
「ここのドミニオンズの連中はどう?」
「どうって……別に……いや嫌な連中だ。不安で胸がムカムカする」
安堂博士の言葉は興味をそそられたし、あまりに色々なことを言われたので頭を整理しないといけないと思っていた。それに対し、ドミニオンズの隊員たちはみんなどこかクセのある連中だった。唯一、アザエルだけはまともに感じられた。
「それだったら、ヴァーチャーズに来ない? ここよりはずっといいわよ」
「どんな風に?」
不意な誘いに魔遊も思わず興味をそそられた。ドミニオンズと比較して、どちらがいいか値踏みしたかった。
「家庭的よ。みんな和気あいあいとしてるわ。ドミニオンズなんて言ってみれば企業、組織だから、殺伐としてるでしょ?」
魔遊はみんな和気あいあいと聞いて、頭が重くなる思いだった。結局人と人との接触をしなくてはならないのだ。この瞬間も、72階のフロアに渦巻く悪感情の波に揺り動かされ、気分が悪くなっていたのだ。今も気分転換に誰もいないホールに行こうとしていたのだ。
「人の多いところは嫌だ。みんな俺を嫌っている」
「そんなことないわ。魔遊は立派なセラフィム候補よ。もっと自信を持ってもいいわ。ドミニオンズが勝手にリークしてる情報と違って、ヴァーチャーズでのセラフィムはね、ひとりだけじゃないの。アークエンジェルズやパワーズ誰もが可能性を秘めているの。そして各々のセラフィムは自分だけの新世界を作り出すことができるの」
安堂博士の言っていたドミニオンズのセラフィムとは少し違っていることに、魔遊は疑問を抱いた。セラフィムが複数いるとはどういうことか。ひとりだけではないのか。
少し興味をひかれたし、もう少しヴァーチャーズのことも聞きたかったが、今の魔遊は安堂博士の話や、闇が立ち込める72階の雰囲気で気分がすぐれなかった。次の機会にでも聞かせてほしいと思ったが、ARK社のビルに忍んで入ってきてるアスドナにまた会えるとも思えなかった。というより何しに来たのか。アスドナは熱っぽくセラフィムのことを言っているようだったが、残念ながらもはや魔遊の耳には入ってこなかった。それに気づいたアスドナもこれ以上説法じみたことをするのはやめにした。
「魔遊、このフロアにサーバーがあるのを知らない? 大きなコンピュータよ」
アスドナは話題を変えた。しかし魔遊は首を横に振った。
「だれかそこにいるの?」
不意に廊下から声が聞こえた。こちらの話し声を聞きつけて、やってきたのだろうか? アスドナは動かずじっとしている。アスドナの赤いつなぎでは目立つと思われたが、うずくまってじっとしていると薄暗いホールでは意外と周囲と溶け込んでいた。しかし、白いドミニオンズ支給の服を着ている魔遊はよく目立つ。
「あら、魔遊じゃない」
と声をかけたのは、魔遊の向かいの部屋の少女ラマシュだった。この子だけはなぜか友好的に話しかけてくる。
「昼間はみんながいておしゃべりできなかったけど、今ならできそうね。となり座ってもいい?」
と、少女が近づいたその時、じっとうずくまっていたアスドナが飛びかかり、額に指をトンと当てた。そして少女は意識を失いその場に崩れた。
「サーバーの場所はわかったわ。魔遊、ちょっと用事をしてくるわ。その間に、ヴァーチャーズに来るかどうか考えておいて」
アスドナはホールから廊下へ進んだ。この廊下でまた誰かに合わないことを祈りつつ抜ける。そして小ホールに出る。向かって左手は医療室。そして右手に実験室。さらに右手にサーバー室がある。
サーバー室には当然のように鍵が掛かっている。
アスドナはケルビム能力を使い、目の前の鍵メーカーと品番を割り出し、構造を把握した。そして、EDEN経由で仲間のヴァーチャーズから物体を動かす者に頼んで、アスドナの体を通して鍵を開けてもらう。
サーバー室は簡素な部屋だった。巨大な冷蔵庫のような塊がいくつも並んでいて、凄まじい熱を発している。それらを冷やすための扇風機が天井に何基も並べられ轟音を立てている。
アスドナは端末の前に行くと、画面を開いた。誰でも違和感なく操作できるように、単純なGUI画面になっていた。アスドナは得意の智力ネットダイバーで、サーバーの中を泳ぎ回り、自身のケルビムのビッグデータに取り込んでいく。
「ドミニオンズ隊員のデータは必須ね。それから、上海市在住全てのアークエンジェルズのデータまであるのね。ちゃんと管理してるのね。しっかりしてるわ。ドミニオンズにおけるセラフィムのこともあるわ。ヴァーチャーズでのセラフィム観とはやっぱり違うわね。だからさっき魔遊は不可解な顔をしていたのね。でもいい参考資料だわ。MADのこともあるわ。これは運がいいわ。いい情報を得たわ。他にめぼしいデータは……ん? 他の国の支部のサーバーにアクセスできるようね。大元はどこかしら……え? 日本? そんなまさか? あ、まずい攻撃型ビッグデータに見つかった。逃げないと。ダメだわすごい勢いで追ってくる。ああ、しまった!」
端末の画面からどす黒い腕が伸びて、アスドナの首を絞めた。そして精神攻撃を加えられ、アスドナは意識を失った。
ホールで休んでいた魔遊は、いつまでも帰ってこないアスドナのことをその内忘れて自室に戻った。そして、自分へと流れ込んでくる負の感情に頭を痛めるのだった。
一方気を失っていたラマシュは、夜中に目を覚ました。記憶はなくしており、なぜ自分がホールで寝ているのかわからず、すぐに自室へ戻った。
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