第15話 初陣

 朝のARK社ビルの71階。ここはドミニオンズ隊員専用の食堂になっている。

 同じ時間にそろって朝食を取る隊員たち。ここでは時間厳守で、寝坊などしようものなら、食事は片付けられている。これは昼食、夕食も同様で、きちんと時間を守れない者は食事ができないのだ。社会の基本ルールを身に付けるために行っていることだ。これは安堂博士や松田も例外ではない。

 反面、三度の食事以外には、食べ物は提供されない。お菓子などもってのほかだ。

 しかし、今朝はいつもと様子が違っていた。

 安堂博士が朝食前にみんなの前に立ち、これから何かを伝えようとしている。神妙な顔つきをしており、テーブルについている隊員たちを見渡した。そして全員揃っているのを確認した。普段安堂博士はほかの隊員たちから少し離れた位置で松田と一緒に食事をとる。その松田はひとり離れたところでぽつねんとしていた。

「昨日、プリンシパリティーズが、再び貧困層の地区を襲撃した」

 貧困層襲撃、と聞いて魔遊と護は顔を見合わせた。

「ベトナム貧民街から、プリンシパリティーズに対してサイバー攻撃が行われたことへの報復、ということらしいが、ベトナム地区のほとんどが壊滅状態でこれは過剰防衛ともいえる行為だ。先日の日本人街襲撃の時もそうだったが、プリンシパリティーズによるフォーリンエンジェルズやグリゴリへの報復はもはやメタトロンの私怨しえんと言ってもいいくらいだ」

 安堂博士はそこで言葉を切って、魔遊と護を見た。護はうんうんとうなずいている。魔遊は少し考えてからうなずいた。ベトナムと聞いて知り合いのグリゴリ団がいる地区に違いない、と思ったからだ。

「詳細は分からないが、フォーリンエンジェルズやグリゴリだけでなく、住人全て被害をこうむったらしい。何の関係もない女子供もだ。これらの行為は目に余るものがあり、今後も続けられる恐れがあるため、昨夜ARK社上層部によってメタトロン暗殺の命令が下った。もはや彼はパペットを私物化し、目あたりしだいグリゴリのいる地域を襲撃しようとしている。よって、これから我々の選抜メンバーにてメタトロンの私邸に向かう。以上だ。まずは食事をすませるように」

 安堂博士は報告を終えると自分の席に着き、朝食を食べ始めた。

 今朝のメニューはハムサンドにポテトサラダ、リンゴにヨーグルトだった。厨房には専属の調理師がいる。すっかり頭の禿げ上がった恰幅のいいおじさんだった。いつもニコニコしている。

 普段なら食事時間は厳守で、時間を過ぎたら下げられてしまうが、今回のように外に用事がある場合は例外である。事前に事情を言っておけば、取っておいてもらえるようになっている。だから昼食までに用事がすまくても気にする必要はない。

「魔遊、ベトナム地区が襲撃されたということは、俺たちの仲間のグリゴリ団がやられたということだ」

「しかも、関係ない人も無差別だ」

 魔遊と護はふたりで怒りの炎を燃やしていた。

「俺たちが選ばれないかな、選抜メンバーに。恨みを晴らしてやりたい」

「入ったばかりでどうかな」

 ふたりでコソコソしているところに、李美耽とベルゼバリアルがやってきた。後ろには馬火茂もいる。

「何、ふたりで内緒話をしているの? ふたりとも研修を兼ねた実戦よ。あたしとベルゼバリアルがメインで戦うから、バックアップお願いね。馬火茂はあたしたちを空中に飛ばしてくれる運び屋よ。さ、食べ終わったら戦闘服に着替えてホールに集合してちょうだい」

 いつの間に発表があったのか、李美耽がキツイ言い方で魔遊と護に釘を刺すと、スタスタと食堂を後にした。ベルゼバリアルがベタベタしようとしているのをうまくかわしていた。その後を馬火茂はコバンザメのようにくっついていく。馬火茂は何度も魔遊たちをチラチラと振り返りながら去っていった。

 護は自然とガッツポーズをした。元仲間の恨みを晴らしてやることができるチャンスが巡ってきたのだ。

 とはいえ、強引に入隊させられたばかりの魔遊と護に、いきなり実戦とはどういう考えなのか。それがたとえ研修だとしても。もし魔遊と護が心変わりして、李美耽たちを攻撃するという考えはないのだろうか? また外に出られたのをいいことに逃げ出すリスクもあるはずだ。どこまで信頼されているのか分からないだけに、不気味さがあった。

「何を考えている?」

 そんな魔遊たちの考えを見抜くように、安堂博士が声をかけてきた。

「李美耽とベルゼバリアルの戦いを見ておくといい。本当のオファニムの戦いというやつをな。勉強になるぞ。智力は強ければいいというものではない。自分の中の智力を扱いきれるかどう使うかだ。魔遊にもオファニムの称号を与えるのだから、それなりの期待をされているということを承知しておくように。これはわたし個人だけではなく、ARK社全体の意志だということを忘れるな」

 今朝、この食堂に来たとき、安堂博士から言われた第一声が、魔遊のオファニム合格だった。昨日の夕方に医療室で行われた検査の結果だという。だが魔遊はARK社全体の意思、という言葉に虫ずが走る思いだった。一方の護はなぜ自分はオファニムになれないのか? そこにこだわっていた。同じタイミングでドミニオンズに入ったのに、これまでずっと一緒にやってきたのに、魔遊と水をあけられたような気がするのだった。

 本当に自分はこのままの流れでドミニオンズの隊員になってもいいのか? 魔遊は自問していた。護はドミニオンズに入隊できたことを喜んでいるが、本心なのだろうか? 護がよろこんでやることなら自分もやってみようかという気になりつつある魔遊ではあるがそれは本心ではない。ただ流れに乗っているだけだ。もうひとつ付け加えるなら、詩亜がドミニオンズに入隊すればいいと言っていたから、ということである。

 

 朝食を終え、自室で戦闘服に着替え、ホールに行くとすでに李美耽たちが待っていた。

「ふん。怖気づいて来ないかと思ったが、ちゃんと来たな。では行くぞ」

 李美耽は一方的に言うと、エレベーター脇にある先ほどの食堂に降りる非常階段のある戸を開けた。

 簡素な鉄製の階段がある。一階上に行くと、そこは何もないがらんとしたフロアだった。普段全く使われていないようで、床にホコリがたまっている。

 すぐ目の前の壁には戸が備え付けられている。ベルゼバリアルが重そうな戸を軽々と引き開けると、びゅうと強風が吹きつけてきた。

 73階から眺める上海市が見えた。高さを競い合うビル群がまるで力を誇示するかのようだった。その先には長江、さらに先には東シナ海が見えた。

 戸をくぐって、バルコニーに出るとさらに風が強まった。それだけ地上から高いのだ。ここのバルコニーには手すりなどなく、ひとつ間違えば転落の危険性があった。ベルゼバリアルが戸を閉める。

「目標はプリンシパリティーズパペット工場内にある、メタトロン私邸だ。敷地内は相当広いぞ。では行くぞ。馬火茂!」

 李美耽が強風で長い髪を乱しながら大声を上げた。馬火茂が李美耽、ベルゼバリアル、護、魔遊、そして馬火茂自身を宙に浮かせると、ゆっくりビルの際まで移動していった。もうそこはビルの真下が見える場所で、魔遊と護は目がくらむようだった。と思う間もなく、五人ひとかたまりが地上三百メートル近くある高さで浮いていた。

 さて、このビルを取り囲む塀から上にはバリアが張っているのだが、ちょうどこの地上三百メートル付近で途切れているのだった。というより、ドミニオンズ戦士が飛び立つ73階あたりでバリアが切れるように設定してあるのだった。

 馬火茂はゆっくりとバリアの上を超えると、そこから急発進した。

 魔遊は車にもバイクにも乗ったことはない。今まで体験した高速移動するものといえば、スーパージェットシューズくらいだった。今、空を飛んでいる速度はスーパージェットシューズをも超える速さだった。しかも空を飛んでいるのである。見渡す限り街並みが眼下に広がり、米粒のようだった。

 最初は飛行に対して恐怖感が先立っていたが、慣れてくれば実に快適だということが分かった。そしてなんと便利な智力なのだと感心する。大空を飛ぶという素敵な知力の持ち主は、ネチネチとした性格なのだから分からないものである。

 馬火茂は徐々に高度を下げつつあった。そして郊外のプリンシパリティーズのパペット工場の敷地内にあるメタトロン邸を目指していた。

 意外と知られていないことなのだが、パペット工場を取り囲む塀にもバリアが設置されている。これはARK社情報だから間違いない。ただ、そのバリアがどれくらいの高さまであるのかまでは不明である。ARK社ビルはドミニオンズが空中発進する高さに合わせてあるのだが、だからといって同じとは限らない。

 結局のところ安全に行くなら、正門から行くしかないのである。しかし、その正門にはARK社と同じくセンチネル・アイがいた。だが、馬火茂は高速でセンチネル・アイの上を超える。センチネル・アイが反応できないほどの速度だった。だが、工場内に不審者侵入の警報が鳴り響く。同じARK社所属のドミニオンズ隊員に対して警報とはおかしな話だった。

 警報と同時にブレード・ウイングが一斉に現れた。本来は偵察用のパペットだが、いざとなれば攻撃も行う。名前のごとく、羽に刃が取り付けられていて、体当りされたら大怪我どころではすまない。またロケット弾も装備してる。

 馬火茂は一旦空中で止まった。ブレードウイングの群れが壁を作っていて、これに突っ込むことは命取りである。ブレード・ウイングの後ろにはロケットを装備したプリンシパリティーズの人間兵士がいる。そうこうしているうちに、地上にはブレイブ・ファングがどんどん集まってきていた。その中にはアングリー・ブル、ギガント・アームが混じっている。

 何かがこっちに接近してくるのが見えた。

 と思った瞬間、その何かがあっという間に後ろに飛んでいった。凄まじい速度だった。恐らくロケット弾だろう。すると何発も発射されてきた。魔遊は思わず体を縮こませた。だからといって弾に当たらないわけではないが、本能がそうさせていた。

 しかし、李美耽が炎の壁を何重にも作ると、ロケット弾は全てその業火に焼き尽くされてしまった。高速で飛んでくる物体を一瞬で焼き尽くすとは一体どんな炎なのか? これがオファニムの智力なのか? 魔遊と護は呆気にとられてしまった。

 再びブレード・ウイングに接近する。もはやロケット弾は撃ち尽くしてしまったようで、体当たり攻撃をしてきた。

 今度はベルゼバリアルの出番だった。刃のように薄い皮膜の水流を飛ばしたかと思うと、ブレード・ウイング自慢の刃をも切り裂いてしまった。また違うブレード・ウイングには高圧に圧縮された水玉をぶつけた。水とは言え鉄の弾丸のように飛んでいきブレード・ウイングを破壊した。やはりこれもオファニムの智力か。

 火と水。単純な能力だが、応用次第でこうも使える能力になるのかと魔遊と護はもはや感心するしかなかった。

 するといつの間にか、ブレード・ウイングに混じって、新型のパペットが現れた。姿は蝶である。素材が何で構成されているのかわからないが、ふわりふわりと宙を舞っている。しかもこの蝶、目から青いビームを撃ってくるのだ。このビームばかりは李美耽の炎もベルゼバリアルの水も効かない。攻撃しようにもふわりふわりとしていてとらえどころがない。

 これには李美耽とベルゼバリアルは困ってしまった。その時李美耽が馬火茂に目配せをした。馬火茂はうなずく。すると魔遊と護は宙から地面へ落っこちてしまった。落ちた先はブレイブ・ファングの上。目の前にはギガント・アームがいる。

「やばいぞ、魔遊。どうする?」

 魔遊は上空の李美耽たちを睨んでいた。わざと落としたに違いない。

 パペット工場は正門からメタトロンの私邸まで約二キロメートルある。今、空中を飛んである程度進んではいるが、まだ一キロメートルくらいはある。

 とにかく魔遊はメタトロンとやらを暗殺する気は十分にあった。プリンシパリティーズ上海支部を統括し、日本人街を襲撃した恨みは忘れていない。そしてベトナム街襲撃の知らせにまた新たに怒りを覚えていた。

「メタトロンを倒しに行く!」

 魔遊は初めてといっていいほど、自らの意思で決意した。いつも自分の殻に閉じこもってばかりいるのに。これは状況が魔遊を成長させた結果ではあるものの、足踏みや後ろ向きになるよりはましかもしれない。

 そして怒りのエネルギーが源とはいえ、今は余計なことを考えている余裕はなかった。パペットたちに取り囲まれているのである。

 魔遊はメタトロンへの怒りを表に出した。すると何本もの赤黒い腕が触手のように伸び、周囲のパペットを強引につかんだ。その途端パペットの頭は弾けとんだ。この時魔遊は、これまでとは智力の発現に違いがあることに気づいた。従来よりも楽に智力が出せるのだ。そして少ないエネルギーで大きな力が出せる。これがノックヘッド・ドミニオンズ・カスタムの威力か。

 その横では護が面白そうに、ブレイブ・ファングを爆発させていた。手をかざすだけで、標的のブレイブ・ファングがいとも簡単に破壊できるのだ。しかも離れていても。護はどうしてこれだけの智力があるのにオファニムになれないのか不思議でしょうがなかった。だが、パペットをおもちゃのように簡単に壊せる快感に浸るあまり、段々と頭の中に慢心が芽生えてきていた。

 今の魔遊と護の前には、ギガント・アームですら赤子の手をひねるようなものだった。今ここにいるギガント・アームはサーバーからの命令で動く、量産タイプのものだった。

 護の攻撃の範囲は約五メートル。ギガント・アーム自慢の、馬鹿力のパンチから離れた場所から破壊できる。そして魔遊のネガティブ・ジェネレイターにかかると一発で脳が破壊されてしまう。

 ふたりはパペットたちを蹴散らしながら、メタトロンの私邸目指してスーパージェットシューズで高速移動する。

 それにしても。と、魔遊は思った。ここはプリンシパリティーズパペット工場であり、メタトロンの私邸もある敷地である。人間がほとんどいないのだ。なぜなのか?

 工場の建家が途切れ、たくさんの長方形に区切られた平面の場所に出た。ここは富裕層たちが車を止める駐車場なのだが、魔遊にはここが何を意味するのかわからなかった。ここまできて前方に白い贅沢な建物が見えてきた。芝生があり噴水も見える。

「ここから先は進めません」

 メイドパペットが現れた。感情のこもってない喋り方だった。すると次々にメイドパペットが現れる。手には銃を構えている。

 しかし、今の魔遊と護の敵ではなかった。ブレイブ・ファングのように戦闘向きのパペットではないのだ。それでもおびただしい数のメイドパペットが、次々に倒されてもどこからともなく現れてきてキリがなかった。どこにそんな数のメイドパペットがいるのか。

 数に押し切られ、魔遊たちはメイドパペットに取り囲まれてしまった。魔遊は内に秘めた怒りの感情を爆発させた。すると数え切れないくらいの赤黒い腕が四方八方に伸びた。まるで千手観音のようだった。数十体ものメイドパペットの頭が一度に弾けとんだ。

 護も同じく爆発を四方八方に出せる技を会得した。これで取り囲まれても怖くはない。

 数かぎりないメイドパペットを倒して、ようやく私邸にたどり着くと、邸内にもメイドパペットが待っていた。魔遊は考えてから、少し智力の出し方を変えてみた。前方に集中して智力を出してみると、赤黒い腕が巨大な一本の腕となって、メイドパペットをなぎ倒したのだった。少し応用技が使えるようになった。そして腕を伸ばしたまま左右に振ってみると、ワイパーのようにメイドパペットを一掃できるようになった。

 護も奮戦していた。今までは全力で爆発を飛ばしていたのだが、メイドパペットのような装甲の貧弱なパペットには、弱い爆発を連続で発射したほうが効率がいいことがわかった。

 ふたりとも大勢の敵に対するコツをつかんで、一気に破壊していった。そしてついにようやくメイドパペットの攻撃は止んだ。足の踏み場もないほどの残骸が散らばる一階は静けさに包まれた。魔遊と護は二階へと上がった。やはり静かである。

「動かないで!」

 不意に後ろから声がした。女の声だった。

「ゆっくりと振り返って」

 魔遊と護は言われた通りにすると、魔遊と同い年くらいの少女が拳銃を小さな両手で構えていた。女の子はフリルのついた豪奢ごうしゃなワンピースを着ていて、およそ拳銃とはかけ離れた装いだった。

「これ以上先には行かせないわ。ご主人様を守るのがあたしの使命」

 護は思わず笑いそうになった。ご主人様とやらの一番最後の守護者が少女とは。しかも武器は拳銃一丁。護は手をかざそうと腕をゆっくり動かした。

「変な動きはしないで。本当に撃つわよ」

「この奥にいるのがメタトロンか?」

「そうよ、ご主人様は世界を救ってくださるわ」

 護がやりとりをしている間に魔遊が赤黒い触手をそっと伸ばした。女の子からは見えない角度で。そして女の子に触れた途端、電気に感電したみたいにビクビクと痙攣した。

「あ、あ、あ」

 女の子は倒れた。しかし、その姿はもはや女の子ではなかった。表情のないつるつるの木偶人形でくにんぎょう。すなわちロボットハニーだった。またしても人間ではなかった。

 魔遊と護は奥の部屋に行く、そこは寝室だった。天蓋付きの豪華なベッドで、その周囲には何に使うのかわからない得体の知れない医療用器具と思しき物たちが並んでいた。

「く、来るな、お前たちはARK社の差し金の悪魔か? 確かにARK社から独立してプリンシパリティーズを結成し、自分の手足のように扱ってきた。だが、ARK社はわしらに干渉しない約束だったはずだ。それなのに……。わしは死にたくない、助けてくれ、お願いだ」

 全身真っ白な服に身を包んだ小太りの初老のメタトロンが、寝室の奥の壁を背に命乞いをしている。はげ上がった頭が余計みじめだった。これを見た魔遊は力が抜ける思いだった。こんな意気地なしに日本人街やほかの貧民街が業苦を味わったのかと思うとやりきれない思いだった。

 魔遊と護は意外な結末にどうしたものか顔を見合わせた。

 その時だった。メタトロンが拳銃でふたりを撃ってきたのだ。しかし、手が震えていたため、全く当たらなかった。

「貴様!」

 すかさず護が手をかざした。

「す、すまない。お金が欲しいのか? いくらでもやるぞ。一生遊んでも使い切れないくらいあるぞ。だから命だけは……」

 メタトロンの必死の命乞いを聞いて、魔遊が一歩前に出た。怒りが頂点に達したのだ。そんなにお金があるのなら、なぜ上海市で生活に困ってる人達に寄付や援助をしない? 悲しみ、苦しみ、痛み、そして怒り。魔遊から赤黒い腕が伸び、メタトロンの首をつかんだ。そして……。

 護は思わず目を背けた。

 そこへ、李美耽とベルゼバリアル、馬火茂が現れた。

「ち、一足遅かったか。新型パペットに手こずったのがまずかったな。良かったな魔遊と護。初陣で手柄を立てられて。このことは報告しておくよ」

 李美耽が床に転がったメタトロンの遺骸と、返り血を浴びた魔遊を見て嫌味ったらしく言った。

「待て。なぜ俺たちを地上に落とした」

 護が李美耽につめよった。

「ふん。新型パペットから守るためにわざと地上に下ろしてやった。という答えでは納得がいかないか?」

「地上にはたくさんのパペットがいた。死に物狂いでここまでたどり着いたんだ」

「だが結果的にお前たちがメタトロンを殺害したのだろう。こんな残酷な殺し方……あたしでもしないね。さあ、くだらん議論をしてる暇はない帰るぞ」

 一方的に李美耽は言葉をまとめた。護と魔遊は納得が行かなかったが、五人一緒に空を飛んで帰るしかなかった。

 メタトロンを失ったプリンシパリティーズは、以後ARK社直属の組織へと移行された。

 とはいえ、パペット工場は変わらず操業し、生産されたパペットは世界各地で活躍するという点は以前と何ら変わりがない。

 だが、メタトロンに献金してきた富裕層だけがこの措置に納得がいかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る